最強無敵と滅びる国
マーロス大陸の山岳部。
ヤオは、風化した城壁を見下ろす。
「この国が滅びた理由、解る?」
白牙が苦笑する。
『どうせ、大国に攻め落とされたんだろう?』
ヤオは、首を横に振る。
「残念だけど、この国は、正に最強無敵だった。その証拠に自然消滅するまで敗戦を経験した事が無いし、城壁には、攻撃された跡さえない」
首を傾げる白牙。
『まさか疫病か?』
再び首を横に振るヤオ。
「それも違うよ。だいたいそれだったらあちきが知っている理由が無いよ」
白牙が風化した壁を凝視して言う。
『堅固な城壁に護られながらも滅びた国か、どんな事情があるんだ?』
ヤオが過去を見るような眼差しで告げる。
「あちきがこの話を知ったのは、戒めとして教わったから。戦いを司る存在にとって、最強無敵がどれほど無意味な物かのね」
山岳部にあるエルマーシ王国は、多くの鉱山を持ち、裕福であった。
それが故に隣国から狙われ続けていた。
当時の王は、莫大な財宝と永遠の信望を約束に当時の戦神、白裂刀に最強無敵の力を授かった。
その力に間違いなく、エルマーシ国王は、如何なる戦いにも絶対的な力を見せ付けた。
そして、遂に侵攻は、無くなり、正に最強無敵の存在になった。
鉱山という莫大な財力をバックに国王は、贅沢三昧をした。
しかし、それにも限界があった。
どれほど鉱山も湯水のように消費される国王の享楽の前には、意味が無かった。
「国王、どうか、これ以上の浪費は、お止めください!」
家臣の言葉に国王は、不機嫌そうに言う。
「何が浪費だ。朕が楽しむ、それこそ一番大切な事だろう」
「しかし、これ以上、我が国には、金がありません!」
必死に言葉にも国王は、取り合わない。
「国民から税を搾り取れば良いだろう」
「お待ちください、無意味な増税は、人心を離れさせるだけです!」
家臣が忠告にも国王は、平然と答える。
「国を出たい奴には、勝手にさせれば良い。この最強無敵な朕が居る国の国民になりたがる者等、掃いて捨てるほど居るわ!」
自信たっぷりの言葉の通り、移民希望者は、多く国民は、潤っていた。
だが、国王の享楽の為の増税は、そんな国民達から国への思いをすり減らしていく。
飢え死にする人間が現れ始めたある日、一揆が起こった。
莫大な数の国民に国の兵士達も抗えなかった。
「国王、もう駄目です」
家臣達が怯える中、国王は、悠然と国民の前に出た。
「愚か者め、大人しく朕の加護の下に居れば死なずにすんだものを」
たった一撃だった、莫大な数の国民がたった一撃で消滅した。
一揆は、その一撃で静まってしまった。
もはや国民に国王に逆らおうとする者は、居なくなった。
家臣達も同じだった。
より一層加速する国王の享楽。
増税に次ぐ増税に国民達が国を離れていく。
それでも止まらない国王の享楽に家臣達が一人、また一人と消えていった。
何時もの様に贅沢の限りを尽くした酒宴の翌日、国王は、静かな事に戸惑った。
「誰か居ないのか!」
呼べど騒げど、誰も答えない。
苛立つ国王が、自ら家臣を探し始めた。
しかし、城の中には、国王以外誰も居なかった。
「愚か者ばかりだ! 朕は、最強無敵なのだ! 朕は、朕一人で国なのだ!」
国王の罵詈雑言は、その命が尽きるまで続いた。
「結局、その国王が飢え死にした後も、神の力の残留で他国の侵攻を拒絶する国民が居ない最強無敵な王国だよ」
ヤオの説明に白牙がため息を吐く。
『どれほど強大な力を持とうとも、他者とのつながりなければ生きていけないという事か?』
ヤオが頷く。
「最強無敵、それは、敵すら作れないって事。敵が居ない人間など居ない以上、人間として終わってしまっていたの。『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与えん、白牙』」
ヤオの右掌に『八』が浮かび上がり、白牙が巨大な剣と化す。
「再生の為の破壊を!」
ヤオの一振りは、城を一撃で切り裂く。
その一撃は、残留していた神の力を完全に消滅させるのであった。
子猫の姿に戻った白牙を連れてヤオは、王城があった場所に背中を向ける。
「最強無敵の存在が飢え死になんて、誰も想像しなかっただろうね」
ヤオの何気ない言葉に白牙が告げる。
『そうか? 俺は、神にも勝つお前が年がら年中行倒れているから、違和感無かったぞ』
涙するヤオ。
「生きるってどうして、こんなに難しいんだろう?」
『力が強いって事は、生存競争の勝者の条件にならないみたいだな』
白牙の言葉を否定する者は、居なかった。




