暗殺と命の重さ
ガーリナ大陸の多くの小国が隣接するバルッソ地方。
そこで、金で雇われ、暗殺を行う者達が暗躍を続けていた。
その中でも、死神と恐れられた殺し屋が居た。
「国王!」
家臣の痛恨の悲鳴が響き渡る中、一人のメイドが城を出ようとしていた。
「お仕事、ご苦労様」
メイドが声に振り返ると、そこには、つい先日入ったばかりのドジ娘が居た。
そのメイドは、苦笑をしながら言う。
「そうね、騒がしいし、忙しくなるかもしれないわね」
ドジ娘が眉を寄せる。
「自分がもう、出て行くからって、こんな夜中に忙しくしていかないで下さいよ」
ドジ娘の言っている意味をメイドは、最初気付かなかった。
しかし、その意味に気付いた時、隠し持っていた暗殺用の針を投げつけていた。
ドジ娘は、平然とそれを指で挟み取る。
「死神と呼ばれる暗殺者が、先輩みたいな人だとは、誰も思ってなかったみたいですね?」
メイド、死神と呼ばれた暗殺者は、鋭い視線を向ける。
「何者だ?」
ヤオは、自分の掌に浮かぶ『八』の文字を見せる。
「神名者八百刃、正しい戦いの守り手だよ」
冷や汗を垂らす死神。
「お前があの……」
暗殺者は、八百刃の存在を確信していた。
自分の仕事で主を失って滅びるしかなかった国が、奇跡の勝利を収めた。
それを疑問に思い調べ、その勝利の後ろに八百刃が居る事を知っていたからだ。
「暗殺という間違った戦いをする私に天罰を与えに来たのですか?」
逃げ出すチャンスを窺いながら尋ねる暗殺者にヤオは、首を横に振る。
「ここには、旅の旅費稼ぎに居るんだよ。それでも、メイドの仕事を忙しくして、逃げる人は、あちきは、嫌なんだけどね」
「詰まり、ここから逃がさないと?」
聞き返す暗殺者の後ろに子猫姿のままの白牙が現れる。
『逃げられると思っているのか?』
テレパシーを聞き、白牙がただの猫でない事を知り、諦める暗殺者。
「解ったよ。城の奴等に捕まる可能性が増えるが、偉大なる神名者様を敵に回す気がしないんでね」
「取り敢えず、夜食の準備を始めましょう」
ヤオの言葉通り、全ての城の者が起こされ、男達は、暗殺者の捜索、女達は、夜食等を作らせられた。
結局、それが幸運にも暗殺者、レベッサを疑いの目から離れさせたのであった。
数日後、城の者達にも諦めが芽生え始めていた。
「手掛かり一つ無い。もう、つきとめる事は、出来ないかもしれない……」
一人の兵士の呟きに反論するだけの気力を持つものは、居なかった。
その姿を見て肩をすくめるレベッサ。
「国王が居ない今、何時隣国から攻められるか判らないと言うのに、随分と呑気ね」
「そうでも無いよ。今回の依頼主は誰だか調査した?」
ヤオの言葉にレベッサが頷く。
「隣国の国王の側近の筈よ」
「ダミーだよ。白牙の調べでは、隣国に戦争の準備は、無いよ。それと一つ助言、暫くは、メイドをやっていた方が安全だよ」
ヤオの忠告にレベッサが首を傾げるのであった。
数日後の深夜、レベッサは、城からの脱出を試みる。
「あちきの忠告聞いていた?」
いつの間にかに前に立っているヤオにレベッサが真剣な顔で言う。
「メイドの仕事は、一段落ついている状態ですよ。何か問題でもあるんですか?」
ヤオが頬を掻きながら言う。
「もう少し貴女には、ここで生活して欲しかったんだけどね」
本気でヤオの目的が読めないで戸惑うレベッサ。
「何が言いたいのですが?」
その時、周りに一斉に灯りが点る。
「遂に尻尾を出したな暗殺者! 大人しく捕まるんだな」
ヤオを睨むレベッサ。
「最初からこうするつもりだったのですね!」
肩をすくめるヤオ。
「こうしたくなかったんだけど、取り敢えずあちきは、次善策をとりますか」
衛兵の一人がヤオに槍を向ける。
「お前も協力者だな! ここで始末してやる!」
それが切っ掛けになり、兵士達がヤオとレベッサに迫る。
死を覚悟したレベッサ。
しかし、ヤオは、たった一言でその場を全ての兵士の動きを止める。
「国王の暗殺を依頼したのは、そこの将軍だよ」
それを聞いて、この場を取り仕切っていた将軍が慌てる。
「何を根拠にそんな事を言うのだ!」
ヤオは、レベッサの懐からレベッサが万が一の為に掠め取った依頼主の紋章を取り出す。
「これって偽者でね。これの出所を調べれば、誰が企んだかなんて直ぐにわかるけど?」
顔を引きつらせる将軍。
「く、下らぬ戯言を言うな! なぜ我が主である国王を殺さなければいけないんだ!」
「開戦に反対されたから。ついでに言えば、この紋章も、この後の開戦の言い掛かりするつもりで業と盗ませたんでしょ?」
兵士達は、いきなりの展開に動揺するが、レベッサは、全てを悟った。
「あたしは、開戦の口実の為に利用されたって訳ね?」
ヤオが頷く。
「あの将軍を恨む?」
レベッサが首を横に振る。
「この業界、騙される方が悪いんだよ。でもどうして、あたしを助けて下さるのですか?」
ヤオが将軍をじっと見る。
「今回の戦いが正しく無いと判断したからだよ。戦争に善や悪は、存在しない。でもね、戦争の為に戦争をしたら駄目なんだよ」
ヤオの言葉が将軍の逆鱗に触れた。
「お前見たいな小娘に何が解る。辛い訓練を繰り返しているのは、戦いに勝つためだ! 張子の寅になるためじゃない! それなのに、国王は、開戦を認めない上に、兵士に農地の開墾の手伝いをさせろと言ってきたのだ!」
兵士達にも動揺が走る。
「我に従え! そうすれば、お前たちが英雄になれる場所を与えてやろう!」
将軍の言葉に兵士達が動こうとした時、ヤオが呆れた顔をして告げる。
「英雄になれるのは、将軍だけ、後の人達は、単なる人殺しだよ。そして、この国には、連続する戦争に疲労し、無くなる。そこに残るのは、貴方達の死骸だけ。国民は、主が誰になろうと関係ないんだからね」
「信じるな! 我々は、勝利し続け、この大陸を制覇するのだ!」
過激な主張をする将軍にレベッサが失笑する。
「その第一歩が、主殺し? 随分と小さな一歩ね」
「うるさい! 我が理想を理解できない愚かな男だったのだ!」
将軍がヒートアップしていくと引き換えに、ヤオの言葉の信用性が高くなる。
「将軍命令だ! あの小娘達を殺せ!」
将軍の一言に躊躇する兵士にレベッサが告げる。
「天に唾を吐くのは、無駄だ、この娘は、神名者、八百刃様だぞ!」
将軍が爆笑する。
「つまらない冗談だな、偉大なる神名者様がそんな小娘な訳が無いだろうが!」
『やるぞ』
白牙のそれは、質問では、無かった。
ヤオも止めない。
白牙は、本来の姿に戻ると、将軍の頭を噛み砕いた。
ヤオは、残った兵士達に告げる。
「道を開けて、逆らえば後を追う事になるよ」
兵士達が一斉に道を作り、そこを通り抜けるヤオとレベッサだった。
歩みながらレベッサが言う。
「さっきの話の続きですが、暗殺なんて汚い仕事をするあたしを助ける理由には、ならないと思います」
ヤオは、淡々と答える。
「綺麗な戦争なんて無いんだよ。暗殺で死のうが、戦場の一騎討ちで死のうが、人を殺す事実には、変わらない。ただで、貴女達は、知らないといけない暗殺が行われた後の事を。見たよね、人々の落胆を」
レベッサが強く頷く。
「今までは、仕事に成功した後は、直ぐにその場を離れていた。自分の仕事が、戦局に大きく影響しているという自覚は、あった。でも、たった一人の死がここまで多くの人間に関わってるなんて実感は、無かった」
ヤオは、優しげに告げる。
「暗殺の刃には、それだけの命がかかっているんだよ。成功しても失敗してもね。貴女達、暗殺者は、それを理解しなければいけない。安い命なんて何処にもないのだから」
レベッサは、何も答えられない。
その後、レベッサは、八百刃の言葉を同業者に語る。
その言葉を軽くあしらう者、重く受け止める者、様々だったが、暗殺の数は、確実に減っていった。
『全ては、お前の思惑通りだと言う事だな?』
旅するヤオの足元で白牙が確認するとヤオが頷く。
「まあね、暗殺が横行し過ぎてた。それがたった一人の命の奪う事じゃない事を実感させたかった」
『ところで、それがレベッサだったのは、何故だ?』
白牙の質問にヤオがあっさりと告げる。
「あの夜、人手が減るとメイドの仕事が大変になるから」
大きなため息を吐く白牙であった。




