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たい育  作者: 鈴神楽
43/67

老兵と狂気

シリアスで落ち無しです

 ローランス大陸の中央部。

 そこでは、激しい戦いが続いていた。

 そして、西方の大国、ミッシー帝国が、東方のワルサー連合との戦いで勝利をおさめていた。

 ミッシー帝国の若き将軍は、これを好機と考えた。

「ここで一気にワルサー連合を壊滅に追い込むのだ!」

 それに対して、最早前線に居るのは、きついと思われる老兵が言う。

「将軍、ここは、一度戦力を整えるのが先決かと思われます」

 若き将軍が気って捨てる。

「生ぬるい! 我ら帝国に逆らった連中は、一兵たりとも生き残らせるものか!」

 こうして、若き将軍の指揮の下、帝国の進軍が続く。

 老兵は、取り残された様に陣に残っていた。

 そこに陣の雑用に雇われていたヤオが来て言う。

「若いって良いですね」

 老兵が頷く。

「失敗もきっと糧に出来るだろう。ところで、君は、この戦いどう見るかね?」

 ヤオは、あっさり言う。

「将軍が若すぎますね。局地的に勝てても、その後が続かない」

 苦笑する老兵。

「良い読みだ。それでは、君ならどうする?」

 ヤオは、会議室に広げられた地図を指差して言う。

「一点攻撃、それも国ごとに分かれているので、一国に集中して、そこを軍事的に無力化して、帝国に取り込み、連合に亀裂を生む。そうする事で、連合を形式だけの者にして一国ずつ各個撃破します」

 それを聞いて老兵が驚く。

「面白い作戦だ」

 老兵は、ヤオに気付かれないように暗器を準備する。

「それは、通用しませんよ。それとスパイでもありません」

 ヤオの言葉に、老兵は、真剣な顔になる。

「それでは、何者だ?」

「神名者、八百刃ですよ」

 ヤオの言葉に老兵は、高笑いする。

「これは、凄いハッタリだ。戦いを司る存在が雑用のふりか? まあ、そのハッタリに免じてここは、見逃そう」

 そのまま老兵も出て行く。

 頬をかくヤオに足元の白牙が言う。

『結局何をしているんだ?』

 ヤオが真剣な顔をして老兵が去った方向を見る。

「あちきの今回の仕事は、あの人の監視。あの人は、やば過ぎるからね」

『ただの老兵だと思うが?』

 白牙の言葉にヤオが首を横に振る。

「今でこそ、将軍に意見を言うだけの補佐官みたいな事をやらされているけど、若い頃は、帝国の成長に一番貢献していた。そして、帝位を狙い失敗している。上手く立ち回って処分を逃れたけど、未だに上層部に監視されてる危険人物だよ」

『それでも、お前が直接監視しないといけないほどの事なのか?』

 ヤオが頷く。

「あちきの勘が当れば、狂気が戦場を覆い尽くす」



 若き将軍は、予想通り、連合の反撃を食らい、撤退されてしまった。

「くそう! この借りは、必ず返すぞ!」

 そこに老兵が現れる。

「将軍、少し話があるのだが?」

 若き将軍は、睨みつける。

「説教か! 全部、お前の言うとおりだったんだからな!」

 敵意を見せてくる若い将軍に対して老兵は、柳の様に受け流す。

「済んだ事を討論するつもりは、ない。問題は、これからの事だ。連合を壊滅させる妙案がある」

「本当か!」

 屈辱を体験した若き将軍は、老兵の作戦を聞いてしまう。

 それが、監視の目がある自分では、決して実行出来ない事を伝える悪魔の囁きとも知らず。



 数日後、帝国の一部の兵士達が暴走した。

 連合の一国のまったく関係ない農村を虐殺したのだ。

 それは、止まる事を知らず、つづけられる虐殺。

 当然、その国の兵士も対抗しようとするが、帝国の兵士達は、虐殺を行い、行動に必要な物資だけを補給すると、その村に火を放った挙句、水源に毒を放ち、次の農村を移動する。

 恐怖が国を包み、その国の兵士は、帝国からの戦線から離脱し、国の警護に戻った。

 連合も、帝国に正式に抗議をするが、帝国は、それを脱走兵として、相手にしない。

 そして、それは、脱走兵の暴走は、連合の別の国に移動する。

 即座に帝国の戦線からその国の兵士達が国に戻ろうとしたが、目前に迫る帝国の軍隊に連合もそれを認めなかった。

 国を守りに戻りたい兵士と離脱を止めようとする兵士の間に争いが起こった。

 そんな状態では、まともな戦争が出来ない、帝国の怒涛の攻めが連合を押し込んでいく。

 その成果に気を良くする若き将軍。

「所詮は、烏合の衆、我ら帝国に勝てるわけが無かったのだ!」

 そんな若き将軍の傍からあの老兵が消えていたが、その事実を気付いたのは、ヤオくらいであった。

『おい、これがお前の言った狂気か?』

 白牙の言葉にヤオが首を横に振る。

「まだ序の口だよ、こっからが本番だよ」

『止めないのか?』

 白牙の言葉にヤオが眉を顰めて言う。

「止めようとしたら、あちきの力で両軍を潰す必要があって止められないんだよ。とにかく、奴を追うよ」

 ヤオは、そのまま老兵を追って若き将軍の下を離れる。

 その後、馬鹿の一つ覚えで脱走兵を使った作戦を続けた若き将軍だったが、連合との戦いの中、連合軍に捕まり死ぬより辛い罰を受けた脱走兵モドキの生き残りによって暗殺される事になる。



「貴方は、若き将軍が暗殺される事もわかっていたでしょ」

 ヤオの言葉に、連合の作戦司令部に居る老兵に答える。

「当然だ。兵は、国の為に戦っているのだ。その国を失った兵は、ただの山賊、そんな者に連合が容赦をする訳もない。そして誇りを失った兵の恨みは、誇りを奪った者に向けられる」

「そして、帝国にそれをやらせたのは、これからの非道の為の第一ステップ」

 ヤオが睨むと老兵が笑みを浮かべる。

「神名者というのは、本当なのかもしれないな。しかし、神名者といえ、動き出した私の計画は、止められない」

 ヤオは、悔しそうに言う。

「正直、あの時、殺しておくべきだったかもと本気で思っているよ」

 老兵が頷く。

「無駄だ、あの時には、もう動き始めていた」

 それに対してヤオは、首を横に振る。

「違うよ、貴方が帝位を狙った時だよ。あちきが邪魔したらから失敗したんだよ」

 それを聞いて老兵が驚く。

「なるほどな、完璧だと思った作戦も、神名者にかかっては、意味がないというわけだな。それでも今度の作戦は、阻めまい」

 自信たっぷりの老兵にヤオが告げる。

「あちきだけの力じゃね。でも、忘れないでね、あの時も、大本には、正しい戦いをしようとする者達が居たって事に」

「そこだ。今回の作戦の目玉は、正しさなのだよ。この後の戦いは、正しき復讐戦なのだよ!」

 老人の狂気を含んだ笑みにヤオが溜め息を吐く。

「戦争は貴方みたいな狂気を生む。それは、理解しているつもりだったけどね」

 老人が心外そうな顔をする。

「狂気? 違う、これこそ戦場の正道だ! やられたらやり返す、その思いが戦争を続けさせる。それが戦争の真実!」

 ヤオは、何も答えない。



 巧みに工作された老兵の参加で、連合は、帝国に逆襲を始めていた。

 その原動力は、仲間を、親類を虐殺された国の人々だった。

 彼らには、容赦が無かった、非戦闘民であろうが、帝国に関係する者は、徹底的に殺していく。

 その狂気は、止めようも無く帝国を食いつぶそうとしていた。

 そして、帝都にそびえる王城、皇帝の間では、皇帝の前に多くの家臣達が沈黙していた。

「誰か、妙案がないのか!」

 皇帝の言葉に、誰も答えられずに居る中、あの老兵が現れた。

「私に妙案があります」

「おお、お前か、どんな方法だ」

 皇帝が耳を傾けようとした時、重臣の一人が言う。

「陛下、その男は、危険でございます」

「黙れ、今は、帝国の危機、それを回避できるのならば、朕は、悪魔にでも魂を売る」

 そう断言し、皇帝は、本当に悪魔に魂を売る作戦を許可してしまった。



『本当に、あの男の仕業なのか?』

 白牙は、その光景に驚きを隠せない。

 ヤオは、おびただしい数の腐っている死体の中に立ち告げる。

「そうだよ、あの男は、巧妙に狂気を駆り立てる、本当に悪魔の様な男だよ」

『今からでも遅くない、あの男を消すべきだな』

 白牙の言葉にヤオが首を横に振る。

「動き始めた時には、もう手遅れなんだよ。一度、走り始めた狂気は、止まらない。普通に考えれば解る筈、はやらしたら拙い伝染病をわざと国民に感染させ、連合の国々に送り出して、その国を疫病で滅ぼそうなんて真似が正気じゃないって事くらい」

『どうするのだ?』

 白牙の言葉にヤオが答える。

「もしも、このまま止まらなかったら、あちきが、全てを焼き滅ぼす事になるよ」

 白牙は、真剣な顔で言う。

『本当に恐ろしい男だ。帝国と連合、その両方をこの世から消し去ろうとするのだからな』

 そんな中、ヤオが笑みを浮かべる。

「それでも、人は、狂気に打ち勝つ、希望を持っている」

『希望?』

 白牙が問い返すとヤオは、この死の荒野で必死に生存者を助けようとする人々を指差した。

「あれは、正しき戦いだよ」



 その動きは、最初は、小さいものであった。

 しかし、確実に広がって行き、帝国や連合の上層部の動きを無視して、疫病の対応を続ける。

 何時しか、その動きは、帝国と連合の戦争を継続不可能にするまで広がっていた。

「何故だ! 何故、こんな事に!」

 老兵は、帝都の王宮に入ろうとする連合の国の休戦の使者達を見て激怒していた。

「だから言ったでしょ、正しい戦いをする者が居るって」

 いつの間にかに部屋に現れたヤオに老兵が言う。

「そうか、お前が、神名者が力で全てを覆したんだな!」

 ヤオは、肩をすくめて言う。

「あちきだって、こんな事は、出来ない。あちきが力を見せて争いを止めようとしても、お互いへの復讐心が勝り、決して止まらなかった。あのままだったらあちきに出来たのは、全てを焼き払う事だけだったよ」

「だったら、どうして、休戦が行われるのだ!」

 憤怒する老兵にヤオが答える。

「所詮は、国なんて自分達が生き残るための手段でしかない。本当に命が危なくなったら、国の面子なんてあっさり捨てられたって事じゃない?」

 激昂する老兵がヤオに掴みかかる。

「馬鹿を言うな! 国は、全てだ! 国があって民がある。そうだ! お前が居なければ再び戦いを始められる!」

 振り上げられた暗器を受け止めるヤオ。

「あちきに危害を加えようとした時点で貴方の戦いは、終わりだよ」

 ヤオは、暗器を奪うと、そのまま老兵の喉を自殺した様に切り裂く。

 床に倒れる老兵を白牙が見る。

『結局、こいつは、何をしたかったのだ?』

 ヤオは、苦々しい顔をする。

「こいつは、戦争の狂気の象徴だよ。こいつの言っていた事には、真理が含まれている。始まりの理由は、様々だけど、戦争は、やり返しの連続でしかない。その繰り返しの中で狂気が育まれていく。そこには、真っ当な理屈は、無い。狂気に飲み込まれてしまったらあちきに出来るのは、こうやって滅ぼすことだけ」

 沈黙する白牙から休戦の使者に視線を移すヤオ。

「だけど、狂気に打ち勝ち、明日を望む者も居る。あちきは、それを信じて待って居たんだよ」

 遠い目をする白牙。

『狂気に打ち勝つ者達か。どれほどの力を持とうと、最後に運命を変えるのは、本人達の心だという事だな』

 ヤオは、頷き、次の戦場に向かうのであった。

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