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たい育  作者: 鈴神楽
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手鏡と孤児院

実態は、知られてないけど八百刃は、人気があるのです

 ローランス大陸の南部にある、サハラン砂漠の八百刃神道にある町。

「八百刃様を崇めれば、如何なる戦いにも勝てる!」

 大司教の言葉をありがたそうに聞く信者達を見て、一人の男が苦笑する。

「流石は、奇跡が起こった場所、八百刃教が盛んだ」

 一枚の手鏡を取り出す。

「この熱気なら、上手く行く筈だ」

 そしてそのまま男は、一つの食堂に入る。

 そこでは、髭面の男が待っていた。

「待っていたぞ、ケイリー」

 席に着きながら、男、ケイリーが言う。

「すまなかった。こっちも手鏡の細工に手間がかかったんだ。ベルドー、そっちの準備は、上手くって居るかい?」

 髭面の男、ベルドーが親指を立てて言う。

「もちろんだ。大司教に商談を持ちかける機会をちゃんと作ったぜ。後は、お前の実力しだいだ」

 それを聞いて苦笑するケイリー。

「まさか、一度は、捨てたこの技術を、また使うはめになるとはな?」

 ベイリーが舌打ちする。

「しかたない、奴らが勝手にやり始めた神殿建造で、誰も金を持っていないんだからよ」

 そこにポニーテールのウエイトレスがやってくる。

「お客さん、注文、決まった?」

 ベルドーが言う。

「前祝だ、ビールを持ってきてくれ」

「ハーイ! マスター、ビールを二つ!」

 ウエイトレスの少女の言葉にケイリーが慌てる。

「すまない、一つにしてくれないか? 私は、酒を断っているんだ」

 ベルドーが苦笑する。

「こんな時くらい良いだろう?」

 それに対してケイリーは、首を横に振って断言する。

「こんな時こそ、立てた誓いを守りたいんだ」

 それを聞いてウエイトレスが言う。

「ここの卵料理は、お勧めですよ」

 ケイリーが笑顔で注文する。

「それを貰うよ」

「マスター、ビール、一つキャンセルで、お勧め卵料理セット一つ追加!」

 ウエイトレスは、元気に回っていく。

 少し、後、ウエイトレスがビールとお勧め卵料理セットを持ってやってくる。

「お待たせしました!」

 ベルドーはビールを持って言う。

「成功を祈って!」

 ケイリーは、ビールのグラスをセットについてきたスプーンで叩く。

「成功を祈って!」

 その時、ビールが零れ、ウエイトレスに掛かってしまう。

 ケイリーは、慌ててハンカチを取り出す。

「すまない、これで拭いてくれ」

 ウエイトレスが周りを見回し言う。

「鏡がないですね」

 それを聞いてケイリーが先ほどの手鏡を取り出して見せる。

「ありがとう」

 こうしてウエイトレスは、借りたハンカチと手鏡を使ってビールを綺麗に拭い取るのであった。



 食堂を出た後、ケイリー達は、現在の神殿に向かう。

「大司教と予定をとっているベルドーだ」

 それを聞いて、門兵が確認して答える。

「確認した、一番奥の部屋に大司教がいらっしゃる」

 指示された部屋にケイリー達が入ると、そこは、贅の限りをつくした部屋であった。

「よくきた。私が八百刃教の大司教だ。それで、例の物は?」

 単刀直入の態度にケイリーが苦笑しながら、故意に汚した布に包まれた手鏡を取り出す。

「これが八百刃様の使ったといわれる手鏡です」

 それを聞いて大司教が手鏡を見ながら言う。

「そうか、これが、八百刃様が使った手鏡か。しかし、本物なのか?」

 疑いの言葉にケイリーが頷く。

「お疑いになりたい気持ちも解ります。しかし、これを見てください」

 そういって示したのは、手鏡の後ろにつけられた巨大な爪痕。

「これこそが八百刃様の第一使徒、白牙様がつけた爪痕です。この様な爪痕を残せる生物等、この世に居るわけがありません」

 それを聞いて満足そうに大司教が言う。

「なるほどな。偉大なる八百刃様の使徒がつけたとしか考えられないと言う訳だな」

 ケイリーが頷く。

「しかし、それでもまだ信じられないのでしたら、私にこれ以上の証拠を示すことは、出来ません。大司教様の御眼鏡適わなかったとなれば、大人しく退散する所存でございます」

 あっさり手鏡を布に包もうとするケイリーに大司教が言う。

「それで十分。代金は、これで良いだろう」

 そういって差し出された金額を見て、ベルドーが驚くが、ケイリーが大きく溜め息を吐く。

「大司教様は、随分と八百刃様を過小評価されておられるようで」

 それを聞いて大司教が怒鳴る。

「この大司教に対して、無礼な口を!」

 ベルドーが困惑する中、ケイリーは、強い意思を籠めて告げる。

「ならば、問います。八百刃様の使用した手鏡がこの程度の金額だと思われるのですか!」

 それに大司教が戸惑う。

「ならば、どれだけの金額が相応しいというのだ?」

 ケイリーが指を広げて言う。

「この五倍です。それでも、八百刃様の偉大さを考えれば少ないくらいですが、そこは、八百刃様に仕える大司教様です、八百刃様への寄付と思い、この金額が妥当かと思われます」

「確かに、八百刃様の偉大さを考えれば、お金に換算する事も憚られる。そして、その所有は、大司教たる私が相応しい」

 頷く大司教にケイリーが言う。

「しかし、それだけの金額を直に用意するなど、無理なこと、ここは、前金として受け取り、この手鏡を先にお渡しし、それを信者の方々に御見せしては、如何でしょうか?」

 その言葉の裏に、手鏡を使って信者から金を搾りとれといっているのは、大司教にもわかったが、元よりそのつもりだった大司教が頷く。

「その通りです。偉大なる八百刃様の品、多くの信者に見ていただく必要があります。すいませんが、後金は、暫く後という事で良いですか?」

 ケイリーが頷く。

「全ては、偉大なる八百刃様の御威光の元に」

 こうして、ケイリー達は、大司教が差し出した金を受け取って、神殿を出て行く。



 食堂に戻って、ビールを飲みながらベルドーが言う。

「お前が、金額の水増しを要求した時は、驚いたぜ」

 それに対してケイリーが苦笑する。

「この手の物は、高ければ高いほどありがたみが出るんだ。それを相手の言い値通りに売ったら逆に疑われる。後金があり、こっちがまた来ると誤解していれば、あっちもこっちの居場所を探そうとしないだろう」

 ベルドーが含み笑いをして言う。

「流石は、ローランス大陸一の詐欺師だ。感服するぜ!」

 それに対してケイリーが言う。

「昔の話だ。天狗になって王族相手に詐欺を働いて、追われた俺を救ってくれた孤児院で働くようになってからすっぱりやめていた」

 罪悪感を漂わせる顔をするケイリーにベルドーが言う。

「仕方ないだろうがよ。全ては、八百刃教の奴らが、孤児院を援助してくれていた人から神殿建設費を毟り取ったのがいけないんだ。このままじゃ、孤児院のガキどもが飢え死にしちまうんだからな」

「それでも、亡くなった院長との約束を破ってしまった」

 辛そうに呟くケイリーの肩を掴みベルドーが断言する。

「院長は、捨て子だった俺を育ててくれた父親みたいな人だった。院長の事は、俺の方がよくしっている。院長だったら絶対お前を褒めてくれるさ」

 その時、食堂に神官兵が入ってくる。

「何?」

 ウエイトレスの少女が首を傾げる中、ケイリー達が囲まれて、大司教が姿を現し、ケイリーを睨みつける。

「よくも私を騙してくれたな!」

 手鏡を床に叩きつける大司教にケイリーが笑顔で言う。

「何のことでしょうか?」

 大司教がケイリーを指差して言う。

「お前が詐欺師だって事は、もう解っているのだ! 八百刃様の名を騙ったその罪、ただで済むと思うな!」

 神官兵達の槍がケイリーに突きつけられる。

 ベルドーが顔を真青にし、ケイリーが悔しそうにしているとウエイトレスの少女が割れた手鏡を持って言う。

「もう、勿体無いな。ところで、騙したって言ってたけど、どう騙されたの?」

 大司教は、ウエイトレスに答えるというより、苛立ちを吐き出すように言う。

「こいつは、その手鏡を八百刃様が使った物だと言って、売りつけてきたのだ!」

 それを聞いて、回りの客の視線もケイリー達を責める物になる。

 それだけ、この地では、八百刃の名前は、絶対だったのだ。

 しかし、ウエイトレスが言う。

「だったら嘘じゃないよ。昼間、あちきがこれを使ったんだから」

 それを聞いて大司教が怒鳴る。

「お前が使ったからなんだと言うのだ」

 ウエイトレスの少女がケイリーを見て言う。

「それで幾らで売ったの?」

 それを聞いてケイリーがベルドーの持つ金貨が入った財布を視線で示す。

「なるほどね、ところで、これを買って貴方は、何をするつもりだったの?」

 ウエイトレスの少女が大司教に問う。

「信者に公開し、多くの信者の信仰心の向上に結びつける予定だったのを、真赤な偽物に大金を払わされたのだ!」

 怒りを吐き出す大司教をウエイトレスが言う。

「忠告、八百刃は、神名者であり、神じゃ無い。それを信じる者は、信望者だよ。最低限、そんくらい理解してよね」

 それを聞いて大司教がウエイトレスを睨む。

「八百刃様を愚弄するとは、ただで済むと思うな! やれ!」

 神官兵が一斉にウエイトレスに襲い掛かる。

 ウエイトレス、ヤオが足元に居た白牙に手を向ける。

『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与えん、白牙』

 ヤオの右掌に『八』の文字が浮かび、白牙が刀に変化し、神官兵の槍を一振りで全て切り落とす。

 周囲が目を点にする中、ヤオが言う。

「それともう一つ、八百刃とは、崇める物でなく、信じる物だよ」

 その場に居た全員が頭を下げる中、ケイリーが前に出る。

「私は、愚かにも貴女様の名前を使って、詐欺を行おうとしました。この罪は、けっして軽い物では、ありません。ですが、手伝ってくれた者の罪は、私の命でお許し下さい」

 ベルドーも立ち上がり言う。

「馬鹿を言うな! 最後まで躊躇していたお前に強引にやらせたのは、俺だ。俺の命で!」

「最後に決めたのは、私だ。だから、私が!」

 ケイリーが更に前に出る中、ヤオが言う。

「さっきも言ったけど、あちきは、実際にその手鏡を使った。詰り、貴方達は、詐欺をやってない。胸を張ってそのお金を持って孤児院に帰りなよ」

「よろしいのですか?」

 ケイリーが信じられない顔で聞き返すとヤオが笑顔で答える。

「あちきは、正しい戦いの守り手、貴方は、孤児院を護る為に戦った。あちきは、それを認めるよ」

「ありがとうございます!」

 何度も頭を下げるケイリーとベルドー。

 そしてヤオは、大司教に言う。

「問題は、貴方。さっきも言ったけど、あちきは、神名者なの。それを神の様に奉るなんて問題あるんだよ」

 大司教が床に頭をこすり付けて言う。

「申し訳ありません!」

 ヤオは、告げる。

「あちきを崇めても何も加護は、ありません。あちきは、常に正しき戦いをする者を助けるだけ。あちきが望むのは、貴方達の戦いが正しきことのみ」

 こうしてこの町での過剰なまでな八百刃教の熱は、冷めた。

 しかし、同時に、人々の心の中に強く八百刃の偉大さが刻み込まれる事にもなるのであった。



 数日後、ケイリー達の孤児院。

「援助も戻り、孤児院の幸先は、明るいな」

 ベルドーの言葉にケイリーが頷く。

「全ては、八百刃様のお陰だ」

 その時、子供達が駆けて来た。

「ケイリーさん、大変、いき倒れだよ!」

 それを聞いてケイリーも慌てる。

「それは、大変だ。直に行くよ」

 そして、ケイリーとベルドーは、突いた先に居たヤオを見て、言葉を無くす。

「どうして、こんな所でいきだおれになってるんだ?」

 頭を押さえながらのベルドーの質問にヤオが遠い目をして言う。

「寄進無しで旅するのって大変なんだよ」

 ケイリーが溜め息混じりに言う。

「ご飯を食べてってください」

 ヤオが喜んだ顔で言う。

「卵料理があると嬉しいな」

 大きく肩を落すケイリーとベルドーであった。

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