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きっと人はそれを『運命』と呼ぶ  作者: 緋風 希望
18/30

就職祝い

「やったぁ! 橘歩美、無事就職決定しましたー!!」


「すごいじゃん! おめでとう!!」


一悶着のような、そんなことがあってから3週間。


あれから、澪による手加減抜きの本格指導の甲斐もあってか、歩美は無事就職することが出来た。


その指導っぷりは、泣く子もだまりそうなものである。


鬼ーっ! とか悪魔~‼ とか言ってたくらいだしなぁ…と澪は思い返して、笑った。


ドアから入る作法から始まり、お辞儀。言葉使いから、面接に出そうな質問まで徹底的に洗い出し、それについて一つ一つを丁寧に、椅子に座っている時の姿勢や視線の在り方、指先の動き一つまで細かくといえば、それがどれほどのものだったか分かるだろう。


「先生のお陰さまです!!」


歩美はそう言って澪に抱き着く。


抱きついて来た歩美の頭に手を乗せ、澪は優しく愛でるように撫でていた。


「俺の大型二輪取れて時間出来たら、ご飯食べに行こうか?」


「やった! あ、でもその前にお姉ちゃんと弟が就職のお祝いにご馳走してくれるって! 行っていい!?」


「うん。もちろん行ってきなよ。そういえば……お姉さんや弟さんって、何してる人達なの?」


「ん? お姉ちゃんが銀座でFLOWERってお店経営してるよ。弟は、新宿のエースってお店でホストやってる」


「そ、そうなんだ……」


歩美の弟なる人物とはすれ違いで見たことがある。


かなりの美形で、身長も高かったしなぁ……。その上、更に姉なる人物は経営者とは。


銀座ってたしか、競争率高くなかったっけ?


澪はそんなことを思った。


「まさかと思うけど、弟さん、お店でナンバーワンとかだったりしないよね?」


「ん? 去年まではそうだったみたいだよ?」


そう来るか――どこの漫画だよ。


もはや、言葉としては出せない。


「ねぇ、折角だし澪も一緒に行かない?」


「いつ?」


「えっと、来週の金曜日」


今週の金曜日、となればまず無理だ。


「あー、ごめん。来週は中番勤務だからいけそうにない」


時間的に厳しい。


終了の時間は、何事もなければ11時。何かあれば日をまたいでしまう。


「そっかー。ちゃんと紹介するチャンスだったのになー」


残念そうに顔を俯く歩美の頭に再び手を乗せて、澪は言う。


「機会はあるよ」


「そうだね。よーっし、高いお酒一杯飲んでくるね!!」


澪から離れ、両手をぐっと握った歩美は、何かを思い出したようにしながら手を後ろで組み、


「澪、お迎えは来てくれる?」


猫のように甘えた声を出してくる。


卑怯だなコイツ――と澪も思うのだが、しょうがないだろう。


惚れた男の弱みでもあるのだ。


「レンタカーのセダンでよければね」


澪は苦笑交じりに返事をした。


* * *


「おめでとう。玲菜」


「おめでとう。玲菜姉さん」


「二人共、ありがとー!」


あるホテルの高級店。


ドレスコードに身を包んだ美男1名、美女2名がテーブルに着き、ワイングラスを重ねていた。


「今日は私がご馳走するわ。たくさん食べていって」


「ありがとっ! 玲華お姉ちゃん大好き!!」


「でも本当、玲華姉さんは、玲菜姉さんに甘いよね?」


「あら、あなたがそれを言うの玲雄? それとも嫉妬かしら。心配しなくても、私は二人共大好きよ」


「姉さんには叶わないな。でも、僕だって二人のことは大好きだよ」


観念したように、玲雄は手の平を二人に見せると、そこで小さな微笑みが起きた。


「私も、二人のこと大好きっ」


玲華は、そう告げる玲奈を見て微笑む。


夜の世界から日の当たる世界に戻ったところで、収入などの少なさから再び夜の蝶として戻るものは少なくはない。


甘い果実を食べた者は、どうしてもまたその果実を食べたくなってしまう。


そういうところで、姉として気にかけていたのだ。


しかし、妹は違った。


いや、まだそのタイミングではないだけかもしれないが、それでも、真っ当な会社に勤めてくれるのは純粋に嬉しかったのだ。


いざという時は、自分が経営する店で働いてもらい、そこから徐々に……とも考えていたのだから。


「どうかしら、新しい職場には慣れた?」


「まだ行って数日だけど、いい人達がいっぱいでね。分からないところしっかり教えてくれるから、すごく充実してる。まぁでも、部長さんとかからたまーに、いいお店紹介してくれないかっても言われてるんだけどね」


歩美は苦笑して言う。


別に恥ずかしいことでもない、と以前は何をしていたのと聞かれれば「風俗で働いてまして」と言い切ってしまうのだ。


澪に言われた通り、借金の返済という明確な理由を聞くと、多くの者達は自然と受け入れてくれたのである。


無論、体を目的とする者はいないわけではないだろうが、それを理解した上で伝えてしまうのは歩美らしさなのかもしれない。


「フフ。そうなのね」


玲華は、それもすべて受け入れた上で微笑みを返す。


「女の子がホストで遊びたいっていうときには、是非当店をごひいき下さい」


玲雄もまた、顔を傾けながら笑顔で返した。


「了っ解! んー、これおいしー!」


フォークを持ちながら両手で頬を押さえ、至福の瞬間を味わう。


何を使っているのかは分からないけど、澪にも食べて欲しかったな


玲奈はそう考えていると


「どう、お父さんのほうは、一先ず落ち着いた?」


玲華は訪ねる。


他でもない、歩美が玲奈として働くきっかけになった人物なのだから。


加え――働かせている最中も多額の借金を作り出した実の親である。


「うん、でもまたいつバカし始めるか分からないから、今はもう縁を切ったの」


さして、もう未練などはない。


執着したいとも、玲奈は思わなかった。


できることなら、思い出したくもないことだったのだ。


「玲菜姉さんを、道具みたいにして、金蔓にしていたからね」


それでも表情には出さないようにして、玲奈は告げる


「だからこそ、私達は家族になれたんだよ玲雄。ある意味では感謝してるかな。こんなに頼もしくて優しい姉と弟ができたんだもん」


その言葉を聞いて、玲雄は少しだけ眉をひそめて「勝てないな、やっぱり」と言いながら小さく笑った。


雰囲気を察したのか、玲華は


「そうそう、玲菜。貴方この間、男の落とし方ってどうするんだっけ?って言ってたわよね?」


「う……その話をここで持ち出すの?」


「もしかして、その相手ってこの間言ってた人のこと?」


「あ、それって新宿で面接した日に話してた人のこと? 本人とすれ違ったよ」


あぁ、そういえば――玲奈は自身に湧き上がる怒りをどうしたものかと思う。


あの日、頬にキスされたこともあって澪がどこか不機嫌になっていたのだ。


何だか雰囲気が変だとおもっていた現況がここにいる。


「そうそう。玲雄のせいで破綻するところでした。本当にどうしてくれようかしら?」


「あはは、ゴメンゴメン」


悪びれた様子もなく、しれっとする辺りはさすが玲奈の弟というものだろう。


「で、その後はどうなのかしら?」


「相変わらずだよ。とんでもないくらい堅物で、チキンで、情けなくって、臆病で」


でも――玲奈は、歩美という一人の人間として思う。


澪といっしょにいると、ほんわかする。温かくて、柔らかくて。


不思議なくらいの安心感に包まれて。


「面白くって優しくって、不思議な人。私が、元風俗嬢って言っても、普通の女の子として接してくれて」


それを聞いた二人は、


「好きなのね」  「好きなんだね」


と、言葉を合わせていた。


「前の仕事のことは気にしなくていいのよ。どこかの人じゃないけれど、大切なのは今でしょう?」


玲華は姉として告げるのだ。


より多くのものを見てきたからこそ、その言葉は説得力も大きい。


大きいのだが――やはり踏ん切りは着かない。


「ん、でもやっぱり気になるかな。私は汚れきってるし、遊び相手でいいかなーって。重たい愛は似合わないしね、私」


あいまいに誤魔化しながら、玲奈はグラスに入っていたワインを一気に飲み干した。


* * *


この辺、かな?


何とか借りることのできた車で迎えに来たところで、それらしい3人組を見つけることが出来た。


横に付けて窓を開けてみると、歩美に違いない。


また、歩美も澪に気づいたようで、


「みーおぉ、おそーいぃ」


食べ物をたくさん詰め込んだリスのようにして、頬を膨らませていた。


「ごめんごめん」


一度車から降り、後部座席のドアを開けると「うりゃー」と言いながら歩美はダイブイン。


久しぶりの兄弟、姉妹での食事は余程楽しかったのだろうと思うと、澪は何となく嬉しく感じ、自然と笑みがこぼれてしまった。


「ごめんなさい。嬉しくてついつい飲ませすぎてしまったわ」


「大丈夫ですよ。前にも、似たようなことあったんで」


「そうでしたか」


そう言いながら、落ち着きと包容力のありそうな女性――歩美の姉は、スーツ姿の澪を観察するように覗き込み「写真で見るよりも、いい男ね」と口に出して告げる。


「えっ?」


「玲華姉さん、澪さんをからかわない。まぁ、僕は一回、すれ違っているけどね」


玲雄は澪に近づくと、丁寧に一礼した。


「改めまして、玲雄です。その節ではご迷惑をかけたみたいですね」


「今野澪です。こっちが勝手に勘違いしただけのことですから……」


少し複雑な感情を持ちながら、澪は玲雄に対して丁寧な言葉で対応した。


仲が良いというのは人それぞれでもある。


あの一件以来、何度「アメリカじゃハグしてホッペにチューなんて当たり前でしょ?」と、歩美と由奈にからかわれたことか。


全ては、自分に自信がないことが招いた結果で、人を責めるようなものでもないと澪は思う。


「では、俺はここで失礼しますね。二人はどうします? よければ、お送りしますけど」


「お気遣いありがとう。でも、私も玲雄も大丈夫よ」


「そうですか。では、お気をつけて」


運転席に乗り込み、出発しようとしたところで、


「待って」


玲華の声に反応し、澪は外へ顔を向ける。


「不束な妹ですが、悪い子ではありません。どうか、玲菜のことをよろしくお願いします」


玲華は丁寧に頭を下げた。


「僕も、あの時の言葉は撤回するつもりはありません。澪さん、玲奈姉さんを泣かせたりしたら、僕はあなたを絶対に許さない」


隣にいる玲雄は、挑発的な言葉を笑顔で言う。


本当に愛されているんだな。


他人のはずなのに、ここまで愛されるというのは、すごい。


本心から澪は思った。


だからこそ、だ。


「歩美は俺にとって、太陽みたいなものですよ」


澪は迷い一つなく、言い切ったのだったが――


「みーおぉ。はーやーくうーかぶうぅ」


「痛ってぇ!!」


――残念ながら、格好の付く形で終わるはずもない。


歩美に首を噛まれるという横やりで台無しになるのであった。

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