大鷲
Ⅳ、大鷲
ワシは鷲である。
住むところは列島の中でも最も大きな大地。
広く広く背高せいたかな林が広がっている。
林の間に林道がニョロニョロとつき抜けていて、そこを佗間たまに人間が通りかかる。
人間は林道の脇にある猫の額ほどのさら地に用があるらしく、仲間と共にそこに来ては火を焚いてはしゃぎ、薄っぺらい簡単な棲みかを作っては一晩寝て帰っていった。
あやつらの使う言葉はワシらのそれとは全く違くて繊細で複雑で、いくら聞いても飽きない。
ワシはそやつらの様子を隠れて観ることが最も好きな暇潰しだった。
ある日の事だった。
太陽の高さが頂点に達してから、40度弱傾いた時だった。
ぶぉぉーー、と遠くから、人間がやって来る音が聴こえた。
やつらはあの巨大な道具を操って、意図も簡単にこんな孤立した場所へとやって来るのだ。
初めて見たときは見たことのない生き物かと思ったが、無機質な風貌と人間の手によってしか動けないところを見て、こいつは凄い、人間はこんな生き物みたいな道具まで作ってみせるのかと理解した。
しかし鉄塊の唸り声はある地点でピタリと止まり、聴こえなくなってしまった。
しばらくしてもなかなか聴こえてこない。
何があったのか?と思ったら、さっきよりもここに近い距離から二人分の足音が聞こえてきた。
なんだやつら今日は珍しく自分の足で来るようだ。
いつものように密林がつくりだす林の陰に隠れると、やつらが現れるのをじっと待った。
林道の奥から響く声色を聞く限り、何やら口論をしているようだった。
やめてくれ、やめてくれ。
ワシはそんな人間の姿を見たいんじゃない。
そんな吠えるような言葉を聴きたいんじゃない。
最初こそそう思っていたが、聴いていたらこれはこれで良いと思うようになった。
人間は流れるように多様な言葉を使うだけでなく、吠えることもまたできるのだ。
その声色は強くギザギザとしていて怒気を大いに孕んでいるものの、せいせいする感じもした。
いよいよ声が近くなってきたと思ったら、若い男が二人現れた。
「お前が余計な寄り道するからあんなとこでエンコくらったんだろ!」
「ふざけるなよ!何度も言わせるな!あの程度の寄り道で変わるもんか!そもそもこんな場所に来ようなんて言わなきゃこんな目に遭わなかったんだ!街中で……」
「黙って聞いてりゃ俺のせいだぁ?お前だってキャンプ楽しみにしてたじゃないか!」
「お前がもっとましな場所を提案するべきだったんだ!」
はぁ、こいつらずっとこの様子だ。
若いと体力があるのだな、やはり。
しかしだ、こんなにも吠え続けることだけがいいわけではないだろう。
程度、加減、引き際は大事だぞ
野生の世界だったら貴様らもう食われておるぞ。
何より吠えてばかりではなくさっさとワシの好きな音色を奏でんか。
耐えきれなくなり林の影から飛び出でて、男どもの間に割って入った。
今更の紹介となるが、ワシは今日まで600年生きる大鷲、もとい翁鷲である。
長く生きていれば尾も二叉に分かれるし、体もそれなりに大きくなる。
具体的にいえば、北極熊が子犬に見えるくらいだ。
ある程度大きくなってからは誰かの前にでると必要以上に皆怖がるので、姿は見せず林の中で生きていた。
ワシは平和主義なのだ。
人の前に姿を出すのは実に300年ぶりだった。
男どもはそれは驚いた様子だった。
「ファアアアアア」
「ハアアアアアアアアアアアアア」
なんて情けない声を上げた。
ワシはというと自分以外のものとの久しぶりの対面で、少し緊張していた。
男どもは叫び声を上げきり、呆然として一息ついたと思うと、いきなり男のうちの一人が焦点の定まらん目で殴りかかってきた。
「ハァアアアアアアアアアnツツツツツ」
to be continue...