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死神交渉


「どうも夜分遅くにすみません。私こういったものでございます」

 深夜零時。俺が夜勤に出ようとアパートのドアを開けると、廊下には全身黒づくめの人影が佇んでいた。

「悪いけど今から仕事なんだ。また明日にしてくれ」

 ソイツは真っ黒なボロボロのローブを全身に纏い、身の丈ほどもある巨大で凶悪な鎌を肩に担いでいた。開口一番に営業台詞を放った素顔を拝もうにも、髑髏の仮面が邪魔をしている。そんな男(だと思う)が差し出す名刺を見ずに

「死神?」

 と尋ねると

「あ、ご存知でしたか」

 と、あっさり返事がきた。

「俺、今日死ぬの?」

「あ、はい。話が早くて助かります」

「こっちは全然助からねえけどな」

「あはは。面白いですねお客様!」

「こっちは全然面白くねえけどな」

「あははは」

 死神はこっちの気持ちなんてちっとも分かっていないらしい。こういう奴を傍若無人と言うのだ。

「とにかく俺は今から夜勤なんだ。せめて仕事させてから死なせてくれ」

「えー、私としては今すぐお客様に死んでいただかないと困るんですよー。そこを何とかなりませんかね」

 いかにもゆとり世代の新人死神といった生意気な口調である。

「何とか、って言われてもさ。俺にだって事情があんの」

「いいじゃないですか、お仕事なんて。たまには休んでも罰は当たりませんよ」

「おかしいな。入社以来無遅刻無欠勤のはずの俺のところに、今まさに罰が当たってる気がするんだが」

 そう言うと死神はまた「あははは」と笑った。

 俺は死神のむかつく態度に無視を決め込むことにし、内ポケットから黒の携帯電話を取り出した。

「……あ、もしもし支店長。すみませんが今ちょっと変な輩に絡まれてて遅れそうなんです。……はい。……はい、分かりました。ありがとうございます」

 携帯電話を閉じると、死神はズイッと詰め寄ってきた。

「あー! やっと分かってくれたんですね! ありがとうございます! では早速手続きの方――」

「違う」

 死神はその姿勢のまま動きを止め、しばらくして「カラン」と鎌が手から落ちた。

「お前にはな、人を説得するってこと、そして自分の仕事が人様に大きな影響を与えてるってことが微塵も分かってねえ」

「……?」

 言っても分からず、首を捻った死神に少々ムッときて、俺は死神のやせ細った手を引っ張って部屋へと上げる。

 死神が引かれながら「あ~、あ~!」としつこく叫ぶので後ろを見ると、廊下に奴の鎌が放置されたままだった。

「取って来い」

 と命令すると、死神はダッシュで引き返した。犬かお前は。

 仕切り直してアパートの部屋。卓袱台越しに向かい合って正座する。

「綺麗な部屋ですねー」

「そう。それだよ」

「え?」

「いきなりビジネスの話から入るのはNGだ。まずは顧客との会話。コンビニの客じゃねえんだから、まず相手の情報を少しでも多く仕入れ、それを基にどう攻めるかが基本となる」

「お、おお……」

「メモしないでいいの?」

 死神は慌ててローブからボールペンとメモ帳を取り出した。どちらのアイテムも百均で売ってそうな小物だ。

「そういう道具も、ちゃんとした文具店で買え。顧客に舐められたら仕舞だ」

「は、はいっ!」

「よし、じゃあ俺が昔先輩から教わった十箇条から話してやろう。まず第一に――」

 その後四時間、俺のレクチャーは続いた。死神はその間ずっと、仮面の奥の目をキラキラと輝かせてメモを取る手を休めなかった。この新人はなかなか根性がある。俺は少し見直した。

「――とまあ、以上が原則十箇条から発展した心得五十目と、さらにそれらを応用した秘伝百式説得術だ。これを全てマスターすれば、お前は絶対に業界No.1の死神になれる」

「はいっ! ありがとうございます!」

「いい返事だ。じゃあこの後飲みにでも……ってそんな時間じゃねえな。今日はもう帰っていいぞ」

「う……まあ仕方ありませんね。では師匠、また是非機会あらばご教授下さい!」

「ああ。だが機会ってのは自分で作るもんだぜ?」

「あははは! まったくその通りです。では私はこれで!」

 死神は背筋を伸ばしスッと立ち上がった。胸を張り、最初の弱々しさがどこに消えたのかと思うくらい堂々と部屋を出て行った。

 ふう……と安心して一息つく。

 根性は認めるが、単純さは治りそうもないな。

 俺は紺のローブを脱ぎ捨て、火照った体を朝の冷気で冷やそうとドアを開けた。


――――


 20× × 年、メディア等による死神イメージの向上によって死神人口は急激な増加の一途を辿った。

 しかし増えすぎた死神は霊界の魂自給率を圧迫し、これを重く見た霊界政府は従来の死神からエリートを選出し、『死神の死神』として死神人口削減の切り札にした。

 けれども、それは新たに『死神の死神』人口が増加するだけで、数百年後には『死神の死神の死神』、そのまた数百年後には『死神の死神の死神の死神』……とイタチごっこを繰り返すだけだったのだ。

 そして、上の階級になればなるほど学歴とコネだけが物を言う格差社会となっており、実情としては自らの足で人間界に出向く『死神』が最も優秀であることも事実であった。


――――


「あ……あのぅ、御在宅で無かったようなので先方に聞いたところ、お客様がこちらにいらっしゃると……」

「そんなことより君、敬語をちゃんと使いなさい。『聞く』じゃなく『伺う』でしょう? 君が私の立場なら、そんな無礼な方に死を任せたいと思いますか?」

 玄関先で先ほどの死神と、ソイツとはまた別の、ピンクのローブを着た女死神が新たな商談を行っていた。

 死神はついさっき俺が教えたばかりのことを得意げに彼女に語っている。

 階級と反比例する交渉術。

 自分より馬鹿な死神に殺される結末。

 そんなのはごめんだ。

 俺は「やれやれ」と呟き、自分の教え子を見捨てるようではあるが、一日でも長生きするため、女死神を勝たせる策を練り始めたのだった。



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