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たい育  作者: 鈴神楽
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夜襲とスープ

 ローランス大陸の北部の小国同士の国境部のマミラス山


 そこでは、お互いの国の領土を争う戦いが継続されていた。

 それでも日が暮れれば、お互いの陣地に引き返す。

 一応は、侵攻側のマミスの陣地。

「暖かいスープですよ!」

 ヤオが出来たてのスープを持ってくる。

「待ってたぜ」

 そういって若い兵士、カミスがやってくる。

「大盛りで頼む」

「はいはい!」

 ヤオは、リクエスト通り、大盛りでよそい渡す。

「皆さん、元気ないですね?」

 カミスが苦笑する。

「ここでの戦いなんて、年間行事だからな。去年は、負けて奪われたから、今年は、奪い返すってお偉いさん達は、騒いでるけど、実際に戦う俺たちにしてみれば、勝っても負けても大きな違いがないからな」

 ノロノロと並ぶ兵士達にスープをよそりながらヤオが言う。

「良くあることですけど、どうにか決着をつけようとしようとする人達は、居ないんですか?」

 カミスは、空になった皿をブラブラさせながら言う。

「どっちも小国だからな、そんな余力は、ないさ」

 怠惰な空気が流れる陣地を見るヤオであった。



 食事の後、食器を洗うヤオに白牙が近づき告げる。

『五年前と変わらないな?』

 ヤオが頷く。

「あの時は、ラスマ側で見てたけど、同じ感じだったね」

『今回もお前の出番は、無いまま終わりそうだな』

 白牙の冷めた言葉にヤオが小さくため息を吐く。

「無駄に命の失うことなんて無いのにね」

 そんな中、騒ぎが起こる。

『夜襲か、ラスマは、少しは、やる気をみせたみたいだな』

 白牙の気楽な言葉を無視してヤオは、陣地に戻る。

「敵を逃がすな!」

 必死に命令を出す指揮官だが、ヤオが舌打ちする。

「そんな事している場合じゃないのに」

 そんなヤオの目の前で、貴重な食料が燃えていくのであった。



 翌朝、多少の敵兵を捕まえたものの、火をつけられて補給物資の大半が失われてしまった事が発覚した。

「どうなってるんだ!」

 無能な指揮官の言葉に、誰もが沈黙するしかなかった。

 いくら騒いだところで失われた食料は、戻ってこない。

 そして、戦場の地獄が始まる。



「これだけか?」

 カミスが出されたスープの少なさに驚く。

「これでも、頑張ったんだよ」

 ヤオの言葉に、他の料理担当も強く頷く。

 残っている食料は、僅かで、次の補給までもたせなければいけないのだから、出せる食事は、かなり少なくなる。

 そんな中、指揮官が騒ぐ。

「私にこんな薄いスープを飲めと言うのか!」

 地面に叩きつけられる貴重なスープが入った皿を見てヤオがため息を吐く。



 夜襲から、三日が過ぎた。

「いよいよ具無しかよ」

 お湯に僅かな味を付けただけのスープ、皿の底が見えそうな程であるが、それでもカミス達は、飲む。

 そんな物でも食べなければ戦えないのが解っているからだ。

「こんなもんでないちゃんとした食事は、ないのか!」

 指揮官の怒声にも力が無い。

「明日、明日には、補給が到着します!」

 悲壮な側近の言葉が陣地の僅かな希望をつなぐ。

「明日になればまともな食事が出来るぜ。頑張って生き残るか」

 無理やりの笑顔を見せるカミスであったが、ヤオの足元に居た白牙が呟く。

『そう簡単にいく訳が無いな』

 それは、ヤオも理解していた。



 翌日、陣地には、苛立ちが募っていた。

 予定されていた補給部隊の到着が遅れていたからだ。

「早くしてくれよ、こっちは、今にも飢え死にしそうなんだからよ」

 カミスがクレームをあげる中、白牙が帰ってくる。

『予想通りだ、ラスマの奴ら、こっちの兵力が落ちてるのをいい事に補給部隊の殲滅に力を入れている。見事に全滅させられて、食料は、奪われてたぞ』

 ヤオが大きなため息を吐く。



 次の日になっても到着しない補給部隊に一部の兵士が確認に出た。

 それが帰ってきて、補給部隊の全滅が告げられると、陣地に僅かに残っていた統率が無くなった。

「もう限界だ! 俺たちは、もう国に帰るぞ!」

 兵士達が反抗し始めた。

「ならん! ここで撤退したら、私の立場が無くなる!」

 正直すぎる指揮官の言葉に兵士達の殺意が篭った視線が向けられる。

「つきあってられるか!」

 武器を捨てて、陣地を離れようと数人の兵士が動いたとき、指揮官の直属の部隊がその兵士達を切り殺した。

「敵前逃亡は、死罪。解ったな!」

 指揮官の冷酷な言葉に、兵士達は、従うしか無かった。



 雑草のスープを飲みながらカミスが言う。

「やってられないぜ!」

「それでも従うんでしょ?」

 ヤオの問い掛けにカミスが悔しそうに頷く。

「ここで反乱に成功させた所で、国に帰れば死刑は、変わらないからな」

「でも、このままじゃ、敵に殺されるか、飢え死にするかどちらかだよ?」

 ヤオの指摘にカミスが天を仰ぐ。

「それは、解ってるんだけどな」



 腹の虫の大合唱が響く夜の陣地から離れた場所、ヤオは、ラスマの夜襲部隊の動きを観察していた。

『これでチェックメイトだな』

 白牙の言葉に、ヤオが答えない。

『まさかと思うが情が湧いたとは、言わないな?』

 白牙の言葉に苦笑するヤオ。

「湧かないって言えば嘘だけど、あの指揮官に正しい戦いは、無い以上、あちきは、力を貸せないよ」

 悲しそうな顔をするヤオの耳に予想外の声が聞こえた。

「ヤオ、何処だ!」

 カミスの声だった。

 ヤオは、顔を押さえて言う。

「馬鹿なんだから」

 ラスマの夜襲部隊は、カミスに気付き、包囲を開始した。

「お前たち、ラスマだな!」

「夜襲の成功の為にも逃がすわけには、いかない。ここで死んでもらう」

 ラスマの夜襲部隊が襲い掛かる。

 そんな絶体絶命の場面でもカミスが叫ぶ。

「ヤオ、逃げろ! お前は、兵士じゃない、お前だけでも生き残れ!」

「まだ、仲間がいるぞ! 探せ!」

 ラスマの夜襲部隊は、周囲に探るが、完全に気配を消したヤオが見つかる筈が無い。

「いかせるか!」

 カミスは、必死に剣を振るい、捜索を妨害しようとする。

「この状況で、他人を心配できるなんてね」

 苦笑しながら、ヤオがカミスの視界に現れる。

「ヤオ、早く逃げろ!」

「逃がすな!」

 一斉に襲い掛かってくるラスマの夜襲部隊。

『八百刃の神名の元に、我が使徒を召喚せん、影走鬼』

 ヤオの右掌に『八』、左掌に『百』が浮かび上がり、影から鬼、影走鬼が現れる。

 驚愕するラスマの夜襲部隊が自らの影に切り刻まれて倒れていく。

 ヤオは、ゆっくりとカミスに近づく。

「他人を守る為に戦う、それは、正しい戦いだから力を貸してあげた。でも、これ以上は、無理。このまま戦いを続ければ、貴方達は、死ぬよ」

 カミスは、唾を飲み込み頷く。

「解ったよ。覚悟を決めるさ」

 ヤオは、背を向けてその場を離れるのであった。



 その後、カミスは、ラスマの夜襲部隊の首をもって陣地に戻った。

「こいつらに襲われていたら、俺たちは、全滅していたぞ」

 兵士達に死の予感が強く走る中、指揮官が言う。

「お前は、その者達をどうやって倒したのだ!」

 カミスが言う。

「八百刃様の御加護だ」

 その名には、兵士達が驚き歓喜をあげる。

「八百刃様が味方してくださるのだったら、怖いものは、無いぞ!」

 満足そうに頷く指揮官。

「これで、私の勝利が確実な物になった。皆のもの明日こそ、ラスマの愚か者達を皆殺しにしてやろうでは、ないか!」

 歓声が上がる中、カミスがいう。

「それは、無理だ。八百刃様は、別にマミス軍についた訳じゃないからな」

 それを聞いて指揮官が苛立つ。

「意味が解らぬことを言うな、ならば何故、お前がご加護を受けられたのだ!」

 カミスが苦笑する。

「飯炊き女が一人、陣地から離れてたのに気付いたから、探しにいったんだが、その時にラスマの夜襲部隊と遭遇してな。そいつを助けようとしたからだよ」

「馬鹿な、八百刃様がこの私を救わず、そんな飯炊き女一人を救うわけがない! お前は、間違っている!」

 指揮官の無意味な自信に肩をすくめて、まともに相手をする気が無くなったカミスは、仲間達に言う。

「皆に聞くが、こいつの戦いが、八百刃様が正しい戦いと認められると思うか?」

 兵士達の熱気が消えていく。

「お前たち、まさか、私の戦いが正しくないとでも思っているのか!」

 指揮官の叫びに兵士達は、答えない。

「こんな下らない戦いで命を落としたくない。俺は、国に帰る。皆は、どうする?」

 すると兵士が次々に声をあげる。

「俺もだ!」

「俺だって死にたくねえ!」

「家に帰るぞ!」

 指揮官が怒り狂う。

「貴様ら! 全員処刑だ!」

 直属部隊が動こうとした時、その影に何かが入り、動きを止めた。

「冷静になりな。この数を処刑なんてしてみろ、あんたの指揮官としての未来は、なくなるぜ。決断しな、撤退するか、一人で戦うかを!」

 悔しげな顔で搾り出すように指揮官が言う。

「撤退だ」

 こうして、マミス軍は、撤退をするのであった。

 これが切欠となり、マミラス山での戦いは、行われなくなった。



『動けるか?』

 白牙の言葉に、マミスの陣地から少し離れた所で倒れていたヤオが答えない。

『本気でヤバイな。影走鬼、食料を確保してきてくれ!』

 白牙の言葉に、カミスの見守っていた影走鬼がラスマ軍の陣地に侵入して食料を調達してくるのであった。

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