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たい育  作者: 鈴神楽
53/67

終戦後日と新たな家族

 マーロス大陸の東部の平原。


 一面に死体が広がるハルガ族とヘルマ族の戦場の跡。

 一人の兵士が呆然としていた。

 彼の名は、スッカ。

 彼は、ヘルマ族の戦士だった。

 種族の誇りの為に戦い抜いた。

 しかし、結果残ったのは、彼一人だけだった。

 スッカは、ただ呆然としていた。

 護るべき仲間も倒すべき敵も居なくなった彼には、何も残って無かった。

 そんな時、スッカの腹が鳴った。

 スッカ自身は、もはや空腹などどうでも良かった。

「体は、正直だね」

 ポニーテールの少女が現れた。

「俺には、いきる意味が無い」

 少女は、兵士達が持っていた保存食を投げ渡す。

「そんなの、頭で考えているうちは、死なないよ」

 スッカは、受け取った食糧を無意識の内に口にしていた。

「歩いて三日の所に町があるよ」

 少女は、その方向を示す。

「お前は、どうしてこんな所に居るんだ?」

 スッカの質問に少女が悲しげな顔で答える。

「仕事があるかと思ったけど、結局無かった……」

 スッカが淡々と呟く。

「全滅してしまったら、仕事どころじゃないからな……」

 少女は、そのまま、白い子猫を連れて消えて行った。

 スッカは、死ぬタイミングを失って、少女が言った町に向かった。

 町に着くとスッカは、その平和な雰囲気に戸惑った。

 そんな中、子供達が無邪気に近付いて来た。

「おじさん旅人? 旅の話をしてよ!」

 期待に目を輝かせる子供には、勝てず、ヘルマ族として旅を続けて居た時の話をしてしまう。

 その夜は、町長の家に泊まる事になった。

「事情は、知っておる。小さな町じゃ、男手が有れば助かるから住まぬか?」

 スッカは、断るだけの意欲が無かった。

 それからスッカは、言われるままに力仕事を続けて居た。

 そんなある日、子供達の中に一人毛色が違う少女が居た。

 そしてスッカには、その特徴を知って居た。

「お前、ハルガ族の娘だな?」

 その娘は、ボロボロのナイフを握りしめ、突きつける。

「お前らヘルマ族のせいでお父さんもお母さんも、皆死んだ!」

「好きにしろ……」

 スッカには、抗う気力が無かった。

 それどころか仲間と同じようにハルガ族に殺されるのなら構わないとすら思っていた。

 その時、子供達の世話をしていた老婆がスッカの頬を叩く。

「何を考えているのじゃ? こんな子供を人殺しにしていいと思ってるのか? 死にたいのなら自分で死ね!」

 反論出来ず固まるスッカに背を向け老婆は、少女に告げる。

「人を殺しても何の解決にもならない。お前がしなければいけないことは、生きる事。それだけじゃ」

 優しく抱き締めてくれる老婆の腕の中で少女は、我慢していた物を吐き出す様に泣き続けた。

 スッカは、その姿を見続けることしか出来なかった。

 その後、少女、ヒラは、老婆に引き取られた。

 スッカも町に住み続け、何かとヒラと老婆の世話をした。



「スッカさん、お弁当を持ってきました」

 ヒラがスッカの仕事先にやって来ると仕事仲間が冷やかす。

「若奥様のご登場だ!」

「羨ましいな、コンチクショ!」

 顔を真っ赤にするヒラ。

 スッカは、睨む。

「何度も言っているだろう、ヒラとは、そんな関係では、無い!」

 その一言にヒラが悲しげな顔をして去っていく。

 仕事場の同僚が告げる。

「いい加減認めたらどうだ? お前達が町一番のカップルなのは、誰でも知ってる事だぞ」

 スッカが顔を逸らす。

「俺には、そんな資格は、無い。俺は、あいつの一族を何人も殺したんだ。もしかしたらあいつの父親を殺しているかもしれない……」

 辛そうなスッカの顔に同僚もそれ以上は、言えなかった。

 そんなある日、スッカは、二人の家にやって来た。

「オババ殿、調子は、どうですか? 今日は、精がつくものを持ってきました」

 横になっている老婆に土産を見せるスッカ。

「もう寿命じゃ、長くは、ないよ……」

 老婆の言葉にヒラが悲しそうにし、スッカが必死に説得する。

「何を弱気な事を言っているんですか。オババ殿が居なくなったらヒラは、独りになってしまいます」

 老婆は、スッカの手を握りしめる。

「お主が傍に居てやってくれ。ヒラの気持ちは、知っておるじゃろ?」

「お婆ちゃん……」

 ヒラが戸惑う中、スッカが首を横に振る。

「それは、出来ません。俺は、ヒラにとって仇なのですから」

 老婆が真剣な目で問う。

「そしてお前の一族の仇の娘だから、お前は、子を作れぬのか?」

 考えた事も無かった事、しかし、心の奥底にあった思いを突かれスッカが言葉を失う。

 老婆が告げる。

「ヒラに、何度も言った言葉をお主にも告げよう。恨みを捨てよ、そして生きて子を作り、一族の血を残せ。それだけが生き残ってしまったお主達に出来る限りの事だ」

 真摯な言葉。

 スッカが答えられずにいるとヒラが言う。

「あたしは、スッカさん以外の子供を産むつもりは、ありません」

 戸惑いながらスッカが問う。

「俺の、仇の一族の血をひく事になるんだぞ?」

 ヒラが迷いの無い顔で答える。

「そうしないと駄目だと思って居ます。お互いが最後の独りになった原因を忘れない為にも」

 スッカがヒラを見つめる。

「お前の方が事実と向き合い、戦って居たんだな……」

 見つめ会う二人。

「幸せになっておくれ……」

 そのまま目を瞑った老婆が亡くなったのは、数日後の事だった。



「もうすぐだな?」

 同僚の言葉に幸せそうに頷くスッカ。

「男でも、女でも良い、元気な子供が産まれてくれればな」

 しみじみと言うスッカに周りが祝福をする。

 ヒラが待つ家に帰るスッカ。

「お帰りなさい」

 ヒラのその言葉だけで一日の疲れが飛んでいく気がするスッカであった。

「あたしの代わり入ったポニーテールの子何だけど、ドジでね……」

 食事をしながら一日の事を話すヒラをスッカが幸せそうに見ていた時、いきなり扉が叩かれる。

 出ようするヒラを止め、スッカが出る。

「スッカさん、大変だ! 隣の国の兵士が攻めてきた!」

 震えるヒラ。

「そんな、折角幸せに成れると思ったのに……」

 スッカは、ヒラを抱き締めて告げる。

「安心しろ。お前だけは、俺が護る!」

 作業用の固い棒を持ち、駆け出すスッカ。

「スッカ、死なないで!」

 ヒラの悲痛な叫び声が夜の町に響く。



 戦いは、一方的だった。

 戦いと呼ぶのもおこがましい、兵士達の蹂躙の場であった。

 それでも、町側に死者が出ていないのは、スッカの突出した戦闘能力があったからだ。

 しかし、それにも限界がある。

 手にしていた唯一の武器である棒も砕かれた。

「ここまでだ!」

 振り上げられた兵士の剣。

 そんな状況でもスッカは、諦めなかった。

「まだだ! まだ諦めてたまるか!」

 一撃を放ち、油断したところをチャンスと身構えるスッカ。

 だが剣は、降り下ろされなかった。

 スッカの前にポニーテールの少女が現れ、白い刀で兵士の剣を打ち砕いた。

「貴様は、何者だ?」

 戸惑う兵士達。

 少女は、両手を地に向けた。

 右掌に『八』、左掌に『百』が浮かぶ。

『八百刃の神名の元に、我が使徒を召喚せん、大地蛇』

 召喚された、巨大な蛇が告げる。

『我は、偉大なる神名者、八百刃様の八百刃獣、大地蛇なり。汝等の戦いは、正しく無いと八百刃様が判断を下された。即刻に撤退するが良い』

 大地蛇に圧倒されながらも退くわけにも行かない兵士達。

「邪魔をするな! 邪魔をするなら我等が退治してやるぞ!」

 強がりだったが、大地蛇は、大地を引き裂き兵士達を飲み込む。

『もう一度だけチャンスをやろう』

 一斉に逃げ出す兵士達。

 助かった事に歓喜し、少女、ヤオに感謝をのべる。

「ありがとうございます!」

 ヤオは、微笑み、スッカを見る。

「彼が最後まで諦めなかったから、それを助けただけだよ」

 周囲の視線がスッカに集まるなか、ヒラが駆けつけてくる。

「無事で良かった……」

 涙ながらのヒラに抱きつかれるスッカであったが、ヤオの顔を凝視して、固まっていた。

「スッカ、どうしたの?」

 ヒラが問い掛けるとスッカが絞り出すように問う。

「どうして、あの時は、なにもしてくださらなかったのですか?」

 スッカの突然の言葉に周りが戸惑い、ヒラが代表して聞く。

「スッカ、何を言っているの?」

 スッカは。血が出る程に拳を握り締め告げる。

「八百刃様は、あの戦場にいらっしゃったのだ……」

 ヒラの脳裏に浮かんだのは、一つだけだった。

「まさかハルガ族とヘルマ族の戦いですか?」

 スッカが頷く。

「俺は、会っていた。俺を残し全滅した戦場で……」

 ヤオが頷く。

「死ななかったんだね。あの時、ハルガ族の生き残りが避難した町を教えて良かった」

 スッカが怒鳴る。

「そこまで知っていた貴女なら、あの戦いを止められた筈です!」

 ヤオが淡々と答える。

「両者の争いは、どちらが優れた民族か。どちらも最後まで譲らなかった。あちきには、干渉する理由が無かった」

 ヒラが叫ぶ。

「そんな理由の戦いだったら止めてくだされば良かったでは、無いですか!」

「間違った戦いを挑まれていたら止める事も出来るけど、お互いが同じ思いで戦っているのを止める権利は、無いんだよ」

 ヤオが静かに告げた。

 スッカが辛そうに言う。

「自業自得だった訳だな……」

 ヒラが涙を拭う。

「残ったあたし達は、同じ間違いをしなくて良かったですね?」

 スッカが頷く。

「そうだな、お前を護る事を選べた」

「ありがとう」

 ヒラが微笑み返すのであった。



「一つ聞いて良いですか?」

 食堂でヒラが尋ねるとバイトのポニーテールの少女、ヤオが言う。

「何ですか、先輩?」

 ヒラが複雑な気持ちを抑え尋ねる。

「何で八百刃様がバイトしているのですか?」

 ヤオがヒラのお腹を撫でながら告げる。

「妊婦さんを働かせられませんからね。新しい人が見つかるまでは、居ますよ」

「八百刃様にそこまでしてもらう訳には……」

 ヒラが話している途中にヤオがこけて、お客さんにスープをかける。

 店主が怒鳴る。

「又か、お前は、クビだ!」

「クビだけは、許してください! 頑張りますから!」

 懇願するヤオの姿にヒラがため息を吐くのであった。

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