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8.歓迎会

「何だ? 随分と慌しいな」


 日も暮れ、妹のお陰で仕事も片付いた所で伸びを一つしてから執務室を出ると、慌しく場内を駆け回る使用人達の姿が確認出来た。

 それに、何だか城内が色めきだっている気がする。

 早歩きで目の前を通過しようとしていた使用人の一人を呼び止め、何事かを尋ねる。


「何かあったのか?」

「フォルガーナ大臣の御命で、新たな勇者様の歓迎会を急遽執り行う事になったのです」

「何だと!?」


 私はキチンと釘を刺したはずだ!

 何故スバル殿とフォルガーナが接触している!?

 事実確認と糾弾の為、フォルガーナの居る自室へと駆け足で向かう。


「これはどういう事だフォルガーナ!」

「おお、これはこれは王女殿下ではありませんか。こんな時間に、どういう事とは一体何の事でしょうか?」


 怒りの余りノックも無しで扉を押し開け、フォルガーナの自室へと押し入る。

 席から立ち、顔に笑顔を浮かべたまま、後ろ手を組みつついけしゃあしゃあと抜かすフォルガーナ。


「とぼけるな! 私は勇者に近付くなと言ったはずだ!」

「おや、私めはそのような事を言われた記憶はありませんな。王女殿下に言われた通り、『勇者に会いに行く』事はしてませんぞ」

「つまりこの騒ぎは勇者にロクに了承も取らず、お前の独断という事か」

「私めの独断、という意味ではそうですが、いくら私めでも勇者様に了承も取らずにこのような食事会など開きませんよ……トイレを探していた勇者様と『たまたま』出くわしたので、案内するついでに、多少会話をしたりはしましたがね。その際、歓迎会を開きたいと申し出て、ちゃんと了承して貰えましたよ?」


 客室にトイレは備わっていない。

 そのタイミングを見計らっていたのか。タヌキめ。

 こんな事なら、客室全てにトイレを付けておくべきだった!


「減らず口を……!」

「私めはただ、善意で動いているだけです。それに、新たな勇者様が降臨されたというのに、歓迎式典もロクに開かずに部屋に押し込めておくのはその方が勇者様に失礼にあたるのでは? 邪神の欠片の脅威から救って頂いたのですから、キチンと感謝の意は示さねばそれこそ失礼だというものでしょう。何か、おかしな点があるのですか?」


 無い。

 助けて貰ったのだから礼をするべきだとは私も考えていた。

 おかしな点が無いから厄介なのだ。問題点が無いから、どうすれば阻止する理由になるのかが分からない。


「勇者? 姉者、勇者様ってもう居ないんじゃないのか?」

「いえいえ、エルフィリア王女殿下。最近、遂に新たな勇者様が誕生したのですよ」

「本当なのか!? 会ってみたいのじゃ!」

「歓迎会に参加して頂けるとの事ですので、エルフィリア王女殿下も参加して頂ければ、会えると思いますよ?」

「なら行ってみるのじゃ!」


 私が口を挟む間も無く、エルフィリアから言質を取るフォルガーナ。

 この国の王族直系の血筋と貴族達が会する歓迎会。

 最早これは国家主導の催しだと言われれば否定出来ない状況。

 こうなっては、仕方ないか。


「……仕方ない、私も出よう」


 反論を許さない言い方にするべきだったか……これは私の落ち度だな。

 こうなった以上、スバル殿をフォルガーナの良いようにされないよう、間近で見張るしかない。

 

「おや、先程まで反対だと言いたげな物言いだったのに、どういう風の吹き回しですかな?」


 イチイチチクチクとうるさい奴だ。


「確かに大臣の言う通り、勇者に対し礼をするべきだとは考えていたからな。この機に同乗させて貰う」

「兄者が居ないのが残念なのじゃー」

「ジークフリート王子殿下はグランエクバークとの外交で出向していますからな。仕方ありますまい」


 居ない方が都合が良いからこんな無理のある突発的な開催にしたのだろう。

 兄上が居てはお前が自由に動けないだろうからな、早くせねば兄上が帰って来てしまい、目論見通りに行かなくなる可能性があるから急いだのだろう。

 勇者に媚を売って近付く気が見え見えだ。

 だが見え透いているのに、具体的な阻止策が思い付かないこの我が身がもどかしい。

 兄上なら、こういう事態に一体どう対処したのだろうか?

 考えても答えは出ない。


「会を催すのであらば、準備をせねばならないな。エルフィリアも出るのなら、一緒に支度をしに行くぞ」

「分かったのじゃ」


 大臣の部屋で終わった事に対しグチグチ言うなり考えるなりしてても何も変わらない。

 踵を返し、支度の為に大臣の部屋を後にするのであった。



―――――――――――――――――――――――



 フォルガーナ大臣の催した歓迎会は、場内の広間で行われる立食形式のものであった。

 急な開催だった為、遠方に居る貴族達は参加が間に合わず、このフィルヘイムに常駐、または偶然居合わせた者だけが参加する事になった。

 私達は相応の姿で参加したが、勇者であるスバル殿には普段通りの衣服で参加して貰う事にした。

 これは別に勇者を貶める目的ではなく、歴代の勇者達がこの世界の礼服を着る事に対し、居心地が悪そうにしていた事に起因する。

 勇者が着ている衣服が汚れている等の問題が無いのであらば、普段通りにしていて貰った方が勇者に対し嫌な思いをさせる事も無いだろうという配慮である。

 無論、勇者が礼服を着たいと申し出るのであらば、相応の礼服を用意するのだが、スバル殿も歴代の勇者達同様、礼服を着るのが億劫なようであった。


 使用人に案内され、会場にスバル殿が現れる。

 相変わらず頭の上にはリッピと言う名の鳥が止まっている。

 ポツリポツリと多少の会話こそあったものの、基本的に静寂に包まれていた会場が、スバル殿が現れた事で一気にざわめきだす。

 スバル殿が到着し、いの一番に近付いて来たのはやはりフォルガーナであった。


「勇者殿、この度は私めの企画した歓迎会に参加して頂き、心から感謝いたします。本来は国を挙げて盛大にパレードでも――」


 フォルガーナはその良く動く口で、スバル殿に対し次から次へと謝辞や賛辞を上げ連ねる。

 対するスバル殿は、目線はフォルガーナへと向いていたが、ぼんやりとここではない何処かを見ているような、虚ろで心ここにあらずな状態であった。

 フォルガーナが一通り喋り終えた後は、次から次へと貴族達がスバル殿へと押し掛けて行く。

 質問攻めに遭うスバル殿だが、そんな彼は貴族達の口を一度手を挙げて静止する。


「この頭の上に乗ってる鳥、リッピという名なんですけど、質問ならこのリッピにして下さい。俺は質問に対しどう答えれば良いか分からないし、リッピなら俺より物事を知ってるみたいだし、リッピが出した答えなら俺は素直にそれに従います。このリッピは鳥なんですけど人間の言葉が分かるみたいで、はいかいいえで答えられる質問なら答えてくれるみたいですので、可否で答えられる質問にしてくれると助かります」


 そう言って、スバル殿はリッピという鳥を貴族達の前に差し出す。

 呆気に取られた貴族達の横をすり抜け、スバル殿が人垣から姿を現した。

 小皿を手に取り、淡々と用意された食事に手を付け始めるスバル殿。

 人垣からスバル殿が離れた事で近付けるようになった。

 今の内にスバル殿の側でこれ以上余計な不安要素が降り積もるのを阻止せねば。

 そう考え、スバル殿にやや早足で近付いて行くが、私よりも先にスバル殿に近付く者が現れる。


「御主が新しい勇者なのか?」

「違いますよ」

「違うのか? でもフォルガーナ大臣は勇者だって言ってたぞ?」

「何故かそういう事になってるみたいです」

「不思議じゃのう」

「そうですね」

「して、勇者じゃないのに何故御主はこの城に居るのじゃ?」

「エルミア姫にここに居ろと言われまして」

「姉者に?」

「姉?」


 一緒になって首を傾げるスバル殿とエルフィリア。

 

「スバル殿!」

「おお、姉者!」


 ヒラヒラとした歩き辛いドレスにハイヒールと非常に動き辛い格好ながらもスバル殿の居る場所まで早足で駆け寄る。

 やっぱり、私はこういう服装は苦手だ。


「エルミア姫、もしかしてこの方はエルミア姫の妹さんですか?」

「ああ、そうだ。紹介する、エルフィリアという名だ」

「エルフィリア・フォン・フィルヘイムなのじゃ!」


 子供ながらも胸を張って得意気に名乗るエルフィリア。


「やっぱりそうなのですね」

「後は兄上が居るのだが……生憎、今はこの国を空けていてな」


 今思えば、この国は兄上に頼りっ放しである。

 この状態が良くない事は理解しているが、適任者が居ないが故にどうしても寄り掛かってしまう。


「王族ともなると、外交で多忙なのでしょうね」


 心無い民衆や貴族達は、王族というのは椅子に踏ん反り返り、日夜豪遊して美食と酒に溺れる爛れた生活を送っていると非難する者達も居るが、スバル殿は違うようだ。

 王族というのは国を背負い立つ存在であり、決して軽率な行動が許される身の上ではなく、気楽な生活とは最も程遠い。

 スバル殿はそんな苦労を理解してくれた。勇者様に自分達の働きが認められたようで、少しだけ嬉しかった。


「……邪神の欠片を討伐してくれた事、本当に感謝している」


 改めて、この公的な場でスバル殿に謝辞を述べる。

 第2陸軍所属のエルミアではなく、聖騎士国フィルヘイムの第1王女として。

 本心からの礼であった。


「フィルヘイムの国民と、フィルヘイム王家を代表して、礼をしたいと思う。私に出来る事ならば、何でも言ってくれ」


 世界を平和に導くと伝えられる、勇者の役に立てるのであらば本望だ。

 再びこの世界から邪神の欠片を消し去ってくれる、そんな存在に少しでも助力したい。


「何でも、ですか……そうですね……少し待って貰えますか?」


 スバル殿は腕を組み、視線を宙に泳がせ、逡巡する素振りを見せる。

 ほんの数十秒程であるが、考えが纏まったのか。


「――ここに、図書館のような調べ物を出来る場所はありますか? 出来るだけ大きいと助かるのですが」


 願いを申し出た。

 しかしその内容は私が考えていた内容とは大きく違っていた。

 金でもなく、伝説の聖剣でもなく。

 言ってしまえば、ただの道案内であった。


「それなら、王立図書館だな」

「そこへ後日でも構わないので、誰かに案内して頂けると助かるのですが。宜しいでしょうか?」

「構わない。仕事も片付いたし、私で良ければ明日にでも案内しよう。」

「エルミアさん自ら案内して頂かなくても、誰かに送って貰えればそれだけで良いのですが」

「気にしないでくれ。私がそうしたいからそうしてるだけだ」


 勇者であるスバル殿に誰も付けずに自由に出歩かせたくないという、自分勝手な打算もある。

 今回のフォルガーナ大臣のように、また勝手に勇者を利用して物事を進めようとする輩が現れるとも限らない。

 否、こうして歓迎会などという物を開いてしまった以上、耳聡い貴族達は間違いなく勇者の力を利用しようと近付いてくるだろう。

 事実、先程のスバル殿の発言による混乱から回復した貴族達が、再びスバル殿と話す機会を狙ってこちらをチラチラと見ている。

 この世界に現れたばかりの勇者は皆、世間に疎いという言い伝えもある。

 他に頼れるような人物が居ない以上、私がしっかりせねばならないだろう。


 時々、スバル殿に近付いてくる貴族達に対し圧力を掛けて適度にいなしつつ。

 歓迎会がお開きになるその時まで、スバル殿と雑談を交え、時間が過ぎるのを待つのであった。

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