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何千人もの受験者を蹴落としながらも、こんな講義をつまらないと思うのは罰当たりだろうか。
教授の声は教室の中で一切反響せず、ぼくを含んでいるこの空間は、砂を噛んだような味気なさがする。なにがあったって、特別なにかが面白いわけではない。ほとんどの毎日はこの繰り返しだ。
それにもかかわらずぼくが毎日を楽しいと感じられるのは、ささやかな友人と、大輔という名の恋人が彩りを与えてくれているからだと思う。それだけで、だいぶ救われているようなものなのだ。
教授のつまらない講義が終わると、皆一様に席を立って動き出す。ぼくもまっさらなルーズリーフをまとめてファイルへとしまい、それから彼らと同じように席を立った。
「シオン」
ふと、背後から声をかけられる。スキップでもしそうな、快活で明るい声だ。振り向くと、すぐに豊満な胸を持つ長い髪の女性が目に入る。
ぼくのささやかな友達のうちの一人、山瀬遥だった。彼女はぼくのことを男でもなく女でもなく、ただの「シオン」として理解してくれている。
「なんだ、どうかしたのか?」
「シオン、この後の時間は暇?」
彼女は疑問に疑問で返す。少し思考を巡らせて、それから今日は大輔が合コンに行く日だということを思い出した。この後は大輔のために空けておいたようなものだから、特に大事な用という用はない。強いていうならば、買い物がしたいくらいだろうか。
「今日の講義はこれでおしまいだから、暇ではあるよ。でもちょっとだけ買い物に行こうかと考えている」
そう答えると、みるみるうちに遥の顔が綻んでいくのか分かった。
「そう。それはよかった。それなら私と一緒に行かない? 恋人の誕生日プレゼントを選びに行きたいの」
彼女は僕を真っ直ぐに見て笑う。午後の柔らかい光が射す教室で、遥の明るい髪が照り返っていた。彼女の話に納得して、ああと頷く。
「構わないよ。この後図書館で本を借りてからになりそうだけど」
「うん、いいよ。じゃあ校門の前で待ってる」
涼風のようにそう言って、彼女は清々しく去って行く。相変わらず颯爽としていながらもどこか艶のある仕草に、ぼくはその後ろ姿をしばらく見つめる。
やがてガラクタばかりが詰まったデイパックを背負うと、装飾品のような空虚な明るさが差す教室を後にした。