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記憶

 自分たちが止まっている草原が見たことがない場所だということに秋生(あきみ)は戸惑っていた。不安で押しつぶされそうになりながら、兄の方へ身を寄せる。


「兄さん、ここはどこ?」


「俺にもわからん。……ハハッ、まさか異世界転移だったりして…」


兄の冬樹(ふゆき)は乾いた笑いを漏らすと、笑うなよと秋生(あきみ)に断っておいて「ステイタスオープン!」と訳のわからないことを叫んでいた。

けれどすぐに首を振って、頭をポリポリ掻いた。


「やっぱそれはないか。」


「ステイタスって、何のこと?」


「そこをツッコむな。ラノベであるんだよ。」


「ああ、本ね。」


冬樹は表紙にアニメの可愛い女の子が描かれている本を何冊か持っている。その本に書いてある話なんだろう。


「うーん、こういう時は元に戻るのが一番だ。あのトンネルの所まで戻ってみよう。しかしここは一応(・・)高速だからな、用心してバックか? 秋生、ちょっと後ろを見て他の車がこないかどうか見ててくれ。」


「車?! 兄さん、車どころか道もないんだよ!」


「急にここに来たんだ。また急に元に戻る可能性もあるだろ?」


「あ、そっか。」


秋生が納得して後ろを向いたので、冬樹はゆっくりと車をバックさせていった。

草が倒れていないところまで戻ると、冬樹は車を止めて外に出て車輪の後を調べ始めた。


「やっぱりここから突如、タイヤの跡が始まってるな。」


冬樹が外に出たので秋生も車を降りて、周りの景色を見ていった。車の進行方向の空に太陽があるのであっちが南なのだろうか? そうなると北へ向かっていた秋生たちは反転していることになる。

車の後方、北と思われる方角には樹々が真っ赤に色づいた森があった。所々に黄色の葉をつけた大きな樹が見えるので、銀杏(いちょう)の木もあるのかもしれない。


でも九月の半ばに紅葉してるのはおかしいよね。

よほど寒い土地なんだろうか?

……ここって、うちの県でもなさそう。



その時、森の中から二人の子どもが出てきた。車を見つけて驚いて、恐る恐る近づいてきている。


「兄さん! 人がいるみたい。子どもがこっちに来てるよ!」


「は?」


しゃがんでいた冬樹が立ち上がったので、こっちに来ていた子どもがビクリとして立ち止まった。片方が何か言って一人をその場に留めると、一人だけがこっちに歩いてきた。


「あなた方はどこから来たんですか? この大きな箱は馬車なんですか?」


あ、言葉が通じるみたい。うわっよく見ると、この子の耳ってとんがってない? CMに出てくるあの宇宙人みたい。でも肌は透き通るように白くて、髪の毛は白銀っていうのかな陽の光を浴びてキラキラと輝いている。


「もしかして、君はエルフかい?」


「ええ、種族でいえばそうです。」


「マジか! すると、やっぱり異世界転移か~ しかしチートがない設定みたいだなぁ。」


冬樹はわけがわからないことをブツブツと言っている。



「あの……ここはどこなんですか?」


「ここはオータムの森。あなた方は王国からの旅人ですか? 街道を大きく外れているようですが…」


森の名前も王国というのも初耳だったが、兄のいう異世界、別の世界というのが本当なら自分たちが知らないのも頷ける。


「私は日本から来た秋生といいます。日本という国は知ってますか?」


「ニッポン……アキミ…………なんか懐かしい名前だ。変だな?」


その子が首をひねっている間に、後ろに一人取り残されていた子がすぐ側まで歩いて来ていた。


「トール、なんかいい匂いがする。」


「テルマ、あそこにいろって言っただろ!」


トールとテルマですって?! (とおる)照美(てるみ)だったら、うちの両親の名前なんだけど…………まさかね?


秋生は思わず兄の冬樹の方を見た。冬樹も同じことを考えたらしく、二人の子どもの顔をマジマジと見ている。

テルマは遠慮がちではあるけれど、興味津々といった様子で開いたままの車のドアから中を眺めていた。

母さん………もしかして転生してるんだとしても、性格が変わってない? ということは、あれ、食べるよね。


「あの、たこ焼きがあるんだけど、食べる?」


「食べたい!」


「テルマ~」


危機感のないテルマにトールは手を焼いているようだったが、たこ焼きを差し出すとお腹が空いていたのか二人ともパクパクと食べ始めた。水筒の紅茶も美味しそうに飲んでいる。テルマの方が一個余計にたこ焼きを食べたと喧嘩になりそうだったが、大人のトールが我慢したようだった。


「エルフのわりにこういう食べ物を食べるんだな。」


「兄さん、エルフって何なの?」


「何年か前に映画でやってたろ。指輪のやつ。」


「ああ、ファンタジーの大作っていってた映画?」


「そう、それで弓を持ってた長身の男がいたろ、秋生が男前だねって言ってた。」


「はいはい、観には行かなかったけどポスターは見たことある。あれがエルフか。そう言えばこの子達と髪の色が似てるね。」


こちらの話していることは聞こえているのだろうが、トールとテルマは食欲の方を優先させたようだ。



子ども達が食べ終わったので、四人で草原に座ってこの世界の話を聞くことになった。


「お兄さんたちは遠くの国から来たんだね。言ってることがよくわからなかった。」


他人行儀だったトールが、少しずつこちらに心を許してくれているのがわかる。


「うん。この国はどうだい? 住み心地はいい?」


「エルフは国を持っていないけど、森の中に『時忘れし村』があるの。そこには綺麗な景色と光と風があるよ。」


テルマが冬樹に自分たちの村のことを色々と自慢げに話してくれた。その話から、この二人が村長(むらおさ)の双子の子どもで、三歳だということがわかった。


「三歳?! どうみても六、七歳に見えるよ。」


秋生はびっくりして、トールとテルマをもう一度よく見た。何度見ても小学校の低学年ぐらいに見える。


「エルフは十七歳ぐらいまでは人間より成長が早いんだ。成人するとほとんど歳を取らなくなるんだけどね。」


「そっか、じゃあ今度は長生きできるね。」


「?」


二人とも秋生が何を言ってるのかわからないようだったけど、冬樹はこっちを見て苦笑していた。


ねえ、兄さん。

これって神様が亡くなった両親に会わせてくれたんだよね。



それからこの世界にある国の名前や、エルフ族も参戦したという世界大戦の話などを、二人が争うようにして私たちに話してくれた。

冬樹はずっと何か考えているようだったが、話が終わるとトールに身体ごと向き直って、真剣に頼みごとを始めた。


「なぁトール、俺たちもエルフの村に住めないかな?」


「え? 人間なのに森に住むの?」


「ああ。そうだ……これを持って行って村長に頼んでくれないかな?」


冬樹は車からお土産の饅頭の箱と菊の花束を持ってきて、テルマに渡している。食いしん坊のテルマは箱に入っているものが食べ物だとわかったらしく、ニッコリ笑ってすぐに立ち上がった。


「いいよ、頼んでくる!」


「おい、テルマ! 待てよ!」


トールが慌てて立ち上がって、一目散に走って行くテルマの後を追いかけていった。



「父さんは転生しても母さんの守りに苦労してるみたいだな。」


「やっぱり兄さんもあの二人が父さんと母さんだって思うんだ。」


「名前もそうだけど歳も三歳だし、間違いないと思うよ。またここで家族みんなで暮らせそうだな。」


「………でも、会社はどうするの? 私も臨時採用で保育園に就職が決まったばかりなのに…」


「中山たちも心配するだろうけど、仕方がないよ。帰る方法もわからないし。」


「それはそうだけど…」


二人で立ちあがって、トールたちが駆けて行った森の方を眺める。

だいぶ話し込んでいたようで、南の空に見えていた太陽が西の茜色の雲の中に隠れようとしていた。

空も森も(くれない)に染まっている。


「スゲー、燃えてるみたいだ。」


「うん、綺麗だね~」


頬に冷たい空気を感じながら、夕焼けの真ん中にたたずんでいた秋生は、冬樹に促されて車の中へ入ることにした。


「う~寒いな。ここは高度か緯度か知らないが、どっちにしろ高そうだぞ。」


冬樹はエンジンをかけて、ヒーターを調節している。


「うん、この秋服だと夜は厳しいかもね。」


助手席に座って何気なく前を見ると、(くれない)に燃えている草原の中へトンネルの黒い影が見えた。


「兄さん! トンネルだ! 前にトンネルがあるよ!!」


ハッと顔を上げた冬樹は、思わずハンドルを握ってアクセルを踏んだ。車はゆっくりとトンネルに近付いていく。


「秋生、どうする? 進んでいいか?」


「…………う、うん。」


「シートベルトをしろ! どこに行くのかわからないけど、できたら元の高速に戻っててくれ! 南無さん!」


トンネルの影にぶつかる時に思わず目を閉じてしまった。兄の「うおっ!」という声に目を開けると、そこはよく見る高速道路のトンネルの中だった。


「元に戻った?」


「わからん……そうだ携帯を確かめてみろ。」


秋生がカバンの中から携帯電話を出してみると、電波が通じているようだった。それにラインに着信もあった。


「中山さんが兄さんの携帯に繋がらないって、メールをしてきてたみたい。」


「おい、なんであいつがお前のメール番を知ってるんだよ!」


長いトンネルを抜けると、もう夜だった。通り過ぎる看板を見ると岸蔵(きしくら)の北西にある中備(ちゅうび)の名前が書いてある。


「おかしいな、北に向かってたはずなのに南に向かうラインを走ってる。」


「フフッ、お墓参りが済んだからじゃない?」


「墓参り? いや、異世界参りだろ。」


冬樹の言葉に二人ともおかしくなって笑ってしまった。



なんとも不思議な経験だった。

あれはたこ焼きが食べたくなった母さんが執念で起こした奇跡だとか、両親が元気で生きていることを神様が教えてくれたんだろうとか、兄と二人で色々と想像を巡らせて話をした。


とにかくあれ以来、兄の冬樹は車にサバイバルセットとどんな季節にも対応できる服を積み込んでおくようになった。

そんな冬樹のことを笑いながらも、秋生はトールとテルマが住んでいる世界の話をネット小説に書くようになった。ファンタジー音痴の秋生だったが、一部の人たちには本当の話のようだと言ってもらっている。


『時忘れし(くれない)の記憶』


そこには遠い地での両親の面影が生き生きと描かれている。

読んでくださって、ありがとうございました。

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