小国の意地と大国の参謀
ローランス大陸のショコ王国、周囲にいくつもの大国があり、その中でも一番大きな国、ビークに軍事協定と言う名の従属をする事で他国からの侵攻を抑制していた。
それが故にショコ王国の兵士達は、ビーク王国の戦いで、危険な最前線に送り込まれようとも耐え忍んだ。
その日も、多くの死傷者を抱えながらの帰国であった。
しかし、そこでみたのは、更なる死傷者を出し、涙にくれる同胞逹であった。
遠征隊を率いて居たラッド隊長が呟く。
「どうしたのだ?」
するとラッドの戦友の死体の傍にいた兵士が答える。
「ビークの奴等が軍事協定を破って援軍を寄越さなかったのです!」
ラッドが愕然とした。
城に急行したラッドが年老いた将軍、クビョに問い質す。
「軍事協定が無視される等考えられません!」
クビョも頷く。
「わしも同じ気持ちであった。しかし、奴等は、進軍中でこちらに回す兵力が無いと応えて来たのじゃ」
「ならば我々を呼び戻して下されば良かったのでは?」
怒りを堪えながらラッドが言うとクビョが苦虫を噛んだ表情で答える。
「何度も伝令を送ったが全てビークに妨害された」
握り締めた拳から血を流すラッド。
「奴等、利用するだけ利用して良くもこんな真似を!」
悔しさはクビョも同じだった。
「明日、ビークの使者が来る予定だ」
「俺にも立ち会わせてください!」
ラッドの言葉にクビョが頷く。
ショコ王国の王宮。
やって来た使者は、一枚の書状を持ってきただけであった。
「これは、何でしょうか?」
病気の国王の代わりに対面した王女、ミメイの言葉に使者が驚いた顔をする。
「我が王からの今回の他国の侵攻を憤慨すると伝える書状ですが?」
クビョが睨む。
「殿下は、謝罪が無いのかと仰られておられるのだ!」
使者が肩をすくめる。
「異なる事を仰られる。元々、お互いの可能な限りでの軍事協定、我が国に余裕が無かった以上、援軍を送れなかった仕方ない事でしょう」
ミメイが眉をひそめる中、ラッドが怒鳴る。
「我が国が軍事協定にそって、そちら遠征を行っていたのだぞ、最低でも同等の援軍を派遣するか、我らを帰還させるのが道理であろう!」
使者が失笑する。
「まさかと思いましたが、同等の関係だと思っていたのですか?」
「何だと!」
ショコの臣下が怒る中、使者が嘲笑う。
「貴殿ら小国と我、ビークでは、違うのだよ。軍事協定を結んで居られるだけでも行幸なのだ。破棄されたくなければ、これからもがんばるのだな」
ショコの臣下は、怒りに体を震わせる中、ミメイが告げる。
「そちらも勘違いしていませんか? ショコ王国は、決して属国では、ありません。協定が守られないなら、これ以上ビーク王国に協力する事は、出来ません。そう主にお伝えください」
意外そうな顔をする使者。
「正気でしょうか? ショコ王国の様な小国が我が国に逆らってただで済むとお思いか?」
ミメイが揺るがぬ瞳で答える。
「どんな相手でも、私には、臣下の者を護る使命があります」
「後悔しますぞ!」
使者が憤慨して帰っていく。
「御免なさい。私のせいで大変な事になるかもしれません」
謝るミメイにクビョが即答する。
「構いません。姫様の思いは、国民全ての思いです」
ラッドが続く。
「この身は、ショコ王国の為にあります。ビーク王国などの為に流す血など一滴もありません」
興奮がその場を支配する。
それを見守る侍女をやっているヤオに白牙が言う。
『お前の出番は、近いな』
「そうかもしれないけど、いつもと違う形になると思うよ」
意味ありげな台詞を吐くヤオであった。
ビーク王国。
「生意気な娘です!」
使者の言葉にビーク王国の参謀、アルトが冷たい目を向ける。
「貴様は、何様のつもりだ?」
使者は、驚く。
「いきなりの何を仰られるのですか?」
苛立ちを籠めてアルトが告げる。
「お前の役目は、相手を宥める事だ。間違っても怒らせる事では、ない。あそこの兵士達は、優秀だったのに、今後使えないぞ」
萎縮する使者。
「すいません……」
「他の小国への見せしめとして圧倒的な兵力で攻める」
アルトの決定に許されたと思った使者が言う。
「小国の分際で身の程をわきまえない馬鹿な奴等に、思い知らせてやってください!」
「費用は、貴様と貴様の親族が出すのだぞ」
アルトの口からでた、とんでもない一言に使者が驚く。
「そんな! 軍事費用を個人が捻出するなんて聞いた事がありません!」
頷くアルト。
「私も今後の関係維持の為の交渉に行った使者が喧嘩を売られて臆面もなく帰ってくるなんてふざけた話は、聞いた事がない」
慌てる使者。
「それでしたらもう一度……」
「外交にやり直しは、ない! ここで下手な配慮をすれば、同じ態度をとればこちらが引くと思われ、以降の交渉が手間取る。今後の事を考え、ここは、突っぱねるしか無いのだ!」
アルトの怒気に涙目になる使者。
「しかし……」
「諦めろ、外交を甘く考えていた貴様の自業自得だ」
切って捨てるアルトであった。
その後、素早く侵攻軍を編成しショコ王国に出兵した。
ビーク王国の出兵を知り慌てるショコ王国。
「兵の数は、こちらの五倍以上だそうだ」
「やはり、ビーク王国に喧嘩を売るべきでは、無かったのでは?」
そんな不安を口にする臣下達に対しミメイが告げる。
「大変な戦いになると思います。しかし、このままでは、ビーク王国の気紛れで我が国が滅びるか判りません。ここは、頑張って下さい」
頭を下げるミメイに臣下達は、驚き、
ラッドが言う。
「相手だって、侵攻を行った直後、額面通りに考える必要は、ない」
それに対しクビョが言う。
「残念だが、こちらは、もっと酷い、半分は、負傷兵だ」
重苦しい空気の中、ヤオが現れる。
「一つだけ勝つ方法があるよ」
地図に示された川を指差し、作戦を説明するとミメイが驚く。
「その作戦は、危険じゃありませんか?」
ヤオがあっさり肯定する。
「滅茶苦茶危険。だから無理強いは、しない」
苦情の顔をしながらもクビョが言う。
「しかし、勝つには、この方法しか無いかも知れない」
戸惑いの空気の中、ラッドが宣言する。
「必ず成功させてみせます!」
「貴殿方を信じます」
ミメイの一言で作戦が決定した。
ヤオが示した川を挟んでショコ王国の様子を探るアルト。
「ミメイ王女まで来ている。下手に戦力を分散させず、一点突破を狙うか? 悪くない判断だがいかんせん、戦力差がありすぎる。一方的に踏み潰すまで。ミメイ王女の身柄を手に入れれば消耗が少なく済む」
今後の隣国との争いに思考を向けようとした時、後ろから声が掛かる。
「戦いの直前に次の戦いの事を考えるのは、マイナスでしか無いですよ」
アルトが振り返るとそこには、ヤオがいた。
油断なく観察をしながらアルトが応える。
「次の戦いの事を考えずに戦うのは、愚か者のする事だ」
ヤオは、指を横に振る。
「次の戦いについて考えるのは、編成の最中と引き際の時。その他の時に考えれば雑念になり、戦いへの集中が失われる。今の貴方は、この戦いの勝ちを確信し普段ならしている、再考をせずに次の戦いを考えている。この差の意味が解らない?」
アルトが驚く。
「確かに忘れていた。その忠告、真摯受けよう。そんな貴女は、何者です?」
ヤオが普通に答える。
「ショコ王国で侍女をやってた。そして、今回の戦いでビークを撃ち破る作戦を考えたよ」
鋭い目付きになるアルト。
「我らを破るのですか?」
ヤオが頷く。
「そう、そして賭けをしに来た。もしもビークが敗れ、捕虜になったらショコ王国の参謀になって。ミメイ王女には、話をしてあるから。こっちの掛け金は、こっちが必殺の作戦が有るって情報。貴方だったら、それで何をしたいのかは、解るでしょ」
それだけを言うと去っていくヤオ。
アルトが川上を見て呟く。
「それで川の水位が低いのか。しかし解った以上、引き際さえ間違えなければ逆に有利に進められる」
戦いが始まる。
数で劣るショコであったが、士気の高さで序盤攻勢に出ていた。
「怯むな! 相手は、ろくな防具もない寄せ集め、長続きは、しない!」
ビークの隊長が言う通り、きちんとした防具で身を包むビークの兵士に対し、ショコの兵士は、頑丈そうな盾の他には、すぐ外れそうな鎧に矢を防ぐ為くらいにしか使えそうもない木の防具をつけているだけであった。
そして、ビーク側の読み通り、ショコの攻勢は、続かず、ビークは、押し込んで行った。
しかしその様子を見ていたアルトは、激しい葛藤に襲われていた。
「川を塞き止めての水攻めをするならこのタイミング筈だ。しかし、このままでは自軍も巻き込むぞ?」
アルトは、回避限界点と判断した時、英断を下す。
「全軍に一時後退を命じろ!」
副官が慌てる。
「完全に我が方が押しています。ここは、一気に!」
アルトが睨む。
「全軍一時後退だ!」
副官が伝令に出ると入れ代わりにヤオが入ってきた。
「今のは失敗だね。あれじゃスムーズに動いてくれないよ」
苛立ちながらもアルトが答える。
「悠長に説明している時間が無いのだ!」
ヤオが苦笑する。
「急がばまわれ、真意が伝わらない命令じゃ、目の前に敵がいる混戦では、動かない」
「それがおかしいのだ! このタイミングで塞き止めを壊し、川を反乱させたらショコの兵も巻き込むぞ!」
ヤオは、ショコの兵士が着けている木の防具を渡す。
「それの意味が解る?」
アルトが目を見開く。
「盾と硬い防具をすて、これを浮きにして流されても助かるようにした。最初から自分達も巻き込むつもりだったのだな!」
ヤオが頷く。
「自分を犠牲にしても国を護ろうとする強い心が無いと出来ない手だよ」
そして、アルトの目の前で氾濫した川が両軍の兵士を飲み込む。
氾濫が収まった時、ラッドを隊長とする斬り込み隊が混乱したままのビーク陣営を突き抜け、アルトの前に至る。
「まだ戦いを続けるか?」
アルトは、あっさり両手をあげる。
「勝てない戦いは、しない」
こうして、ショコ王国は、勝利した。
捕虜になったアルトであったが祝勝ムードで明るい中、クビョに自分の考えを伝えていた。
「私は、勝てる戦いしかしない。ビークの他にもいくつもの大国がある。それにショコが勝てるとは思えない」
「そうか、ならばビークとの身代金交換を望むか?」
クビョの質問に冷めた顔でアルトが答える。
「あれほどの損害を出した私にそれだけの価値もあるまい。ビークに帰った所で死を待つのみ。好きにするがよい」
クビョがため息を吐いているとヤオがやって来る。
「説得は、上手くいってないみたいだね」
アルトがヤオを見て言う。
「私より貴女が参謀になればよろしいでしょう」
ヤオが苦笑する。
「あちきは、何かと忙しいの。こいつ借りるね。きっちり納得させてくるから」
答えを聞く前にアルトを引きずり出ていくヤオ。
周りに何もない高原。
「いくらいっても無駄です。どんな小細工をしようとショコに未来はありません」
アルトの言葉にヤオが答える。
「だから、脅しておくんだよ」
次の瞬間、九つの尾を持つ鳥、九尾鳥が、舞い降りる。
その背から落ちるように降りる者達をみてアルトが驚く。
「隣国の国王では、ないか!」
ヤオは、悠然と前にいき神託を下す。
「ショコ王国の戦いは、あちき、正しき戦いの守り手、八百刃が認めた。そのショコ王国に戦い挑む以上、あちきと戦う覚悟をしてね」
「滅相もありません! 八百刃様に刃向かおうなど考えもしません!」
王達の答えにヤオが頷く。
「それは、良かった。じゃあ送らせるよ」
再び九尾鳥の背に乗せられ帰って行く王達。
「これだったら良いでしょ?」
ヤオの質問に頷くしかなかったアルトであった。
その後、ショコ王国は、名参謀アルトの働きもあり長くその独立を保ち続けた。
「卵料理セットをお願いね!」
ヤオが嬉しそうに注文する。
『随分と羽振りが良いな?』
白牙の言葉にヤオが頷く。
「今回の作戦に使った木の防具の仕入れに一口乗っていてね、そこそこの儲けがでる予定なの!」
そこに商人がやってきた。
「ヤオちゃん、今回のあがりだよ」
そういって渡された金額を見てヤオの顔が引き攣る。
「あのー、随分と少なくないですか?」
商人が苦笑する。
「ほら、新しく入ったアルトって奴の発案で、今回の戦費捻出の特別増税で、戦争に関わる事での利益には、高い税金がついたんだよ。まあ、国の台所が苦しいのは、確かだから諦めるしかないけどね」
去っていく商人を見送って涙目になるヤオであった。




