治癒の雫と転移の杖
ローランス大陸の冒険者の集まる町、レイスーン。
「戦神神話は、要りません! 安いですよ!」
今回は、戦神神話の路上販売をしているヤオであった。
『前々から思っていたのだが、自分のやっている事に疑問を覚えないか?』
足元で冷ややかな視線を向けてくる白牙にヤオが遠い目をする。
「人間、働かないと生きていけないの」
『人間じゃないだろ』
尤も過ぎる白牙の突っ込みを無視して、路上販売を続けるヤオ。
「一冊もらえますか?」
一人の青年が買いに来た。
「ありがとうございます!」
微笑み、一冊売るヤオであった。
ヤオから戦神神話を一冊買った青年、メイルスに一緒に歩いていた粗野の男、レンデが呆れる。
「お前、それで買ったの何冊目だ?」
微笑むメイルス。
「さあ、でも、いろんな人にあげていますから、手元には、そんなに残っていませんよ」
レンデが肩をすくめる。
「大体、そんな御伽噺をどうして信じられるかね? 正しい戦いの護り手? そんな奴が本当に居たら、誰も困らないだろうが」
メイルスが戦神神話を掲げながら答える。
「それだけ、正しい戦いをするのは、難しいんだよ」
「その信仰心だけは、感心するよ」
レンデがお手上げポーズをとるのであった。
メイルスとレンデは、冒険者としては、そこそこ名が通っていた。
そして、メイルス達は、次に目標としていたのは、ある神の神殿遺跡であった。
そこには、何人もの冒険者が挑み、敗れている。
そこに挑戦するにあたり、二人は、一人の案内人を雇った。
「俺の言うとおりにいけば、大丈夫だぜ!」
胸を張る子供の頭を軽く叩く。
「坊主、口だけは、一人前だな」
「坊主じゃないやい! アレって名前があるんだ!」
案内人の子供、アレの主張に苦笑いするレンデだったが、メイルスは、視線を合わせて告げる。
「解ったよ。アレを信じるよ。一緒に頑張ろう」
その言葉に、恥ずかしそうに顔を逸らすアレ。
「任せておけって」
三人は、順調に遺跡の探索を続けて居た。
遺跡を徘徊する魔獣を蹴散らした後、休憩をとるメイルス達。
「兄ちゃん達って強いんだな」
アレが感心するとレンデが胸を張る。
「当たり前だ。それより、お前は、何処まで行った事があるんだ?」
「秘宝の間までの道順は、知ってる」
アレの答えに、レンデが納得する。
「そこまで知ってれば,十分だな」
しかし、メイルスがアレを見つめる。
「なんだよ?」
戸惑うアレにメイルスが告げる。
「この神殿に入るのは、初めてだね?」
「何を根拠に言ってるんだよ!」
アレが思わず立ち上がり叫ぶ。
「初めてって事は、無いんじゃないか? 少なくともここまでの道順は、知っていたんだ、どうせ以前冒険者と一緒にここに来て、その時に地図を盗み見したんじゃないか?」
レンデの言葉にアレが目を見開く。
「信用してなかったのかよ?」
「当たり前だろうが、難攻不落として知られる遺跡の中をお前みたいな坊主が熟知してる訳ないからな。元々、それほどあてにしてないさ」
レンデの突き放した答えに戸惑うアレ。
「君は、私達が強い事に驚いていた。以前に来た事があったのなら、この程度の実力がなければ危険な事も知っている筈だ」
「それもそうだな。それじゃ、逃げ帰った冒険者の地図を盗み見したのか?」
レンデの軽い口調にアレが拳を震わせる。
「子供だからって、見くびりやがって! もう、お前達なんかに頼るかよ!」
駆け出していくアレ。
「待つんだ!」
立ち上がるメイルスをレンデが止める。
「ここまでくれば十分だ。この先は、中途半端な情報より、自分達の手で調べた方が良いぞ」
「アレをほっておけない。きっとアレには、アレの大切な思いがあってこの遺跡に挑んでるんだから」
メイルスがそう言って追いかける。
「メイルスは、他の奴とは、違うと思ったのに……」
悔し涙を流すアレの前に、飢えたオーガ達が現れた。
「人間のガキ、ご馳走!」
目を輝かせるオーガ達に逃げ出すアレだったが、オーガ達は、直ぐに追いつき、その上着を引き裂く。
「駄目!」
慌てて胸を隠すアレ。
「そこまでだ!」
メイルスが駆け寄り、アレの服を引き裂いたオーガを切り殺す。
「ご飯、増えた!」
オーガ達が歓喜の声を上げたが、ゆっくり歩いてきたレンデが爆炎の魔法を放ち、蹴散らす。
「大丈夫かい?」
手を差し出すメイルスに泣きつくアレ。
「おいおい、女じゃあるまいし、男に抱きつくなよ」
からかい半分のレンデの言葉にメイルスが慌てる。
「そうだった、このままじゃ恥ずかしいだろう。マントを羽織りなさい」
アレは、差し出されたマントを羽織る。
その一瞬、レンデは、アレの胸を見てしまった。
「まさか、そいつって?」
冷や汗を垂らすレンデにメイルスがため息を吐く。
「気付いてなかったのか?」
アレが、俯く。
「何時から気付いてたんだよ、俺が女だって」
レンデも興味津々な顔をするとメイルスが苦笑する。
「どんなに頑張っても、男と女では、体の動き方が違うんだよ。レンデだって、敵として向かい合っていたら気付いてたよ」
レンデは、恥ずかしそうにそっぽを向く。
メイルスは、アレの顔を正面から見て伝える。
「だから、君が男の子のふりをしてまで、この遺跡に入りたかったのには、何かしら意味があると思った。その強い思いは、きっと八百刃様も応えてくれる筈だよ」
アレは、少し悩んだ後、一つの本を取り出す。
「この遺跡は、昔、八百刃様によって滅ぼされた神、蒼貫槍が作ったのです。ここになら、あたしの母親が掛かった蒼点病を治すアイテムがある筈なんです」
差し出された本を見るメイルス。
「母親の病気を治す為だって無茶な事をするなー。でもよ、なんで男のふりをしたんだ?」
レンデの言葉に顔を逸らすアレにメイルスがレンデとだけ解る合図で伝える。
「すまん、今の質問は、無かった事にしてくれ」
レンデが慌てるが、アレが言う。
「今までもの人は、遺跡に入る前に、あたしに体を要求して来たんです」
答えが返ってきて困った顔をするレンデ。
「あたしは、逃げてしまった。母親の事を考えれば、例え体を汚されようと、遺跡に連れてってもらった方が良かったのに……」
後悔するアレにメイルスが首を横にふる。
「それで良かったんです。母親を治すために、アレがそんな事をしたら、アレの母親が悲しみます」
「そうでしょうか?」
アレの問い掛けにレンデが強く頷く。
「当然だ。だいたい、遺跡に連れて行くのに、体を要求するなんて半端な奴らが秘宝の間までいけるかよ。安心しろ、俺達がきっちり、そのアイテムを手に入れてやるよ!」
「いいんですか?」
驚くアレにメイルスが微笑む。
「ええ、その代わり、その他の宝物は、私達の取り分ですよ」
目を輝かせるアレ。
「母親さえ治れば、それで十分です! ありがとうございます!」
「お礼は、アイテムを手に入れてからだ。急ぐぞ!」
レンデが先行する。
「待ってください!」
慌てて後を追うアレ。
そんな二人をゆっくりと追うメイルスであった。
多くの困難がメイルス達の前に立ち塞がったが、メイルスの知恵、レンデの魔法、アレの知識で乗り越えていった。
遂に三人は、秘宝の間に辿り着いた。
「ここが秘宝の間か……」
大きな部屋を見渡すレンデにアレが告げる。
「その中に母親の病気を治すアイテム、治癒の雫が入っている筈です」
「他には、どんなアイテムが入っているんだ?」
レンデが質問するとアレが答える。
「人には、強力な魔力が込められた槍、行った事がある場所なら何処でも行ける転移の杖などです」
「苦労した甲斐があったな」
レンデが満面の笑みを浮かべた時、それが起動した。
「ガーディアンですね」
メイルスは、冷や汗を拭いながら立ち上がる巨大なゴーレムを見上げる。
「おいおい、物凄い力を感じるぞ!」
レンデも戸惑い、アレが困惑する。
「そんな、ガーディアンを動かす装置は、もう止まっているって……」
メイルスが本を一瞥して言う。
「その本が書かれた時は、そうだったのかもしれませんが、その後、多くの冒険者が挑み、その中で装置が起動してしまったのでしょう」
「倒せると思うか?」
レンデの言葉にメイルスが短い沈黙の後、剣を構えて前に出る。
「アレ、宝箱に向かってください。ここは、私が時間を稼ぎます」
それを聞いて、アレが慌てる。
「倒せるんですか!」
レンデも諦めた顔をして、魔力を高める。
「安心しろ、お前が逃げ出す時間くらい稼いでやる。後は、入り口までひたすら走れ!」
魔法が放たれ、ゴーレムとの戦いが始まる。
躊躇をしていたアレだったが、病魔に苦しむ母親の顔が浮かび、宝箱に向かって駆け出した。
宝箱に手を触れ、振り返った時、メイルスとレンデがゴーレムに掴まっていた。
「メイルス! レンデ!」
「早くしやがれ!」
レンデが必死に魔法でゴーレムの気をそらす。
「どうしてそこまでしてくれるの?」
アレの問い掛けに最初にレンデが答えた。
「馬鹿な質問に答えてくれた礼さ。女に恥をかかせたんだ、命懸けでその願いを叶えてやるのが男って生き物だろ!」
次にメイルスが揺ぎ無い言葉で告げる。
「母親の為に命懸けで遺跡に挑む少女を助ける、それが私にとって正しい戦いだからです。正しい戦いなら私は、負ける訳がありませんから安心してください!」
しかし、ゴーレムの手は、無常にも二人の命を奪おうとした。
そんな中、アレが宝箱を開けた。
「あたしとメイルス、レンデを外に!」
アレの願いに答え、転移の杖は、三人を遺跡の外に連れ出した。
「どうなったんだ?」
戸惑うレンデにアレが安堵の息を吐く。
「良かった……」
そんな中、メイルスが辛そうに言う。
「治癒の雫は、手に入れられましたか?」
その言葉にアレが頷く。
「ごめんなさい、他の物は、取りだす余裕が無かった……」
思い沈黙の中、レンデが言う。
「もう一度、あの遺跡に入るぞ」
首を横に振るメイルス。
「もう手遅れです」
その言葉に答えるように遺跡が崩壊していく。
「最後の仕掛けです。この転移の杖の使い方が解らなかったら、生き埋めになる様になっていたんです」
アレの説明にレンデが地面を叩く。
「くそう! 無駄骨だって言うのかよ!」
「御免なさい! 貴方達を見捨てたらお母さんに顔向け出来ないと思ったら、体が勝手に動いてたの……」
涙を流すアレを優しく抱きしめるメイルス。
「ありがとうございます。貴女の行動が後少しでも遅れていたら、きっと私達は、死んでいたでしょう」
レンデも頭を掻きながら言う。
「本当に助かったよ」
「でも、これでお母さんを救う方法が……」
落ち込むアレの手を強く握りメイルスが言う。
「私達がきっと探し出してみせます」
驚くアレの頭を優しく叩きレンデが言う。
「任せておけ、命を助けて貰ったんだ。そのお礼は、きっちりしてやるぜ」
嬉し涙を流すアレ。
「ありがとう……」
「お礼は、母親を助けてからです。まずは、その母親の症状を知らないと。家までその杖で連れてってください」
メイルスの言葉にアレが頷く。
「転移の杖よ、あたし達を家に連れて行って!」
瞬間移動するメイルス達。
「アレ!」
アレに抱きつく一人の女性。
「お母さん! 病気は、もう良いの?」
困惑するアレ。
そんな母娘を見るメイルス達に周りの家の住人が声をかける。
「あんた達がアレンダちゃんを助けてくれた冒険者だね」
「どうして私達の事を?」
メイルスの質問に近所の住人が答える。
「それは、偉大なる神名者、八百刃様の使徒、癒角馬様が教えてくださったからさ。あんたらが正しい戦いを貫き通したから、その助けとし、この村に蔓延っていた病魔を一掃してくださったのさ」
「冗談だろ?」
顔を引きつらせるレンデに対してメイルスが自信たっぷりに答える。
「だから、常に正しい戦いをしていれば、負ける事なんてないんだよ」
「ところで何時まで一緒に居るんだ?」
レンデが後をついてくる、アレこと、本名アレンダに聞く。
「母親を救ったお礼を終わるまでです」
苦笑するメイルス。
「救ったのは、八百刃様ですよ」
「結果的には、そうかもしれませんが、メイルスさんが最後まで正しい戦いを貫いてくれたから、八百刃様も動いて下さったんですよ!」
アレンダの言葉にレンデが遠くを見る。
「しかし、本当にいたんだな」
「戦神神話を買って!」
目を潤ませて山積みの戦神神話の前で懇願するヤオ。
『給料が現物支給じゃな、古本としても売れやしないな』
白牙の冷静の突っ込みにヤオが必死に言う。
「うるさい! 一冊でも売らないと、本気で飢え死にするんだから!」
そんなヤオを見てメイルスが近づく。
「一冊貰えますか?」
「ありがとうございます!」
喜ぶヤオを見て、レンデが呆れた顔をする。
「偉大な神名者の八百刃様も自分の本でこんな苦労している奴が居るとは、思わないだろうな」
「そうですね」
強く頷くアレンダ。
『一番苦労しているのが当人だったりするがな』
白牙の呟きは、当然メイルス達には、聞こえないのであった。




