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たい育  作者: 鈴神楽
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最強のチャンピオンと丁稚の少年

 センータ大陸の中原にそびえる要塞都市、エランス。

 食堂の裏へ空きたるを運び出すヤオ。

「今日も忙しいね」

『お前は、暇そうだな』

 帰って来た白牙の言葉にヤオが頬を膨らませる。

「そんな事ないもん。今だって、こうやって仕事を……」

 白牙が爪を伸ばして睨む。

『誰が副業の話をしている。本業の方の話をしているんだ』

「そっちは、白牙に任せてるつもりだけど」

 ヤオが平然と答えると、白牙がため息を吐く。

『お前は……、問題の大会は、そのまま開催される見たいだぞ』

 苦笑するヤオ。

「本人達は、大真面目なんだろうけど、優勝商品は、どうするつもりなんだろう?」

 ヤオは、風に吹かれてきたバトルコンテストのチラシを手に取る。

 その冠には、八百刃の名が示され、優勝者には、八百刃との謁見が許される旨が書かれていた。

『どうせまた、お前の偽者が居るのだろな』

 呆れきった顔をする白牙にヤオがバトルコンテストの開かれるコロシアムを見て呟く。

「そうかな?」



 コロシアムの一室、主催者である要塞都市の実権を握る男、マルテースがヤオの見ていたチラシを見つめている。

「もしもこの方法で八百刃様が現れたとしても、私の命は、無いな」

 何処か自棄な雰囲気があった。

 そこに一人の少女がやってくる。

「お願いです、こんな事は、お止めて下さい。もしも八百刃様の怒りを買う事になったら……」

 マルテースが微笑む。

「それでも、八百刃様がいらしてくれれば、お前を苦しみ続けるあの男を滅ぼす事も出来る。それに、もしかしたら、参加者の誰かがあの男を倒せるかもしれないぞ」

 少女、マルテースの娘、アルマが首を横に振る。

「アグリッドには、誰も勝てません。あの人の強さは、人以外の物なのですから」

 重い沈黙の後、マルテースが搾り出すように告げる。

「八百刃様ならマグリッドが何者であろうと、倒してくださる筈だ。お前の為ならこの命も惜しくは、ない」

「お父様……」

 抱き締め合う親子。



「やっぱり優勝は、マグリッドだろうな」

「そうそう、奴の強さは、人間離れしてるからな」

 食堂の客の噂話を続ける中、一人の少年が拳を震わせて居た。

「僕にもっと力があれば」

 見るからに小柄で、戦い向きでない少年の悔しそうな表情がヤオの気を引いた。

「力があればバトルコンテストに出るの?」

 少年が頷く。

「そうだ、そしてマグリッドを倒してやるんだ!」

 周りが大爆笑する。

「無理無理! あいては、コロシアムの最強の闘士だぜ」

「解ってるよ! それでも、あいつを倒したいんだ!」

 悔しさに震える少年にヤオが問い掛ける。

「優勝商品が欲しいって訳じゃないみたいだね?」

「別に優勝なんてしなくてもいい。マグリッドは、アルマ様を狙っているんだ。前のマルテース様の主催の大会で優勝して、その商品としてマルマ様を要求した。マルテース様もそれを許さず、別商品を提示した。だけどマグリッドが納得せず、要求を少し変えたんだ。コロシアムで百連勝したら、マルマ様を貰うと。マルテース様のその要求まで退け切れなかった。そして、マグリッドは、記念すべき百勝目をバトルコンテストに合わせて来ているんだ」

「なるほどね。あいつを負けさせれば、勝てなくても良いって事だね」

 ヤオの言葉に一切の揺ぎ無い顔で少年が言う。

「その為なら、この命も惜しくないよ」

 そんな少年の様子を周りの男達は、眩しそうに見ていた。

「貴方の名前を聞いても良い?」

 ヤオの問い掛けに少年が答える。

「アルフェンスだよ」



 その夜、ヤオの借りている屋根裏部屋に白牙が戻ってくる。

『マグリッドは、紅炎甲の神の欠片の力を使ってる。あれでは、並みの奴では、歯が立たないのは、しょうがないな』

 その報告にヤオが頬をかく。

「あちきが行って取り上げるのは、簡単だね」

『面倒だと言うなら、俺が行こう。正直、神の欠片の力を自分の物と勘違いして、自惚れまくっている奴の姿は、見ているだけで苛立っていたんだ』

 白牙の態度にヤオが苦笑する。

「そういう事でも無いよ。ちょっと大事にしてみますか」



 バトルコンテスト当日、多くの参加者が勝利を掴む為、闘技場の周りに集まっていた。

 その中には、この大会を記念すべき百勝目にしようとするマグリッドやアルフェンスがいた。

 観客席で弁当を売っていたヤオが声をかける。

「結局出る事にしたんだ?」

 アルフェンスが決意を込めた眼差しで言う。

「例え勝てなくても、少しでも傷を負わせれば、次の相手が勝つ可能性が高くなる筈だから」

 貴賓席で闘技場の様子を見ながらマルテースが深すぎるため息を吐く。

「八百刃様は、現れなかったか。こうなれば可能性が低くても、この中からマグリッドに勝てるものが出る事を祈るしかないな」

 そして、大会の開始させようとした時、上空から炎の翼を持つ鳥、炎翼鳥が舞い降りた。

『我は、八百刃獣の一刃、炎翼鳥。我が主の名を関した大会に我が主が出場条件を追加した。この大会に出場する者は、我が居るこの武舞台に立つ勇気がある者だけとすると』

 炎翼鳥は、軽くその羽を羽ばたかせ、炎の波動が撒き散らし、多く者が弾き飛ばされ、出場選手達が恐れ慄く。

 アルフェンスも躊躇したが、それでも勇気を振り絞り、足を前に出す。

 そんな中、マグリッドが自信たっぷりに武舞台に上がろうとする。

「所詮は、神名者の使徒、何を恐れる事がある!」

 しかし、武舞台に上がろうとした瞬間、手甲から炎が舞い上がり、マグリッドを包み込む。

「どうなっているのだ!」

 のた打ち回るマグリッドに炎翼鳥が告げる。

『お前のつけている手甲は、かつて紅炎甲の体を成した一部が変質したもの。その紅炎甲の体を打ち砕いた私の力と反発しているのだ』

 手甲をもぎ取り地面に叩きつけると、燃え尽きていく。

「助かった……」

 安堵の息を吐くマグリッドだが、周囲からの冷たい視線に気付く。

「その様な物を使っていたのか!」

 怒りの表情を浮かべるマルテースにマグリッドが強がる。

「これは、単なる補助アイテムだ! 俺は、こんな物が無くても強いんだ! それを証明してやる!」

 改めて武舞台に上がるマグリッド。

 結局、武舞台に上がれたのは、ほんの数名であった。

『我が主の加護を信じ、正しい戦いを心掛けるが良い』

 飛び去っていく炎翼鳥を見送りながら白牙が言う。

『神の欠片が無くなっても、マグリッドは、強いのは、確かだぞ』

 ヤオが弁当を販売を続けながら答える。

「こっから先は、アルフェンスの戦いだよ」

 大会が始まり、最初の対戦は、マグリッドとアルフェンスであった。

「小僧、貴様みたいなガキが俺に勝てると思ったのか!」

 アルフェンスは、膝を震わせながらも断言する。

「勝たなくても良い。少しでもダメージを残せば、次の人が勝ってくれる!」

「他人を勝たせてどうする? 本当に馬鹿なガキだ!」

 マグリッドは、豪腕を振るい、一発でアルフェンスを武舞台の端まで吹き飛ばす。

「口だけだったな」

 マグリッドが嘲るが、アルフェンスは、立ち上がる。

「……まだだ、まだ戦える!」

 舌打ちするマグリッド。

「根性だけでどうにかなると思うなよ!」

 力任せに武舞台に叩きつけられ、血反吐を吐くアルフェンス。

 それでもアルフェンスは、立ち上がろうとする。

 観客の中からも悲鳴が上がる中、アルマが両手で顔を覆う。

「誰かアルフェンスを止めて!」

「アルフェンスを知っているの?」

 いつの間にかに貴賓室の下に来ていたヤオの言葉にアルマが言う。

「彼は、私の家に来た商人の丁稚です。色々と気が利いて、主人にも可愛がられていました。私が、町に買い物に来てトラブルになった時、助けてくれたのも彼です」

 それを聞いてヤオが微笑む。

「なるほどね。頑張るわけだ。それじゃ、もう少し頑張るのを見守ってあげなよ」

「無理です、あのままでは、アルフェンスが死んでしまいます」

 涙ながらに訴えるアルマにヤオが告げる。

「彼の戦いは、正しい。正しい戦いをする者には、八百刃のご加護があるんだよ」

「八百刃様の御加護……、八百刃様、どうかアルフェンスを御守ください!」

 祈るアルマの見守る中、アルフェンスが立ち上がると呆れた顔をしてマグリッドが言う。

「何度立ち上がろうと、お前では、俺には、傷一つ付けられないぜ!」

 それでもアルフェンスは、諦めない。

「それならば、体力を奪うだけだ!」

 必死に食らいつく。

「面倒な奴だ!」

 マグリッドが苛立ちを籠めて拳を振るった時、アルフェンスは、口に溜まって血を噴出し、目潰しにする。

「貴様!」

 慌てて拭い取ろうとするマグリッドであったが、のた打ち回る。

「グワー! 貴様、何をした!」

 叫ぶマグリッドにアルフェンスが告げる。

「口に素手で触れただけで大変な激辛香辛料を含んでいた。もう戦えない……」

 そのまま倒れかけるアルフェンスだったが、角を持つ馬、癒角馬が現れて支え、傷を癒す。

『八百刃様がたった今、この者の優勝を決めた。反論は、許されない』

 当然、反論は、無く、逆にアルフェンスには、溢れるばかりの歓声が送られる事になるのであった。



 マルテース主催の祝賀会が開かれる中、マグリッドは、子分を連れて、血で曇った剣を持ちその会場に向かっていた。

「あんな姑息な手を使いやがって、許せねえ!」

『神の欠片を使っておいて、よくそんな事を言えたものだ』

 マグリッドの前に現れた子猫姿の白牙に戸惑うマグリッド。

「猫がしゃべるだと?」

『最後のチャンスだ。この町を出てやり直せ、それが出来ぬのなら、ここで命をとる』

 白牙の宣言にマグリッドが叫ぶ。

「誰がこの町を出るかよ! あのガキを殺して、本当は、俺が勝っていた事を証明し、アルマを貰い、エランスの実権を握るんだ!」

『欲に目が眩み、まともな判断も出来なくなったな。お前が優勝を続けている間だからこそ、お前の約束をマルテースが受け入れざるえなかったんだ。一度でも負けたお前との約束を守らなければいけない理由などないな』

 白牙が淡々と告げるがマグリッドは、剣を振り上げる。

「うるさい! 力が全てだ!」

『それなら、我が力で消えろ!』

 本来の巨大な虎の姿に変化した白牙の爪がマグリッドを肉塊に変えるのであった。



「お婿さんにって声があったって聞いたけど?」

 ヤオの質問に食堂に来たアルフェンスが首を横に振る。

「断った。あれは、全て八百刃様の御加護で僕の力じゃないから」

「それじゃあアルマさんへの思いは、諦めるの?」

 ヤオの言葉にアルフェンスが失笑する。

「高嶺の花だったんだ」

 何処か満足げだったアルフェンスだったが、ヤオが大きなため息を吐く。

「相手は、そう思っていないみたいだけど」

 その時、皿の割れる音が聞こえる。

 ヤオがその方向を見ると教育係を任されてしまったアルマがただ首を傾げていた。

 慌てて駆け寄り、片付け始める。

「アルマさん、少しは、仕事を覚えてよ!」

「すいません。なにせこう言う事は、初めてなもので……」

 あまりすまなそうに見えないアルマを驚いた顔で見るアルフェンス。

「アルマ様がどうして?」

「アルフェンス様と一緒になる為の社会勉強です」

 微笑むアルマに顔を真赤にするアルフェンス。

『微笑ましい光景だが、何を落ち込んでいるんだ?』

 白牙の問い掛けにヤオは、割れた皿を片付けながら言う。

「皿の弁償代等は、教育係の給料から差っ引かれるんだよ」

『何で、一時雇いのお前が教育係をやる嵌めになったんだ?』

 呆れた顔をした白牙の言葉にヤオは、知らん振りをする同僚達を見て言う。

「誰もやりたがらなかったから仕方なく……」

 こうして、予定した額よりかなり少ない給料を受け取り、町を後にするヤオであった。

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