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たい育  作者: 鈴神楽
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天災と侵略

 ミードス大陸のバルガッソ王国の首都。


「戦争が起こるね」

 ヤオが唐突にそう告げると働いていた酒場では、大爆笑が起こる。

「おいおい、ヤオちゃんよ、この平和な、バルガッソで戦争なんて起こるわけ無いだろう」

「そうだぜ!」

 誰も信じない中、隅で飲んで居た一人の青年が尋ねる。

「どうしてそう思うのですか?」

 するとヤオが答える。

「貴方がここに居るって事がその証明ですよ、ソル王子。もう国王は、正常な判断が出来ないって事ですよね?」

 青年の真剣な目をする。

「何故、国王が正常じゃないと?」

「簡単な事、忠言した息子すら放出する国王が正常な筈がないからね」

 ヤオの言葉に青年、ソルが言う。

「お前は、何者だ?」

 ソルの周りの居た男達がヤオを囲む。

「正しき戦いの護り手だよ。だから、間違った戦いに抗う者を見に来たんだよ」

「冗談は、止めろ!」

 男の一人が掴みかかろうとした時、ヤオの足元に居た白牙が本来のサイズに戻る。

『人間、我が主に手を出すつもりなら覚悟をしろ』

 圧倒的な存在感に圧倒される人々。

「まさか、貴女は、神名者八百刃様なのですか?」

 半信半疑の様子でソルが問い掛けるとヤオがあっさり頷く。

「そうだよ。だけど、あちきに救いを求めるつもりなら無駄だよ。あちきは、救いを与える神様じゃないからね」

 唾を飲み込むソル。

「父親を排除する覚悟を決めろと言う事ですか?」

 ヤオは、何も答えないで居ると男達が告げる。

「そうです! 八百刃様も国王の戦いは、間違っていると判断なされた。ここは、今の国王を排除し、新たな国王に!」

「しかし、主君を、自分の父親に逆らうのは、倫理と人道から外れる事だ」

 戸惑うソルだったが、男達は、嘆願する。

「殿下もお気づきでしょう。国王は、変わられてしまいました。もう、正常な判断は、出来なくなっておられるのです!」

「時間がありません。軍が明日にも動き出します。それを止められるのは、殿下だけなのです!」

 忠臣達の言葉に悩む中、ソルがヤオに頭を下げる。

「教えを頂けませんか?」

 ヤオは、言葉を選び告げた。

「今だけを見ちゃ駄目。過去を、そして未来を見なければ正しき戦いは、出来ないよ」

「過去を……」

 戸惑うソルにヤオが続けて言う。

「時間は、余り無いよ。止めるなら今から動かなければ間に合わない。一度軍が動いたら、最早止まらない」

 ソルが決断する。

「国王を止めるぞ!」

「了解しました!」

 忠臣たちと共に王城に向かうソル。

 突然の展開に固まる酒場の客達。

 そんな中、白牙が子猫サイズに戻り、ヤオが店主の所に行く。

「マスター、二番テーブルのお客様が追加注文で、鳥の唐揚だそうです」

 店主が首を傾げる。

「何と仰ったのでしょうか?」

「だから、二番テーブルのお客様が鳥の唐揚を追加注文です!」

 ヤオが声を大きく告げると同僚のウエイトレスが言う。

「あんた、お偉い神様じゃないのかい?」

 ヤオが手をパタパタさせながら言う。

「嫌だな、神名者は、神様じゃありまえんよ」

 厨房に居て、表の状況を知らないコックが料理を持ってくる。

「ヤオちゃん、三番テーブル、もっていって!」

「はーい!」

 ヤオは、料理を受け取って運ぶのだった。

 暫くして、客達は、多少引きつった顔をしながら言う。

「全部、お芝居だったんだよな」

「そうだ、そうに決まってるぜ!」

 無理やり納得する客を見ながら白牙が先ほどまでと違って、人には、わからないレベルのテレパシーで呟く。

『俺が大きくなった事は、無視するみたいだな。それより、今回の仕事は、これでおしまいか?』

 ヤオは、料理を置いてからテレパシーで答える。

『逆だよ。こっからが本番だよ。何故国王が正常で無くなったのか。あの王子がその真実を知って、どうするのか。それを見届けないとね』



 その夜、国王が拘束され、ソルは、新たな国王として迎えられた。

 元々、国王の挙動が怪しく、正常でない事は、臣下の共通認識であり、今回の出兵も理解できないものだったのだ。

 国王の地位を引き継いだソルは、多忙の日々を送って居た。

 そんな中、今まで見た事の無い黒服の男が現れた。

「ソル国王、真実を知る覚悟は、ございますか?」

 ソルが真剣な顔をして言う。

「国王の地位を奪取した時に、どんな事実も受け入れる覚悟は、決めた」

 黒服の男は、地図を広げて言う。

「それでは、国王が悩み続けた真実をお伝えします。この国は、後、三ヶ月で滅びます」

 目を丸くするソル。

「どういうことだ! 周辺諸国との関係も良好だ。国庫も出兵を取りやめた為、十分に余裕がある筈だ!」

 黒服の男が窓の外に見える火山を指差す。

「あの火山が噴火するのです。専門家の見解では、その噴火の影響は、王国全土に広がり、とても国を維持する事は、出来なくなるとの事です。国王は、その真実を知り、国民に不安を与えない為に情報操作を行っていたのです」

「そんな馬鹿な、あの火山が噴火したのは、もう数百年前の事だぞ!」

「だから、凄い噴火になるんだよ。前の国王は、そうなる前に他国を攻め落とし、自国の国民を移住させるつもりだった」

 窓からヤオが現れた。

「八百刃様、どうして?」

 ソルが戸惑う中、ヤオが料理を机の上に置く。

「あの時、注文されていた料理を届けに来たの。料金も前払いで貰ってたの思い出したしね」

 黒服の男がヤオを睨む。

「お前が、国王の苦渋の決断を無駄にした神名者だな?」

 ヤオは、肩をすくめて言う。

「それをやったのは、そこのソルさんだよ」

 言われてソルがあの時、ヤオの言葉を思い出す。

「つまり、そういうことなのですね? 父上が悩み、苦しんだ事情を知らずに行動を起こしてしまった私が間違っていたと」

 ソルがうなだれる中、ヤオが言う。

「一つだけ、教えてあげる。国王の計画は、無謀だった。どんなに急いでも三ヶ月では、完全移住なんて不可能だったもん」

「それでも、多くの国民を救えた筈だった!」

 黒服の男の言葉にヤオが地図を指差して言う。

「そして、その後の噴火を皮切りに大逆襲を受ける。国土を失ったこの国と国民は、侵略者の汚名を受けて滅びる可能性は、高かったね」

 地図を見ながら震えるソル。

「そんなそれでは、正しい選択は、無いと言うのですか!」

 ヤオは、淡々と答える。

「だから、前国王は、正常判断を失い、出兵と言う決断を選んだ。正直、あちきは、この行動を全否定は、しない。生き残る為に足掻く事は、生物として正しい行為だからね」

 その言葉を残して、ヤオは、窓から帰って行った。

「国王、ご英断を。出兵こそ唯一の国民を救う道です!」

 黒服の男の言葉にソルが頭を抱える。

「無駄だ! 八百刃様が仰ったのだぞ、出兵したら最後、侵略者の汚名を受けて滅びると!」

「可能性が高いと言われただけです! どんなに可能性が低かろうと、動かなければならないのです!」

 黒服の男の魂の叫びにソルが搾り出すように告げる。

「一日だけ待ってくれ。明日の朝議で、私の決断を告げる」

 黒服の男は、頭を下げて退室した。

 そして嘗て父親が使っていた壁にいくつも刻まれた苦悩の跡を見つめソルが呟く。

「父上、貴方は、強かった。この様な秘密をずっと己一人で抱え込んでいたのですから……」



 酒場で働くヤオに白牙が尋ねる。

『どう動くと思う?』

 それに対してヤオが肩をすくめる。

『知らない。でも、国王どう動いた所で、この国が滅びる運命は、変わらないよ』

 白牙は、周りの幸せそうに酒を飲み交わす客を見る。

『こいつらも、滅びが待っていると言うのだな?』

 ヤオは、客が立ったテーブルを拭きながら答える。

『個人の力で自然に打ち勝つ事は、出来ない。それに気付ければね』

「ヤオちゃん、こっちにも注文お願い!」

 客に呼ばれて駆け出し、こけて笑われるヤオであった。



 朝議の場、あの黒服の男、バルガッソ王国の知識、普段塔から出ない智の塔の主も揃った謁見の間に出たソルの髪は、真っ白になっていた。

 驚愕する臣下達、そして、ソルが口を開く。

「我が父が、隠蔽していた真実を伝える」

 告げられる真実。

「間違いないな、智の塔の主よ?」

 ソルの言葉に智の塔の主が頷く。

「はい、それが故に前国王は、国民の新たな安住の地を得る為に出兵を英断されたのです!」

 その言葉に反発も出る。

「馬鹿な、全ては、智の塔の妄想では、ないのか!」

「これは、間違いのない事実だ!」

 智の塔の主の言葉と同時に地震が起こった。

 揺れが収まっても動揺が続く中、智の塔の主が告げる。

「これは、予兆でしかない。急がなければ、この国は、全てを失いますぞ! ソル国王、ご英断を!」

 他の臣下、特に軍部の者は、賛同する。

「我らが、きっと新たな安住の地を奪い取ってみせます!」

「馬鹿な、例え勝てたとしても、周辺の国が黙っていない。我らは、侵略者の汚名を受けて滅びるだけだ!」

 文官達が反論し、罵詈雑言が謁見の間に広がる中、ソルは、声を上げた。

「静まれ!」

 その魂の言葉は、臣下達を沈黙させた。

「我は、父である、前国王程強くない。これほどの事を独りで解決する事など出来ない。だからこそ求める。侵略もせずにこの国を、国民を守る方法がないか! 誰でも良い、どんな小さい可能性でも構わぬ。その方法を教えてくれ!」

 臣下達が誰も答えられないで居る中、一人の神官が手を上げる。

「噴火は、国土全土に及ぶのですか? もし違うのなら、残った国土に避難し、復興する道は、ないのでしょうか?」

 ソルが智の塔の主を見る。

「確かに、全土には、及びませんが、首都を含む、多くの土地に噴火の被害が及ぶ筈です。とても、国民全員を避難させる事は、出来ません」

 落胆する臣下達の中、若い軍人が告げる。

「ただ、被害を受けるのを待つのでなく、水害の様に対応をすれば、被害は、抑えられるのでは、ないのですか!」

 ソルが立ち上がる。

「そうだ。我々は、今までも多くの水害、干ばつ、疫病と戦ってきた。噴火とも戦える筈だ! 探すのだ、国土の全てを救えなくとも、国民を避難させるだけの国土を維持する方法を! これは、王命である!」

 智の塔の主が頭を垂れる。

「了解しました。智の塔の英知を集め、必ずや国王の期待に沿える答えをお持ちいたします」

 走り出す智の塔の主。

「将軍、軍は、噴火後に弱まった我が国に攻め込むだろう隣国から国民を護る準備をするのだ」

「お任せください。その様な火事場泥棒の様な下種な国の者に国民に指一本触れさせません!」

 将軍が力強く宣言すると衛兵達が槍の天に突き上げる。

「被災後の国土の復旧、援助。それと隣国との調整、やる事は、多くある。時間は、残り少ないが、頼むぞ」

「我らの命を削り、この国の礎としましょう」

 文官達も固い決意を告げた。



 三ヶ月が過ぎた。

 噴火に対する準備が進む中、被害予想範囲ギリギリの首都では、まだ多くの国民が残っていた。

「間に合えば良いが」

 ソルは、王城より火山を睨む中、地震が起こる。

 そして、火山が火を噴いた。

 火の玉が麓の森や町を焼き、溶岩流で飲み込んでいき、今も続けられていた溶岩流の方向を川に向ける防壁に差し掛かる。

 多くの溶岩流が川に到達し、固まっていく中、その溶岩流の一部が防壁を乗り越えて首都に近づくのであった。

「間に合わなかったか!」

 悔しげな声を出すソルだったが、その眼下では、軍人達が、自らの身体を盾にして、溶岩流を一瞬でも止めようと足掻いていた。

 多くの軍人が命を落とすのを見てソルが叫ぶ。

「まだだ! 溶岩流は、防壁のおかげで激減している。避難を急がせろ。一人でも多くの国民を救うのだ!」

 臣下がソルの言葉に従い、行動する中、智の塔の主が言う。

「ソル国王、この王城も危険です。どうか避難を」

「朕は、この塔より、全てを見届ける。お前は、下がってその知識を生き残った国民の為に使うが良い」

 ソルの言葉に智の塔の主が首を振る。

「その役目は、若き者に任せてあります。責の重さに負け、全てを前国王に押し付けた私こそ、噴火の一部始終を見続ける義務があります。どうか、お傍に居させてください」

 ソルが頷く中、首都より、火山側にあった王城にも溶岩流が到達しようとした。

『八百刃の神名の元に、我が使徒を召喚せん、大地蛇』

 大地を割り、巨大な蛇、大地蛇が現れ、地割れに全ての溶岩流を飲み込ませてしまう。

「これが、神でもない神名者の力だと言うのか? まるで、神の奇跡では、ないか……」

 人々が救いの神としか見えない大地蛇の頭に乗っていたヤオに感謝の祈りを捧げる中、ヤオが告げる。

「勘違いをしないでね。噴火も自然の理、干渉は、禁止だけど、時間が足りなかった分のくらいなら許容範囲だった。何もしなければ、あちきが防ぐ事は、無かった。噴火と戦う貴方達の戦いを手助けしただけだよ」

 ヤオの言葉にソルが頭を垂れる。

「それでも我々は、八百刃様に感謝します。八百刃様は、間違いを犯しかけていた我が国を踏みとどまるチャンスをお与えくださり、そして、この奇跡の為にこの国に残っていてくださったのですから」

 大地がうねり、宝物殿から一袋の金塊がヤオの手に押し上げられた。

「そうね。だったら、お礼にこれを貰って行くわね」

「その程度で宜しいのですか? この国の国宝を全て差し上げても、我々の感謝を表す事は、出来ません!」

 ソルの言葉にヤオは、首を横にふる。

「あちきは、ただ助けただけ。噴火の被害は、まだ続く。これ以外は、それと戦い続ける為に使いなさい」

 大地蛇と共に大地に消えていくヤオに智の塔の主が感涙する。

「何と尊い御方なのだ!」

 ソルが感激の涙を流しながら頷く。

「八百刃様の言葉に答える為にも、我々は、戦うぞ!」

 臣下達は、答え動き出す。



 噴火も治まり、復興に動き出す王城、多くの書類に囲まれるソルの前にヤオが現れた。

「八百刃様、お越しいただけたのですか!」

 立ち上がるソルにヤオが言う。

「別に仕事を中断しなくて良いよ。それより、食器を返して貰える?」

 その言葉に首を傾げるソル。

「食器?」

「ほら、注文の料理を運んだ時に使っていた食器。あれを返さないと弁償させられるんだよ」

 深刻そうな顔をするヤオにソルが固まる。

「弁償ですか?」

 強く頷くヤオ。

「そうだよ。あの時貰ったお礼は、借金を返すのに使っちゃったし、弁償する余裕なんて無いの!」

 頬をかくソル。

「弁償代くらいは、立て替えましょうか?」

「お礼以外に貰ったら駄目だから、探す!」

 そのまま王城を、食器を探して歩き回るヤオであったが、誰も八百刃と気付く事は、無かったと言う。

 食器は、地震で割れていて、ヤオが弁償する事になるのであった。

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