平和な国の将軍
幼い国王を操る悪の摂政と対抗する将軍。ヤオは脇役です
ワーレル大陸の大国、オルドロスの首都ドロス
「何を仰っているのか解りません」
オルドロスの将軍、パドッロが幼少のオルドロス国王に聞き返すと、隣に控える摂政が答える。
「貧民街に国家転覆を謀る者達が居る。その完全排除の為に、貧民街に火をかける。将軍には、火が貧民街の外に漏れないようにするのと、逃げ出そうとする者どもの排除を命ずる。何度も言わせるな」
バドッロは、慌てて懇願する。
「どうか再考をお願いいたします! 貧民街には、多くの罪無き国民が居ます。その者まで害が及びます!」
摂政は睨みつけながら言う。
「これは、陛下の決定である。再考は、無い。それに税も払わぬ者など、国民では無い」
摂政を睨みかえすバドッロに摂政は、蔑んだ目で言う。
「何か文句でもあるのか? 陛下の威光で、敵国も無い我が国の無駄飯ぐらい軍人に、仕事を与えてやろうというのだ。感謝して貰いたいくらいだがな」
拳を強く握り締めて、堪えるバドッロであった。
自室に戻ったバドッロの元に数人の部下が来る。
「例の噂は本当でしたか?」
バドッロは忌々しげに頷く。
「間違いない。貧民街を取り壊して、残った土地を豪商が使う。あの摂政が、全て取り仕切っている」
その答えに部下達も悔しげな顔をする。
「陛下が幼い事を理由に好き放題しやがって!」
「将軍、今こそ我々が立ち上がる時です!」
「軍部の力を見せ付けてやりましょう!」
バドッロが手を組み悩む表情をしながら答える。
「すまないが待ってくれ」
「将軍!」
部下達の言葉に将軍は、答えられなかった。
自分の館に戻ったバドッロをメイド達が頭を下げて迎える。
「「お帰りなさいませ」」
メイド達の中を歩いていくバドッロだったが、その中にやけに幼い少女が居る事に気付く。
「君は何歳だ?」
その少女が笑顔で答える。
「14です」
少し信じられないバドッロだったが、この場は、信じるしかなかった。
「そうか、名はなんと言う?」
「ヤオと言います」
頭を下げるその少女、ヤオ。
「貴方、また私の叔父上が?」
夫婦の部屋に戻ったバドッロに妻である、オルナが尋ねる。
「気にする事は無い。これは、王宮の話だ」
優しくするバドッロに、オルナは悲しそうに言う。
「解っています。摂政が、私の親族だから、貴方も思い切った事が出来ないのですよね? 気にしないで下さい。私はもう貴方様の妻です。例え、叔父上であっても、貴方の敵ならば私の敵です」
強い眼差しにバドッロの心は決まった。
「ありがとう」
そしてオルナを強く抱きしめるバドッロであった。
深夜、深い眠りについているオルナを起こさないようにバドッロがベッドを出て、廊下を歩いていると廊下の先でヤオが、小さな子猫と共に何かをしていた。
「こんな夜中に何をやっている!」
その声に、ヤオは涙目で何かを背中に隠す。
「な、何もしていません」
バドッロが傍によると、ヤオの背中には、割れた花瓶があった。
「割ったのか?」
ヤオは言い訳を必死に考えるが言い訳が出てくる前にバドッロが言う。
「割ったのだな?」
「すいません。ご主人様!」
涙ながらに頭を必死に下げるヤオ。
バドッロが小さく溜息を吐いて言う。
「どんなに誤魔化そうとも、それは一時しのぎだ。虚実は何時か、ばれるのだ。素直にメイド長に言え」
素直に頷くヤオ。
涙目の少女をほっておくことも出来ないので、隣に座るバドッロ。
「そうだ、真実は何時か明かされる」
その言葉にヤオはバドッロを見て言う。
「でも真実は変わりますよ」
「馬鹿を言うな、その花瓶が壊れたその事実は変わらないそうだろうが」
バドッロの言葉にヤオは頷いた後、花瓶の破片を危なくないように、麻袋に入れて言う。
「事実は変わりませんが、真実は変わります。例えば、真実の愛は常に同じ相手に向いているとは、限らない。この花瓶がここにあったって真実はあちきが壊した事でなくなり、花瓶が無いという新しい真実に置き換わりました」
「何が言いたいのだ?」
バドッロの言葉に、ヤオが言う。
「人も物も変わっていくって事です。そして変わってしまったから、あちきはどうしよう?」
再び涙目になるヤオに大きく溜息を吐くバドッロであった。
そしてそんな様子を子猫が詰まらなそうに見ていた。
王宮にあるバドッロの自室。
そこにバドッロの忠臣が集まっていた。
「ようやくこの時が来たのですね」
部下の言葉に頷くバドッロ。
「陛下を惑わす、摂政を武力で排除し、我等の国に正しき秩序を!」
その時、扉が開き、陛下直属の親衛隊の精鋭が突入してきた。
「どういうことだ?」
バドッロの呟きに答える様に摂政が姿を現す。
「陛下に弓引く愚か者め、ここで全員捕縛する。やれ!」
摂政の言葉に答え、親衛隊が動く。
「どうして我々の行動を?」
バドッロが困惑している間にも、忠臣達が、数の差で押されて、一人また一人捕縛されていく。
数人の親衛隊員を倒したバドッロだが、圧倒的な戦力差の前に武器が弾かれる。
バドッロが歯軋りをしながら言う。
「ここで我々が倒れても、我等の意思は受け継がれるぞ!」
「安心して、貴方は今のまま将軍で居られる。だから誰も意思を継ごうとは思わないわ」
その声にバドッロが驚き、声の方を向く。
そこには、バドッロの妻、オルナが居た。
「叔父上にお願いしてありますの。貴方だけは罰しないで下さいって」
摂政がオルナの横に行き言う。
「大切な姪の頼みだからな。それに将軍の地位を継ぐのは、我が血族となれば何かと有利だからな」
バドッロが信じられない思いで叫ぶ。
「何でだ! 昨夜の言葉に偽りがあったのか!」
オルナは悲しそうな顔をして言う。
「そんな悲しいわ。私の言葉に偽りはありません。でも、叔父上は貴方の身分を護るのを手伝ってくれる味方ですもの。私にとって敵は、そこに居る貴方の地位を脅かす、愚臣達よ」
オルナは、蔑みの瞳を捕縛されたバドッロの忠臣に向けたが、その後バドッロを見て微笑み言う。
「でも信じて、万が一、貴方を害するのでしたら、叔父上を殺してでも排除するわ」
「怖い姪だ」
摂政が苦笑する。
バドッロが叫ぶ。
「私の望みは、正しき政治だ! その男はその邪魔をする敵だ!」
「貴方は純粋で正しい。でもそれでは駄目なの。このままでは、どんどん貴方の権力は無くなっていくわ。叔父上が進める他国への侵略を開始されれば貴方の活躍の場所は増える。貴方だったらきっと後世に残る英雄になれるわ」
オルナは半ば狂信的な思いで言った。
言葉を無くすバドッロ。
「昨夜言ったよね? 人も物も変わるものだって」
その声に誰もが驚く。
「何物だ!」
摂政の言葉に、常人では入ってこられる高さで無い窓から入ってきたヤオが言う。
「バドッロ将軍の屋敷で働いてるメイドのヤオです」
摂政がオルナの方を向くとオルナが頷く。
「どうしてこんな所に居るの?」
「本業の仕事で」
そう言いながらバドッロの隣に行くヤオ。
「先輩達に聞いたんだけど、奥様は、社交界で凄く辛い目にあってたそうだよ。無用の長物、無駄飯食らい、税金の無駄遣い。旦那様に対する悪口を聞くたび、辛かったみたい。戻ってくる度に旦那様の素晴らしい所を大声で言いながら泣いてたって」
意外な事実にバドッロが驚きオルナの方を向く。
「本当なのか?」
オルナは笑顔で答える。
「別に良いの。これからは、違うのだから。誰もが貴方を褒め称えるのだから」
その笑みの陰りにバドッロが自分の無神経さに腹が立った。
そしてヤオが言う。
「さあ選択の時だよ、ここで奥様の言う事を聞いて、英雄になるか? 奥様の思いを無視して正しい事をするのか? 好きな方を選びなよ」
その言葉にバドッロが戸惑い、自分の忠臣とオルナを見る。
「小娘、ふざけた事を言うな! その者にもはや選択権は無い!」
摂政の言葉にヤオはバドッロに言う。
「そう思っても良いよ。その方が言い訳もしやすいでしょうから」
半ば突き放した言葉にバドッロの決心が決まった。
「私は戦う」
その一言にオルナが悲しそうな顔をする。
「そんなどうして?」
バドッロがオルナに笑みを浮かべて答える。
「少しだけ待っていてくれ。これが終ったら、将軍職など辞職して、ずっとお前の傍に居る。お前が聞きたくない言葉があるなら、その代わりに私の声を聞かせよう。お前の見たくないものがあるのならお前にキスして、他のものが目に入らないようにしよう。それでは駄目か?」
その言葉に、オルナが明るい顔をするが、直ぐに申し訳なさそうな顔をして言う。
「でも、貴方には、素晴らしい才能があるわ。それを私の為に無駄にするなんて駄目です」
バドッロが一切の迷いの無い顔で言う。
「お前を悲しませる才能なんて不要だよ。一番大切なのはお前なのだから」
そして二人は、熱い視線をかわす。
「バドッロ」
「オルナ」
「状況を見ろ! この状態を覆す方法があると言うのか!」
摂政が叫んだ時、親衛隊のメンバーがどんどん倒れていく。
「正直、バカップルの相手するのは疲れるから先に始めてるよ」
ヤオは、そう言って、どんどん親衛隊のメンバーを素手で戦闘不能にしていく。
親衛隊の中でも指折りの実力者達が、ヤオを囲む。
「素手でどこまで出来るかな?」
親衛隊のメンバーの一人がそう呟いた時、子猫がヤオの足元に入ってくる。
『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与えん、白牙』
ヤオの右掌に『八』の文字が浮かび、子猫が、白牙が刀に変化する。
驚き、怯む親衛隊の武器を切り裂くヤオ。
「まだやる?」
ヤオの言葉に、親衛隊は降伏する。
ヤオの正体に驚いていたバドッロにヤオが言う。
「ほら、目的の敵がそこに居るよ。さっさと済ませたら?」
バドッロが倒れた親衛隊の一人から剣を奪い、摂政に突きつける。
「これでお終いだ」
摂政が、オルナの方を向く。
「オルナ助けてくれ!」
しかしオルナは悲しそうな顔をして言う。
「ごめんなさい叔父上、バドッロが一緒に居てくれるのでしたら、邪魔です。大人しく死んで下さい」
怖い事を言うオルナに小さく溜息を吐いてヤオが言う。
「本人の摂政の地位を放棄させる誓約書を書かせて、新しい摂政を選べば良いと思うよ」
バドッロも頷き、ここに摂政による悪政が終わりを告げるのであった。
「ひさしぶりの本業だった気がする」
バドッロからのお礼金で、珍しく財布が重いヤオの言葉に足元を一緒に歩く白牙が言う。
『そうおもうのならもっと真面目に神名者の仕事をしろ!』
白牙の言葉を無視して、ヤオがバドッロの屋敷に荷物をとりに戻りついた時、メイド長が仁王立ちをしていた。
「待っていました」
戸惑うヤオにメイド仲間の少女が、ヤオが隠蔽していた花瓶の欠片を見せる。
「貴女はクビです。当然弁償して貰いますからね!」
メイド長の言葉に逆らえず、折角のお礼金の大半を取られてヤオは旅立ったのであった。