冷たい方程式と平等
平等って素晴らしいのか?
ブースト大陸の北部にある小さな町、ラクール。
『この平和そうな町に戦いがあるのか?』
穏やか過ぎるほど穏やかな街中を歩くヤオの足元から白牙が問う。
「うんにゃ、ここには、神名者、平愛扇に呼ばれて来たの」
ヤオの答えに白牙が半眼になる。
『そいつは、確か、平和の神候補だったな。戦の神候補のお前に何の様なのだ?』
「それを確認しに来たんだよ」
ヤオは、そう答え、平愛扇の宮に入っていく。
中性的なイメージを持つ、年齢不詳の男、平愛扇が手を差し出してくる。
「よく来てくれた」
「ご招待、ありがとうございます」
ヤオは、手を平然と握り返すと平愛扇が微笑む。
「戦の神候補だからもっと好戦的なのかと思っていたが、安心した」
ヤオは、肩をすくめる。
「あちきは、基本的に、平和主義者ですから」
それを聞いて平愛扇が頷く。
「そう、平和が一番だ。そして、この町は、そのモデルケースになる筈だ」
町を見下ろす平愛扇を見ながらヤオが呟く。
「なるほど、だから、争いの気配がまったく無かったんですね」
平愛扇が満足そうな顔で説明を開始する。
「この町の住人は、全ての物に対して平等な愛情を持ち、町の為に働き、得た利益を平等に分け与える。まさに理想の世界だ」
『そんな事が可能なのか?』
白牙の疑問にヤオが頬をかきながら答える。
「社会主義って思想があってね。それの極端な例だと思うけど、これって貴方の力があってこその結果ですよね?」
平愛扇が笑みを浮かべる。
「君の指摘は、わかっている。私の力が及ばない所では、この社会構造は、成り立たない。しかし、人は、常に生き残る最善を求める。このやり方が正しければ、自然と人々は、それを求め、私の力が高まっていく。そうすればいずれは、世界そのものを私の力で満たすことも可能」
『夢物語だな』
白牙の冷たい言葉をヤオが訂正する。
「そんな事は、ない。本当に正しかったら、平愛扇の言うとおり、その力が拡大化して、世界は、変わっていくよ」
平愛扇は、自信に満ち溢れた顔で言う。
「間違いなく、これこそ、人が追い求める理想の世界。真の楽園は、ここに再現されたのだ」
ヤオは、どこか冷めた表情になる。
「そうですか、貴方のこの考えが上手く行くことを心の底から祈っています」
そのまま平愛扇の宮を出るヤオ。
穏やかな町を歩きながら白牙が憂鬱そうなヤオに問いかける。
『お前は、どう思う?』
ヤオは、大きく溜め息を吐く。
「あちきの気持ちは、さっき言ったとおりだよ、上手く行くことを祈っているよ」
『詰り、上手く行かないと思ってるんだな?』
白牙の突っ込みにヤオが店先に並ぶ商品を見ながら答える。
「冷たい方程式って言葉があるんだ。砂漠や大海など、補給が望めない場合に使われるんだけど、何かしらの原因で食料が足らなくなった場合に使われる。目的地までの距離と人数を考えて、何人までだったら生き残れるか計算し、実際に見捨てる事にする。少人数の時は、特に酷い、どんなに相手の事を大切に思っていても見捨てないと行けない時があるんだから」
白牙が首を傾げる。
『それが今回の事と、どう関係あるんだ?』
暫くの沈黙の後、ヤオが告げる。
「冷たい方程式には、平等って言葉は、通じないって事だよ」
それから数年後、ヤオは、再び平愛扇の宮に来ていた。
「言いたい事があるのなら言えば良い」
疲れきった顔で平愛扇にヤオが告げる。
「やっぱり駄目だったね」
その一言に平愛扇は、ヤオに掴みかかる。
「やっぱりというのは、何故だ! これは、不運が重なっただけなのだ。不作が続いた、そんな不幸な偶然がなければ上手く行っていたのだ!」
ヤオは、飢え死にした人々の遺体が転がる町を見ながら告げる。
「予測は、出来たよ。平愛扇のやり方は、十分に物資が有る場合は、上手く行く。でもね、少しでも物資が足りなくなれば歯車が狂いだす。世の中は、一か十かなの。九では、人は、生きていけない。だから、誰か一人を犠牲にしてでも無理にでも十にする必要がある」
「そんな訳が無い! 等しく努力をすれば、人は、生きていける筈だ!」
平愛扇の言葉にヤオが大きなため息を吐く。
「結果は、もう出てるでしょ?」
愕然とした表情で崩れていく平愛扇。
「私が間違っていたというのか?」
ヤオは、答えないで居ると平愛扇は、虚ろな目をして呟く。
「だとしたら、この町の人々を無駄に死なせた事になるな」
「人間は、あちき達が考えている以上に強いよ」
ヤオの言葉に平愛扇が戸惑う。
「何が言いたい?」
ヤオは、窓の外を指差す先には、少ない食料を巡って争いあう人々が居た。
平愛扇の力が十分だった時には、絶対にありえなかった風景である。
「馬鹿な、この町の者達には、人を愛する事の尊さがある。例え自分が飢え死にするとしてもこんな事には、ならない筈だ!」
困惑する平愛扇にヤオが告げた。
「簡単だよ、大切な人を護る為に争っているから。奪った食料を大切な人間に与える、それも正しい戦い、だからあちきがここに居る」
それを聞いて平愛扇が笑った。
「愛ゆえに、人を傷つけるというのだな? だからお前は、戦の神候補になったのだな」
ヤオが静かに頷く中、平愛扇の姿が薄れていく。
「お前は、必要とされてここに来た。そして、私は、不要だから消えていく。それが真実だな」
ヤオは、寂しそうに告げる。
「それでも、一度は、望まれた。そして、平等を求める心は、決して無くならない」
平愛扇が全てを吹っ切った顔で言う。
「私は、早すぎた様だ。いつか、私が本当に必要にされる時が来る。その時、また会おう」
完全に消える平愛扇を見送ってから白牙が尋ねる。
『本当にそんな日が来ると思うか?』
ヤオは、あっさり首を横に振る。
「平等なんて無理がある。どこかで差がつくものだよ。でも、理想を胸に持たなければ、明日を求められない」
しみじみと告げるヤオだったが、腹の虫が鳴る。
「あちきもどうにかして食料を確保しなきゃいけないねー」
白牙は、呆れた顔をして言う。
『神名者なんだから、そう簡単に死なないんだから、暫く我慢しろ』
ヤオは、情けない顔をする。
「神名者だって、お腹が空いたら動けないもん!」
この後、次の町に向かう途中で力つき、旅人に救われる事になるのであった。




