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たい育  作者: 鈴神楽
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造船と海戦

造船場で働くヤオ。その造船場に持ち込まれる大量の戦艦の依頼に隠された陰謀とは?

 マーロス大陸にある造船が盛んな港町、ノップス



 ヤオは、その小さい体で、自分の数倍はある木の板を肩に背負って普通に運んでいた。

「嬢ちゃん大丈夫か?」

 からかい半分で後ろに居た大工が声をかけて来たので、ヤオは振り返り答える。

「大丈夫ですよ!」

 その時、人が水に落ちる音がして、ヤオの顔を冷や汗が流れた。



「またお前か?」

 呆れた顔をする、造船場の主で、ノップス一の船大工と名高い、トイスの言葉に必死に頭を下げるヤオ。

「本当にすいません」

 トイスが、頭をかきながら言う。

「お前のドジは、何時もの事として、問題は相手だ。新任のムーツの造船監査官だ。安全管理が成ってないって騒ぎ出している」

 ヤオが泣き出しそうにしているのを見て、トイスが溜息を吐いて言う。

「まあ、不用意に声をかけた奴も悪いし、造船場の監査に来て、周りを注意していない奴も悪い。今回の事は、タイミングが悪いアクシデントって事で話をつけておく」

「ありがとうございます」

 そう言って頭を下げるヤオにトイスが苦笑しながら言う。

「でも、減俸は覚悟しろよ」

 ヤオは頷くしかなかった。



『これでまた旅立ちが一歩遠のいたな』

 職人用の簡易ベッドに横になるヤオに止めを刺す白牙。

「解ってるよ」

 少ないお金を数えて、少しでも増えないかと無駄な足掻きをするヤオであったが、そこに数人の職人が入ってきて雑談を開始する。

「そういえば例の話を聞いたか?」

「大量の戦艦の造船の依頼が来たって話だろう?」

「あの監査官もそれ関係で監査を行っていたって話しだ」

「その依頼を受ければ、仕事が増えて、大万歳だな」

「給金があがれば、噂の金印の娼館にも行けるかもな」

「お前、そっちの趣味があったのか? 胸が無い女なんて女じゃないだろうが」

 そんな会話を聞いて白牙がヤオに問いかける。

『きな臭い噂が出始めたな』

 ヤオは頷く。

「金印って十中八九、金海波信者の経営だよね」

 白牙は溜息を吐いてから言う。

『そっちじゃない、大量の戦艦の方だ。お前の管轄に入ってきたと思うが?』

 ヤオは、少し考えてから答える。

「多分、まだだよ。本格的に動くのは、もう少し後、戦艦を大量に依頼しただけでは、大きな戦とは、結びつかない。特にムーツは、海王国、戦争をしないとしても、海賊相手に常にアドバンテージを維持する為に、常に最新の戦艦を配置している。問題は、それに造船監査官が来た事だよ。この造船場は、評判が良いから今更、大きな依頼だからって監査は来ない。だからこそ、トイスさんも大して気にしていなかった。問題はもっと別の所にある筈だよ」

『戦神候補としての勘か?』

 白牙の問いにヤオは頷く。



 ヤオの予測通り、大量の戦艦の依頼自体は、大きな騒動を起こさなかった。

 トイスが修行した造船場が後継者不足で傾いた代わりに、前回の依頼の時に中心として動いたトイスが作った造船場に話しが来ただけだったからだ。

 問題は、もっと深く、トイスすら知らない所で進行していた。



『長くなったな?』

 遠い視線をする白牙に昼間起こした失敗のペナルティーで残業するヤオが、釘を打ちながら言う。

「まーね。そのおかげで造船技術はあらかた身につけたよ」

 暢気なヤオに責める視線を向ける白牙だったが、ヤオは気にしない。

 そんな中、数人の男達が、作り途中の船に入って来る。

「それで問題の装置はどれだ?」

 何故か居る、ヤオに海に落された監査官が質問すると、ヤオが何度も話したことがある、トイスの右腕と呼ばれる職人、アランキーが答える。

「これです。今回作った船の全てにこの装置がついています」

 監査官が装置を触りながら疑るように言う。

「間違いは、無いのだろうな?」

 アランキーが頷く。

「当然です。殿下が起動用の魔法を使えば、親衛隊に納品された最新鋭艦が一斉に沈没を開始し、行動不能になります」

 頷く監査官。

「そして、その間に殿下が再編した、現行の精鋭艦が、防衛線を打ち破り、新たなムーツの王として君臨なされる」

 含み笑いをする監査官にアランキーがいやしい目をして言う。

「その時は、お願いしますよ」

 頷く監査官。

「任せておけ、欠陥艦を作ったトイスは処刑し、この造船場はお前の物にしてやろう」

「ありがたき幸せ」

 頭を下げるアランキーであった。

 白牙が呆れた顔をしてテレパシーを発する。

『随分、ありきたりな展開だな?』

 ヤオは作業の手を止めず頷きテレパシーで返す。

『でも、有効な手段だよ。船に細工した事が明るみに出れば、船が基本のムーツでは、反抗心を高めるけど、それを逃れる為に、造船の責任者トイスさんを完璧な方法で尋問させる。本人とは、繋がりが無いからばれる恐れが無く、新しい造船場の造船ミスで全てを片付けるつもりだね』

『それでお前はどうする? その戦い、正しいのか?』

 白牙の質問にヤオは苦笑する。

『残念だけど、戦いにならない。戦神候補の出番なしで終わりだね』

 そして出て行く監査官達を何もせず見送るヤオであった。



 数日たったある日の作業終了後、トイスが職人達を全員集めた。

「俺が何か言う前に、話せ」

 その一言に職人達が戸惑うなか、アランキーの顔が青くなる。

 しかし、発覚しない自信故に、何もせず沈黙する。

 トイスはこれ以上無い怒りを堪え、その怒りを出来るだけ表に出さないようにしながら言う。

「この中に、船が沈む細工をした奴が居る。大人しく名乗り出ろ!」

 その一言は職人達に動揺を起こさせる。

 慌ててアランキーが言う。

「何かの間違いでは無いんですか?」

 それに対してトイスは、一枚の術符を取り出す。

「これは、魔法細工職人に頼んで作らせた術符だ」

 それが発動させて暫くすると、トイス達が集まった前の海にあった船が沈没を開始した。

「これと同じ細工が、ムーツから依頼された戦艦、全てにされていた」

 職人達は、怒りの声を上げる。

「ふざけるな、どこのどいつだ!」

「俺達の船を沈めるだと! 二度と海に出れない体にしてやる!」

「探せ! 探せ!」

 今にも暴動が起こりそうな場でトイスが声を上げる。

「黙れ!」

 その一言で職人達が口を閉ざすのを確認してからトイスが言う。

「同じ造船場で働いた仲間だ。大人しく俺に名乗り出てから去れ」

 職人達は不満げな顔をするが、トイスには、逆らえないのか反論は出ない。

 トイスは、立ち上がり言う。

「明日から、問題の装置の取り外しだ。基本部分に取り付けられているから修復が大変になるが、納期は延びんぞ。今夜はじっくり寝ておけ!」

 そして自室に戻っていくトイスであった。



 その夜、トイスの所にアランキーがやって来た。

「トイスさん、今回の事は俺の監督責任でした。すいません。二度とこんな真似をさせません」

 頭を下げるアランキーにトイスが大きく溜息を吐く。

「まさか、本気でばれていないと思っているのか?」

 その一言にアランキーが冷や汗を垂らしながら言う。

「何のことでしょうか?」

 トイスは立ち上がり、アランキーの前に立ち言う。

「少しでも考えれば解る事だろう。俺以外に、戦艦全てにあんな細工を行える者はそう居ないと言う事を。そして、そいつ等は、俺の譲歩案で納得して謝りに来る程、素直じゃない事くらいな」

 そして、トイスの部屋の奥から、アランキーと同じ職人頭達が現れる。

 アランキーは、気付いてしまったのだ、トイスが出した譲歩案、それこそが、職人頭の中から、犯人を燻り出す罠であり、謝罪を入れた自分は、問題の事件を起こした犯人だと悟られた事を。

「何かの誤解です!」

 必死に言い訳をするが、その間にも、他の職人達が、出口を塞ぐ。

「助けてくれ!」

 アランキーの悲痛な叫びを屋根裏で聞いていたヤオが言う。

「彼が前に働いていた造船場の主は、設計とか指示とかはしても、現場には、入らない職人任せな人だったんだろうね。でも、トイスさんは、自分の仕事に誇りを持ってるから、もう直ぐ送り出す船の肝心な部分をチェックして居た。だから今回の事が判明した。自分の使えている主の性格を読みきれなかったのが、彼の失敗だよ」

 その足元に居た白牙が頷く。

『なるほどな、ここでは、出番は無いと言うことだな?』

 強く頷くヤオであった。



 戦艦の受け渡しが済んでから一ヶ月が経ったある日、トイスの所にムーツとの交渉約をやっている男が入ってきた。

「大変です、ムーツで第一王子が内乱を起こしました!」

 さすがにトイスも驚く。

「それで、俺達が納めた船は、どっちが使っている?」

「第二王子が使用し、今、第一王子と交戦中だとの事です」

 男の答えから、次男なのに次期国王と噂される第二王子の指揮と解って、安堵し、トイスは、手元の書類にサインを入れる。

「それにしても、あの娘が出て行ってから余計な出費が減ったな?」

 トイスの言葉に男が慌てた顔をする。

「そういえば、あの娘、私が前回ムーツの首都に行った時に、旅費減らしだと言って、一緒でしたけど、争いに巻き込まれていないと良いのですが?」

「意外としぶとそうだから大丈夫だろう」

 トイスが暢気に答えた。



 トイスの予想は、外れ、苦戦するムーツの第二王子。

「殿下、ここはお逃げ下さい!」

 その言葉に第二王子は、首を横に振る。

「引くわけにはいかない。ここでひいては、後ろにある港に被害が及ぶ」

 ムーツの第一王子は卑怯にも、裏工作で集めた数だけがある戦艦を利用して、第二王子が指揮する艦隊の背に港が来るようにした。

 行動制限がある第二王子側だったが、正面からの激突で、三倍近くある第一王子の艦隊とかなり良い戦いを繰り広げていた。

 しかし、物量の差と行動制限が効き、少しずつだが押され始めて居たのだ。

「我等、ムーツ王族には、港や海に住まう民を護る義務がある。港は死守するぞ!」

 その言葉に、マストから拍手が聞こえる。

「いい心がけだね」

 そして、ヤオがマストから降りて第二王子の前に立つ。

「何者だ?」

 第二王子の言葉にヤオが答える。

「あちきは、八百刃、正しき戦いの護り手だよ」

 そしてヤオは両手を前に向ける。

『八百刃の神名の元に、我が使徒を召喚せん、九尾鳥』

 ヤオの右掌に『八』、左掌に『百』が浮かび、空中に九つの尾を持つ鳥、九尾鳥が召喚される。

「自分の国の国民を犠牲にする奴等の頭を冷やす為に氷漬けしてやりな」

『かしこまりました、八百刃様』

 九尾鳥は頷き、青の尾を海面に着けると、海面が凍りつき、第一王子の配下の艦隊は、動けなくなった。

 ヤオは振り返り告げる。

「後は、貴方達の仕事だよ」

 慌てて頭を下げる第二王子。

「ありがとうございました、八百刃様」

 そして、動かない戦艦では、戦闘にならない為、どんどん降伏して行き、最後に残った第一王子が自決し、この内乱は終わりを告げた。



「オムライスセット追加ね!」

 店の店員に嬉しそうに告げるヤオ。

『久しぶりにまとまった金が入ったな』

 白牙もシーフードサラダを食べながら言うとヤオが頷き、金貨が詰まった袋に頬擦りする。

「あの第二王子は、きっと大物になるよ」

「そこに居るのはヤオじゃないか?」

 その声に振り返ると、そこにはトイスが居た。

「おひさしぶりです。でもどうしてトイスさんがここに居るんですか?」

 トイスがヤオの向かいの席に座って言う。

「馬鹿王子の内乱で、壊れた船の修理の見積もりだよ。戦艦だから壊れるのは仕方ないが、作ったばかりの船が傷だらけになってるのは、余り気持ちよくないな」

 ぼやきながらも酒を注文するトイス。

 珍しくまともにお金を持っているので気が大きいヤオが言う。

「ここの払いはあちきが持っても良いよ、トイスさんには色々お世話になったから」

 その言葉にトイスが驚いた顔をして言う。

「本当に良いのか?」

 ヤオは頷き、金貨の詰まった袋を見せて言う。

「当然だよ、ここで大きな仕事したから、お金は一杯あるんだよ」

 少し驚いた顔をした後、トイスが声を上げる。

「今夜は、ヤオの奢りだ、盛大にやれ!」

 その言葉に、周囲の席、全ての客が反応する。

「嘘、どうして造船場の皆が来てるの?」

 ヤオが戸惑いながら聞くとトイスが肩を竦めて言う。

「折角の新型艦を、修理だからって長期間空ける訳には行かないと、お金を弾むからこっちで修理してくれって頼まれてるんだよ」

 いきなり弱気になってヤオが言う。

「あのー奢るのはトイスさんだけのつもりなんですけど……」

 すると、隣の席に座った職人が言う。

「そんな事言うのか? お前の破壊した工具の修繕をしたのは、俺だぞ」

「因みに、俺は、五回は海に落されたな」

「甘い、おれは金槌をぶつけられた事あるぞ」

 周囲の視線が集まる中、ヤオが小さく呟く。

「……解りました。今夜は、あちきが持ちます」

 それを聞いて歓声があがる。

『調子に乗るからだ』

 完全に他人事として、食事を続ける白牙であった。



 その日の宴会代で、ヤオの金貨が殆ど無くなったのは、自業自得であろう。

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