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きっと人はそれを『運命』と呼ぶ  作者: 緋風 希望
16/30

ありのままに伝えるということ

仕事の休憩中にスマホを見ていると、久しぶりに由奈からの連絡が入っていた。


澪、今週の平日で時間ある?


何があったのか詳しくは知らないのだが、調子を取り戻したという話は澪も耳にしていた。


だが、もしかしたら積もる話もあるのかもしれない。


澪はそう思い、


休日出勤の休み入れてないから、木金だったら入れられると思うけど?


返事を返すと、すぐに既読が付いて返事が来る。


じゃあ、ちょっとご飯付き合ってよ。話、聞いて欲しいの。


* * *


俺、何してんだろ。


澪はそう思いながら、歩美の履歴書を眺めていた。


歩美が新たに望む会社は、IT企業。秋葉原にあるらしい。


以前渡した志望動機や、風俗店ということをさりげなくするためにサービス業勤務と訂正するなど、歩美の履歴書には変化も見られていた。


今回は、事前に履歴書の送付が必要らしい。その後、追って面接日の連絡が入るのだとか。


「うん、まぁ大丈夫だと思う」


「よっし、先生のお墨付きなら、とりあえず書類で落とされることはないね!」


次こそは、という意気込みの歩美をみても、澪の心はどこか不安定だ。


仕事の時は考えないようにしていたのだが、こうしているとどうしても考えてしまう。


「澪、最近冷たーい」


「そんなことないよ。あぁ、そうだ歩美。今週の木曜日、俺予定できたから」


「うん? どこかいくの?」


「だいぶ前になっちゃうけど、鬱になったって子の話しただろ? 由奈っていうんだけど、話したいって言うからさ、赤羽橋行ってご話してくるよ」


「ねぇ、それ私がついてってもいい?」


「俺としてはいいんだけど、相手側がね。話をしたい内容を言えなくなっちゃうこともあるからさ」


「ちぇー。澪の友達がどんな人か気になったのになー」


頬を膨らませながら膝を抱える歩美は、まるでふてくされた子供のようだった。


* * *


午後5時。赤羽橋駅。


澪は指定された降り口に向かうと、そこにはもう由奈が立っていた。


「ごめん、由奈。待たせた?」


「ううん。私も今来たところ」


「そっか、良かった。ところで……なんか、すごくお洒落してないか?」


長い丈のスカートに合わせた服装や、手を差しこんでも通り抜けそうな長い黒髪は、どこかのお嬢様のようだと澪に思わせる。


由奈の清楚な顔立ちもあわさって、それがより印象的になのかもしれない。


「変、かな?」


「いや、似合ってると思うよ」


「ありがとう」


由奈は少し気恥ずかしそうにして呟いた。


「で、どこで話す?」


「ねぇ」


「ん?」


「折角だから、少し羽のばそうよ」


由奈は、澪の両手を掴んだ。


勢い、に任せてなのかもしれない。


「いいけど。っていっても、どこか行きたいとこでもあるのか?」


「あそこ、とか」


由奈が指差した先にあるのは、地上から333mの高さを持つ名所。


東京タワー、だった。


* * *


そびえるビルや建物が、沈む太陽を削り取っているかのようだった。


辛うじて残った光が辺りに散らばって反射し、それなりの風景を見せてくれる。


澪は、その景色をただ真直ぐに見ていた。


「この時間には始めて来たけど、なかなか綺麗だよね」


由奈が隣で嬉しそうに微笑みながら、澪を覗き込む。


ところが、だ。


夕日は、終わりを示す心理的なキーワードであり、その一つ。


終わりは、新しい何かの始まりーか。


澪は、そんなことを考えていた。


考えながら隣にいる女性の存在に気づいて我に返り、


「こういうところは、もっと夜に来た方がロマンチックかもな」


何とかそう口にする。


イルミテーションによって飾られた東京。


その中心部はどのようなものなのだろうか。


「東京の夜景、見たことある?」


「ない」


「やっぱり、澪は損してるよ。このまま見てく?」


「いい。遠慮しとく」


「ほら、あっちも見てみようよ!」


「お、おい」


「いいからいいから!」


引っ張られるままに向かう先で、また景色を眺める。


「由奈、どうしたんだ?」


「私、彼氏とは別れた」


突然の言葉に、澪もいい言葉が出ない。


「それとね、今は一人暮らししてるの」


「何があったんだ」


「お母さんが、不倫してた」


「そう、なんだ」


不貞行為。


澪の頭の中に、そんな言葉が浮かぶ。


法律用語の一つだ。


夫婦になったものには、自分を律することが必要になる。


決めた相手以外を求めるのは、犯罪である。


少なくとも、日本という国では。


そういう環境から離れたことで、由奈は落ち着きを取り戻し始めたのかもしれない。


良くないことから逃げるというのも、一つの手段だ。


誰だって嫌なものからは逃げたい。


逃げることも悪いことばかりではないのだ。


少なくとも、命を守るということに関しては逃げて欲しい。


だが、もう一つの手段もある。


戦うということだ。


何も、戦うということは誰かを傷つけるということだけではない。


自分自身の弱さと向か会う。それもまた、一つの戦いではないかと澪は思うのだ。


そして、澪自身も分かっている。


自分が逃げ続けてきたことを理解している。


だからなのか。あるいは、考え過ぎてしまっているからなのか。


どんな言葉をかければいいのか澪は悩む。


その最中――由奈は突然、無言のままに澪の胸に顔を埋めた。


「えっ?」


「澪」


由奈は、そっと澪の体に手を回すのだ。


「抱きしめて」


あの場面に遭遇してから、何度も何度も考えてしまったのだ。


騙されているんじゃないかと。


ここで、別の女の子を抱き締めることだってできる。


力強く抱きしめることはできるはずだ。


でも――違う。


これは、違うと澪は思う。


ただ、抱きしめて、寂しさを紛らわせたいだけだ。


寂しさを誤魔化したいだけだ。


それは、何かが違うと、澪は思うのだ。


「由奈、ゴメン」


ゆっくり体を引きはがすと、由奈の目が潤んでいるのが分かった。


「何で――私じゃダメなの?」


心臓に、太い針でも刺されたような感触が澪を襲った。


「ずるいよ澪は! 本当に酷い!! 彼女作らないって言ってたのに、この間……品川で一緒にいた子誰なのよ!?」


由奈は周囲の人間が二人を見てしまうほど大声で怒鳴りたてる。


澪からすれば、品川を一緒に歩いた女性など一人しかいなかった。


歩美だ。


「アイツは、特別だ」


「へぇ、あーいう子が好みだったんだ!?」


呆れたような口調をしながら、その声には怒りがにじみ出ている。


「顔はいいし、スタイルもよかったもんね!! でも、知ってるんだよ。あの子、元風俗嬢なんだよね?」


「どこで知ったんだ?」


「あたし、東京出身だよ? 知り合いには風俗やってる子もいる」


少しだけ落ち着いて来たのか、由奈はか細く「そんな子よりも、私のほうが」と呟いていた。


「怒るぞ、俺だって」


澪の声は、至って平静だった。


実際には、平静を保つことで、なんとか自分を取り乱さないようにしているだけなのだ。


「騙されてるだけだよ!」


「騙されてるんだったら、それでもいいんだよ」


観念したかのように涙しながら俯いた由奈は、再び澪の体にしがみ付く。


しがみ付いていうのだ。


「一回だけでもいいから、抱いてよ」


大げさすぎるかもしれない。


けど、キリストのような気分だ。


助けて欲しいという奴を、助けてやりたくても、助けられない。


自分の中にある正しさが、それを邪魔する。


自分がもっと違う人間だったなら……違う方法もあったんだろうけど。


澪は思った。


思って、決めた。


「ゴメン」


目を閉じ、ゆっくりと、息を吸って吐くようにして謝ると、由奈は容赦もなく押した。


設置された柵に勢いよく背中をぶつけながら、澪は一言も漏らさない。


漏らさないままに


「最っ低!!」


由奈の、地獄に落ちろと念を込めるかのような声を耳にする。


ヒールの音が遠ざかっていくのは恐らく、由奈が離れていくからだろう。


これだけの騒ぎだ。誰も近寄るようなこともしない。


それを知ってか知らずか、澪は呟くのだ。


「知ってる。誰よりも一番良く知ってるよ。俺が最悪で最低な人間だってのはさ」


澪は、自分が憎い。


憎くて憎くて堪らない。


だから、変わりたいと願うのだ。


強くなりたいと願うのだ。


悔しいと思いながら、苦しいと思いながら、澪は必死に自分の下唇を噛みしめた。


瞼を閉じたまま、暗闇の中で。


* * *


近づいて来る足音が耳に聞こえた。


「澪、大丈夫?」


俯いている自分に、正面から優しくかけるような鈴の音。


声だけでもう、誰なのか澪には分かっている。


「歩美、いつからいたんだ?」


「実はね、こっそりついて来ちゃったんだ」


澪の左頬に、冷たく、ひんやりとした感触があった。


ゆっくり目を開けると、悲しそうにする歩美の顔が目に映る。


「何で、抱いてあげなかったの? 女の子の気持ち、分かってる?」


歩美の言葉に、澪は何も言い返せない。


「一回、抱いてあげるだけでも、幸せを感じることだってできるんだよ?」


それを、わかっているようで、多分わかってなどいない。


「どうして、シテあげなかったの?」


それでも、優しく、穏やかな声は澪の耳を貫くのだ。


その言葉の一つ一つが、澪の心を苦しめていく。


耐えきれなくなった澪は、


「少し、黙ってくれ」


と、ようやく口にした。


それが精一杯だった。


だが、歩美はそこで終わらない。終わらせようなどとはしない。


「黙らない」


穏やかでも、それでも力強い響きが、澪の感情を突き動かした。


冷たい感触をくれる左手を払いのけ、胸のざわめきを一気に爆発させるようにして口に出すのだ。


「黙れよ! お前だって、他の男と一緒にいただろ? 頬にキスされてたよな」


「えっ?」


「随分とかっこいい男だったよなぁ」


「いつの話?」


「先週。先週の木曜だ。お前こそ、男の気持ち分かってんのかよ!」


「澪」


歩美は、目の前にいる男から目を逸らさない。


何を言われても、怒鳴られても、それでも目を背けることはしなかった。


「多分、澪が見たの、弟なの。」


「弟っていったって、血は繋がってないんだろ?」


冷静ながら、澪は怒っていた。


怒って、ありのままに感情をぶつけながら、最低だ、俺と――自分を戒めていた。


「俺は、歩美が幸せになれるなら、俺たちは、ここで離れるべきだと、思う」


器用な人間じゃないから。


だから、こんな風に終わらせることしかできないから。


それが嫌だった。


1か0か。有か無か。


それしか知らない。


それでしか測れない自分が嫌なのだ。


「澪は、私が幸せになれるなら、って言ったよね?」


歩美の両手が再び伸びる。


伸びて、澪の頬を捕まえるのだ。


「私の幸せは、私が選ぶの。誰かに選んでもらったり、誰かに与えられるものでもないんだよ」


歩美は、一度だけキュッと唇を引き締めてから、


「ねぇ、澪。本当のことを言って。私のこと、どう思ってる?」


そう、口に出した。


ありのままを伝えよう。


澪は思うのだ。


飾られた言葉なんかいらない。


真直ぐな思いのままでいい。


どう取られようが、どうやっていこうが、結局はもがいて生きるしかないのだから。


自分が避けてきた道なのだから。


だから、変わりたい。


変えて見せたい。


「好き、だ」


「っっっばかっ!!」


右頬を痛みが走った。


歩美に、平手打ちをされたのだ。


「バカバカバカバカバカバカ!!!!!」


その後も、何度も何度も澪は体を叩かれる。


叩かれてもしょうがないと思って、澪はそれを受け入れていた。


そうすることで気が済むのなら、いくらでも叩かれてやろうと思っていた。


けれど、数発殴られて終わる。


終わった後には、歩美がぬ根に顔を押し付けていた。


「澪が私のこと思ってくれてるくらい、私だって澪のこと思ってる!! 私なんかよりも、あの子のほうが絶対にいいじゃん!! 私みたいに薄汚れてないし、身も心も、キレイだよ!?」


泣きそうな声だった。


どうして泣かせてしまったのだろうと、澪は思っていた。


「そんなの知ったことじゃない」


「じゃあなんでフッたのよ!!」


「俺はお前が良いんだ!!」


飾らない感情のまま、澪はありのままに歩美を求めた。


歩美を求めて、抱きしめていた。


「お前じゃなきゃ、嫌なんだ!」


「バカ……言ってることさっきと違う」


「独占欲。それに、支配欲、だよ」


「バカ……本当にバカだよ、澪は」


食い縛るようにして涙をぬぐった歩美は唐突に「スマホ」と言いながら右手を差し出した。


「スマホ貸して」


「何をするつもりなんだ?」


瞼を赤く染めながら、歩美は言うのだ。


「何とかしてあげたいって思うくらい、大切な友達なんでしょ?」


そう、そこに間違いはない。


澪は、何とかしてやりたかったのだ。


部長の言葉は、きっかけでしかなかった。


かつて好きだった女の子に、友達として力になってやりたかった。


それだけのことだったのだ。


結果として、大きく傷つけてしまったのだけれど。


「そうだ。大切な友達の一人を、なくしそうだ」


歩美は黙って頷く。頷いて言うのだ。


「あぁいうお別れになっちゃダメ。だからね、一回。一回だけ、魔法をかけてあげる」


スマホのロックを解除して渡すと、歩美はラインを開いて文章を打つ。


「私に、任せて」


その言葉を、澪は疑うことすらしなかった。



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