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 大輔の温もりは水に似ていると思う。


 隅々まで染み渡っていくような爽やかさと、それから体を暖めていくような熱さ。そんなものを彼は持っていた。大輔の温もりは優しく包み込むような、掴みどころのない液体を思わせるのだ。彼は水の精かなんかじゃないだろうかと思うあたり、どうやらぼくはかなり彼に溺れてしまっているらしい。


「シオン」


 大輔がぼくの名前を呼ぶ。「詩音シオン」という漢字がてられた名前だ。背後からぼくを抱きすくめる彼の吐息に振り返り、そしてわざと気だるそうに返事をする。


「なに? そんなにひっついてどうしたの」

「シオン、あったかい」

「ぼくはあついんだけど」


 酒のせいなのか、大輔の体は妙に火照ほてっていた。背中から伝わる温もりは言葉通り熱く、長時間お湯に浸かっているような気分になる。まだ少ししか飲んでいないくせにでこんなになるなんて、つくづく大輔は酒に弱い。


 光源をかなり絞ったぼくの部屋には、どことなく扇情的な空気が漂っていた。少し値が張るバーに似ていなくもない。ぼくは未成年だからという律儀な理由で酒は飲まないけれど、ここで大輔が変な気を起こしたらどうすればいいのだろう。ベッドサイドのテーブルにある、宝石が溶けたような色を閉じ込めているウイスキーのボトルを見つめる。大輔が買ってきて、僕の家に置いてあったのを取り出してきたものだ。わずかな明かりに煌めくそれは、甘やかな輝きをまとっている。

 無論、明かりを絞ったのは大輔の方である。彼が「酒は薄暗いところで飲むのがおいしい」とワケのわからないことを言い出して、ぼくがせっかく点けた明かりを消してしまったのだ。


 薄暗い部屋の中、大輔を流し目に見る。

 大輔はたくましい腕でぼくを包み込みながら、目を閉じてうとうとしている。ふと思いたち、ぼくはゆるい天然パーマの黒髪に手を伸ばしてくしゃくしゃと撫でた。まるで犬みたいだなと思った。

 ぼくの愛撫がくすぐったいのか、大輔が「んん……」と唸る。眠いのだろうか。しばらく続けていたら大輔が目を覚ました。


「撫ですぎだよ」


 花が咲くようにまぶたが開いて、とがめるような目がぼくを見た。とろんとした、子犬みたいな円な瞳だ。白と黒の両方とも、よく均整の取れている目だと思う。ぼくは女の子を魅了してしまいそうなその双眸に、いたずらっぽい視線を送ってやった。


「大輔、気持ちよさそうだったから」


 そう言って笑いかけると、大輔は照れくさそうにして、ぼくの首筋に顔を埋めた。使い古された刷毛はけのような髪がうなじに触れる。背後にのしかかる重さと熱が心地いい。しばらくそのままでいたかったけれど、不意に大輔はぼくを巻き込みながらベッドに倒れていった。思わずはっとする。彼はぼくを抱擁したまま、首筋に息を吹きかけた。くすぐったくて、反射的に変な声が漏れる。


「大輔? おいなにするんだ、ちょっと待てよ」


 背後から怪しい手付きで大輔がぼくの服をまさぐる。熱い手が肌を掠めた。あまりに唐突な事態にぼくはパニックになって、つい彼の手首をつかみあげる。


「なんだよ、もうちょっとだったのに」


 不服そうな声を辿たどって振り向くと、こちらを見てにやにやしてる大輔がいた。その目がきちんと開かれているのを見ると、どうやら寝惚ねぼけているわけではなさそうだ。ぼくは恨みがましさを込めた目で大輔を見るが、そのニュアンスが伝わったのかどうかは分からなかった。大輔が再び抱き締めようと手を伸ばす。


 その時、電話が鳴った。

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