18
顔を手で覆って、何も見えないように視界を暗くした。
どれくらいそうしていただろう。
近所で鳴くセミの音がたまらなくうるさい。が、文句を言うほどの元気はなかった。
覆っていた手を外す。長い眠りから目覚めたような感覚。飛び込んできた光が無遠慮に視神経を傷付ける。大した光ではないのに、ずっと闇に慣れていた目にとっては猛毒だった。
すっかり顔が腫れてしまっている。触っただけで分かってしまった。
「……顔、洗わなきゃ」
虚しくひとりごちて、洗面所に行こうと立ち上がる。足元が覚束なくて、そこにたどり着くまでに二回転んでしまった。
みっともない顔をしている自分が、鏡の中にいた。赤く腫れぼったいまぶたを持つその人は全くの不細工で、ああ女の子が泣き顔を見せたくない理由が少しだけ分かったような気がした。こんなの、ぼくだって見たくない。
そんな顔を削り取るように、水を掬って乱暴に洗う。肌に張り付く感覚が気持ちいい。しばらくその行為に夢中になるが、腫れた顔が元に戻ることはなかった。
もっとも、水だけでごまかしが効くくらいなら苦労はしないのだが。
顔を上げる。顎から雫が二、三滴落ちた。大輔に浴びせたカフェラテを思い出す。
充血した真っ赤な目は、まだ潤んでいた。横にかけていたタオルを手に取り、かき消すようにこれまた乱暴にこする。
「っ、くそったれ」
熱くどろどろした液体が、ぼくの体を上り詰める。たまらずタオルを壁に投げつけ、ついで鏡には理不尽な打撃を喰らわせる。けれど強化された鏡は、女の拳では容易には割れなかった。
代わりにぼくの手が、小さな傷と打撲を負った。
洗面所から出て部屋に戻ると、玄関に荷物を置きっぱなしにしていたことを思い出して取りに行った。
ふと鞄の中から伝わってきた小さな振動に、ぼくの心臓は子鹿のように跳ねる。慌てて鞄の中に手を突っ込む。携帯が震えていた。
取り出した瞬間、その振動はぴたりと止む。
まさかと思って画面を表示した。そこに見えたのは恋人の名前だった。少し遡ると、もう既に五十回くらいの履歴があった。
「なんなんだよまったく……」
くしゃくしゃと髪をかきむしる。癖のないぼくの髪は逃げるように、指の腹をするりと滑る。どうしてよいか分からない。しかし自分を蔑ろにするような大輔の言葉が蘇り、ぼくは意思を決めた。
携帯からバッテリーを抜いて、軽くなった機体をテーブルの上に置く。それからやけになって、まだ夕方にも関わらずベッドにもぐり込み、腫れている顔を確認しながら目を閉じた。
そして、ぼくはある夢を見た。




