赤いバイク
偶然にも降り口が一緒だった老婆の言葉を思い出しながら、澪はアルタ前の喫煙所でタバコをくわえる。
「あなたは本当に優しいわ。あなたとお付き合いする方も、きっと優しい子でしょうね」と去り際に言われたのだが、付き合っている女性はいない。
東京に来て、殆んど仕事や勉強に費やしている。
交友関係もそれなりにはあるのだが、それでも時折は思うのだ。
こんな時に、彼女でもいれば……ね、と。
しかし、いないもの、ないものを嘆いてもどうしようもない。
綺麗な人達であれば見渡す限りには多い。
喫煙所周辺にもいるのだ。
ブランドに身を包むスラッとした女性。多分これから、同伴などをするのだろうなという子。
スマホやアイフォンを片手に、画面を一心に見つめる子。
だが、今ひとつピンとこないのだ。
逆を言えば、その人達もまた、澪には感じるものもないと、そういうことなのかもしれない。
澪はタバコを消し、東口方面に向かうことにした。
ヨドバシカメラでプリンターのインクを購入するために。
電車の中で思い出し、服屋に行く前に買ってしまおうと思ったのだ。
インク程度なら、持ち歩いているボディバックに入れてもかさ張るものでもない。
波のような人の群れを泳ぎながら歩いていくと、交番を抜けた先に見えたのは大型の赤いバイクだった。
所謂、前傾姿勢になりながら乗るタイプのギアバイ。
うわ、ZⅡだ――澪は心の内で喜ぶ。
タンクにはKawasaki シートの下にはKZ1000MkⅡの文字。
澪は免許こそ持っていないが、バイクが好きだからこそ惹かれてしまった。
元々乗りたかったバイクでもあったからかもしれない。
情熱を醸し出すように見える赤のバイクは、丁寧に扱われているのだろう。
外装に多少の傷はあるものの、全体を見れば丁寧に磨かれている。
すごいな。ここまで手入れされてるなんて……お前、幸せだな。と澪は思った。
その思いに返事するかのように、メーターが光を反射する。
バイクや車の手入れを欠かさないということは、それだけ愛情を注がれているのと同じである。
澪自身も、原付バイクに乗っていた頃はできるだけ手入れを怠らなかった。
いいなぁ。バイクの免許取ろうかな――そう思うのだが、後先を考えるのであれば、車の免許があれば十分だと理性は訴えた。
しかし、だ。
高校の頃には原つきバイクのリミッターを外して駆け回っていたほどだからこそ、大人になっても興味は抑え切れない。
しかし、その余裕はあるのだろうかと考え直す。
免許を取るにしても20万ほど。バイクを購入するとして、排気量からすると税金もかかる。
車両価格でも、安くてそこそこ良いバイクを買うのであれば50万は下らない。
こういうときに即断即決できないのは恥ずかしい――と、澪が自分を戒めていた時に、だった。
「私のバイク、どこか変ですか?」
澪の背後から、鈴のような声が響いたのだった。




