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ほのぼのファンタジー詰め

水に沈んだ街のもの

作者: 八島えく

 水に沈んだ街があると酒場の主人から聞いたので、その少女は興味本位で行ってみた。

 彼女は好奇心が旺盛である。同時にスリルを求める。

 

 水に沈んだ街というのは、彼女のそれらを刺激するに足る話であった。

 そこにたとえ危険が潜んでいても彼女は迷いなく行っただろう。危険があるほどスリルも増すのだから。


 腰に携えた銃を頼りに、少女は噂の街へ行ってみた。


 酒場から遠く離れた、人気のない湖だった。

 澄んだ水が広がり、じっと目を凝らすとそこには一つの街が沈んでいる。

 

(あれは外灯? ちゃんと光ってる)

 少女が見つけた外灯はしっかりとあかりを灯している。水に沈んだと聞いているから、てっきり街自体滅んでいるのだとばかり思っていた。

 しかし明かりはついている。ということは、街もまだ機能している可能性がある!


(だったら探検するしかない!)

 胸を弾ませた少女は、何も考えずに湖へ飛び込んだ。

 春になったばかりの今の季節は、冷えた水が心地よい。


(あれ、息ができる)

 少女はその違和感を察知した。

 水に漂う感覚は普通だったが、水の中でも変わらず呼吸ができることは驚きだった。当初は息が続くまでの探検のつもりだったが、息ができるのなら体力が持つ限り、いくらでも彷徨える。




 水に沈んだ街に、人間と呼べる種族は見当たらなかった。

 代わりに小さな魚やくらげが気ままに泳いでいる。古めかしい車をたまに見かけたが、それらは水底に縫いつけられたかのように動かない。しかも浮いてこない。ガソリンをまき散らさない。


 レンガ造りの道路に街路樹。ショーウィンドウには流行りだったと思われる服を着たマネキンが立ち並び、たまにぬいぐるみがささやかに置かれている。

 


 お洒落な看板を下げたレストランはなぜか『OPEN』の立て札。窓からこっそりのぞいてみると、魚と貝が仲良く食い物と思われる何かをつついていた。お客は魚だったんだ。


 水を漂うことはできても、底に足をつけることは難しい。少女は何度かもう少し深くをもぐってみようとしたが、なかなか足が届かなかった。


 

 呼吸ができなくなるということがまるでない。ここでは人間も実質生活ができるのかもしれない。食べ物が傷んでいなければの話だけれど。


(お、あの建物、レトロでいいなー)

 少女の目に留まったのは、赤レンガ造りのモダンなビルだった。

 看板は掲げられておらず、どんな店なのか(ひょっとしたら会社なのかも知れない)想像がつかない。駅かもしれない。


 入ってみるか、と赤レンガの建物へ向かおうとした。瞬間。


 

 目の前に、大きな鮫が現れた。


 

 鋭い牙が見え隠れする。ゆっくりとこちらに近づいてきた。間合いを詰めるように、いつでも食いちぎれるように。


(水中で銃って撃てるのかな? 息はできるけど、それ以外は水の中にいるのと普通に変わらない。っていうかこの鮫に銃はきくのか?)


 腰にさげた銃に触れながら、少女はこの場をどう切り抜けるか考えた。銃が使えればチャンスはある。

(こういうアクシデントも嫌いじゃないけど)

 少女は自然と笑っていた。こんな非常事態を、彼女はことさら好む。


 びりびりと肌に伝わる殺気を覚える。少女はどきどきしながら、鮫の動向を見守った。


 

 今にも飛びかからん勢いの鮫と、それからいかに切り抜けるかを考える少女。


 その一匹と一人を制したのは、新手だった。



「待ちなさい」


 澄んだ女の子の声が、鮫にささる。

 鮫はすぐに口を閉じ、一歩後ろへ下がる。


 鮫を制した女の子は、青いワンピースを着ていた。背中まで届く黒髪は水に漂わず、地上にいる時と変わらない。

「……えーと」

「この街の人じゃないね。どこから来たの?」

 静かな表情の女の子が少女に問う。女の子から恐怖は感じられない。ただ有無を言わせない強さはあった。


 少女は正直に答えた。

「酒場で、水に沈んだ街があるって聞いたんだ。ここのことだと思って」

「思って……ここへ入ってきたの?」

「ああ、うん。その、何というか好奇心、というか……」

 気まずそうに白状する少女を横に、女の子は「そう」とうなずいた。隣の鮫を撫でる。


「ここには本来入って来れないはずなんだけど……そうか、通せんぼが壊れてたんだ」

「通せんぼ?」

「うん。この街が見えない様にするための物。水の底には水しかないように見せる。

 でも壊れてたのかも知れない」

 女の子は近場の魚を呼び止め何かを話しかける。魚は頷くと水面へ上がっていった。


「あの子に通せんぼの修理をお願いした。これでまた誰にも見つからない」

「へー。……あ、通せんぼしたら私は出られなかったりする?」

「大丈夫、私が出してあげる。

 でも約束して。ここに入ってきたこと、地上の誰にも言わないって」


 女の子の言葉には不思議と力がある。怒鳴り上げているわけでもないのに、静かに少女の心へ入りこむ。まるで拒否をさせないのだ。

 少女は息をのみ込み、うなずいた。


「わかった。誰にも言わない。内緒にする」

「ありがとう。もし破ったら、あなた泡になって消えちゃうからね。

 あなたが消えるの、ちょっといや」

「誰にも言いません。

 その代わりさ、もう少しいてもいい? 

 あのビルの中を見たら、すぐに帰る」

 少女は赤レンガのビルを指さす。

「いいよ。案内してあげる」

 さあ、と女の子は少女を連れて行く。傍らには、大人しくなった鮫が控えていた。


 

 少女が望んだ赤レンガビルの中は、公民館のようなものだった。

 青ワンピースの女の子に案内してもらう。受付はクラゲが行なっていた。

 練習室1という部屋をそっと覗いてみると、少女を威嚇してきた鮫よりさらに大きな鮫が五体、妙な舞いの練習をしていた。

 待合室には、小魚の親子と思しき集団が落ち着かない様子で椅子の周りを泳いでいた。


 会議室に行くと、何やら気難しげな大小さまざまの魚が興奮気味に論争していた。

 その隣のホールからはこもったピアノの音が聞こえてきた。演奏しているのはどでかい貝だった。パイプ椅子に座っているのはほとんど貝だった。


「ここが気になってたの?」

 女の子が少女に問う。

「ん? うん。どんな建物だったのかなって。そっか、公民館だったか」

「がっかりした?」

「全然? おもしろかったよ。いろんな魚が見れたし、貝も鮫もいた」

「そう。楽しんでもらえたのなら、何より……かな」

 少女は女の子と赤レンガを後にする。



 ビルから泳いで数分すると中央広場に出る。相変わらず外灯は光っている。水面を見上げると、光の粒が輝いている。


「ここから上がれば地上に戻れる。

 もう一度言うけど、ここに来たことは、誰にも喋っちゃだめだからね。


 破ったら、あなた泡になるから。私、それは嫌なの」

 女の子が少女の手を強く握り、そう念を押した。

 少女は安心させるように笑った。


「いいよ、約束する。何度でも。

 誰にも言わない。私だけの秘密にする」


「ありがとう。


 じゃあ、さようなら」


 少女は地を蹴り、水面を目指していく。


 

 顔が地上に上がる。湖から這い上がり、少女はずぶ濡れになった服をぎゅっと絞った。


(……宿屋のオカミさんに、なんて言い訳しよう。何でもいっか)

 少女はふと後ろを振り返る。


 さっきまで潜っていた湖を、じっと目を凝らして見たが、水に沈んでいたはずの街並みはすっかり消えていた。


「……秘密、ね」

 もしうっかり漏らしたら、自分は泡になって消える。そんなスリルが一生憑いて回るのだ。

 刺激を求める少女には、とても嬉しい約束だった。


 弾む足取りと、水を含んで重くなった服を持て余しながら、少女は宿へと帰って行った。

急に水に沈んだ街的なものを書きたくなりました。水中の都ってロマンありますね。

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