深夜のドライブ
引きこもりの青年が深夜にドライブします。
3月のある日僕はいつもの例のとおり、深夜のドライブに出掛けていた、ここ10年来の相棒、かわいいマイベイビー、ワッギーことスズキのワゴンRに乗って、こんな生活をしているのも、昼夜逆転の引きこもりの生活をしているからだ。家族が寝静まる深夜11時になると自然とどういうわけか目が覚める。で、朝日が昇る頃自然と眠たくなる。冗談抜きにしてまるで吸血鬼だ。3流大学から入れるわけ無い就職先ばかりを就活してその努力が全て無駄になる前に結果を自分自身で出した。周りには嘘か本気かわからないレベルの自殺宣言を何度もし本気で自殺するかまで考えたが、結局物理的にやる度胸がないので、精神的に同じことをすることにした、生きているんだけど生きることをやめてしまったわけだ。いややめたというより、意味がある生き方をやめたというわけだ。
夜中に起きるとといっても、僕の中では、宵の口なんだけど、飯食ってトイレ行って白いワゴンR に乗って、国道に出る。就活失敗後暫くは、文字通り"引きこもっていた"わけなんだけど、部屋の中で面白くもないテレビの深夜番組を小さい音で息を潜めながら見ていると気が狂いそうになる。かといって、夜中にジョギングするほどポジティブで健康的でもない、気がつくと夜中の国道をおよそ行きと帰りで200キロの周回コースでくるくる当てもなく走る様になった。幾度もくり返しているうちに自然と200キロ周回コースがちょうどいい距離だということに落ち着いてきた。
国道と言っても2車線の暗い夜道で地方都市の僕の住んでいる街は引きこもりの深夜ドライブには持って来いのコースだ。
ただ、2つ注意しないといけないものがある。それは、住宅街に客を載せた後、今日は上りにして帰宅するタクシーとパトロール中のパトカー。前者は猛スピード、後者は驚くほどゆっくり走る。
両方共一見はセダンなので、さいしょのころははセダンに出会うたびどきどきしてた。
タクシーは、マジの事故の心配を。パトカーは職務質問への心配を。だって誰が見ても、こんな時間二車線の真っ暗な国道をスウェット着て軽自動車で走ってるなんて死体を捨てに行っているか本当に頭がおかしいかどっちかだろ、どっちにしろ、リアル不審者だから、言い訳ができない。
ところが、その日は違った。何パターンか周回コースはあるんだけどその日選んだのは、ニノ山の周りをぐるーっと周り山の向こう側に一件だけあるコンビニでコーヒー牛乳を飲んで家に帰るコース。気をつけるのは、セダン、セダンと。パトカーはサイレンなしの赤色灯をつけてくれてると助かるんだけど、つけずにパトロールしてるチームがいるんだよね、、。これがマジでこまる。もちろん僕みたいなのを職務質問するのが目的なんだろうけど、気分は、不審者とおり越してリアル犯罪者です、ハイ。
マイベイビーのワッギーは、多分一番最初のタイプのワゴンRで3ドアのやつ、あっ、間違えた4ドアか、後部座先の片側しかドアがないんだよね、、。車検も知り合いのちっこい整備会社に出してて毎回チョット嫌な顔されるんだけど、でも気に入っているしこれしかない。、走行系というか、エンジンだけは快調。ヴィーンヴィーン。まるで5歳の子供だね僕は。
その日は違ったと言っても、本当にひとつのことだけ、違ったんだ。
国道というのは、いつも思うけど、名ばかりで恐ろしいほど管理されていない山をグルーっと回りながら木だけは、路を覆い隠すほど伸びている。最近シカに出くわすことさえある。その茂みというか、伸びすぎた枝葉の間に人がいたんだ。
実際叫び声はあげなかったけど、心のなかでは、ぎゃあああああってありったけの声を上げていた。よく読んでるキング流に言わせるとブギーマンに出会ったのだ。人と言ってもそれも女だ。ちょうどすれ違う側の車線の歩道いるわけだが、逃げるというか、すれ違ったままにするほうが身のためなのは、100%わかるし、普通の人はそうするだろう。いや、人以外のいきものすべてがそうするだろう。しかし、バックミラーで揺れるリラックマのお守りはだんだん揺れが小さくなっていった。右足がアクセルを緩めているんだよ。
一つ思ったのが、こんな人里離れた国道で女性が一人で歩いていることは本当に大変だろうってことと、これが、一番の理由なんだけど、僕と同じタイプの人間だと思ったんだよね。間違いなく。
気が付くと車を止めてた。サイドガラス越しに女の人を見たんだけど、若い感じ20代ぐらいか、長い髪が顔に掛かってて顔はよくわかんない。体全体が前かがみになっていて怪我をしているのか手で手を抑えてる。
車を停めるのは簡単だったけど、ドアを開けるのは、いや、サイドグラスを下ろすのには、相当勇気が要った。
だけど、した。
女性と話すのは、店員さんとかを除外すると大学時代のサークルの、、、、。いややめよう、そしてドアを開けた時気がついた、血だ。手に血が付いてる。ものすごいスピードで頭が回転する血が付いているということは、出血するよう事態に巻き込まれたか、巻き込んだか、出血するほど具合がわるいということだ。これは、えらいことになったと思ったけど、もうドアは開いていた。
「大丈夫ですか」一番無難な質問だ 。その女性は小さく頭をコクっと。大丈夫だそうだ。
「近くまで乗せましょうか?」訊いてから気がついた。これって誘拐になるんじゃないのか?。どの辺までで同意があると誘拐とか拉致にならないんだろう?。紙に書いて捺印が押してある同意書が必要なのか?残念ながら僕は法学部卒じゃない。
「うん、助かるぅ」
「どうぞ」助手席には、週刊漫画雑誌の山だ。急いで週刊誌を後部座席に追いやる。気になるのは、手についている血だ。さりげなく、
「バンドエイドありますよ」って言うと。
「わたしの血じゃないから」そうか、よかった、と思っていいのか、、。とりあえず、車を出そうこんなところを見られたら。それこそ誘拐犯だ。
「なんて呼んだらいいの」割ときさくな感じだ。
とっさにフルネームはまずいと思った。引きこもりは最高に用心深いのだ
「藤本と」
「わたし、早苗。さなえって呼んでいいよ」
そしてワゴンRを急発進。バックミラーのリラックマがハイパー・ダンシング。
「あっ、そっちまずいんだぁ」
「えっ」
「いろいろあって」早苗は若干の沈黙。そうか、なにかから逃げて来たのかもしれない。
「なにかあったの?」自分が自然と警察官みたいになっていることに気づく。
「藤本っちっていい人ですか?」
藤本っち!?。そんな呼び方されたこと小学生のころからない。車を動かそうとしたら突然。
「とにかく、Uターンして」
「はい」警察官から、運転手に格下げだ。軽自動車の利点を最大限に利用して超高速でUターンを実行。周りを見るが国道には向こうもこっちも誰も居ない。
しかし、走りながら、やたら後ろが気になる、サイドミラー、バックミラーをめちゃくちゃ気にしながらめいっぱいアクセルを踏み込む。
「誰も追いかけてこないから大丈夫だよ」
「はい」しばらくワゴンRを走らせ、ちょっと余裕が出てきたので、早苗をさりげなく観察。服装は下ジャージに上はパーカーよくコンビニに深夜に要るタイプだ、ほしいものをぱーっと買って(大体食べ物)立ち読みはなしで、すぐ帰っちゃうタイプ。化粧っけはまったくない。顔は正直かわいいほうではない、どこにでもいるタイプ。胸はシートベルトで強調されているせいかちょっとでかい。これは、引きこもりマジックかもしれないので、あまりあてにならない。口調の感じだと、天然系というか、不思議ちゃん系だ。おそらく、プチコスプレや、ツィンテールも余裕だろう、つけくわえるなら半径5メートルぐらいの世界しか興味がないタイプ。
「どこまで行きますか」と訊きそうになってやめる。だめだ質問ばかりしてちゃ、自分と同じタイプだと思い同情したからこそ乗せたのに、これじゃ風俗店で説教するおっさんと同じになってしまう。
多分、ここまでだったら本当によくあるヒッチハイクというか、見知らぬ人との同乗記というか、だったと思う。早苗の次の一言で、僕は凍りついた。
「わたし、人殺しちゃったかもしれないのよね」
続きます。