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きっと人はそれを『運命』と呼ぶ  作者: 緋風 希望
13/30

水族館

「おーわったぁ!」


歩美はまるで試合に勝った選手のように両手を上げていた。


そろそろかな終わるかなと思っていた澪は、予め沸かしておいたお湯でコーヒーを入れるのだった。


「お疲れ様。はい、コーヒー」


「ありがとっ。ねぇどうかな、見てみて!」


「うん、どれどれ」


履歴書に目を通しながら、澪はキレイな字だなと思う。


所々で、これ本当に大丈夫かと思うところはあるものの、風俗店で勤務という部分を除けば、60点から70点という出来栄えだろうか。


「うん。上場かな。経験だと思って、まずはこれで出してみるのもいいと思うよ」


「よっしゃあ!」


体育会系のガッツポーズ。


そこは、やったぁという可愛らしいものではないんだなと思いながら、澪は少しだけ笑った。


「何笑ってるの?」


「ん? 可愛いなと思って」


「そうでしょそうでしょ? じゃあ可愛い女の子と、気晴らしでデートしよう!」


「はぁ?」


「行くって言った!」


「行くって言ったよね!!」


「行くっていったから!!」


「指きりもした行くって!」


確かに先々週には行くと言った記憶が、澪にはあるのだが、歩美の就職活動のことを考えるとどうだろうか……という抵抗も空しく「行くって言った」と永遠リピートされれば折れるしかない。


澪自身はバイクが良かったのだが、そこは「女に二人乗り頼むとかサイテー」という歩美の言葉に従うほかなかった。


言われてみれば確かにその通りだ。


バイク。


男が運転で女が後部座席ならまだしも、その逆をデートというものでするのはどうなのだろうか。


それに、折角のデートだ。話をしたりする時間は長ければ長い方がいいはずだし。


と、思いなおし、やってきたのがアクアパーク品川である。


「イルミネーションがすげぇ演出」


澪が感嘆の声を漏らす。


普通に考えれば、水族館というものにイルミネーションは必要がないはずだ。


ところが、この水族館では光と水生生物、水生動物を演出に利用している。


「キラキラしてるよねー!」


「何これクラゲすげー! 光ってる!!」


「うわぁぁ」と澪が水槽を覗き込む横で、シャッター音が響いた。


「クラゲに反応してる澪なう」


「え、なんかふよふよ浮いててすごくない! UFOみたいでさ!?」


もう一度、パシャリ。


「クラゲに反応して浮かれてるおっさんなうっと」


「フェイスブックとかタイムラインとか乗せてないよね、ねぇ!?」


「そんなことしないよーあ、見てこの子可愛い!!」


そう言いながら、歩美が指差したのは小魚の入っている水槽だ。


「小っさ。可愛いな」


澪が水槽に人差し指を近づけると、スゥッと泳いできては近づくもの。離れるものがある。


「嫌われ者?」と歩美は無邪気に、小悪魔のような顔を見せた。


「好いてくれる子もいるみたいです」


それは、澪からの精一杯の抵抗だった。


* * *


「うっひゃあ、すっごーい!」


水槽に囲まれた通路を歩く途中で、歩美は声を上げた。


「あ、何か泳いでった!!」


「あれ、エイだね。あ、サメもいる。シャーシャー」


「サメはシャーなんて鳴くんですねー。物知りですねー先生!」


「え、誰でも知ってる一般常識の範囲だと思うけど」


「え、そうなの!? サメってシャーって鳴くの!?」


「あれ、エイのことじゃなかったんだ」


「えっ! 嘘付いたの!?」


「誰も、サメがシャーって鳴くなんて言ってないよ」


「嘘つきぃ。あ、またおっきいのとおってくよ」


歩美はひらりと無邪気に体を反転させ、追いかけていく。


それは、まるで子供が興味のあるものへ吸い込まれるかのように。


だから、だった。


「危なっ」


他のカップルに気づかず、ぶつかりそうになっていたところを、澪は歩美の手を掴んで止める。


「危ないよ。はしゃぐのもいいけど、周りには気を付けて」


「ん」


澪は不安になっていた。


このまま、ふらふらと歩かせてしまったら歩美がぶつかってしまうかもしれないし、他の人にも迷惑がかかってしまうかもしれない。


そうなれば、答えは一つ。


「危なっかしいので、手を握ります」


澪は左手を伸ばし、歩美の手を握り締めた。


「うあ、何だろ」


「何?」


「手なんて、いくらでも繋いだことあるのに……なんか、澪だとこそばゆい」


「それ、俺がダニか何かって意味?」


「誰もそんなこと言ってないー! もう、そういうところ少しムカツクー!!」


* * *


「見てみて! イルカー!!」


「おぉ~、光の演出もあるし、すごいダイナミック」


赤や黄色、緑といった色が切り替わり、会場を盛り上げていくのだ。


その中を、イルカ達が駆け抜け、飛び跳ねる様は胸が躍る。


「すっげぇ。今までのイルカショーの中でも一番記憶に残りそう」


「頭もいいんだよねイルカって!!」


「うん、イルカはすごく頭いいんだ。だから、人の指示が分かるんだよ」


「やっばーい、可愛い。飼えないかなーイルカー!」


隣で夢のようなことを語る歩美は「ひゃ、水しぶき!」と言いながら楽しそうに微笑んでいる。


澪は口にこそ出さない。


だが、忘れてもいない。


カウンセリングの学校で学んだことの一つにこんなものもある。


イルカは、頭がいいからこそストレスを感じて、哺乳類では人間以外、唯一自殺を図る生き物であるということを、だ。


いけない、今はこんなこと考える必要はない。純粋に楽しんでいいんだ。


澪は自分に言い聞かせる。

だが、女の勘とは恐ろしいもの。


出来るだけ顔に出さないようにとしていた澪の心情。


あまり穏やかではない思考を察し、熱で溶かすかのように、歩美は繋げていた手を手の平同士に合わせて指の一本一本を間に滑り込ませて――握る。


そして、顔を覗き込むようにしてくるのだ。


「みーお、よく分かんないけど考え過ぎだよ」


「俺、変な顔してた?」


「してたしてた。すこーしだけ、むっつりしてた」


「歩美にはかなわないな」


「何考えてたの?」


「雰囲気壊すようなことだから、言わない」


「ん、じゃあ言わない方がいいよそれ。将来の澪の彼女や奥さんのためにもねっ!」


本当に、コイツは何なんだろろうな。


無邪気だったり、唐突に察してくれたり。


そんなことを澪は思う。


思いながら、絡ませていた手に少しだけ、本当に少しだけ力を込めて握り返してみたのだった。


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