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すべてへ  作者: 気象情報
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1.呪われたクラスメイト(A cursed girl)

「放課後、体育館裏に来て下さい」

 思わず背筋がカユくなる、絵に描いたような青春のセリフだと思う。

 それをまさか、自分が聞くことになるとは思わなかった。


 ◆


 俺が斉藤和也という日本では比較的普通の部類に入る名前を貰って生まれてきてからぼちぼち十七年になろうとしている。高校二年、小中学生の頃に描いた高校生の理想像にはほど遠く、とにかく周囲に埋没した高校生活を送る俺が今ここにいる。もちろん、楽しくないわけではない。友達だってちゃんといて、部活もやっていてそこでの成績もそれなりで、中三の一時期だが彼女だっていたこともある。それなりに満足というか妥協というか、そういうもののある程度できる自分自身なんだと思う。でも、そういうものまで引っくるめて自分が特定の誰でもない、とにかく“みんな”と同じ、そんな気がしていた。

 でもそこから抜け出そうとするわけでもなく、抜け出したいわけでもなく、将来に明確なビジョンも夢も描けずに、まあ頭のカタい大人の考える現代の高校生像にぴたりと一致した、そんな存在で、それはもうどうしようもないんだ、そう思っていた。


 ごつん。

 休み時間の教室で机に突っ伏してぼんやりしていた俺の頭頂部がグーで軽く叩かれる。

「休み時間に寝るな。授業中に寝ろ」

 そんなこれまた絵に描いたようなダメ学生のセリフを吐くのは木田貴司。俺とは幼稚園の頃からの幼なじみで、ずっと同じ幼稚園、小学校、中学校、高校と通ってきたことになる。同じクラスになるのも、今年で六回目になる。

「まったくお前は朝っぱらからあんなこと言われといてさ、危機感っつーもんがないのかよ」

 あんなこと、つまりはあの青春のセリフ。

 俺は今日の放課後、体育館裏に行かなければならないことになっている。

 呼び出したのは同じクラスの光原澪。背丈は俺よりは低いぐらいで、女子の中では結構高い部類に入り、切れ長の目には長いまつげ、少し外にハネたセミロングの黒髪。整ったその顔立ちは可愛くもあり綺麗でもある……歯の浮くようなそんな紹介文にも違和感がないぐらいには美人。

 なのにどうして、フリーの俺が貴司の言う“危機感”を持たなければならないのか。

 理由はひとつ。

 “呪い”の噂だ。


 厳密に言えばそれは呪いではないのかもしれない。

 付随するいろいろなエピソードを除いて簡潔に言うと、なんらかの形で光原に近付いた男はある日突然“消えてしまう”というものだ。おおかたの恐怖の対象はその呪いではなく“呪われた光原”であるようで、呪いを薄々にでも信じている男が光原との接触を少し大げさに避けようとしているのも時折感じる。

 そんなバカなこと信じられるか、とも思うけど、なかなかそうはいかないらしい。

 クラス替えでその光原と同じクラスになり、特に何も起こらないじゃないかなんて思っていた矢先、噂を信じようとせずに光原と仲良くなろうとし、そしていくらかは仲良くもなったように見えた奴がひとり、消えた。

 そいつの名前は浪野宏治といった。

もちろん突然ふっ、と透明になって消えたわけではなく、ある日を境に浪野が学校に来なくなり、最悪でもそこで担任が「家庭の事情で……」なんて言い出すところが何も言わず、それどころか一週間が経った頃に「どうしても連絡がつかないんだが、誰か今どうしてるか知らないか」なんて言ったものだから、クラスはちょっとした騒ぎになった。

知っている奴から知らない奴へと噂は広まり、信じる信じないを別として噂の認知度も上がったし、たった一度の出来事で単なる偶然、夜逃げか何かだと言い切ってしまうこともできるにしても信憑性も確実に上がった。

その日じゅうはなんとか普通に振る舞っていたように見えたけど、次の日光原は学校を休んだ。

――ということがあったのが先月だから、もう三週間ほど前のことになる。


 そして今朝、「放課後体育館裏に来てください」だ。

状況としては陸上部の朝練のために早く登校し、貴司とふたりで教室で準備をしていたところに何故か光原がやってきて言っていったわけだから俺と貴司しかこの事実は知らず、まだ傷は浅い。一応のくされ縁、俺は貴司を信用している。

 だけどそんな風にだらだら考えたところで俺は呪いを別に信じ込んでいる訳じゃないし、光原の容姿だけでも考えたらもうちょっと浮かれてもいいんだろうけど、まあ話をおおっぴらにしたくないのと昔から好いた惚れたにあんまり熱をあげられないのと、そして貴司が妙に俺を心配していることもあり、やっぱり手放しではいられないわけだ。

 五限の後の休み時間、貴司が逃げ道を用意しろとか行かないほうがいいとか小声でつぶやくのにも耳を傾けず、ひたすら俺が教室の一番後ろに位置する自分の席でぼうっとしていると、隣の列の前から二番目に座っていた光原が振り向いてこっちを見た。

 思わず身体を硬くする。貴司は話に夢中で気付いていない。

 何かしでかすのか、と思ったが、光原はただ首を傾げるような軽いお辞儀をこちらによこしてうっすらと笑顔を作っただけだった。よろしくね、とでも言うつもりなのだろうか。

 俺も首だけでお辞儀を返したけど、上手く笑顔は作れなかった。貴司はそれでも気付かない。

 振り向いたその光原の姿はお世辞ではなく綺麗で、あの笑顔が自分だけに向けられたものだなんて思い当たって、少しぞっとした。

 でもその“ぞっ”はなんだか悪くない“ぞっ”で、そんなことを考えていたころにチャイムが鳴った。

 放課後まであと、一時間。


 毎日授業に夢中で、気が付くといつも放課後です、なんて普段から言えるような模範生じゃ決してないが、さすがに今日はそれが当てはまる。貴司はやっぱり、やんわりと止めたけど、俺は当然のごとく行くことにした。

 俺は呪いなんて信じない。あんな美人に呼び出されたらのこのこ出て行くのも当然だ。貴司があそこまで無茶に心配できるのは彼女持ちの余裕だろう。

 ぐだぐだ考えているうちに体育館裏までやってきていた。

 俺の通うこの御崎高校の体育館はロケーション的にちょっと特殊で、学校が高台にある関係上屋外にある階段を下りないとたどり着けないところにある。つまり校舎から少し低いところにあるわけで体育館裏は薄暗く、人も少ないから“そういう話”をするにはもってこいの場所なのかも知れない。

 結局ガラにもなくドキドキしながらきょろきょろと光原の姿を探す。が、見当たらない。ホームルームが終わるや否や教室を出て行くのが見えたからもう着いていると思ったのに。

 出鼻をくじかれる格好になった俺は所在なく、やたら大きいシャベルや汚れきってもともと何のボールだか判らないようなボールの転がる体育館裏をとぼとぼと行ったり来たりする。それほど経ってはいないのだろうが待つ時間はいやに長く感じられ、いい加減騙されたのではないかという考えまで浮かび始めたころ、不意に後ろから足音が聞こえた。急いで振り向く。

「ごめんなさい、遅くなっちゃった」

 そんな謝罪の声とともに、光原は現れた。


「ほんとごめんね、私が呼んだのに」

「いや、大丈夫大丈夫」

 本当にすまなさそうな感じで光原が言うので、かえってこっちが恐縮してしまった。

 呪いの噂が根底にあったのかも知れない光原のなんとなくツンツンしたイメージより随分柔らかな人柄のようで、俺は少しだけ緊張がほぐれた。

「うん、わかった……ありがとう」

「それでさ、用事って、何なんだよ」

 俺の中に少なからずある下心が、俺をせっつき光原を急かさせる。

「あ、うん、あのね」

 期待って、裏切られるためにかけるものなんだよな。

「私の呪いの噂って、知ってる……よね?」


 正直動揺した。今の今まで他人が勝手に騒ぎ立てているだけで、本人はそれに耐えているんだと思っていたから。

「ああ、ええと、聞いたことぐらいなら」

 俺のそのしどろもどろの返事を聞いて、光原はなぜか少し表情を緩めたように見えた。

「よかった、用事って、その話だから」

「その呪いが……どうしたんだよ」

 まだしどろもどろのままで、俺は言う。

「えっと」

 光原は後ろで組んでいた手を体の前に組み替えて、少しうつむいたままで言った。

「斉藤くんが信じてるかどうかは解らないし、こんなこと言って信じてくれるかどうかも解らないけど、あの噂って、本当なんだ。それで」

「待って」

 まるで現実感のないことをあっさり言ってのける光原を遮って、俺は言った。

「そんなこと言われたってすぐに信じられるわけないだろ? 冗談とかだったら、タチ悪いぞ?」

「そんなのじゃない……違うんです」

「じゃあ俺も危ないんじゃないのか? 俺は消えちゃったりしないのか?」

 感情的な口調でまくし立てる俺に光原は驚いたような顔を見せて、さっきより深くうつむいた。今度は光原がしどろもどろになって、言った。

「ごめんなさい……そこまでちゃんと、話、しますから」

 クラスメイトがうつむいて体育館裏、タメ語ですらなくなって、しかも美人だったら。

 俺は、どうするべきですか。


「あのっ」

「敬語は、やめてくれ」

 あのっ、が敬語かどうかは凄く怪しいが、俺は一応言った。

「それだけでいい。光原の話、ちゃんと聞くから」

「う、うん、わかった。私ね、呪いを解いてくれる人を探してるんだ」

 少し元気を取り戻した光原は、そんなことを言い出した。

「それが俺なのか?」

「かもしれない」

「じゃあ、俺じゃなかったら?」

「わからない」

 もし失敗したら、どうなるんだ? ――そう聞き返そうとして、やめた。

 多分何を聞いても何を言っても、納得のいく答えは返ってこないだろう。

 だったら諦めるしかないのかも知れない。多分、これまで普通に生きすぎていたバチが当たったんだろう。今日の俺は、明らかに普通じゃない。多分明日からも、この分だと似たようなものになるだろう。

「斉藤くん?」

 だったらじっとしたままで“自分”を守るよりも、どこに繋がっているか解らない道に進むほうがいい気がする。無鉄砲と下心のレールに乗るのも、別段悪いことではない。

「だったら俺は、どうしたらいいんだ?」

 俺が出した答えは、それだった。


「私ね、ずっと呪われてたんだ」

 光原は俺の質問には答えずに、しばらくの間をおいてぽつりぽつりと話し始めた。

「幼稚園の頃からね、私が仲良くした男の子って、よくいなくなってた。でもその時はまだ、どこに引っ越すとか、これからどうするとかはっきり解るような“おひっこし”だった。小学校に入ってもそういうのは続いていって、それどころかね、もっとひどくなったの。北海道とか沖縄とか、そのうち外国とか、遠く、とにかく遠くに引っ越していくようになった。手紙も出したりしてみるけど、すぐに返ってこなくなっちゃうの。中学入ったらそういうのですらなくなって、この前みたいにはっきり“消えちゃう”ってなるようになったの。小学校のころからだんだん男の子のことは避けるようになってったんだけど、私本当に怖くなって。中学入って三人目が出たときにはもう誰も私に話しかけてくれる男の子もいなくなったし、私ももう、誰とも話したりしないように、周りを思い切り自分から遠ざけた」

 もともとそんな気のなかった俺の心が、だんだんと呪いを信じるほうへ傾いていく。話から聞いてとれる光原が背負っているものは、俺にもはっきりと解るくらいに大きくて、重い。

「だけど高校に入ってね、周りがほとんど知らない人になった。同じ中学から来たのなんてひとりだけだし。だから大きな噂になることなくてね、ちゃんと友達もできて、“彼氏つくらないひと”っていう肩書き付きでだけど、ちゃんと普通でいられるようになった。一年経っても誰も消えたりすることなくてね、私すごく、楽しかったの」

 もともと今年になって同じクラスになっただけで何の繋がりもなかった俺だけど、“光原の友達”は何人か知っている。少なくともあの日までは、浪野が消えたあの日までは、光原は俺の中で普通の女子だった。

「それがこの前、変わった。浪野くんが、変えたの。もともと同じクラスになった四月から、ちょこちょこ話しかけてきたりはしてて、ひどくなると友達がいなしてくれてたりしてたの。でも浪野くんは聞いてくれずに、それで……。私、これからどうやって生きていったらいいのか解らない。もしかしたら浪野くんも他の男の子たちも、どこかで元気にやってるのかもしれない。でも少なくとも私の知ってる範囲から、浪野くんは消えちゃった。寂しがる人もいると思うし、それは私のせいだとも思う。しかもだんだん呪いは強くなってるみたいだから、これからどんな風になるのかも、解らない。でもとにかくまた本気で、男の子から遠ざからなくちゃと思って周りを見渡したときに、斉藤くんだけは、違って見えたから」

 話が自分のことに戻ってきて、少しはっとした。いつの間にかうつむいていた顔を上げて光原の顔を見ると、その目は少し潤んでいるように見えた。

「すごく迷惑な話だと思う。もしかしたら、絶対しちゃいけないことだったのかも知れない。でも私、我慢できなかった。よく考えてみたら私から男の子に話しかけたことってこれまでに多分なくて、初めてそうしたい、と思わせてくれた斉藤くんなら、何か私を変えてくれるんじゃないかって思った。だから、何もしなくていいの。呪いのことなんか関係なしに、ふつうの友達が欲しいな、って思って、斉藤くんなら私が呪いでも大丈夫、って思ったの。自分でもわからないことだらけで、わがままなお願いかもしれないけど、おねがいします」

 そう言い切って、光原は頭を下げる。

 正直少し落胆はあったけど、なんだそんなことか、と思った。よくよく考えれば光原の言うことを信じるのなら信じるで俺が消えたりはしないことになるし、まるっきり信じないとしてもそれは同じだ。できることはしよう、ってさっき決めたところだし、それが“できること”なら。

「わかったよ、わかった。もういいよ、友達なんだろ?」

「ん……うん。ありがと」

「じゃあ、何かあったら、なんでも言ってね」

 そう俺が返事をすると、光原はありがとう、としつこいほどに繰り返して、きびすを返して走り去っていった。

 その場にひとり残された格好になった俺は、このまま体育館裏にいても仕方ないので部活に行くことにした。


 俺と貴司は陸上部に所属していて、ともに長距離をやっている。

 準備をしてグランドに着くとみんな基礎練に励んでいるところだったので、俺は先輩を捕まえて用事があって遅れたと告げてストレッチから始めた。

 部員も少ない弱小の部活だからそこまで厳しくなく、特に咎められることもなく途中から加わる。

 しばらくして種目別の練習に入って、俺と貴司は学校の外周を走るために抜け出した。

「なあ、どうだったんだ? 告白でもされたのか?」

 貴司は興味津々に聞いてきたがあまり答える気分になれず、また話すよ、と答えたまま、一日が終わってしまった。


 翌日は特に光原と話したりすることなく放課後を迎えた。

「というわけで、専門家の方に来ていただきました」

「何が“というわけで”なんだ。つーか、専門家って何だ」

「あー、俺光原と小中学校一緒でさ」

 そんな感じで貴司が連れてきたのは、隣のクラスの児玉亮。

「そうなのか」

「うん。で、お前面白いことになってるらしいな」

 貴司が何を話しているのかは解らないが、いくらか誇張を入れているとみて間違いないだろう。貴司の悪い癖だ。

「面白い……ってことはないけど、まあ普通じゃないよな、一応」

「でさあ、結局お前なんて言われたんだ?」

 貴司はどうしても、昨日俺に何があったかを聞き出したいらしい。

「あ、それ俺も聞いときたいなあ」

 亮も乗ってきた。くそう、タチが悪い。

「言わなくちゃダメなのか?」

「ダメ」

 すかさず貴司が答えるが、それは無視する。

「いや、別にそれは言わなくてもいいけど……お前、結局呪いって信じてるか?」

 さっきまでとはうってかわった真剣な調子で亮は聞いてきた。

「俺は信じてない、かな。単なる偶然だと思う」

 光原をかばうつもりはないし、話してくれたことを信じないつもりもないが、俺は少し強がってみた。

「そうか……あのな、俺、その話をしに来たんだ」

 そう前置きした後で、亮は話し始めた。

 今まであまり噂になることのなかった、昨日光原が話してくれたのとはまた違った話。

「俺、光原と小中学校一緒だったって言ったじゃん? それ自体結構珍しいんだよ。呪いの噂は小学校のころ、多分三年のときにはあったはずなんだよな。で、そのせいかは知らないけど、あいつ普通にいけば進むはずだった中学には進まずに、その……越境? して、わざわざ南吉原中に進んだのな」

「あの評判がすげー悪かったところか?」

 貴司が食いつく。南吉原中のことなら、俺も少しは聞いたことがある。ここ数年の間に荒れ始めた、いわゆる不良の巣窟として。

「そうなるな。で、俺はたまたま引っ越したからしょうがなかったんだけど、まあ場所的には隣の校区になるからおかしくはないって言っても好きこのんで行くところじゃないじゃん。だから小中とあいつと同じとこ通ったのは、俺ひとり」

「で……その頃の光原はどうだったんだ?」

 俺がたまらなくなってそう聞くと、亮は首を傾げながら言った。

「どうしようもないくらい有名だったよ、小学校のときは。一学年三クラスで、六年に上がるころには半分以上の奴がクラス同じになったわけだし、一年にひとりはいなくなってたからな。中学は……ふたり、だったかな」

「三人、って言ってたぞ」

 反射的に口を挟んだ。貴司と亮が、ぱっとこちらを見る。

「そこまで詳しくは聞いてないけど、俺、お前らが思ってるよりちゃんとした、そういう話を光原としてきたんだよ」

「ってことは、何が起きてきたのかなんてのは省いていいわけだな?」

 そういうことになる、と返事をすると、ますます亮は身を乗り出してきた。

「じゃあ、お前はこれからどうするんだ」

 そういって貴司も、急に真剣な顔になる。

「光原と、とりあえず仲良くしてみる」

 決意の割に情けない語感だなあ、と言ってから思っていると、案の定というか何というかふたりも腰くだけになって突っ込んできた。

「それでいいのかよ」

「結局一緒じゃんか」


――私ね、ずっと呪われてたんだ。

――斉藤くんだけは、違って見えたから。

――だから、何もしなくていいの。


「違うよ」

 光原は、そんな奴じゃない。

 その言葉を飲み込んで、俺はそれだけ言った。

 光原が考えて、俺に話してくれたこと。それをどこまでふたりに伝えていいか解らなくて、俺はそれきり何も言えなくなってしまった。

 うやむやのままで亮が帰ってしまって、何となく煮え切らない感じで俺と貴司はいつものように部活に出たあと並んで自転車を走らせながら学校を出た。

 光原と亮じゃないが俺も小中高と貴司と一緒で。同じクラスになること六回。家も当然のように近くて、ちゃんとした幼なじみのくされ縁だ。

 そんなだから当然こんな雰囲気になることも何度かあったはずだけど、やっぱり何も話せないで沈黙するのは気まずくて、慣れることはない。


「あのな」

 家まで三分の二くらいまで行ったところでようやく貴司が口を開いた。

「何を光原さんから聞いたのか知らないけど、俺はお前が決めたんならそれでいいと思うよ?」

 いきなり何を言い出すかと思えば。

「例えばお前が消えたとしても、バカな奴がいた、ってずっと覚えておいてやる」

 俺はおかしくなってちょっと笑い、そして言った。

「大丈夫だって、大げさだなあ」

「いや、俺もね? なんか大丈夫な気がする、結局」

 貴司のその一言で、なんだか安心した。本当に大丈夫、そう思えるようになった。


「それでさ、俺だけじゃなくてお前だけでも呪いとか、そういうのナシで光原と接してもらいたいんだよ」

「俺もか?」

 そう、と一言言って、また続ける。

「万が一呪いの噂が本当なんだとしても、光原自身は呪いでも魔女でもなんでもない。話してみて、解ったもん。本当に大丈夫、って思うんなら、普通の女子と同じ感じでいいじゃん、と思って。光原だって……悩んでたよ。もちろん本人なわけだから、本当は一番の被害者なんだよ」

「そっか」

 ありがとう、と言ってみようとしたけど、横を走り抜けていったバイクにそれはかき消されて、まあそういうガラでもないしな、と思い直してやめた。

「ま、美人とお近づきになれるわけだしな」

 そう言っていつもの調子で貴司が茶化してくれて、俺が彼女持ちのくせに、と突っ込んだころに家に着いて、別れた。

 なんだかんだでいい奴なんだよな。

 ふうっと息を吐いて鍵を廻し、ノブに手をかける。

「ただいまー」

 なんだかいつもより落ち着いた気分で、ドアを開けた。


もともと7章編成だったものを読みやすいように更に分割し、多少の改稿を施して掲載しています。

各章サブタイトルも7つを新たに追加。実はかなり苦労しています。できればお付き合いください。

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