逃走と巨大ハンマー
ローランス大陸の奴隷都市、マルマ。
ここの奴隷は、徹底的に過酷な労働条件にさらされた。
それを成立させたのは、種族の違い。
奴隷は、全てマルセス族と言う原住民族だった。
マルセス族は、全員赤眼で、赤眼に産まれた者は、奴隷になる宿命だった。
「それがおかしいって考えた事が無かったのです」
領主の息子、ケルマは、誰にも打ち明けられなかった想いを外から来た雇い人の少女、ヤオに打ち明けた。
「家畜の豚を殺すのを可哀想と思わないのと一緒だね」
「そんな彼女達は、同じ人間です!」
反論するケルマをヤオが切り捨てる。
「豚達だって尊い命だよ。今の考えは、単なる人間のエゴだね」
言い返せないケルマに苦笑しながらもヤオが続ける。
「実際問題、この町では、マルセス族は、家畜と同じ一頭二頭って数えられてる。貴女だってアリーナさんが美人じゃなかったらそんな事を考えなかったと思う」
「僕は、真剣にマルセス族の事を……」
ケルマが反論をする前に、ヤオが言う。
「アリーナさんは、昨日も夜磨ぎをやらされてたよ」
慌てて詰め寄るケルマ。
「本当なのか!」
ヤオが頷くと駆け出して行くケルマ。
「素直じゃないんだから」
ヤオが苦笑していると白牙がやって来る。
『奴隷が美人だから解放したいなどナンパな奴だ』
「別に構わないと思う。よく誤解されるけど外見だってその人の才能。それを認めたって事は、悪いことじゃない」
ヤオが真面目な顔でそう告げた。
『それでお前は、あの男に力を貸すために居るのか?』
白牙の質問にヤオが頷く。
「そうなるね」
『マルセス族に力を貸した方がいいんじゃ無いか?』
白牙の指摘にヤオが肩をすくめる。
「あちきは、正しい戦いの護り手で、弱者の味方じゃないよ」
『戦う意志が無い者に与える慈愛は、無いって事か』
白牙が納得する。
ケルマは、アリーナの元に来ていた。
「アリーナ、お前が嫌なら、夜磨ぎ等しなくてもいいのだ!」
「ケルマ様、しかし私は、マルセス族、産まれながらの奴隷です。自分の意志なんて……」
強くアリーナを抱き締める。
「お前は、私と同じ意志を持った人間だ!」
「ケルマ様……」
感涙を流すアリーナ。
しかし、それ以降もアリーナへの扱いは、変わらず、堪忍袋の尾が切れたケルマが領主である父親に告げる。
「今の奴隷制度を廃止するべきです。マルセス族も私と同じ人間なのだから!」
領主は、失笑する。
「そんなことも気付いて無かったのか?」
意外な反応に戸惑うケルマ。
「私は、それを承知の上でマルマの為に今の奴隷制度を継続している。お前の青い理想論では、何も変わらない」
その言葉通り、どんなにケルマが精力的に動いても誰にも理解されなかった。
「どうにもならないのか……」
絶望するケルマにヤオが言う。
「最初から解って居たことだよ。深く考えない人は、マルセス族が家畜だと言う慣習に疑問を持たないし、深く考える人は、逆に今のマルマがあるのは、マルセス族を奴隷にする制度のおかげだって解っているからね」
「私は、何も変えられないというのか!」
ケルマの言葉にヤオがあっさり頷く。
「そんな、それでは、どうしたら?」
困惑するケルマにヤオが気楽に言う。
「アリーナさんと駆け落ちでもしたら?」
「そんな事が出来る訳は、無いだろうが!」
ケルマの言葉にヤオが首を傾げる。
「どうして?」
「どうしてって、それは……」
言葉に詰まるケルマにヤオが告げる。
「全てを棄てる覚悟があればどんな事だって出来るよ。あちきは、仕事があるから」
ヤオが立ち去った後、ケルマが呟く。
「全てを棄ててか……」
マルセス族の集まる場所にケルマがやってきた。
「ケルマ様、本気なのですか?」
アリーナの言葉にケルマが頷く。
「私は、本気だ」
そして、目立つ所にたったケルマが大声で宣言する。
「私は、命ずる。我に従い、マルマを脱走し、マルセス族の町を作ることを!」
困惑するマルセス族にケルマがアリーナを自分の乗る馬に乗せて叫ぶ。
「従う者は、ついて来い!」
馬を進め始めた。
「ケルマ様、こんな事をしてただで済む訳がありません!」
アリーナが困惑するが、ケルマは、覚悟を決めた表情で頷く。
「そうだろうな。しかし、私は、俺は、決めた。マルマを棄てて、新しい町に全てをかけると」
「ケルマ様……。私は、ずっとケルマ様に従います」
アリーナが体を預ける中、一人、また一人とマルセス族がケルマの後ろについてくる。
町を出る時には、それは、巨大な集団となっていた。
いきなりの事に、兵士達も困惑する。
「命令だ、走れ!」
ケルマが叫び、マルセス族達も応じる。
「奴隷よ、止まれ!」
後ろから兵士達が命令するが、マルセス族は、反応しない。
その様子を見ていた白牙が首を傾げる。
『何で、マルセス族の奴らは、ケルマの言葉に従うのだ?』
「皮肉な話、奴隷根性がケルマの言葉に従わせているんだよ」
ヤオの答えに白牙が反論する。
『兵士達も命令してるだろう?』
笑みを浮かべるヤオ。
「難しい話じゃないよ。自分の意思と命令となら、命令をとるだろうけど、同じ命令だとしたら、自分が望む命令をとる。それだけの事だよ」
数は、力だった。
マルマの町を支える労働力、マルセス族の数は、多く、体力もあった。
少数の兵では、とても止められるものでは、無かった。
しかし、体力には、限界があり、ケルマ達に迫る、領主率いる軍隊。
「ケルマよ、お前には、失望したぞ! 帰ったら、厳しい罰を与えてやろう!」
領主にケルマが反発する。
「俺は、帰らない! マルセス族と新たな町を作る!」
「戦う力を持たないで、何が出来る? 我が軍隊の前に、皆殺しだ!」
領主が手を上げ、マルセス族が恐怖に震える中、ケルマが矢面に立つ。
「マルセス族に手を出すなら俺から殺せ!」
領主の息子に兵士達が躊躇し、領主が舌打ちして命ずる。
「誰か、あの馬鹿を取り押さえろ!」
兵士達が動き出そうとした時、ヤオが間に入る。
「はーい、そこまで。そこから先は、あぶないよ!」
「何だ、貴様は!」
苛立つ領主を見ながらヤオが言う。
「今回は、ちょっと信望が少ないから、低コストで行くよ」
大地に向けて右手を突き出すヤオ。
『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与えん、大地蛇』
ヤオの右掌に『八』が浮かび上がり、大地を掴みあげるようするヤオの右手に巨大なハンマーが握られていた。
振り下ろされたハンマーは、地割れを生み、領主達とケルマ達を分断する。
「馬鹿な正しい戦いの護り手である貴方がどうして?」
困惑する領主にヤオが答える。
「絶望による逃走は、敗北しか生まないけど、希望を求める逃走ならそれは、勝利への戦いだから、あちきが助力した。それだけだよ」
ヤオが振り返ると兵士達が逃走を開始する。
『正に絶望の逃走、敗北だな』
白牙の言葉に苦笑するヤオであった。
その後、ケルマを中心に作られた町で、マルセス族は、自分達を主人とする生き方を掴んでいくのであった。
「この地割れって何処まで続いてるのかな?」
自分が作った地割れを見てため息を吐くヤオ。
『諦めて、九尾鳥を出して、飛んでいけ』
白牙の言葉にヤオが困った顔をする。
「そういうことに八百刃獣の力を使うのは……」
その後、余計な回り道をした為、旅費が足りず、宿にも泊まれず野宿するヤオだった。




