哀哭
走り過ぎて、付いていけなくなった足がつんのめる。熱い地面に手を付いて、ぼくは危うい体勢を整えた。
息が切れて呼吸が苦しくなって、何度転びそうになりながらもひたすら走る。でなければ振り返って、追いかけてくる彼の姿を探してしまいそうだったから。
目の前の信号が赤に変わる。あと五メートル。視界の端で車が動き出す。構うものかと、疲弊を訴える脚で地面を蹴った。鳴り響くクラクション。やかましさと煩わしさに舌打ちをして、蝉時雨が降り注ぐ中を駆け抜けた。
これで、よかったんだよな。
自分すらなくなってしまいそうなほど走り続けたぼくは、やがて見慣れた街並みがだらだらと続いていることに気付いて立ち止まった。けれどすぐに歩き出して、頭の中を正確にコントロールする線がぷつりと途切れたような脳にばかな自問を突き刺す。
体が熱く火照っているが、心のどこかはずしりと重く、何も感じないまま氷のように硬く冷えていた。
荒く呼吸するぼくを慰めるように、乾いた熱風がまぶたをさする。濡れた頬はまだ乾く気配がない。やるせなさについ見上げた太陽は核融合反応を起こして、熱と光を爆発させていた。相変わらず延々と輝き続けるそれは素知らぬ顔でぼくを見下ろしている。目を細めてそれを見つめれば、漠然と薄青を犯すあの中に落ちてしまいたいという思考が浮かび上がった。
思惟も、ぼくという歴史すらもどろどろに溶かして、跡形もなく消えてしまえたら。
そう思うけど、ぼくの小さな手では太陽に届きはしなかった。諦めて、ようやくたどり着いた玄関のドアを開ける。靴を脱ぐ気力はなく、散々走ってエネルギーを使い果たしたぼくはドアに背を預けてへたり込んだ。背中に寄り添う冷たさが心地よい。しばらく、ぼくは目を閉じて脳裏を駆け抜けるあの人の姿を静かに再生していた。
彼はあの時、いったいどんな顔をしてぼくを見てた?
頬を伝うものが本当に汗なのか、ぼくには判別がつかなかった。