無信仰者の少女と石像
ローランス大陸の南部の山で囲まれた町、ヤーオン。
『金が有るところには有るんだな?』
白牙が立派な神殿を見上げて言う。
「よそ様の羽振りなんてどうでも良いでしょうが、あちきは、この洗い物が終わらないとご飯が食べれないんだからね」
一生懸命に洗濯するヤオを横目で見る白牙。
『他所の羽振りなのか?』
ヤオが頷く。
「いくら羨んでも、あちきのおサイフには、銅貨一枚入って来ないからね」
白牙がため息を吐く。
『それでは、ここに集められた金は、何処に行くのだ?』
ヤオがあっさり答える。
「信仰心が皆無な神官連中の懐に決まってるじゃん」
『お前は、それで良いのか?』
不満げな白牙の問にヤオが巡礼者達を目で示す。
「それを判断するのは、彼等だよ」
白牙があきれた顔をする。
『奴等は、何をしに行くんだ?』
淡々と答えるヤオ。
「自分が信じる存在への祈りの為でしょ」
苛立ちを抑えながら白牙が言う。
『あの神殿にあるのは、単なる石像だぞ?』
苦笑するヤオ。
「干し魚の頭だろうが、古着だろうが関係ないよ。偶像崇拝だって本人達の心の支えになればいいんじゃない?」
その時、信者の誘導していた神官が怒鳴る。
「小娘達、だべってないで働け、それこそが八百刃様の御加護を受ける為の道だぞ」
ヤオ以外の下働きが有り難がる。
『自分が信じる者への暴言、天罰に価すると思うが?』
白牙の言葉を無視して洗濯物に集中するヤオであった。
下働き用の粗末な建物に戻ると一人の少女が顔を腫らして居た。
「また? 少しは、処世術を身に付けたら?」
ヤオが水で布を濡らして、腫れた場所を冷やす。
「あたしは、ヤオみたいに信者でもないのに信仰してるふりなんて出来ない」
強固な態度を貫く少女、アメリイにヤオが告げる。
「あちきは、信じてますよ八百刃って奴を」
肩をすくめるアメリイ。
「信者だったら呼び捨てにしないよ」
ヤオとアメリイが働くこの町では、八百刃教が絶大な力を持っていた。
信者で無いものは、人じゃない的な扱いを受ける。
それでもアメリイは、態度を変えなかった。
「八百刃が本当に居るんなら、あたしの家族が死ぬわけないんだよ!」
アメリイの家族は、旅の途中に山賊に襲われた。
偶々、病気で祖母に預けられて居たアメリイだけが助かったのだ。
そんな時、小さな子供が傭兵に絡まれているのを見つける。
「あんた達止めなさい!」
駆け出すアメリイに苦笑するヤオ。
「邪魔するのか!」
大男が怒鳴り、ナイフを持った下品な男がアメリイの腕を掴む。
「ガキよりこっちの姉ちゃんに相手してもらおうぜ」
「はいはい、お約束の展開をやってない。あなた達だってこの町の中での争い事は、ご法度だってしってるでしょ?」
ヤオの突っ込みに傭兵達が怯む。
「それじゃ、解散」
子供に手を差し出すヤオ。
「待ちやがれ!」
大男が制止しようとした時、傭兵達が一斉に青ざめる。
「転んだの?」
子供と話ながらその場を立ち去るヤオとアメリイ。
「何だったんだ、今の殺気は?」
「死ぬかと思った……」
神殿の奥、剣を掲げ、獣達を従える女神像の足下で大神官が金貨を数えていた。
「笑いが止まらないな。居るかどうか解らない八百刃なんてものを崇めていれば戦争に勝てると宣伝するだけで金が集まるのだからな」
「しかし大丈夫ですかね? 万が一にも本物が現れたら……」
部下の言葉も大神官は、気にしない。
「もし実在してたらとっくの昔に天罰が降ってるわ! 無事なのが実在しない証拠だ」
納得する部下達。
「そうそう、たまには、従順でない娘を抱きたい。嫌がる小娘を強引に奪うっていうのも良いものだ」
部下達が困る。
「しかし、大神官様に逆らう事が出来る娘など居ますか?」
それを聞いて大神官が残念そうな顔をする。
「強大すぎる力も良し悪しだな」
苦笑する部下達の一人が思い出す。
「一人、丁度良い娘が居ます」
大神官が笑みを浮かべる。
「ブスは、流石に萎えるぞ」
「美人では、ないですが、十人並み。若くて元気だけは、あります」
部下の答えに満足気な顔をする大神官。
「楽しみだ。適当な理由をでっち上げ、連れて来るのだ」
「お任せください」
『嫌な空気だぞ』
白牙の言葉にヤオが頷く。
「さて、あちきの出番があるかな?」
次の瞬間、ヤオ達が眠る部屋の扉が開かれ、武装した神官兵が入ってきた。
「アメリイは、居るか!」
アメリイが起き上がる。
「あたしよ、何か用が有るの?」
神官兵がアメリイの腕を掴む。
「貴様には、邪神の信者の疑いがかかっている」
ざわめくなか、アメリイが怒鳴る。
「なんの根拠があってそんな事を言ってるのよ!」
「貴様が八百刃様を信仰していないのが一番の根拠だ!」
神官兵の答えにアメリイが反論する。
「違う! あたしは、ただ八百刃を信じて無いだけよ」
「それが、証明だ」
神官兵の言葉に周囲が納得する。
歯をくいしばるアメリイ。
「やっぱり神なんて……」
連れ去られるアメリイ。
ざわめく大人達に子供も起き出す。
「アメリイお姉ちゃんどうしたの?」
答えられない大人達。
「貴方達は、アメリイの事が好きなの?」
ヤオの問い掛けに子供達は、素直に頷く。
「好き。だって優しいんだもん」
戸惑う大人達にヤオが告げる。
「貴方達は、何で八百刃を信仰しているの?」
「それは、八百刃様は、最強の存在だから。従えば全てを勝ち取れるって……」
大神官が語った教義を告げる大人達にヤオが肩をすくめる。
「貴方達は、何か手に入れられた?」
「それは、信仰がまだ足らないから……」
戸惑う大人達。
「それじゃ、どれだけの犠牲を払えば足りるの? どれだけ我慢すれば良いの?」
ヤオの問いに誰も答えられない。
「八百刃って言うのは、正しい思いで戦えば必ず勝ちにつながるって思いを示す言葉なんだよ」
ヤオの言葉に愕然する大人達。
「八百刃って神様の名前じゃないのか?」
ヤオが頷く。
「そんな名前の神様は、居ないよ」
「そんな……、私達は、居もしない神を信じていたのか?」
一人の信徒の言葉に他の信徒が反発する。
「そんな小娘の言葉を真に受けるな! 絶対に八百刃様は、実在する!」
ヤオが笑みを浮かべて告げる。
「あちきは、八百刃の名を騙る偽物には、何度も会った事があるけど、本物が居てそれを許すと思う?」
八百刃の偽物の噂は、彼等の耳にも入って居た。
「本当に偽物が実在するのか?」
最後の希望を籠めた問い掛けにヤオがきっぱり告げる。
「因みに偽物がその罰を受けたって話は、殆ど聞かないよ」
絶望する信徒にヤオが尋ねる。
「奉仕してもなんも関係無いけど続けるの?」
信徒達の枷が外れた瞬間だった。
石像の足下でアメリイに大神官が迫られていた。
「最低! 何が八百刃様よ、何もしてくれないじゃない! いえ、あたしを不幸に落とす不幸の神よ!」
アメリイが悲痛な声をあげる。
そんな姿を楽しそうに見る大神官。
「八百刃様は、居るさ、馬鹿な金づるの頭の中にな」
アメリイが睨む。
「居もしない神様を使って好き勝手やってたのね! 良心が痛まないの!」
「騙される奴が悪いのだ!」
大神官が歓喜の声を上げた時、後ろから声がする。
「ばれた時点で通じない理屈だけどね」
大神官が振り返るとヤオが居た。
「ヤオ、どうして?」
アメリイが驚く中、ヤオが告げる。
「信徒の人達だけど騙されたのに気付いたからこの神殿が襲われているよ」
慌てる大神官。
「そんな馬鹿な……、しかし、神殿には、傭兵が居たはずだ?」
ヤオが笑う。
「馬鹿だね、八百刃の名前を振りかざしてただ同然で雇って居た傭兵に八百刃が実在しないと解って言うことを聞くと?」
入口が開き、傭兵を含む元信徒の集団が居た。
「貴様ら、神殿に乱入するなど八百刃様がお許しになると思ったのか!」
大神官の虚勢は、通じない。
「何が八百刃様だ! 幹部連中がゲロしてんだよ、お前自身が八百刃を信じて無いってな!」
顔をひきつらせる大神官モドキを見てアメリイが言う。
「結局、あたしもあれとそんなに変わらなかった。所詮、神様の名前に惑わせられていたよ」
ヤオは、頷く。
「運命を切り開くのは、自分の力だけなんだから。神様だって、その手助けしか出来ないと思うよ」
その後、大神官モドキを含む幹部達は、捕まり、教団は解体され、その施設は、町の共同資産として管理された。
今は、集会場となった石像のある聖堂の掃除をするアメリイ。
そこに旅支度をしたヤオが来た。
「もう行くのか? 皆が感謝してるんだからもう少しここにいたらどうだ?」
アメリイの言葉にヤオが肩をすくめる。
「そうしたいのは、山々何だけど、似てる事に気付かれたら面倒だからね」
ヤオは、軽く石像を見てから去っていった。
「似てるって、何が似ているんだ?」
首を傾げるアメリイ。
「そう言えば、この石像をじっくり見たことなかった」
改めて石像を観賞するうちアメリイが気付く。
「どういうこと……」
そこに大人達がやって来る。
「アメリイ、何で似非石像を見てるんだ?」
「見てるだけで腹立つな、壊すか?」
そんな中、子供達が来て石像を指差して言う。
「ヤオお姉ちゃんだ!」
一斉に固まる大人達。
「……他人のそら似だよな?」
そこに美術品商人が駆け込んで来る。
「本当にこんな田舎に実在したのか、神名者、八百刃様の石像が……」
感動している商人にアメリイが尋ねる。
「八百刃って神様は、居ないんじゃないの?」
苦笑する商人。
「八百刃様は、まだ神様じゃない、その手前の神名者だよ。まあ、神にすら勝つ戦闘力を持つと言われているがな。この石像は、海の女神が戦勝記念で信者に戒めを含め作らせた一品なんだが、価値の解らない奴が売り払ってここに有るらしい」
重苦しい空気が流れる。
「俺、目の前で八百刃様の悪口言った……」
「俺なんか、頭を叩いてしまった……」
そんな中、アメリイが大笑いする。
「傍に居たのに何にもしなかったなんて、本当にヤオらしいや!」
最初は、微笑だったが、事態が飲み込めない商人を他所にどんどん大きくなり、大爆笑に変わる。
『食料が足らないな?』
白牙の言葉にヤオがため息を吐く。
「キンカの馬鹿が変な石像作るからだよ。お腹空いたよ~」
ヨロヨロと進むヤオであった。




