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台風のときのこと

昔の話ですからヤマもオチもありません


台風が近づいてきて、みんなでそれぞれの名札が刺さったプランターを生徒玄関に詰め込んだ。僕のプランターから伸びるマーガレットは「どうしたの?」と問いかけるように首を曲げていた。僕は心の中で「ごめんね」とあやまった。

 それから先生はみんなに、明日は『きゅうこう』になるかもしれないな、って言った。

「それって学級閉鎖の全校生徒バージョンですか?」と僕がきくと、先生は「学級閉鎖は知ってて『きゅうこう』は知らないのか」と笑った。これって少し馬鹿にされたのかな? いや、単に可笑しかっただけかも。どっちにしても、大人はみんな子供のことを笑うんだ。

 その日は太陽が沈んでから雨が降り出して、しばらくすると風も強くなってきた。庭のイチョウが大きく揺れる。まるで巨人がクワガタを取ろうとしてるみたいだ。イチョウの葉っぱが東の窓にビシビシと叩きつけられて、またすぐ遠くへ飛んでいく。

 雨も風も静まる様子はまったくなくて、それどころか夜になるにつれ激しくなっていくみたいだった。これじゃ雷がやってくるのも時間の問題だ、と僕は唾を飲む。ゴクリ。

 算数の宿題がまだ終わりそうにないし、寝る部屋から布団を持ってきてみた。夏なのにひざかけするなんて、何だか不思議な感じだ。幸い、この天気だから全然暑くなかった。

 宿題が終わってもイチョウはまだ揺れていた。もうそろそろ葉っぱが全部無くなっちゃうんじゃないかって心配になり、麦茶をコップに注いでから窓を覗いてみた。

 うん、どうやら貴重な日陰地帯はまだまだ耐えられそうだ。

 僕は麦茶を飲みながら「ファイト」と呟いた。飲み終わってから「がんばれ」とも言ってみる。なんで二回も応援したかって訊かれても、多い方がいいと思ったからだと思う。

 台所へ帰る途中


 ピカッ


 と一瞬だけ目の前が真っ白になった。

 体がすくむ。……僕はおばけは得意だけど、おばけ屋敷は苦手なんだ。急にワッ! と来るのがダメだから。

 すると


 がらごろがらごろがら!


 と今度は大きな音が鳴って、すくんでた体は今度はブルブルと震えあがった。

 人間をストップさせたと思ったら、すぐに音でおどかしてくる。まったく雷ってのはたちの悪いおばけ屋敷そのものだよ。

 そう思って一歩足を踏みだしたら、今度はチクリと親指に何かが刺さった。

 今度はなんだ!? と思って下を見ると、ガラスの破片が木の床に落ちていた。

 ここでようやく僕は、握っていたコップが手にないことに気付いたんだ。きっと雷の音が邪魔していて割れるのに気がつかなかったんだと思う。

 お母さんに包帯を巻いてもらって布団に入ったけど、それからも雨は止むつもりないみたいだった。

 けっきょく雷はそれっきりだった。もしかしたら僕が寝てる間に何回か鳴っていたかもしれないけど。

 でも眠っている間なら僕は雷にも驚かないんだ。




 次の日になると雨は止んでいた。

 僕が眠ってすぐ止んだのか、夢を見てるときに止んだのか、それとも起きる前に止んだのかは分からない。それくらい分かるようになりたいな、って僕は思った。

 朝ごはんを食べてからもお母さんは冷蔵庫を見ながらウンウンうなっていて、お父さんは電話で誰かとおしゃべりしてる。学校も休みになるって連絡網がまわってきたから今日は遊べるぞって思ったけど……よく考えたら外はビショビショで缶ケリもできない。

 スマブラは持ってるけど一人でやってもツマンナイし、お父さんもお母さんもゲームなんてできない。

 ああもう、なんてツマンナイ休みなんだ!

 そんな風にかんしゃくを起こしそうになる気持ちを抑えて、なんとか暇つぶしの方法を考えてみる。どんなときも冷静に、と先生はよく言っているんだ。

 そうして一休さんのポーズで考えてると、いいアイデアがポンっていう効果音付きで現れた。

 そうだ、探検しよう!

 いつもは見慣れ過ぎてなんにも感じないド田舎だけど、台風が来たあとだったら何か見つかるかもしれない。

 窓から飛んでいったイチョウの葉っぱみたいに、ドロシーの家が見つかったみたいに、風に乗ってなんかすごいお宝が落ちてるかもしれない!

 そうと決まれば迷ってる暇なんてなかった。

 帽子を被り、はさみと懐中電灯とビー玉とお守りの入ったポーチを手に、僕は靴をかかと潰しで履いて飛び出した!

 外は夏だっていうのが嘘みたいに涼しい。おまけに風も吹いていて、扇風機の『中』と『強』の間くらいの強さがとても気持ちいい。

 空は一面曇りでいつ降ってもおかしくないけど、こんなんで学校が休みになるなんてちょっと拍子抜けだ。

 家の前の坂を下り、お地蔵さんの道を抜けるとすぐ川に出た。

 去年河原につくった秘密基地はとっくに流れてしまったけど、僕はなんとなくそこへ行こうと決めていた。

 堤防沿いにトモくんち方向に進んで、壊れた三角コーンのわきに河原へ下りる石段がある。もちろん秘密基地跡は今も泥水の底にあって姿は見れない。けど旗を立てていた棒だけはしぶとく耐えていて、先っぽをなんとか必死で水面に出していた。

 たしかあの棒は勇太が「旗ってのはメチャクチャ大事なんだぜ。だからこういう長くてしっかりした奴を使うんだよ」と持ってきたやつだ。みんなで描いた旗は一週間くらいしたら無くなっていたけど、こいつだけはずっと地面に刺さりっぱなしで、そのうちみんな棒自体を旗代わりにしちゃってたんだ。

 石段を恐る恐る慎重に下っていく。どんなときでも冷静に。この流れに飲まれちゃやばいことくらい子供の僕にだって分かる。けど、なんだろう……どうしてもあの棒のところに行かなくちゃいけないような、そんな不思議な感覚がする。

 まだ乾ききっていない変色した石段を、僕は手も使って下りていく。川にはあちこちブラックホールみたいな渦が出来ていて、そこに木の枝がすごい勢いで流れてきて、あっという間に吸い込まれた。

 ゾワリ、と冷たい汗が流れる。

 僕はよりいっそう石段を下りるスピードを遅らせた。

 そして……水面からだいたい2と2分の1の段まで来た。ここから手を伸ばせば、ギリギリ棒にタッチすることができそうだ。

 そこで僕はあることに気が付いた。

 水面からわずかに伸びる秘密基地の棒。

 その根本の部分……川の流れで見え隠れする部分に何かがくっついていることを。

 僕は両手両足でがっちり石段にしがみついた状態から、首だけ伸ばしてその何かを見てみた。





 これって……指?



「優斗!」

 そのとき上の方から叫ぶような声が聞こえた。先生だ。

 そこを動くな、とまた叫ばれて僕は雷に出くわしたときみたくカチンコチンに固まった。堤防の上には赤くて小さな車が一台置いてあり、先生は石段を一段一段下っていた。一段下るごとに足元と僕を交互に確認して近づいてくる。その睨むような目で僕はまた筋肉を縮ませてしまった。

 一段上の場所にしゃがんだ先生は僕の腕を思いっきりつかみ、一本釣りのように一気に引っ張りあげる。そして力任せにグイグイと引っ張られていった。

 腕の痛みに歯を食いしばりながら、僕は背中越しに棒の方を見た。

 さっき見たあれはどこかに流されたのか、泥水に沈んでいるのか、とにかくもう見ることはできなかった。

 先生に怒鳴られお母さんに泣かれお父さんに初めての拳骨をもらった次の次の日に、僕はもう一度秘密基地跡に来ていた。一日空けたのは濁流(って言うんだってさ)がおさまるのを待ったからだ。

 泥の中や木切れの間を手探りで、ズボンの裾がぐちゃぐちゃになるまで探したのに、成果らしい成果はなにも無かった。

 一つ報告することがあるとすれば、とうとうあの棒までもが流されてしまったということくらいだった。

 そのことをかつての秘密基地メンバーに話すと、みんな素っ気ないふりをしていて、やっぱりどこか寂しげだった。

 あのとき見た指のことは、卒業して全員バラバラになるまで、けっきょく誰にも話すことはなかった。



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