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たい育  作者: 鈴神楽
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聖女と復讐者

 ローランス大陸の西方の王国、レーンス。


「平和だね」

 広い庭園の掃除をするヤオ。

 足下の白牙がジト目で問い質す。

『何で、そんな平和な場所にお前がいる?』

 ヤオは、苦笑しながらそびえ立つ宮殿を見る。

「静かな争いが、狡猾に続いて居るから」

 不満そうな顔になる白牙。

『こんな権力闘争は、無視したらどうだ?』

 ヤオは、箒の柄で頭をかきながら言う。

「もしかして、権力ってやつに悪印象ある?」

『数多ある争いの中でも一番醜い争いだ!』

 憤慨する白牙に、淡々とヤオが告げる。

「綺麗な争い何てない。どんな正論を並べたところで相手を否定し自分の意志を貫く行為。あちきは、本人の意志が貫き通せる手助けをするだけ」

 沈黙する白牙から宮殿に視線を移すヤオ。

「綺麗事じゃないんだよ」



 この時、宮殿には、三つ勢力があった。

 一番後継者に近いといわれている、まだ五歳の第一王子、ミットを支える大臣たちの一派。

 隣国の姫を母親にもち、成人になっている第一王女、モウニ。

 彼女は、利権を貪る大臣一派の排除を企み、ぶつかっていた。

 最後は、まだ十六歳の第二王女、アフタ。

 今の国王が侍女に手を出し産ませた子供だが、平民と語らい、生活向上の為に努力する彼女は、国民には、人気があった。

 しかしながら、国政を左右する権力者からは、一歩距離がおかれる存在だった。

 そして、現国王が病気で倒れた今、各勢力は、活発に動いていた。



「ミットを御輿にして自分達で利権を貪る大臣たちを一掃する手立ては、無いの!」

 苛立ちながら告げるモウニ。

「私に妙案があります」

 若いお気に入り男の臣下の言葉にモウニの興味が引かれた。

「どんな方法かしら?」

 臣下が笑顔で告げる。

「不遜にも、王女を名乗る侍女の娘を使うのです」

 詳しい説明を聞いてモウニが微笑む。

「正に一石二鳥の妙案だわ。早速、掛かりなさい!」

 臣下は、頭を下げて行動を開始する。



 数日後、アフタが国王の見舞いに来ていた。

「お父様、元気をお出し下さい。お父様には、まだまだ生きてもらわなければいけないのです」

 そんなアフタを近衛が包囲する。

 アフタの側近が怒鳴る。

「王女に対しての無礼、許されると思っているのか!」

 それに対しモウニの臣下が現れ、告げる。

「御無礼、御許しください。しかしながら、アフタ王女には、大臣と結託し、国王陛下を毒殺しようとした疑いがかけられています。どうか、大人しく御同行をお願い致します」

 慇懃無礼なその態度にアフタの側近が切れる。

「馬鹿を申すな! アフタ王女に限ってその様な事をするわけが無かろう!」

 詰め寄ろうとする側近を静止し、アフタが言う。

「解りました。ただし取り調べは、貴方が直に行って下さい」

 モウニの臣下が頷く。

「当然でございます」

 こうしてアフタは、捕らわれ、厳しい尋問を受ける事になった。



 ワインのグラスを傾けるモウニ。

「上手くいったわね。これでミットを利用しようとする逆賊とお父様をたぶらかした、淫婦の娘を排除出来た。この国は、私の手で明るい未来が来るのよ!」

 その日の夜、国王が亡くなった。



 半ば幽閉された形になったアフタであったが何かを悩んでいた。

 そこに侍女として世話をやらされていたヤオが尋ねる。

「逃げませんか? 国王が死んだ今、貴女の勝利をみせつける相手は、居ませんよ」

 驚いた顔をするアフタにヤオが続ける。

「国王が死んだ今、貴女を生かしておく意味は、皆無。それでも戦い続けようとしたら、まっているのは、生き地獄」

 大きく息を吐いて、アフタが答える。

「お母様が亡くなった時に誓ったのです。例え地獄巡りになろうとも、やり遂げます」

 ヤオは、それ以上何も言わなかった。



 その後、モウニの策略で失職した大臣の代わりに重職についた臣下の後押しもあり、王位を継いだミットの後見人としてモウニは、権力を振るった。



 城下町の酒場。

「もう我慢できねえ!」

 ジョッキの底がテーブルに叩きつけられる。

「前王をともらうための墓の次は、自分を讃える像だと! どれだけ無駄金を使えば気がすむんだ!」

「もう我慢の限界だ!」

 そんな男たちにマントの男が近付く。

「ところでアフタ王女の幽閉された理由がモウニ王女の策略だって話を知っているか?」

 それを聞き男たちは、いきり立つ。

「アフタ王女は、俺達の生活が少しでも良くなる様に努力してくださった御方だ! それを……」

「もう我慢なんねえ、あの傲慢王女を引きずり降ろせ!」

「そうだ、そうだ!」

 このクーデターの動きは、瞬く間に広がった。



 運命の日。

 宮殿に多くの国民が流れ込んだ。

 それを防ぐはずの兵士まで合流し、モウニは、逃げる隙もなく国民に捕まった。

「何をするの! 私はお前たち下衆とは、違う高貴な人間よ、触らないで!」

「うるせえ! お前は、ただ好き勝手やってただけの我儘王女だろうが! 俺達は、そんな奴を王族とは、認めない!」

 男をにらみ返しモウニが怒鳴る。

「私以外に誰が相応しいと言うの!」

 人々の視線がこちらにやってくるアフタに注がれる。

「貴女、まだ生きていたの? この淫婦の娘が殺されない為に何をしたか知っているの。臣下の人間とベッドを共にしたのよ! 私だったら屈辱で、自ら命を断っているわ!」

 アフタは、反論しないと周りの民衆が動揺する。

 その様子で調子に乗るモウニ。

「そんな穢れた娘が王族として相応しい訳がない! 本当に相応しいのは、私だけよ!」

 すると悲しそうな顔でアフタが告げる。

「王を決めるのは、常に民です。そして、選ばれた王は、誰よりも犠牲に成らなければなりません。モウニ御姉様にその覚悟は、ありますか?」

 鼻で笑うモウニ。

「馬鹿を言わないで、王は、天が決めて生まれ来るもの。国民は、王に従うのが定めよ!」

 幼き時より刻み込まれた選民意識がこの状況でもモウニを高飛車にした。

 しかし、状況は、それを許す訳がなかった。

「離しなさい! 私が王女よ!」

 モウニは、そのプライドの高さから存命を選べず、死刑になる。



 新たな国のシンボルとしてアフタは、クーデターの英雄と結婚し、国民の為、働き続けた。

 アフタ達の子供が国を動かし始め、戦争で夫を失っていたアフタは、人里から離れた離宮で余生を送っていた。

 そこに新しい侍女が働きに入った。

 静かな湖畔を見詰める年老いたアフタに新しい侍女、ヤオがとう。

「復讐は、完結しましたか?」

 驚いた顔をするアフタにヤオが言う。

「あの時、逃げておいた方が幸せだった筈です」

 その一言で、アフタは、ヤオの顔を思いだし、苦笑する。

「貴女の言う通りです。自分を嵌めた男に操を差し出し、片親とはいえ、血の繋がった姉弟の命を奪い、好きでも無い男と結婚して子供を産んだ。全ては、穢れた血を王家に入れたと虐められ続け、自殺したお母様の復讐。本当だったら、地元に婚約者もいて幸せなだった筈のお母様の一生を気紛れで失わせたあの男に見せつけてやりたかった。踏みにじった女の血をひく者が自分達より国王として国と国民に認められる様を」

 ヤオが頭をかく。

「随分と建設的な復讐ですね?」

 達観した表情でアフタが問う。

「自分の復讐の為だけに国を利用した私に天罰を与える為に来たのですか?」

 肩をすくめるヤオ。

「どんな理由でも、この国の国民が幸せになった。それを咎めるつもりは、無いわ。ただ、貴女に貴女の復讐を知る者がいることを教えに来たの」

 アフタがヤオを見る。

「なんて残酷なのでしょう。貴女が現れなかったら、自分も騙したまま、国民の為に生きた聖女として一生を終われたのに……」

 ヤオは、何も言わない。

 アフタは、微笑む。

「ですが感謝します。これであの世にいった時にお母様に胸を張って報告出来ます、復讐をやり遂げたと……」

 そのまま、目を瞑り、息を引き取るアフタ。

『死に方に悩んでいたのだな?』

 白牙の問いにヤオが頷く。

「聖女として逝くか、復讐者として逝くかを悩み、死ねずにいた」

 悲しそうな顔をするヤオを見て白牙が言う。

『この女を哀れんでいるのか?』

 ヤオは、首を横に降る。

「彼女は、良いの、自分の信念に殉じたんだから。可哀想なのは、娘を自分の復讐の為に不幸にした母親だよ。きっと幸せになることを祈っていた筈だよ」

 白牙が遠い目をする。

『自ら死を選んだむくいなのだろうな?』

 ヤオは、頷く。

「人は死んでも解放されない。残るものの幸せを考えるのなら生きて足掻き続けないといけない……」

 国民から聖女と敬われた復讐者の死をみとったヤオであった。

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