4
携帯の着信音は華やかな交響曲だった。組曲惑星の第四楽章、木星が電子音で流れる。ホルストが作曲した中で日本人が一番よく知っている曲だ。とりわけ木星は「快楽」を意味する。大輔には少し似合わないメロディに、ぼくはおもむろに顔を上げる。
「大輔、電話来てるよ」
抱き締める大輔の腕から抜け出して、先ほどの戸惑いをごまかそうとベッドから降りる。背後から「いいよ、無視して」という声がしたが、聞こえない振りをした。カーペットの上に置きっぱなしだった彼の鞄から携帯を取り出し、ベッドまで戻って大輔に差し出す。その間、携帯はずっと鳴り続けていた。
「はい。モリモト先輩から」
ぼくの声が読み上げた名前に、大輔が体を起こす。それから思い出すように、頭に手を当てた。
「森本先輩……? なんの用事かな。心当たりがないんだけど」
「こんな時間に鳴らすってことだから、緊急なんじゃないか?」
ふと部屋にある掛け時計を見ると、もう夜の十一時を回っている。大輔もぼくと同じ方を見ていた。
彼はめんどくさそうに唸ると、ぼくの手の中で未だ震えている携帯の端末を取り上げた。
森本というのは、高校時代に二人してお世話になった先輩だ。ぼくの方は大学に行ってから長らく連絡を取っていないが、大輔とはよく電話で話しているのを見かける。
大輔は立ち上がってベッドから下りると、そのまま窓際に向かった。のっぺりとした平らな端末を耳に宛てがい、彼は「もしもし」と声を上げる。盗み聞きするわけにも行かないので、ぼくはベッドに腰掛けて大輔の姿をぼうっと見ていた。
閉じられたカーテンをスクリーンにして映し出される影を追う。大輔が二言三言喋り、頷く形はどこかのハリウッドスターみたいだった。彼は頭に手をやり、髪をくしゃりと握る。何度か自分の髪を撫で付けるその仕草は女っぽく見えるが、ぼくは嫌いじゃない。むしろ好きだ。
大輔の手はたばこが似合いそうで、憧れでもあるのだ。高校時代にバスケを嗜んでいたこともあり、その手は大きく力強い。誰かを守るためにある、強くて優しい男の手だ。
ぼくとは決定的に違う手。
つい、自分の手に視線を落とす。小さくて白い、縫い物や料理が得意そうな手をしていた。ぼくも多少なりともバスケをしてきたが、それでも大輔のような手には近付けない。
そうして自分の手をしばらく見つめていると、ふとぼくの前に大輔が立ちはだかった。どうやら電話は終わってしまったらしい。ぼくはいつの間にか眉間に寄っていたシワを、指で伸ばした。