6.僕だけの気持ち(The easier it is, the harder you realize it)
「好きなの?」
「好きなの?」
「好きなの?」
まだ、未来のその声がリフレインしている。
俺は一瞬迷った後に「わからない」と答え、未来にまたひとつ溜め息をつかせた。
「好きなの?」
会話はそれきりになってしまって、久しぶりに母親と三人で少し気まずい食卓を囲んだ後、俺はずいぶん早く家を出てしまって、コンビニで時間を潰したりもしたが九時半には駅前に着いてしまった。
学生は夏休みの時期とは言っても今日は平日で、まだ七月下旬。行き交う人の波は思ったほどではなく、同じくらいの年ごろの奴が割合としては結構いる。このくそ暑いのに密着して、または手を繋いで歩くカップルも、いくつか見かけた。
好きって、どういうことなんだろう。
俺にはよく解らない。
まず最初に現れたのは灰原だった。九時四十一分、それでも結構早い。
「おはよ」
「ああ、おはよう」
「斉藤だけ?」
「まだ時間あるからな」
灰原は普段まとめているセミロングを下ろしていて、なんだか変な感じがした。水色系のTシャツに半袖の上着、そして下は白のスカートで、これも普段の印象と違っている。そういえば灰原の私服を見るのはもちろん初めてで、多分こうしてふたりになることもこれまでなかったはずだ。
「カラオケ行く予定なんだけど……大丈夫?」
「何が?」
「ほら、風邪引いてたんでしょ?」
「誰から聞いたの?」
光原から聞いたんだろう、とは思っていたけど、一応聞いた。
「貴司から」
あれっ。
あいつの情報収集能力は計り知れないな。末恐ろしい……未来からだろうか、まあいいか。
「大丈夫だよ。もう治ってるし、喉には来てないから」
「そっか」
ちょっと光原のことが引っかかった。未来のせいか、少し動揺している自分を感じる。
話すことがなくなって、時計を見た。九時四十七分。もうそろそろ、誰か来ていいころだろう。
「なあ」
「なに」
何もせずにただ待つことの退屈さが、俺に口を開かせる。
「貴司のこと、好きか」
俺は大した意図なくそう聞いた。灰原は少し顔を赤くしたように見えた。
「何よ、友達の彼女取ろうっての?」
補習の時に見たのと同じ、焦ったような顔だった。声も少し上ずっている。
「聞いてるだけだよ」
「そりゃ、好きに決まってるじゃない。……どうしたの? いきなり」
「どこが好きなんだ」
俺は怪訝そうな顔をして尋ねた灰原には応えずに、もうひとつ質問を続けた。
灰原は少しの間黙って、そして言った。
「わかんない……優しいけどおしゃべりで、いつもヘラヘラしてて……好きにならなかったら、嫌いになってたかも」
どういうことだろう。やっぱり、俺には解らない。だけどもう、それ以上聞くことはしなかった。
「なあ、好きってどういうことなんだろうなあ」
俺は真面目に聞いたのに、灰原はどうしたのよお、と茶化して、答えてくれなかった。
九時五十二分、対馬が現れた。対馬は髪型こそいつも通りだったがジーンズ姿で、どちらかというと灰原より対馬のほうがスカートのイメージだったこともあってこれも少し意外だった。そしていつもしている眼鏡を、今日はしていなかった。
おはよー、と少しオーバーアクション気味に手と手を合わせて灰原と挨拶した後、対馬は俺にもにこっと笑いかけ、おはよっ、と言った。俺もおはよう、と返す。
俺たちくらいの年頃なら四、五年で顔立ちが変わっていかないことなんかまずなくて、だけど眼鏡を外したぶんだけ、いくらかは大人びた顔立ちの中に小学校のころの面影が見えた気がした。
「さ、行くわよ」
まだ三人なのに灰原がそんなことを言い出して、俺はひどく焦った。
「ちょっと待てよ。まだ……」
「今日は三人だけだよ?」
対馬までそんなことを言い出す。
「え、ちょっと、なんで?」
「決まってるじゃない。澪とのカンケーを聞き出すのよ」
少しあごを突き出すように、灰原はカンケー、と強めて言った。そんなことでさっきまでよく、涼しい顔でいられたものだ。
さあさあ、とふたりは俺を導いていく。キヨスクの前に立ち、携帯で話をしている大学生くらいの男の人が、ちらっとこちらを見た。この状況をうらやむ人もいるかも知れないが、俺は末恐ろしさのほうが先に立った。
せーの。
「「今、いちばん歌ってあげたい曲を歌ってください」」
何をたくらんでいるか知れないふたりが出してきたお題は、そんな無理難題そのものだった。
「歌ってあげたいって、誰に」
「言わせるの?」
「いらない」
じゃあ考えといてね、灰原はそう言った後慣れた手つきで二曲予約した。空き時間に表示され続ける名前だけは聞いたことのあるアーティストのクリップが止まって、一曲目がすぐに始まった。
聴かない俺でも知っているほど定番の、女性アーティストの曲だった。軽く振り付きで歌う灰原(遊び慣れてるなあ)をぼんやり眺めながら、光原のことをくそ真面目にイメージしてみる。二曲目にゆったりした調子の男性バンドの曲が始まったあたりで、ふと浮かんだ曲があったので検索をかけてみて、登録されていると分かったのでそれを転送した。
だけど結局、“歌ってあげたい”というキーワードには、ピンと来ないままだった。
曲が終わって採点が行われている間に、さっきまで歌っていたばかりのふたりは知らない曲なんだけど、私も知らない、ハードル高いかもよ? ラブソング? ねえラブソング? などと好き勝手言っていたが俺は特に返事をしなかった。点数はまあまあ高かったようだけど、ふたりは特に気に留めていない様子だった。
トゥモロー <ザ・モスキートーズ> 作詞作曲……
そう大きくテロップが表示されて、イントロが始まった。同時にふたりが黙って、俺の顔を見る様子が視界の端に引っかかったが画面から目を離さずにいた。
僕はさがしていたのかな
なびく後ろ髪だけ見て 君を
風が吹いてくれないと
君の姿は見えないね
握りしめた右手をすぐにほどいて
僕の中の君は僕をけなすんだ
言葉も交わしたことのない君
でも その幻影もすぐに消えていく
「やっぱり知らないや」
「でも、結構上手いよね」
知らないのは当たり前だ。むしろ、登録されていること自体が意外だった。
従兄に誘われて一度だけ行ったライブハウスで、偶然出会ったような曲だから。
誰もが背負う十字架を カルマと呼ぶのは容易くて
だけど名前をつけたその時 人は忘れる それは降ろせる
この世のすべてがカルマなら 僕は君だけの十字架になろう
せめて闇の中でも 明日の後ろ姿が見えるように
君といつまでも離れないように
カラオケの音で虚勢されてはいるが、それでもゆったりと力強いロックナンバー。
歌っていて解った、これは“歌ってあげたい”曲じゃなかったかもしれない。
だけど確実に“聴いて欲しい”、もしかしたら“聴かせてあげたい”曲だ。
闇を忘れた青い空
なびく後ろ髪はそのまま 君は
空だけ見つめているんだね
後ろの僕には気付かずに
狂いきった僕の脳みそが何故か
知らない君を思い出すんだ
顔さえ知らない君だけど
その君を ずっと探してた
サビに向けて盛り上がる曲にあわせて、俺はすうっと目を閉じた。
例えば灰原に見られたりなんかしたら茶化されてしまいそうな仕草だけど、ふたりとも画面を見ていて、気付いていなかったように思う。
街にあふれる悲観主義 ドグマと呼ぶには多すぎて
だけどひとつ拾いあげたら 僕は忘れる 明日は来ること
僕が背負った十字架は 揺らぐことないexistence
君という存在さえ この背中で離さずいられるように
君といつまでも離れないように
明日のことなんて そのまた明日のことなんて
僕には見えないけれど
僕の目が悪いせいじゃないよね だから
夜空に消えた黒い影 イデアにするのは僕自身
だけど君の背中に届けば 僕は手にする 明日への切符
君と歩いていけるなら 僕の空には意味がある
痛みや終わりまでも いつか最後に愛せるように
君といつまでも離れないように
君といつまでも
きっといつまでも
途中からすっかり黙っていたふたりは、曲が終わったと確認して拍手をくれた。
ラストの部分で我に返って、光原と結びつけてとやかく言われるのではないかと心の準備をしたが、意外にもそれは全くなく、灰原が何かを解ったようにうなずいただけだった。
「じゃ、またあたし行きまーす」
そしてそのまま、完全に仕切り役に納まっている灰原が四曲目を入れる。
俺と対馬はしばらく拍手を送っていたが、ふと対馬が歌本をめくり、ねえねえ、と隣にやってきてあるページを俺に見せてきた。
「これ、小五のダンスで踊った曲。覚えてる?」
小五の夏休み明けに俺のいたクラス(貴司はその時は別だった、ちなみに翌年は三人一緒)に転入してきた対馬の坂下小学校で最初のイベントが秋の運動会だった。正直その時まではまだ転校生の扱いだったが、その運動会が終わったころにはクラスにもなじみ、その翌月の席替えで同じ班になって色々と話すようにもなったので、俺の意識としても対馬は変わったような覚えがある。
「覚えてるよ」
「歌える?」
「歌おうよ」
俺と対馬がそんな会話をしていると、マイクを通した声で灰原が割り込んできた。
「ちょっとそこ! いちゃついてないで半分ぐらい聞いてよお!」
聞いて、俺は笑った。三人でカラオケってのがちょっとだけ無理があったんだよな、と思った。
対馬はまた灰原の隣に戻った。聞いてるよお、と言いながら。
あんまりやりやすい状況ではないけれど、気を遣われたのかな、と思ってなんだか悪い気がしたから、もう思い切り楽しんでやることにして対馬が持ってきた曲の他にもう一曲、予約をした。
結局時間いっぱいまで遠慮することなく思い切り歌った。一番歌っているのに声の勢いが変わらない灰原にもやたらハイトーンボイスが出る対馬にもびっくりした。
そしてカラオケボックスから出た後、もういい時間になっていたのですぐにファストフード店に入った。カラオケボックスの会計でもばっちり仕切っていた灰原がここでもてきぱきと三人分の注文をとり、金勘定をした。まったくもって頼もしい奴だ。
レシートをあらためながら歩く灰原について、俺と対馬はトレイをひとつずつ持って二階に上がっていった。一階はほぼ満席だったが二階の人影はまばらで、そのぶん少し広く感じられた。
「あそこにするね」
導かれるままに窓側の席にトレイを置いて、座る。
さすが灰原というべきか、それともただの偶然か水道も近くて、明るいのに日も差さないいい席だった。近くに人もいない。
手を洗った後、三人でハンバーガーやらポテトやらをぱくつく。一番しゃべっているはずなのに灰原は食べるのも早くて、その上対馬はあまり注文しなかったので普通に食べているにもかかわらず俺が一番食べるのに時間がかかった。
「ねえ斉藤、結局私、あの曲の意味わかんなかった」
「俺もあんまり、考えてなかった」
対馬がちょっと、とおそらくトイレに立つと、灰原は少し声のトーンを落とした。窓の外をじっと見ている。俺はその灰原の、机の上に置かれた手をじっと見ている。
「ねえ、朝言ってたことなんだけど」
「何?」
「ほら、『好きって、どういうことだ』ってやつ。私ちょっと考えてみたんだ」
いつ考えたんだ、なんてつっこまない。相槌も打たないで、ただうなずいた。
「“好き”ってのは、相手に惹かれて、その人と一緒にいたい、その人をもっと知りたい、って思うことなんじゃないかな……ってのは、ダメ?」
「いいと思うよ」
「それでずっと一緒にいられて、その人のことは少なくとも自分がある程度満足するまでは知った、ってなったときに、まだ惹かれてるか、ちょっと冷めちゃうか。惹かれてたら、それが“愛してる”」
灰原にしてはかなりまともな意見だ、なんて言ったら蹴られるだろうか。
「灰原は貴司のこと、“愛してる”の?」
「まだわかんない。多分違うよ。だってまだまだ知らないことあるし、今はまだ“大好き”かな」
いや、きっと蹴られないだろうな。今なら多分、冗談で流してくれるだろう。
ふふふっ、と笑った灰原は、じゃあ、と続けた。
「斉藤は澪のこと、“好き”なの?」
本日二度目のこの質問。俺が一瞬たじろぐと、ドンピシャのタイミングで対馬も戻ってきた。
「さあさあ」
対馬も状況が飲めた様子で、黙ったまま座ってストローをくわえた。
「なあ、答えなきゃダメか?」
「当たり前でしょ。それじゃあ何のために今日こうしてるかわかんないじゃない」
結局、そういうことなのか。
「解らないんだよ」
今朝未来に出したのと同じ答えを、俺は出した。当然灰原は食いついてくる。
「一緒にいたい、とか知りたい、とか思わないの?」
「お前の案を採用するわけじゃない」
「でもキライなわけ、ないでしょ」
対馬が口を挟む。当然俺は、そこには同意する。
一瞬三人とも沈黙した後、灰原がもうひとつ、質問をしてきた。
「斉藤が持ってるなんとなくの感じでいいから答えて。じゃあ、好きじゃないの?」
俺は多少、はっとした。
「逆から行こうよ。好きじゃない、って言い切れないなら、もう好きなのかもしれないでしょ?」
灰原はそう言い放って、挑戦的に俺の目を見てくる。対馬は黙ったままで、少しだけうつむいている。
核心を突かれた気分だった。
光原。光原、澪。
背が高くて美人のクラスメイト。初めて話してからひと月半、今はすっかり仲もいい。
熱を出したら、見舞いに来てくれた。俺の料理も、ほめてくれた。
呪いの噂がある。何よりも本人が、いちばんそれを信じている。
でも、気丈に振る舞っている。けどそれもたまに、崩れそうになる。
よく謝る。よく礼を言う。そして最近、よく笑う。
かたく目を閉じながら一瞬、首だけで天を仰いだ。
閉じたまぶたの奥で、光原が切れ長の目を細め、優しく笑った。
あの笑顔は、少なくとも好きだ。そして多分、つまりはそういうことなんだろう。
「好きじゃないわけ、ないじゃんか」
それを聞いて灰原は、少し表情を緩めた。そして、だけど聞いて、とまた口を開く。
「澪はね……ほらあの娘、あの通り必要以上にカワイイからさ、その……浪野にも告白とか、されてたんだって。あんまりしゃべってはくれないんだけど小学校の高学年になってからいなくなっちゃった、って言ってる人はみんな、そんな感じみたい。それで結局澪がいちばん、それも何度も傷ついてきたわけでしょ? 私たちだってそれを目の当たりにしたから、今日こうして斉藤を呼んだの。でもね……なんだか心配ない気もした。好きってなかなか言えなかったのは、澪のことまでちゃんと、考えてるからかも」
言い終えて灰原は、ごめん自分でも何言ってるかわかんない、と謝った。
別にそんなことないよ、ありがとう。俺はそう礼を言う。
対馬はとうとう口を開かなかったが、どことなくいつもより優しい顔をしていた。
ファストフード店を出ると、灰原が服選ぶから付き合って、というのでなんとなく同意してついて行った。
灰原は俺や対馬に意見は求めるがあまり聞き入れる様子はなく、少し引き回されている感もあった。
「そちらさんはどうですかぁ?」
灰原がさっさと別の売り場にいってしまいふたりで追いかけようとしたところで、くるくるした茶髪の店員に捕まった。
「いや、私は今日は……」
「付き添いですかぁ?」
「まあ……」
俺はよくぞまあこんなに巻いたものだとその店員の髪の毛を眺めていたが、店員が俺のほうにも話を振ってきたので少しうろたえた。
「そちらのお兄さんはぁ?」
「俺もその、付き添いで」
まあ若い女性用の服しか置いていないような店だし、少し冷静になれば俺は浮いている。
「三人さん、どういう関係なんですかぁ? お友達?」
「いや、子分みたいなもんです」
えー、と言って店員は笑い、なんとなくの流れでようやく俺と対馬は脱出を果たした。短い時間で、ひどく消耗した。
気付くと灰原を見失ってしまっていて、俺と対馬は適当にしゃべりながら探した。
「こういうとこの店員ってみんなあんな感じ?」
「いや、あの人はちょっと極端だったかな」
売り場を覗き込んだりきょろきょろしたりしながら対馬は灰原を探している。相変わらず眼鏡をかけていないその横顔にちょっと思うところがあったので、尋ねてみた。
「なあ、対馬って最初、あんな感じのしゃべり方じゃなかった?」
えー、と驚くような表情を見せて、対馬は答える。
「私あんなに語尾伸びてなかったよ?」
「いや、語尾じゃなくてアクセントが関西系だったっつーか」
対馬は少し首を傾げ、考えるようなしぐさを見せてから言った。
「でもうち、おったん広島やから、やっぱりちょっとちゃうわ」
「それだ!」
「いや、ずっとこっちにいて直っちゃったから、なんか違うかも」
もう一度首を傾げて、対馬は少し頬を染める。
よく解らないけど、隣を歩く対馬がやけに小さく感じられた。
「んもう、ふたりして迷子にならないでよ!」
「物言いがベタ過ぎるぞ」
右手に紙袋をひとつ提げた灰原が、程なくして見つかった。結局ぐるっと回って、すぐにもとの売り場に戻ったというのが本当のところらしい。
そして少し早い時間のようにも思えたが、そこで三人別れて帰った。
帰りぎわ対馬が「あの曲、CDで持ってるなら貸して」と言ってきたので、わかった、と返しておいた。
「おかえり」
「おかえんなさい」
家に帰ると何故か未来と一緒に貴司がいて少しどきっとした。
「おう、帰ってきたか。ちょっと走りに行こうぜ」
貴司は完全にそのつもりで来たようで、かなり動きやすい格好をしている。
未来としゃべっていたのだろう、貴司は食卓にいて未来はソファーにいるが、食卓にはカップがふたつ置いてあった。
「わかったよ」
一応陸上で長距離なんかやってるから夏休みだからといって全力でサボるわけにはいかなくて、できるだけ体力を維持、強化しなければならない。まあ弱小の部活なのでグランドもあまり占有できず、学校に行って練習してもどうだか、というのもあって、集合をかけられている日は少ない。だからまあ自主性に任されているという言い方もできるが、体力が落ちるとサボったのがばれるので、昨日の夜も実は少しだけ部屋で、腹筋をしてみたりしていた。
着替えて準備をし、カップ片付けとけよ、と未来に言って貴司とふたり、玄関を出る。
足回りを軽くストレッチしている間に、貴司は口を開いた。
「きょうは おたのしみ でしたね」
「なんだよそれ……つーか、知ってるのかよ」
「まあね、発案が俺だから」
ちょっと驚いたが、何とか抑えて表には出さずにおいた。
「で、好きって言えた? ちゃんと」
「何がだよ」
「光原さんのことだよ」
ストレッチが終わって、貴司はその場でぴょんぴょん跳ねている。
「誘導尋問気味だったけど、ちゃんと言ったよ……多分」
俺が言うと貴司はそうか、と安心したように言って、走り出した。俺もそれに続く。
しばらく走って水分補給をしている時に、俺は聞いてみた。
「結局何のつもりだったんだ、今日は」
「凛が、お前が光原さんのこと好きなのかどうか気になる、ってメールで言ってきたから、俺は直接聞き出しちまえ、って返した。で、そこからはトントン決まって、今日に至った、ってこと」
買ったペットボトルを半分弱飲んでポケットにしまおうとして、やっぱ入んねえ、とぼやきつつ貴司は明快に答えていった。
「未来ちゃんにも聞かれたぞ? まあ確信はないけどそうかもね、ぐらいにしといたけど」
「助かる」
「まあ次は夏祭りらしいから、明後日だな。帰った頃か夜にまた、メール届くと思うぜ」
俺も光原さんも、その時はちゃんと集まるだろうから、と貴司はつけ加えた。
貴司はまだ何か言いたそうにしていたが、俺は行くぞ、と走り出した。
前半戦終了。見放さないでください。乗りかかった船です。