ヘタレ男被害者の会
「いきなり呼び出してすみません。えっと、初めまして。歩美といいます」
歩美は、澪のスマホを操作し、ラインから先程の女性を割り出すと連絡を取り呼び出していたのだ。
新宿のバーである。
カウンター席にいます、という言伝を伝えていたことも、カウンターに座っていたのが歩美一人だったこともあり、相手はすぐに分かっていたようだった。
「由奈です。澪の彼女が、何の用ですか?」
歩美は、パッと見てやっぱり、綺麗な子だな……と思う。
女としての直感。
他でもない、歩美は自分の直感に自信を持っている。
対し、何を考えているんだろう、と由奈は警戒しながらも一応は形として会話を切り出した。
「あー、彼女ってわけじゃないんだけど、今日はすっごく大切な用事があってきました」
歩美は予め頼んでいたカクテルを受け取ると、それを由奈へと差し出した。
「飲みましょう! 私、お酒そこそこ自信あるんですからね!!」
「……何で貴女なんかと」
由奈は差し出されたカクテルをそっと払いのける。
払いのけるのだが、歩美は譲らない。
「これは、澪について詳しい人じゃないとお酒なしには語れませんっ」
澪という人物について詳しい人。
それが、何かのきっかけになったのかもしれない。
言われてみれば、最悪な別れ方だったと由奈も思う。
自分の我儘を強引に押し付けて、拒否されたからと押してしまったのだ。
傷つけられた。
同じくらい、澪という人は傷つくということを由奈は知っていた。
「澪から、何か聞いたんですか?」
「なぁんにも」
カウンターにカクテルを置きながら、歩美は席に座るよう促す。
座って、じっくりと話がしたいとでも言うようにして。
「ただ、大切な友達を一人なくしそうだって言ってました」
「それで、どうしてあなたがここに来るんですか?」
「澪には、澪に相応しい人がいると思うからです」
「それは、どういう意味?」
「私は、汚れきっていますからね」
静かに、ゆっくりとカクテルに口に付けた歩美は、
「聞いてくださいよー、本当、澪って甲斐性なしでこまってるんですよー」
その仕草とは全く逆の、若者のような口調で話し始めるのだ。
「付き合ってるわけじゃないんですよ? 友達として遊んでるんですけどねー、何回か部屋にも泊まってるんだけど、まだ一回も手を出してこないの! どう思う!?」
素っ頓狂なカミングアウトである。
これには、さしもの由奈とて呆然としてしまった。
「だーかーらー、由奈ちゃんはどう思う?」
それがあまりにもバカバカしくて、澪という人物があまりにも情けない男過ぎて、
「あははははははっ、本当ですか?」
由奈は笑ってしまった。
それに合わせるよう、歩美も微笑みを繰り出すのだ。
「本当いやマジでびっくり。私、元風俗嬢だし、それなりには人気あったつもりだから自信なくしちゃってー。澪ってどこまでチキンなんだろーって話をしたかったの!!」
「ひっどい。それはさすがに酷いよー!」
「でっしょー? さ、飲も飲も!! 今日は澪の悪口、たくさん言おうよー!!」
歩美から渡されたカクテルを受け取って、一気に飲み干す。
「それ、結構強いよー?」
「平気平気。私、結構強いんだから」
負けないよ、と行動で示すように、歩美もカクテルを一気に飲み干す。
日頃のうっぷんを晴らすつもり……なのだろう。
「あのすっとこどっこいがーー!」
店中に響き渡るほど、歩美は大きな声で叫んでいたのだった。
* * *
「ただいまぁー」
「おかえり。う、酒くせぇ」
澪がドアを開いた先に見えたのは、歩美。
顔を赤くして、既に出来上がった状態だった。
そして、誰かと肩を組んでいる。
ひょこん、と顔を出して手をひらひらと振るのは
「こんばんわぁぁぁぁん」
由奈だった。
「なんでここにっ!?」
「あはぁ、みおがいるぅぅぅ」
由奈がここまで酔っぱらうなんて。
日本酒で、一尺は飲まないとここまでにはならなかったよな。
っていうか、さっきフッたわけだし……いやいや、流石にここまで酔った奴に帰れとかありえないだろ。
澪はそんなことを考えながら、
「と、とりあえず上がれよ」
早く入れ、と促すのだが「男なんて皆きらいだー!!」などと由奈が柵を掴んで叫ぶ。
「分かった、分かったから。とにかく上がれっ。近所迷惑だ」
二人を引っ張って玄関に入れる。
入れるのだが、もうとんでもない。
靴を履きながら、そのまま床に二人とも転がってしまうくらいなのだ。
転がりながら、笑ったり泣いたりしている。
「アイツ浮気してやがったのー!」
「ほらぁみおー、慰めてやんなよぉーだきしめてちゅーしてあげなよぉー!!」
急に起き上がった歩美は、澪の足をそれはもう盛大に叩く。
叩いて叩いて、そしてまた叩く。
「酔っ払い……とりあえず、水用意するから」
「うぅぅ、ヘチマが何かいったよぉー! ゆーちゃん何とかいっちゃってー!!」
歩美は横で寝そべる由奈に覆いかぶさるようにして縋る。
縋られた由奈は笑うのだ。
「いいよぉ! このフライドチキン~!!」
笑いながら、少しずれた言葉を放つのだった。
ヘチマは何となく悪口のように聞こえなくもないけど、フライドチキンはどうなんだ?
澪は酔った二人を介抱しながら、長い夜になりそうだと思っていた。
* * *
「うぅ、頭痛い」
歩美は、目が覚めると澪のベットで横たわっていることに気づいた。
隣ではまだ由奈が寝息を立てながら横になっている。
ぼんやりとした眼をこすり、何とか体を上げてみようとするのだが、頭が重い。その上ガンガン響いた。
「飲みすぎた……」
久しぶりに、羽目を外して飲み過ぎてしまったと、歩美は反省する。
かれこれ何カ月ぶりだろうかと自分に言い聞かせながら、考えるのもうまく頭が回らない。
「そもそも、なんでゆーちゃんと飲みだしたんだっけ? まぁいっか。すごーく楽しかったし!」
布団を押しのけるように起き上がった直後、頭が響く。
何とか痛みを引かせたい一心で頭を抱えても、治らないものは治らない。
「うあー、頭痛い……」
それでも、ゆっくりと目を開ける
その先では、もう既に日の光が差し込んでる。
カフェテーブルの上には、サランラップで包まれたおかずと、ご飯と汁物用の茶碗、長方形の箱が一つが用意されていた。
一枚のメモ帳も置いてある。
緩慢な動作でベッドに端に腰かけ、歩美はそのメモを手に取ってみた。
仕事行ってくる。二日酔いに利く薬と、それとご飯用意しておいたから、二人はゆっくりしてって。
本当、嫌になるくらい優しい男<ヒト>――歩美はそう思った。
「ん、んーーーー」
「あ、ゆーちゃんおはよー」
「あーちゃん? おはよぉってここどこ? うっ、頭いた……」
「澪のアパートだよ」
「振られた頭実に、振られた男のアパートにいるとかどんだけ……」
「ちゃんと服も着てるし。っていうか、ジャージだ。澪のだよー。いい匂いするよねー?」
「しーなーいっ!」
「そう? でもタバコの匂いはするよねー」
「それは言えてる!!」
指を差して比較的大きな声を出した由奈は、自分の言葉が頭に響いたのか小さなうめき声を出しながら頭を押さえていた。
深呼吸してその痛みを過ごしてから
「手とか、出されてないよね」
なんて口にするのだが、それについては何一つ問題がないと自信たっぷりに歩美は答えるのだ。
「あの甲斐性無しにそこまでの度胸があったら、私が苦労してません」
ある意味での自慢だ。
不幸自慢。
「あーあっ、なんだかいろんな事考えてたのがばっかみたいに思えてきちゃった」
「澪のこと?」
「ううん。他のことも全部ひっくるめて」
「そっかぁ」
「うん」
「こんなヘタレ、よくも好きになったもんだよね?」
「本当、チキンだよねぇ」
臆病者は、それだけ優しいということなんじゃないかな、と歩美は思う。
だからこそ、あそこまで酔ってしまった自分達を介抱してくれた。
戻してしまった記憶もあるが、それはかき消しておこう。
とにかく、あくまでも理性的で、自分をさらけ出さない。
本当の澪という人間は、どういう人なのだろうかとも、思ってしまうのだ。
不思議な人だから。
そして同時に、それは怒りにも変わる。
「本当、誰にでも優しいんだから」
「本当そうだよね。気がないんだったら優しくするなっての」
由奈はぼそりと呟いたのだか、その言葉は歩美の耳に届いたのだった。
「ねぇねぇ、ゆーちゃん?」
「何?」
「ここに、ヘタレ男被害者の会を結成します」
「いいね、ソレ!」
ニッコリと微笑む二人がそこにいた。
そこからはもう、作戦会議の始まりでもある。
「今度、澪に何か御馳走して貰おうよ!!」
歩美は提案。それに乗っかったのが由奈だ。
「私、ケーキがすごくおいしいお店知ってるよ!!」