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きっと人はそれを『運命』と呼ぶ  作者: 緋風 希望
15/30

変わるものと、変わらないもの

歩美とデートしてから2週間が経った。


直ぐ向うには早いし、たまには外食してからと、澪は立川駅で降りた。


仕事は午後の4時から。時計を見れば正午とまだまだ余裕はある。


改札を抜け、さてどこに向かおうか―という時である。


「澪さん、こんにちわ!」


声が聞こえる方向を向いてみれば、そこに立つのは私服姿の加奈だ。


「こんにちは、加奈ちゃん。今帰りなの?」


「はいっ、講義も終わったし、今日はお父さん手伝いはいいからゆっくりしておいでって」


「そうなんだ。たまには羽を伸ばすといいよ」


「澪さんは、今からお帰りなんですか?」


「残念。外食してから、仕事行こうってところです」


「そうなんですか! いつもお仕事、お疲れ様です!!」


当たり前のことをしているだけなのだが、気遣ってもらえると人は嬉しいもので、澪も例外ではない。


「ありがとう。そうだ、良かったら一緒にご飯食べる?」


「いいんですか?」


加奈は、細い目を輝かせながら口元を上げた。


「正直、最近一人でご飯食べるのが少し寂しくてね。助かったよ」


「いえいえ!」


「じゃあ、ファミレスでも行こうか!」


* * *


「加奈ちゃんは、中央大学だもんな」


「澪先生のお陰でしたね」


照れくささからか、澪は小さく頬をかく。


実際、それほど大した事をした覚えはなかったのだ。


弱点になっている部分を冷静に分析し、どこでどのように分からないのかを整理。


そして、入学試験の日程に合わせて克服できるよう、スケジュールを組んだに過ぎない。


それ以外では、分かりやすく書いてある参考書を購入したくらいだ


「いやいや、加奈ちゃんの努力の結果だよ。俺は少し後押しできただけ。ほんの少しサポートできただけに過ぎないよ」


「でも、すごく感謝してるんですよ」


加奈は、両手を合わせながら微笑む。


「勉強のこともそうですけど、3年前、何気なく声かけてくれて」


「あー、そうだったっけ?」


「あの時はあたし、本当にボロボロになってたから」


「無理もないよ。ご両親が亡くなったんだからね」


あの時、加奈は新宿で呆然と立ち尽くしていたのだ。


雨に打たれながら、制服もずぶ濡れになって。


その時の様子を、澪は今でも思い出せる。


加奈のかわりに、空が泣いているようなものだったのだから。


「澪さんみたいなお兄さんができて、本当に嬉しかったんですよ」


「アハハ、低学歴無能な兄でごめんねー」


そういいながら、澪はコーヒーを一口含む。


後を追うようにして、加奈もメロンソーダを口にしていた。


「そういえば、何ですけど」


「ん、何?」


加奈は、少し戸惑いながらも「澪さんは、知ってるんですか?」と尋ねる。


「何の話?」


「この間、お店に連れてきた方」


「あぁ、歩美?」


「マスターが教えてくれたんですけど、あの人、高級の、会員制のところで働いてたって」


それはつまり、歩美がどこで働いていたのか、ということだろう。


マスターは、あの優しそうな顔ではあるのだが、新宿であれば情報に詳しい、という話を聞いたことはあったのだが、まさか妹のように慕っている者からその話をされるとは澪も思わなかった。


「詳しくは聞いてなかったけど、そうだったんだ?」


「キレイなところもあって、かなり有名だったみたいです」


「まぁ、そうだろうな。歩美くらいだったら、普通に客付きそうだもんね」


いいような、悪いような気分だ。


抱く、抱かれるというのは人の性でもあるけど、と澪は思う。


「あたしは――あたしは、澪さんが騙されていないかって、心配で」


「うん、心配してくれてありがとう」


そう言って、澪は加奈の頭を撫でた。


「歩美は、幼馴染みたいな感覚があるんだ。面倒な幼馴染みたいなのでさ」


困った顔をしながら、澪は笑って言うのだ。


「先々週だって、履歴書書く手伝って、後は面接練習だよ? 受けたところ落ちたって言ってたし、また練習付き合わなきゃならだ」


ジッと黙って聞いていた加奈は、不意にクスッと微笑みながら「変わらないですね」と口にする。


「何が?」


「いいえ。おにーさんは相変わらずだなーと思って」


* * *


深夜になってから、澪は駅のホームでため息をつく。


「マジかぁ」


仕事上でのトラブルは、どの会社も抱える問題の一つだ。


しかも今回は、人間の手による操作ミス<ヒューマンエラー>。


トラブル対応に追われながら、何とか後続に支障が出ないようにできた。


最終電車にも間に合ったのだが、ここでまた一つの災難。


人身事故である。


しかも、新宿から八王子へと向かう電車二つが、別々のタイミングでときた。


今日は厄日か……澪はそう思いながら、帰路を模索する。


タクシーを拾えば割高だが帰れないことはない。


徒歩だったとしても、5時間位の目途で帰れそうな気もする。


「タクシー、かな」


ポツリと呟いて、JRの南口から外に出て、空いた小腹に何か入れようと西口方面へ歩いてみた。


遅い時間なのだが、幸いにも入れそうな店が数件。


飲み屋を含めれば、更に数は多くなる。


どうしたものかな、と悩んでいた最中だ。


見慣れた後ろ姿を見かけたのだ。


あれ、歩美だよな……と澪は思う。


話をして、仲睦まじくしているのは、スーツ姿の男だ。


細くて高い身長。


ホスト、なのだろう。


歩美は、笑いながらに相手の男の肩を叩いたりしている。


その男は、さも当たり前のようにして堂々としているのだ。


しかもその男は――歩美の頬にキスまでして。


二人は自然というようにして、手を振って別れた。


歩美は奥の方へ。


相手の男は、澪のいる方向へと足を進めてくる。


澪は、その男に気づいていた。


相手の男も、澪に気づいていたのだろう。


呆然と立ち尽くす澪に堂々と、悠々と近づくのだ。


そして、すれ違いざまに、


「僕の大切な人泣かせたら、許しませんよ?」


澪の肩にそっと触れながら、そんな一言を残していく。


敗者へと送る最後の言葉のように。


何だよそれ――こんなにカッコイイ奴とじゃ、相手になるわけがないだろ?


澪は思った。


思いながら、ただその背中を呆然と眺めていることしかできなかった。


そんな自分が、とても情けなく感じたのだった。

8/23 誤字訂正

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