表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たい育  作者: 鈴神楽
48/67

形見と聖典

 ミードス大陸の片田舎の小さな教会。

 実質教会とは名ばかりの武術道場であった。

 そこの主は、事故で亡くなった両親の代わりに頑張る結婚適齢期の少女、アヤネである。

 活発で男勝りな所があるが、気立てが良いため相手が居ないわけでも無かったが、家を守る為、結婚をしていなかった。

 そんなアヤネがパン屋から出ると、お金を数える旅の少女を見つけた。

「やっぱり、今のあちきには、パンは、贅沢だった」

 大きな溜め息を吐く少女にアヤネが言う。

「一人では、食べきれないサイズを買ったんですが、半分買って貰えますか?」

 それを聞いて目を輝かせる旅の少女、ヤオであった。



「教会ですか?」

 ヤオの質問にアヤネが苦笑する。

「マイナーもマイナー、それも神様でなく、神名者、八百刃様を祀ってるんですけどね」

 ヤオが頷く。

「戦いに関する神名者をこんな平和な町で祀るなんて珍しいですね」

 驚いた顔をするアヤネ。

「八百刃様を知ってるんですか?」

 ヤオが頬をかきながら答える。

「旅をしてると自然と色々詳しくなるんです」

「なるほど、でもおっしゃる通り、田舎じゃ、まともに信望者が集まるわけもなく、武術道場と化してます」

 情けなさと同時に満ち足りた顔をするアヤネであった。

 そんな中、ヤオが奉られている、一冊の本を見付ける。

「あれって、戦神神話の初めの方じゃないですか? 今は、確か結構高値つくって話ですよ」

 アヤネが溜め息を吐く。

「そうみたいですね? 何度か売ってくれと言われましたが、あたしにとっては、形見みたいなものですから」

「面倒ですね」

 ヤオの言葉にアヤネは、笑顔で答える。

「そういうのを含めて受け継いでいくものですから」

 和やかな空気だったが、それを壊す者が現れる。

「ここか貴重な聖典があるのは?」

 いかにも高級そうなローブを着た中年がゴロツキを従えて入ってきた。

 アヤネは、一瞬嫌そうな顔をしたが直ぐに笑顔を作り話し掛ける。

「とう教会に御用がおありですか? とう教会は、悩める人の助けになれる様、出来る限りの事をさせていただいております」

 それを聞いてヤオの足下にいた白牙が感心する。

『若いのに真っ当な対応だな。まあ、相手がそれに相応しく無いがな』

 その言葉通り、中年は、アヤネを無視して、戦神神話に駆け寄る。

「なんと言う幸運、間違いない、初版の戦神神話、最高の聖典では、ないか!」

 勝手に触る中年にアヤネも顔がひきつる。

「すいませんが、それは、とう教会に奉ってあるもの。無闇やたらに触られるのは、お止めください」

 中年は、偉そうに言う。

「これは、こんな教会にあるべきものではない。私の様な徳が高い僧が持ってこそ意味があるのだ!」

 ふざけた物言いにアヤネも切れる。

「いい加減にしやがれ! それは、この教会の物だ! 誰にも渡さない!」

 蔑んだ目でアヤネを見る中年。

「これだから徳の低い者の相手は、好かぬ」

 指を鳴らすとゴロツキの一人が金貨を差し出し言う。

「有り難くとも、大僧正様が買い取って下さるそうだ感謝しろ」

 アヤネがその手を払う。

「何度も同じことを言わせるな! 誰にも渡さないって言っている!」

「話がわからないガキが!」

 ゴロツキが一斉に襲い掛かる。

『口を挟まなくって良いのか?』

 白牙の言葉にヤオが頷く。

「その必要は、無いでしょ」

 あっさり叩きのめされるゴロツキ。

 自称大僧正が金貨の袋を差し出す。

「これだけ出せば良いだろ?」

 アヤネは、戦神神話を取り上げ言う。

「いくら積まれても売る気は、無いよ」

 悔しげにしながら逃げ帰る自称大僧正一行。

「絶対に聖典は、手に入れるぞ!」

 捨て台詞に呆れ顔になるアヤネ。

「五月蝿くしてごめんなさい」

 頭を下げるアヤネにヤオが手を振って言う。

「気にしないで、こういうのは、慣れてるから」

「そう? でもお詫びをしたいから、泊まって行って」

 アヤネの提案を素直に受けるヤオであった。



『宿代が浮いたと思っているだろう?』

 夜中に客間で白牙が聞いてくるとヤオがあっさり頷く。

「そうだね。ついでに明日の朝食代も浮いたね」

『相変わらずセコイ奴だな』

 呆れる白牙にヤオが窓から外を見ながら言う。

「その分くらいは、働くつもりだけどね」

 闇夜に蠢く物騒な連中を見るヤオであった。



「昨日、何があったの?」

 朝食中に眉をひそめるアヤネにヤオが平然と答える。

「夜襲なんて馬鹿な事をするやつが居たから、教育しておいた」

 アヤネが驚く。

「危ないよ、次からは、あたしを呼んで」

「平気、あちきは、神様より強いから」

 ヤオの言葉にアヤネが呆れる。

「そんな訳無いでしょ、八百刃様じゃあるまいし」

 そんな中、外が騒がしくなる。

「小娘共、出てこい!」

 聞き覚えがある声にアヤネとヤオが出てみるとそこには、武装したゴロツキを引き連れた自称大僧正がいた。

「昨日は、よくもやってくれたな! 今日は、昨日の様には、行かないぞ!」

 呆れきった顔をし、出入口に立て掛けていた鉄製の棍を手に取るアヤネ。

「懲りない人だね、今回は、ちょっときつめに行くよ」

 それに対して自称大僧正が笑みを浮かべる。

「これを見てもその大口が続けられるかな?」

「アヤネ姉ちゃん!」

 剣を突きつけられた少年が押し出された。

 歯ぎしりをするアヤネ。

「人質を取るなんて聖職者として恥ずかしく無いの!」

 自称大僧正は、高笑いをあげる。

「私の行為は、全て八百刃様の為の行為、八百刃様がお許し下さる!」

 動き出そうする白牙をヤオが抱き上げる。

「さあ、聖典を渡すのだ!」

 自称大僧正の要求にアヤネが悔しげな顔をするが祭壇から戦神神話を手に取り、近づいていく。

「早くしないか!」

 自称大僧正が苛立つなか、アヤネは、戦神神話を握る手を震わせながら差し出す。

「約束よ、これを渡したら解放しなさい」

 自称大僧正は戦神神話をむしり取り、背を向ける。

「お前に生まれた事を後悔させてな」

 アヤネの服を切り裂きいやらしい目で見るゴロツキ。

「……」

 悔しげな顔をしながらも、抵抗しようとしないアヤネ。

「アヤネ姉ちゃん、俺の事は、いいから戦ってくれよ!」

 少年が叫ぶがアヤネが静かに諭す。

「大切な者を見捨てる戦いは、八百刃様がお認めにならない」

「大僧正である私の前で八百刃様について語るとは、なんと不遜な奴だ!」

 自称大僧正が不機嫌に言う中、ヤオが白牙を放す。

 ゆっくりと歩き出す白牙を見て自称大僧正が首を傾げる。

「随分と歩くのが速い猫だな?」

 しかし直ぐに自分が勘違いしている事に気付く。

「大きくなっている……」

 脂汗を流し始める自称大僧正達。

 傍まで来た白牙は、人間より高い位置に眼がある程に大きくなっていた。

『貴様ら八百刃の名を勝手に使った上、人質をとった罪を押し付けようとは、八百刃獣の一刃、白牙が滅してやる』

 振り上げられた前足にゴロツキががむしゃらに武器を振るうが傷一つ出来ない。

『終わりだ!』

 降り下ろされる白牙の前足。

「はいはい、そこまでだよ」

 ヤオが受け止める。

 そして、少年を白牙の背中に投げあげる。

「アヤネさん、これ以上の手助けは、必要?」

 アヤネが棍を構え宣言する。

「要りませ!」

 そこから獅子奮迅の力を見せるアヤネだった。

「アヤネ姉ちゃん、すげえ!」

 感激する少年にアヤネが言う。

「全ては、あたしに戦う機会を与えてくださった八百刃様の御厚意のお陰です」

 白牙が地面に倒れている自称大僧正に爪を突き付け告げる。

『今回は、アヤネの戦いであったから譲ったが、次同じことをしてみろ、何処に居ようが、我が爪と牙で引き裂いてやろう』

「天地神明に誓って!」

 逃げて行く自称大僧正を見ながらヤオが言う。

「どうでもいいけどどういう基準で大僧正って決めてるんだろ?」

 アヤネが困った顔をする。

「そこら辺は、あたしも人の事を言えないのですが、八百万刃様に断りもなく勝手に決めたと思われますが」

 肩をすくめるヤオであった。



 そして再開された朝食の中、アヤネにとっては意外な事実が発覚した。

「この戦神神話って八百刃様が配ったのですか!」

 ヤオが頷く。

「金持ちの信望者がいて、無料配布してたの。駄賃を貰ってやってたんだよ」

 沈黙するアヤネに一緒に食事をとっていた少年が確認する。

「アヤネ姉ちゃん、この人、本当に偉い神名者様なの?」

 アヤネは、遠い目をして、言う。

「聞かないで」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ