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たい育  作者: 鈴神楽
57/67

老人と青年

 ブースト大陸の小都市、ミルセン。


 そこにホルマという名の青年が居た。

 彼は、世間から見れば恵まれて居た。

 家は、金持ちであり、容姿も優れ、文武共に長けていた。

 そんな彼でも、いやそんな彼だからこそ自分の無力さを痛感させられた。

「どうして、私は、こんなに無力なんだ」

 教会の神像の前で苦悩するホルマに掃除をしていたポニーテールの少女が声をかける。

「何を悩んでるの。話だけならあちきがきいてあげるよ」

 ホルマが少女を見て苦笑する。

「そうだな、君だったら話しても問題ないだろう。この町には、大きな力がある。それは、決して逆らえず、この町の住人を支配している。その力の前には、私の力など無いに等しい」

「無いに等しいね。まあ、自分で納得してるんだったら、それで良いんじゃない?」

 少女の切り返しにホルマが怒鳴る。

「納得などしていない! この現状を変えなければ、ミルセンには、未来がないのだ!」

 少女がため息混じりにホルマの肩をたたく。

「落ち着いて。とりあえず、自分の立場を考えたら。確か、この町でも有数の商会の跡取り息子でしょ? 変な事を言ったら大変になるよ」

 それを聞いてホルマが驚く。

「何でそれを?」

 少女が肩をすくめる。

「自分を知らなすぎだよ。この町の未婚の女性の一番の玉の輿相手って、注目されてるんだから。あちきの隣のベッドの娘なんて、貴方の似顔絵に毎日キスをしてるよ」

「そうか、それでか……」

 安堵するホルマに少女が告げる。

「無力な人間なんて居ない。人間は、皆、等しく力を持っている。違うのは、行動を起こす人間か、行動を起こさない人間かだよ」

 ホルマが戸惑う。

「随分と哲学的な事を知っているね。君は、学問を習った事があるのかね?」

 少女が遠い目をする。

「ずっと昔、色々と習った事は、ありますけど、今のは、単なる実体験。ずっと旅しているから、行動をしないで後悔している人を多く見てきたよ」

 唾を飲み込むホルマに少女が続ける。

「でも、行動して後悔している人も多かったね」

 肩透かしを食らうホルマ。

「結局、何が言いたいのだ?」

 少女が微笑む。

「最初から言っていたよ。あちきは、聞くだけは、出来るって。それ以外は、知りません」

 ホルマがため息を吐く。

「私も随分と追い詰められているな。こんな少女に頼るなんて」

 そんな時、一人のメイドがかけてくる。

「若旦那、こんな所にいらっしゃったのですか? 旦那様がお呼びです」

「解った、今行く」

 教会を出て行くホルマ。

 そして、少女、ヤオの足元に白牙が来て言う。

『あれは、動きそうか?』

「今のところは、五分五分って所。いま、この町を支配している仕組みは、ある一人の老人がその才覚のみで維持している。その老人が亡くなれば、仕組みが崩壊して、それを土台として成長したミルセンも崩壊する。そうなれば色々大変な事になるね。でも老人は、最後まで権力を離そうとしない。もうすぐ、老人から権力を奪い取ろうと動く人間が出るね」

 ヤオの説明に白牙が呆れる。

『年老いた者は、後続の為に道を譲る、それは、熟したリンゴが木から落ちるのと同じ、理だとなぜわからぬのだ』

 ヤオは、淡々と応える。

「道理だけで進むだけなら、人は、神の操り人形だよ。そうじゃないから、あちき達、新しい理を生み出す為の神名者が居るんだよ」

『それでは、正しい戦いの守り手殿は、どうするんだ?』

 白牙の問い掛けにヤオが箒の柄でほほをかく。

「老人の妄執が間違っているのは、確かだけど、それを奪い取ろうとする輩の性根も似たり寄ったり。うまくいってもこの町の寿命が十年延びるぐらいにしかならない。様子見だね」

『そうか、所で、お前の感覚では、どっちが多かったのだ、行動せずに後悔した人間と行動して後悔した人間は?』

 白牙の質問にヤオが即答する。

「行動せずに後悔した人。後悔をする様な行動をする人間は、生き残る可能性が低いからね」

 苦笑する白牙。

『確かにな。戦場では、後悔する暇は、無いか』



「ホルマよ、お前は、あの方に逆らうつもりは、ないだろうな?」

 父親の質問にホルマが逆に問い返す。

「あの方の言葉に従うとして、あの方は、いつまで生きられると思っているのですか?」

「その時は、このミルセンを棄てる。それだけだ、その準備も進めている」

 抜け目が無い父親の行動に苛立ちすら覚えるホルマ。

「本当にそれで良いのですか!」

 苦笑するホルマの父親。

「お前は、若い。商売に必要なのは、確実性それだけだ。間違っても、あの方に逆らおうと思うな!」

 そう締めくくる父親に反論も出来ず、ホルマは、執務室を追い出された。

「このミルセンは、本当に終わってしまうのか……」

 その問いかけに応える者は、居なかった。



 数日後、ホルマは、教会に向かって歩いていた。

 その周囲には、貧民の子供が居た。

「また、増えたな」

「政治が不安定になれば貧民が増えるのは、当然ですね」

 ホルマの呟きにヤオが応えた。

「お前は、どうしてここにいるのだ?」

 驚くホルマに対して、ヤオは、空っぽになった袋を見せて言う。

「教会への寄付を貧民に分ける手伝いしてたんですよ。いっぱいあったのに、一時間もしないうちに空っぽだよ」

 ホルマが金貨を差し出す。

「これも足しにしてくれ」

 金貨を受け取りヤオが言う。

「同情、うんにゃ。罪悪感ですよね?」

 顔を強張らせるホルマ。

「でも、お金は、あの子供たちの食料にならない。教会の上層部の懐に入っておしまい。こうやって配られるのは、寄付と言う名のパン屋や食堂の残り物。それがこの町の現状ですよ」

 沈黙するホルマにヤオが語る。

「残り物だってパンは、子供たちの空腹を満たす。でもね、届かないお金を渡すだけで行動しない貴方の善意は、あの子達には、届くことが無いよ」

「だったら、私にパンを焼いて、子供たちに配れとでも言うのか!」

 ホルマは、感情のままに叫ぶとヤオがうなづく。

「何もしないよりは、ましでしょ。でも、自分が出来る事を考えて、本当にやるべき事をした時、パンを配るより多くの子供を救えるかもしれないですよ」

「多くの子供を救う道……」

 ヤオの言葉を受け、ホルマは、考えを変えていくのであった。



 ホルマの私室。

「私にもパンを焼けるだろうか? それとももっとお腹に溜まる料理を作った方がいいのだろうか?」

 その呟きを聞いたメイドが驚く。

「そんな、若旦那は、そんなことをしなくても良いのです。その様な事は、我々がするのですから」

 苦笑するホルマ。

「自分で行動したいんだよ。しかし、実際問題、パンを焼いた事も、料理を作った事も無い私には、難しい事かもしれないな」

「商品の知識があり、商売も上手い、若旦那には、もっと凄いことが出来ます!」

 肩をすくめるホルマ。

「それで、貧民の子供の腹が膨れるか? どんなに現金を工面しても、いまのこの町では、子供たちに届く前に、権力者どもに吸い取られる。あの娘が言うとおり、パンでも焼いて配った方が、子供たちに喜ばれるかもな」

「違います! 若旦那だったら、そんな仕組みから変えられます!」

 メイドの言葉にホルマが唖然とする。

「私が仕組みを変える?」

 メイドが断言する。

「そうです。若旦那でしたら、絶対に出来ます」

 あまりもの自信にホルマが戸惑う。

「どうして、そこまで言い切れるのだ?」

 メイドが首飾りを見せる。

「若旦那様は、あたしを母親の死に目に合わせて下さいました。当時は、一度奉公に入った以上、年季明けまでは、親が死のうと家に帰れませんでした。それなのに、年季明けの時期もずらさず、日々の仕事のスケジュールとやり方を変えて、長期の休みを取れる様にして下さったお陰で多くの者が実家に帰れる様になりました。皆、若旦那には、感謝をしているんです」

 それを聞いて、ホルマが言う。

「あれは、お前達の為だけにした訳では、無い。親が死ぬかもと心在らず状態で仕事をされて失敗されては、困るので、休みを取れる様にしただけなのだ」

「それで、良いんです。相手の為だけに動くなんて人間は、誰も信じません。まずは、自分の為、そして、それがあたし達の為にもなる方法を作り出せる若旦那だったらきっと出来ます」

 メイドの言葉に、ホルマが何度か考えた草案を頭に浮かべながら言う。

「簡単な事じゃない……」

「あたし達に手伝わせて下さい。若旦那が何を悩んでいるのかは、解りません。それでも、若旦那の為に働きたいんです!」

 メイドの熱意にホルマが決意を決めた。

「解った、ミルセンを変えるぞ!」

 こうして、ホルマが動き出した。



 ホルマがまずやったのは、この町の勢力分布図の作成だった。

「よく、調べ上げられたね」

 教会で、資料を検討するホルマにヤオが話しかけた。

「色々と協力してくれる人が居てな」

 ホルマは、商売、個人的な交友関係等などをフル活用して、動いた。

「しかし、老人の影響力は、いまだ健在だな」

 真剣な顔で状況を読み取ろうとするホルマに対してヤオが言う。

「反対勢力の力を使おうと思うのは、止めときな。奴らは、老人を倒した後の地位を狙ってる。利用するんだったら逆に老人側。この情報をリークしてやれば、勝手につぶし始めてくれるよ。そこからが勝負どころだよ」

 ホルマが長考の後に告げる。

「チェックメイトまでいける」

 ホルマが駒を動かし始める。



 激しい旧体制側の攻撃、反対派勢力が次々と攻撃されていく。

 旧体制がこのままの実権を握る続けるかと思われたが、大きく動きすぎた旧体制側は、その詳細を捉まれ、各個反対派に潰されてしまう。

 両者の力が衰えた頃、どちらにも組しなかった中立派がその力を誇示し始めた。

 だが、それもフェイクでしか無かった。

 力を失った旧体制の中心人物としてホルマが座っていた。

 老人と相対すホルマ。

「貴方の時代は、終わりました」

 ホルマの言葉に枯れ木のような腕を振るわせる老人が言う。

「馬鹿を言うのは、止めるのだな。もしも、ここでワシを殺してもお前は、生きては、帰れぬぞ」

 ホルマが淡々と告げる。

「別に殺す必要などありません。逆に出来るだけ生きていてもらいます。貴方の存在は、反対派に対してプレッシャーになり、いい囮ですから」

「お前が実権を握れるとも?」

 老人の問いかけにホルマが頷く。

「はい。これから大改革を行います。全ては、死に行く老人の暴走。その後から、このミルセンを民の手に戻します」

 老人が命の炎を燃やして叫ぶ。

「ミルセンは、ワシが大きくした、ワシの物なのじゃ!」

 背を向けるホルマ。

「好きに言って下さい」

「待て! 私には、まだこれがある!」

 そういって取り出したのは、一つの魔法具。

「このミルセンがどうして急速に大きくなったと思う? ここに封じられた魔獣を脅しに使ったのだ。人に奪われるくらいならこの魔獣を復活させて、全てをゼロに戻す!」

 狂気を放つ老人にホルマは、はっきりと応えた。

「好きにして下さい。例え、町が壊れようとも、私は、きっとの住人を救い出します。そして、救い出した住人の手で、新たなミルセンが生み出される筈です」

 気圧される老人だったが、死を目前とした者には、躊躇が無かった。

「全て滅びよ!」

 開放される魔獣、それは、蒼い体毛を生やした、人を見下ろす程の狼だった。

『やっと開放された! 全てを砕いてやる!』

 暴走しようとした狼に、ホルマが死を覚悟した時、白い子猫が前に出る。

『こんな所に蒼貫槍の欠片の魔獣が居たのか。どうする?』

「長い封印でまともじゃない、滅ぼしちゃって」

 現れたヤオの一言に、白牙が本来の姿に戻ると、その牙の一撃で蒼い狼を噛み砕く。

 唖然とするホルマと老人を尻目にヤオがあっさり言う。

「こっちの用事は、済んだので続きをどうぞ」

「何でも無いように立ち去るな! 貴様は、何者だ!」

 ホルマの問いかけにヤオが言う。

「正しい戦いの守り手、神名者、八百刃。まあ、今回は、暴走の魔獣の処理だったけどね」

「八百刃だと、あの神すら打ち破る最強の力の持ち主。そうか、お前が全てを裏から糸を引いていたのだな!」

 老人の言葉にヤオが肩をすくめる。

「あのね、あちきは、正しい戦いの守り手、最初から戦う意思の無い奴は、最初から相手にしないよ。結局、貴方は、この男の信念と才覚に負けたんだよ」

「私の生きた証が……」

 最早、正気など無く、ただぼやき続ける老人を無視してヤオに続いて部屋を出るホルマ。

「感謝をすべきですね?」

 首を傾げるヤオ。

「何に? あちきは、貴方が何もしなかったら、ミルセンが滅びるのをほって置いたよ。ミルセンを救ったのは、貴方の行動だよ」

 ホルマが苦笑する。

「それは、全て八百刃様のお導きのおかげです。ただ、悩むだけの私に動く事の大切さを教えてくれました。それが無ければ私は、きっと今も悩み続けていました」

 ヤオが肩をすくめる。

「どう思っても勝手だけど、一つだけ言っておくよ。貴方の戦いは、始まったばかりだよ」

 ホルマが頷く。

「承知しています。必ず、老人ととって代わろうとして奴らの強い抵抗を受けるでしょうが、ミルセンの未来の為にやり遂げてみます」

 ヤオが笑顔で告げる。

「その戦いが正しい限り、あちきが貴方を守ってあげるよ」

 去っていくヤオに頭を下げ続けるホルマであった。



『ところで話が変わるんだが、なんで蒼牙が居るんだ?』

 白牙の質問に蒼牙が答える。

『蒼貫槍様の力の欠片の処理のためだ』

『別にお前が来なくても俺一人で処理できたのだがな』

 白牙の言葉に蒼牙が睨む。

『何だと!』

『お前で証明してみせようか?』

 挑発する白牙。

『その勝負受けた!』

 蒼牙と白牙の戦いが始まる。

「八百刃様、あれは、放置するんですか?」

 ホルマが、老人や老人にとって代わろうとする連中の権力の象徴を次々に壊していく白牙と蒼牙を指差す。

 ヤオは、気楽に言う。

「痴話喧嘩みたなものだから」

 答えになっていない答えでも納得するしか無かったホルマであった。

 白牙と蒼牙の決着は、持ち越しになり、かなりの被害がでたミルセンの復興に活躍したホルマは、新たな指導者として民を中心とした政を行っていくのであった。

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