愛国心と信仰心
戦神神話の八話で出たホリのお母さんのお話です
ローランス大陸で慈悲神、天包布信仰を国教とするルーフェス聖王国の首都セイラーン
「天包布様の御加護があります」
ルーフェスの大神殿、巫女頭と呼ばれる、美人ではなかったが、その暖かいオーラを放っている女性、マーサの言葉。
国民達は、崇め、奉っていた。
笑顔のまま室内に戻っていくマーサ。
そして完全に外から見えなくなった所で、マーサが大きく溜息を吐く。
「疲れた」
その言葉に、周りのメイド達は何も言えず、視線を合わせないようにしながら、自分の仕事をする。
「ご苦労様です」
そんなメイドの中でも一際幼そうな少女が、冷水を持ってマーサの傍に来た。
「ありがとう、ヤオちゃん。それにしても、この頃は、イベントが多いわね?」
マーサの言葉に、その少女、ヤオが頷く。
「新王宮の建設費用集めの為にイベントで国民の気持ちを引き込んでおこうという計画ですよ」
はっきりとした言葉に周りのメイド達は青褪めるが、マーサが苦笑して言う。
「正直ね。そういうのは、嫌いでは無いわ」
そこに、一人の赤ちゃんが連れてこられる。
「ホリ、元気にしていた?」
王と結婚したマーサの子供、王位継承者のホリである。
「にしても親馬鹿も良い所よね、子供の為に新しい王宮を建てようなんて」
マーサの言葉にヤオが苦笑する。
「確かに、親馬鹿ですね。でも、それだけじゃないんですよ」
マーサが首を傾げるとヤオが言う。
「近頃、景気が悪いですから。特にお金が天包布教徒の中だけで巡ってる状態が続いています。こんどの大工事で、そこに大きな風穴を作るつもりなんですよ」
マーサが驚いた顔をする。
「そんな深い考えがあったのね?」
ヤオが頷き言う。
「ルーフェスは宗教国家としてある意味、完成形です。でも、更なる発展の為には、外からの風も必要なんですよ」
「私としては、世界中の人が天包布様の教えを許諾してくれる世界になって欲しいのですけど」
マーサの巫女頭としての意見にヤオが頬を掻くのであった。
「奴等は、異教徒を奴隷と勘違いしている!」
セイラーンの裏町にある酒場で男達のリーダー格の男性の言葉に、酒場に居た男達が頷く。
「今こそ、我等の力を示すときだ!」
賛同する男達の反応に隅の方で邪悪に微笑むマントの男が居た。
その日も、セイラーンでは、イベントが行われていた。
国民が浮かれ、楽しんでいた時、暴徒が流れ込んできた。
「我等に正当な権利を与えよ!」
先頭の男が、マーサに宣言する。
マーサは、巫女頭して、毅然とした態度で答える。
「全ての民が、天包布様の名の下に、平等で、幸せになる権利を持っています」
それに対して男が言う。
「詰り、異教徒には何の権利も無いと言いたいのだな!」
その言葉に、その暴徒、異教徒達の群れは、声高に主張する。
「例え天包布を崇めてなくとも我等はルーフェスの民である事には、変わりが無い! なのに我等が、何故差別されなければいけないのだ!」
マーサは驚いた顔をする。
「まさか、天包布様を崇めていない人達がこんなに居るなんて・・・・・・」
マーサを庇うように兵士達が前に出るが、イベントの為、警護が薄く、あっさりと突き破られてしまう。
「巫女頭を人質にしろ!」
どこから出たか解らない言葉に従うように異教徒達は、マーサに迫る。
必死に抵抗する、メイドや兵士達であったが、多勢に無勢、遂には、リーダー格の男の剣がマーサに突きつけられた。
「大人しく我等の人質になれ。そうすれば殺しはしない」
その言葉に、マーサは問いただす。
「貴方達は自分達がやっている事が正しいと思っているのですか!」
揺るがない言葉に一歩だけ後退するリーダー格の男。
「私は、私が信じる天包布様の教えを広げる事は正しいと断言出来ます。貴方達は、権利を主張しますが、それに伴う義務を果たしたのですか?」
その言葉に、大半の異教徒が戸惑う。
「五月蝿い! お前等は、まともな働き口すら我等から奪ってしまう。それでは義務も果たせなくても仕方ないだろう!」
リーダー格の男の宣言に、一気に士気があがるが、そこにヤオが現れて言う。
「因みに貴方達は何が欲しいの?」
リーダー格の男が即座に答える。
「真っ当な権利を請求する!」
ヤオは肩を竦めて言う。
「だからその為には義務を果たさないといけないって解る?」
「だから、それが出来ないといっているだろうが!」
リーダー格の男が怒鳴った時、ヤオは周囲に伝わるように言う。
「もう直ぐ、新王宮の建設が始まるよ。そうしたら、とてもじゃないけど天包布の信徒だけでは、人手は足りない。必然的に仕事が出来る。そして働いて、義務を果たした後、権利を主張する訳には行かないの?」
ヤオの宣言に動揺する一同にリーダー格の男が言う。
「誤魔化しだ!」
ヤオは、鼻で笑う。
「それじゃあ聞くけど、ここで権利を得た時に、平等分配できるの?」
その言葉に異教徒達が戸惑う。
「何が言いたいのだ?」
リーダー格の男の言葉にヤオが見回して言う。
「貴方達は、自分達の立場に平等と思ってるかって聞いてるの?」
お互いを見る異教徒達。
「貴方達は、天包布教徒に対抗するために力を合わせたと言うけど、権利を得た後どうするかを考えてないよね?」
ざわめき、牽制し合う異教徒達。
「よーは、敵を倒す事しか考えてない。貴方達の戦いは間違ってるよ」
リーダー格の男が慌てて言う。
「ならばこのまま煮え湯を飲み続けろと言うのか!」
ヤオは、マーサを指差して言う。
「マーサさんは、自分の考えが正しいと思い、その信念を自分の命が危なくなろうとも曲げなかった。貴方達にその思いがあるの?」
ヤオは、異教徒達に続けて告げる。
「貴方達は、自分が信じる神を持ち、しかしセイラーンからも離れられない。どっちも失いたくないから、取敢えず、意見が近い人間と協力して、妥協案を手に入れようとしてる。それが、天包布を信仰しない貴方達の思いと折り合うの? 貴方達は、自分の信仰を護りたいから戦っているのだったら、何故自分の言葉で立ち上がらないの? 自分と異なる信仰を持つ人間と共闘するの?」
異教徒達は、自分の隣に立つ人間を見る。
「お前は、金海波の信徒じゃないか!」
「お前こそ、輝銀地の信望者じゃないか!」
睨み合う異教徒達。
リーダー格の男が必死に叫ぶ。
「今は、そんな事を言い争ってるときでは無い筈だ! 共に力を合わせて、我等の手に正当な権利を手に入れるべきなのだ!」
ヤオは肩を竦めて言う。
「馬鹿言わないでよ、国は人の集まりだよ、そしてこの国は天包布の信徒が作った国、その国で異教徒が平等で有ろうとするのが間違いなんだよ」
「異教徒は人では、無いとでも言いたいのか!」
リーダー格の男の言葉にヤオは悠然と答える。
「多いって事は、正義なんだよ。平等なんて言葉は、まやかし。弱肉強食が世の定め、それでも逆らうなら、それは正義じゃない。間違ってるって言うつもりは無いけど、反逆者として正義と戦う覚悟が必要だって事だよ」
ヤオは、今にも争おうとする異教徒達を指差して言う。
「自分の正義でしか動けないから、こんな時でも争う事しか出来ない。その場の正義を知り、自分の信念と計り、その上で戦うのならこんな事では争わない」
リーダー格の男が言葉を無くす。ヤオの言葉が正しいのは、この場の異教徒達が示しているのだから。
その中、マーサが叫ぶ。
「争うのは止めて下さい。天包布様は、全ての者に慈悲を与えろと言っています。私はその言葉に従います。例え貴方達が異教徒であろうと、天包布様の言葉に従い、貴方達への慈悲の心は、無くしません。だから争いは止めて下さい!」
しかしその言葉を今更信じる異教徒は居なかった。
更なる混乱が起ころうとして居る中へ、止めに入ろうとするマーサの隣にヤオが来て言う。
「貴女は、自分の信仰の為に、この中に、暴走した力に抗おうと言うの?」
マーサは頷く。
「どんな大きな力であろうとも、私の信仰は曲がりません!」
ヤオは微笑み両手を地面に向ける。
『八百刃の神名の元に、我が使徒を召喚せん、大地蛇』
ヤオの右掌に『八』、左掌に『百』が浮かび、地面が揺れて、巨大な大蛇が現れる。
一気に冷める一同の前でヤオが大地蛇に命ずる。
「下らない争いは、あちきは、正しい戦いと認めない。それを行う者を排除しなさい」
『拝命致しました、八百刃様』
大地蛇が答え、周りを見回すと一気に争いが静まっていく。
ヤオは、その場に居る全ての者に向けて告げる。
「正しき戦いの護り手、この八百刃の前で、自分の戦いが正しいと思い、続けられるものだけ戦いなさい」
圧倒的な威圧感に誰もが武器を捨て、異教徒による暴走は、終焉を迎えた。
「一切お咎めなしとは、思い切ったね。天包布信者の中には、反発が大きかったんじゃないの?」
ホリのオムツを替えながらヤオが言うと、マーサが平然と頷く。
「私の信仰心は、どんな困難にも負けないわよ」
そんな中、足元に居た、白牙が言う。
『しかし、裏で天包布教徒が動いていたのは意外だったな?』
ヤオにしか聞こえない声にヤオはテレパシーで答える。
『大神官側の人間にしてみれば、カリスマがあり、王族と繋がりあるマーサが王族の力を増大させるので、邪魔だったんだよ。だから、暴走を誘発させた。あの場では、天包布教徒以外が有利そうに見えたかもしれないけど、最終的には天包布教徒が勝ち、あの事件を元に異教徒を徹底排除して、確固な権力を掴むつもりだったんだよ』
マーサには伝えない裏事情を話しながらもヤオは笑顔で答える。
「あちきは、マーサのそーゆーとこ、好きだよ」
そこに他のメイドが入ってきて青褪める。
「巫女頭様! 八百刃様に何をさせているのですか!」
マーサは平然と答える、
「ホリのオムツ替えですけど、お給金払っているのだから当然ですよ」
「あのときのお礼貰えなかったから、ここで働いて、旅費稼がないといけないんだよねー」
少しだけ恨みが篭った視線でマーサを見るヤオ。
「当然です、あんな脅迫は、天包布様の教えとは違います」
マーサの言葉にメイド達は、冷や汗を垂らし、ヤオを見る。
「はいはい、貴方のお母さんは、本当に偉いですね」
嫌味っぽくホリに言うヤオに胸を張るマーサ。
「どんな力にも、私の信仰心は変わりません」
「マーサ様!」
ヤオの旅費が貯まり、再び旅に出るまでに、メイドの大半が心労で倒れる破目になるのであった。