峠の茶屋と結婚指輪
ローランス大陸の北部の隣国と戦争を行っている国、エルドーラ。
前線から少し離れた街、アナン。
「補給部隊がまた山賊に襲われただと!」
この周囲を統括する将軍が怒鳴る。
縮こまる兵士達。
「くそう! 山賊のやつらめ!」
将軍が憤る。
同時刻、ヤオは、峠の茶屋に居た。
「この玉子豆腐最高!」
喜びを正に噛み締める。
店主が声をかけてくる。
「お嬢ちゃん、ホントに行くのかい?」
ヤオが気楽に答える。
「山賊なんて平気平気!」
するとがらの悪そうな奴が現れる。
「そうかい、こんなガキでも売ればいい金になるぜ」
ヤオは、一言。
「白牙任せた」
玉子豆腐に集中するヤオにため息を吐きながら白牙が虎サイズに変化する。
『消えろ』
逃げて行くがらの悪い男。
「お、お嬢ちゃん、それは……」
店主の言葉にヤオが言う。
「あちきこうみえても神名者なの。だから山賊なんて平気だから安心して」
微笑むヤオに平服する店主であった。
ヤオが山賊の出ると評判の街道を歩いていると一見すると山賊風な男達が現れた。
しかし、ヤオに武器を向けるどころか、平服した。
「神名者とお見受けします。どうか私達の話をお聞きください」
先頭の礼儀作法が行き届いた男の言葉にヤオが指を振る。
「嘘は、駄目だよ。峠の茶屋の店主から聞いたんでしょ?」
驚いた顔をする男達にヤオが頬をかく。
「あのさあ、山賊が出没してほとんど客が無い筈の茶屋で直ぐに注文が出てくればおかしいんだよ。あちきに絡んできた奴等は、茶屋に休みに来た貴方達のお仲間でしょ?」
更に頭を下げる男達。
「ご明察の通りでございます。しかし我らは、ただの山賊では、ありません」
男が何か言う前にヤオが告げる。
「今回の侵攻に反対しての行為でしょ? アンドラ王子」
今度こそ目を剥く男、アンドラ。
「そこまでお見抜きであられたか」
ヤオが歩き始める。
「貴方達の話は、歩きながら聞くよ」
「解りました!」
アンドラは、歩くヤオに並走しながら必死に自分達の正当性を訴えた。
「このまま進軍を続ければ、どちらの国にとってもマイナスにしかならないのです」
「だから山賊の真似事をして補給を断ったの?」
ヤオの責める口調にアンドラは、弁解する。
「父、国王は、私や臣下の意見に耳を傾け様とは、しなかったのです。これは、仕方なく、必要悪だったのです」
ヤオは、視界が開け、見えてきた村を指差す。
「そして、その必要悪の犠牲があの村だよ」
死体が転がり、略奪の痕跡を色濃く残す惨劇の跡がそこには、あった。
「馬鹿なこの村は、隣国にも接していない! 多少兵が疲労して居たところでここまで攻められる事は、無い筈!」
驚愕するアンドラにヤオが説明する。
「この国の兵士がやったんだよ」
信じられないって顔でアンドラが言う。
「そんなどうしてです! 何故我が国の兵士が自国の国民を襲わなければいけないのですか!」
「前線で補給が無くなるってどんな気持ちだか解りますか?」
いきなりの質問にアンドラが戸惑う。
「それは、苦しいでしょう。だからってこんな惨劇を起こして良い理由には、ならない筈です!」
「成るんだよ。国を護る為に小さな村を犠牲にする。前線を任された指揮官ならしてもおかしくない判断だよ」
ヤオの説明に反発するアンドラ。
「国を護る為だとしてもこんな非道が許されて良いわけありません!」
ヤオが問い返す。
「山賊をすることは、許されるの?」
アンドラが答えに詰まると臣下が割ってはいる。
「我々は、出来るだけ相手を傷付けない様にしています!」
ヤオは、一組の指輪を見せる。
「これを持っていた若い兵士は、貴方達にやられ負傷しながらも、春に結婚する結婚相手の為にも功績を挙げよう無理をしたあげく、傷からバイ菌が入って倒れ、二度と目を覚まさなかった。貴方達の行為は、彼や彼の結婚相手を不幸にするだけの正義があったの?」
今度こそ黙るアンドラ達。
「補給が無くなるって物凄く怖いことなんだよ。それも彼らの後ろには、護るべき国民が居たの。逃げられない極限状態に人は、容易に狂気に走るよ」
アンドラが絞り出す様に言う。
「……我々が間違っていたのでしょうか?」
ヤオは、その言葉に答えない。
「罪を背負う覚悟を持ちなよ」
その言葉を最後にヤオは、指輪を渡して去っていった。
アンドラは、自分達の行いを公に晒した。
その上で今回の戦争の無意味さを語った。
臣下や国民に反発を受けながらも、アンドラは、自分の意志を貫き通した。
その行動が芽を結び、戦争は、終結した。
アンドラは、強い決断力と実行力を持った名君と呼ばれる様になるが、晩年の彼は、語る。
「私は、間違いを犯した。しかし、偉大な神名者様は、間違いを犯した事を責めなかった。ただ問い掛けただけでした。最後に告げられた言葉が全てを物語っていたのです。間違いを犯さない人間等居ない。必要なのは、間違いを認め、その罪を背負い前に進むこと。私を名君と言うものが居るが、間違っている。私は、多くの間違いを犯した、罪人です。このはめられる事が無い結婚指輪がそれを教えてくれる」
ヤオから渡された指輪を強く握り締めるアンドラであった。
同時期、峠の茶屋にヤオが来ていた。
「ここの玉子豆腐、美味しいねえ」
店主が自慢気に言う。
「そうだろよ! なんせうちの玉子豆腐は、神名者様がお認めになった味だからな」
『その神名者がこいつなんだがな』
呆れた顔をしている白牙であった。




