信号ラッパと見張り台
ローランス大陸北部、幾つかの国と隣接する小国メルセッソ。
朝日が昇る中、城からの信号ラッパの音が響き渡る。
「今日も、良い音だね」
城下町の人々が活動を開始する。
信号ラッパを吹き終えて汗を拭う青年、ミッセ。
「ご苦労様です!」
カップに入ったスープを持ってきたのは、何時もの様に下働きをしているヤオであった。
「ありがとうございます」
カップを受け取ろうと手を伸ばすミッセだったが、隣に立っていた見張りの巨漢、バックスが奪い取る。
「戦闘しない奴には、こんな気遣い不要だ。俺が貰っておいてやる」
そのままカップのスープを一気飲みする。
その直後、熱さで転げまわる。
「なんだ、この熱さは!」
クレームをつけるバックスにヤオが呆れた顔をして言う。
「それは、冷えた鉄を触れていた唇を暖めるのに使って貰う為に、業と熱くして置いたんです。ミッセさんには、新しいのを持ってきますね。貴方は、こっちですよ」
揚げパンを投げ渡した後、戻っていく塔から降りていくヤオ。
揚げパンを受け取りながらバックスが忌々しげに言う。
「そこまで気を使う必要なんか無いだろう」
「ヤオちゃんには、助かっています」
ミッセの言葉にバックスが同意するのが嫌そうな顔をしながらも頷く。
「俺たちがして欲しい事に気付いて、色々やってくれてるからな」
寒く野ざらしの監視の仕事は、乾燥しやすい。
そんなバックスの事を気遣って揚げパンを持ってきたのだ。
「良い子ですよね?」
ミッセがそういった時、下から起これる声が聞こえ、バックスが苦笑する。
「ドジだがな」
メルセッソは、隣国との戦争状態であった。
両国の兵力は、均衡しており、一気に勝負が決まるような状態では、無かったが、お互いに気が抜けない状態が続いていた。
兵士達の中に思い緊張によるストレスが溜まっていった中、一つのその事件が起こった。
「納得いかねえな!」
そう叫んだのは、バックスだった。
問題になったのは、ミッセの新しい信号ラッパであった。
信号ラッパも決して安いものでは、無い。
信号ラッパを一つ買うお金で、盾が幾つか買える値段なのだ。
「音が出れば、何でも古くても構わないだろう! そんなもんに使うなら俺たちの防具を新しくしろ!」
バックスの主張は、兵士達の中で賛同を得てしまう。
新しい信号ラッパを手にしていた新人の代わりにミッセが説得をする。
「聞いてくれ、古い信号ラッパは、出ない音が出来てしまったんだ。信号ラッパは、常に正しい音を伝えなくては、いけない。解ってくれ」
「うるせい! プーピープーピー鳴れば何でも構わないだろうが!」
バックスが怒鳴って新しい信号ラッパを奪い取り床にたたき付けた。
涙目になる新兵、ミッセは、そんな新兵に自分の信号ラッパを渡す。
「これを使いなさい。私は、君の古いのを使うから」
そういって、涙を拭う新兵と共にその場を後にするミッセ。
いい気味だと言わんばかりの顔をするバックス達。
そんな中、ヤオが壊れた信号ラッパを拾い上げて言う。
「自分がどれだけ馬鹿な事をしたか理解してる?」
「馬鹿な事なんて何もしてない。信号ラッパなんてただ音が出れば何でも構わないもんだ!」
強く主張するバックスにヤオが大きなため息を吐いて背を向けた。
その態度にバックスが苛立ちだけを募らせるのであった。
夜明け前の見張り台。
バックスが監視を続ける中、新兵が使っていた古い信号ラッパを持ってミッセがやって来た。
何時もと同じ様に起床ラッパの音が響く。
「ほらみろ、何も変わらない。新しい信号ラッパなんて要らなかったんだ」
するとミッセが言う。
「普段ならどうとでもなるよ。問題は、いざって時だよ」
「いざって時こそ、お前らなんて役に立たないだろうが。俺たちが前に出て戦う。それだけだ!」
バックスは、自信満々に告げた時、見張りの一人が叫ぶ。
「敵兵発見、西の方角から攻めてくるぞ!」
それを聞いてミッセが慌ててそれを知らせる信号ラッパを鳴らそうとした時、動きが止まる。
「どうした! 早く伝令の音を鳴らせ!」
バックスが怒鳴るが、ミッセは、必死に何かを考え、信号ラッパを吹けずに居た。
詰め寄るバックス。
「貴様、こんな時に何を考えてるんだ!」
「あんたの所為で、伝令内容に必要な音が出ないんだよ」
上がってきたヤオの言葉にバックスが驚く。
「どういうことだ?」
「出なかった音は、普段は、使わない音。でもね、こういった緊急時の細かい情報を使うには、そういった音も使わないといけない事がある。だからミッセは、信号ラッパの手入れを怠らなかった。まあ、新兵にそこまで求めるのは、無理だったみたい。出ない音があると気付いたから新しい信号ラッパを購入してもらう為に、自分の給料すら、半額差し出したんだよ」
ヤオの説明にバックスが戸惑う。
「そんな話は、聞いてないぞ」
ミッセが言う。
「態々言う事では、無い。新兵に信号ラッパの手入れの仕方を教え切れなかった私のミスだ。どうにかする」
こうしている間にも敵兵が接近してくる。
「俺の所為だ!」
悔しがるバックスを尻目に、ヤオが、壊れた筈の新品の信号ラッパを取り出す。
「直しておいたよ」
受け取りながらもミッセが躊躇する。
「素人にどうにかなるものでは……」
軽く吹いて、音が正しい事を確認すると、驚いた顔をする。
「まさか、そんな事より、今は、伝令が先だ」
ミッセの信号ラッパが敵襲を知らせると、一斉に動き出す兵士達。
激しい戦闘があったが、大きな被害を出さずに夜を迎える事が出来た。
「しかし、信号ラッパの修理なんて何処で覚えたんですか?」
夕食の席でミッセが尋ねると配膳をしていたヤオが答える。
「基本的、戦争に関わる事なら何でも出来ますよ」
バックスが冗談半分に言う。
「だったら、残ってる敵をどうにかできるのか?」
それを聞いて、ヤオが少し考えてから言う。
「まあ、ここら辺がいい区切りだね」
ヤオは、そのまま、天に両手を向ける。
『八百刃の神名の元に、我が使徒を召喚せん、天道龍』
右掌に『八』、左掌に『百』が浮かび上がり、天を覆うような龍が現れる。
「天道龍、隣国の兵士達を帰らせて」
天道龍が円を描き、近隣で駐留していた隣国の兵士達を吸い込んで行く。
「これいじょう戦争しても仕方ないから、送り返させておいたよ」
ヤオが極々簡単に告げるが、周りは、何も答えられない。
バックスにいたっては、完全に硬直している。
ミッセが搾り出すように尋ねる。
「もしかして、あの正しい戦いの護り手、八百刃様ですか?」
ヤオがあっさり頷く。
「そうだよ。そんな事より、早く食事食べないと冷めちゃうよ」
そういって、配膳の続きをするヤオであった。
その日のうちにヤオは、城を後にしたが、ヤオが修理した信号ラッパは、救国の神器として後世に受け継がれていく事になるのであった。
『そう言えば、信号ラッパの製造法を覚えたのは、飢え死にし掛けた先で、食事を食べさせてもらう代わりにした仕事を手伝ってた時だったな』
昔の事を思い出しながら白牙の言葉にヤオが遠い目をする。
「偶々そこが、楽器の工房で、相性良かったから、旅費稼ぎできたよね」
『お前が、そういう技能覚えるのは、いつもそんな理由だな』
白牙の突っ込みに視線を逸らすヤオであった。




