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たい育  作者: 鈴神楽
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戦争の意味と生活向上

戦争は、不幸を呼ぶ。それは、誰もが知っているが

 ローランス大陸の王国の国境際の町。

 そこは、多くの孤児が居た。

「お母さん! お母さん、何処にいるの!」

 泣き叫び母親を求める子供。

「お父さん、起きてよ!」

 父親の死体に縋り、必死に起こそうとする子供。

 そんな子供の中から、年頃の娘を見ては、襲う傭兵。

「止めて!」

 そんな傭兵に仲間が言う。

「楽しむのは、良いが、先に金目の物を集めておけよ、後で言っても分けてやんないぞ!」

「そんな事を言うなよ、次にやらせてやるからよ!」

「残念だな、おれは、もっと胸が大きいのが好みなんだよ」

 そう答えた男の前に一人の女が立っていた。

「そう、こんなのが良いんだ!」

 無造作に伸ばされる腕が女によって切り落とされる。

「下衆が!」

 女は、傭兵達に切りかかる。

 女の腕前は、中々のものだったが、それでも多勢に無勢であった。

「しまった!」

 剣を弾き飛ばされ、傭兵の蹴りが腹に決まり蹲る女。

「よくもやってくれたな!」

 剣を突きつける傭兵に腕を切られた傭兵が言う。

「待て、そいつは、俺が、気が狂うまで犯してやるんだ!」

 狂気の目に仲間も呆れ顔になって言う。

「好きにしろ」

 腕を切られた傭兵が女に近づき言う。

「楽に死ねると思うなよ!」

「お前らなんかに誰が屈服する者か!」

 女が傭兵に唾を飛ばす。

 その唾を拭い傭兵が言う。

「まずは、両手両足をもいでやるか!」

 振り上げられる剣に女が思わず目を瞑った時、少女の声がした。

「もう、本隊は、帰還してるよ。これ以上残っていると王国の軍に囲まれて死ぬんじゃない?」

 その言葉に傭兵達が慌てる。

「本当だ、早く引き上げないと!」

「待て、せめてこの女だけでも!」

 腕を切られた傭兵が叫ぶが傭兵仲間達が言う。

「そんな暇があるかよ! 急がないと本気で死ぬぞ!」

 腕を切られた傭兵は、悔しそうにしながら退散していく。

 女にさっきの声の主、白い子猫を連れたポニーテールの少女が言う。

「運がよかったね」

 それを聞いて女が言う。

「何がだ! お前は、この状況が解っているのか?」

 周囲は、まさに地獄絵図であるが、少女は、あっさり言う。

「皆殺しじゃない分、増しでしょ」

「何だと!」

 いきり立つ女に少女が言う。

「そんな事より、傷ついた人の治療を始めるんだけど手伝う気がある?」

 それを聞いて女が慌てる。

「手伝うに決まってるだろう」

 そして、女と少女は、行動を開始した。



 その夜、多くの孤児が眠る教会に女、パールと少女、ヤオが居た。

「戦争なんて、軍人だけでやれば良いんだ!」

 パールの言葉に苦笑するヤオ。

「そうも言ってられないのが現実だよ」

 パールは、ヤオに掴みかかる。

「最初からそうだが、悟りきった顔をして、お前は、あの少女を見てもそんな事をいえるのか!」

 パールの指差した先には、一人の少女が悪夢にうなされていた。

「お父さん! お母さん! 嫌! 痛い!」

 パールは、悔しそうに言う。

「あの子は、両親の死体の前で男に辱められたんだぞ!」

 ヤオは、確り見て言う。

「まだ幸せだよ、奴隷にもされず、生きてもいられる。これからの人生があるからね」

 パールが歯軋りをする。

「お前に何が解る!」

 ヤオは、平然と言う。

「解らない。貴女は、解るの?」

 パールが頷く。

「あたしも同じだった。ここと同じ国境の近くの町で、敵国の奴らが責めてきた。防衛していた兵士が殺された後、敵国の兵士や傭兵が好きなように町を蹂躙した。あたしも……」

 言葉が止まる。

 ヤオは、淡々と言う。

「不幸自慢は、終わった?」

 それを聞いてパールが拳を振り上げる。

「ふざけるな!」

 振り下ろされた拳は、あっさり避けられる。

「一つ、教えてあげようか、この町を襲った兵士達の国は、この国に侵略され、多くの領民を奴隷にされた。王都では、今もその国の奴隷達がいわれの無い労働をさせられているよ。その中には、あんたが受けた何倍の酷い物もあるよ」

 それを聞いてパールが戸惑う。

「だから仕方なかったとでも言うのか! そんなの関係ないだろう!」

 ヤオは、野ざらしにされた兵士の死体を指差して言う。

「あの兵士の武器や給料は、税金から出ている。その税金を払っているのは、国民。当然、この町の人間も税金を払っている。それでも関係ないって言うの?」

「全部、国王が決めてやってることだ! あたし達には、関係ない!」

 パールの叫び声に、子供達の数人が震える。

「大声を出さない」

 ヤオに注意されて口を押さえるパール。

「戦争は、兵士だけでやるものじゃない。国全体でやるものだよ。だから、ひとたび戦争が起これば、それは、こうなる危険性を孕むって事」

 ヤオの言葉にパールが苛立ちを籠めて言う。

「あたし達は、普通に生きたいだけなんだよ」

 ヤオは、配給食のパンを見せる。

「普通って、毎日このパンを食べて生活できるって事?」

 パールが頷くとヤオが言う。

「こんなパンを毎日食べれるなんて贅沢できるのは、周囲の国では、この王国くらいだよ。その一番の理由が何度も戦争をして、領土を奪い、奴隷を増やしていったからなんだよ」

 パールがヤオを睨む。

「それがいけなかったと言うの?」

 ヤオが首を横に振る。

「ううん。良い生活をする為に戦う、決して正道から外れていない。でもね、その結果、恨みをかって、こんな事になる危険性があるってだけ」

 パールが教会の神像に祈る。

「それだったら、パンも要らない。だから戦争なんて無い、平和な世界にして下さい」

 それを見てヤオが言う。

「因みに、あちきは、戦いを司る神様みたいなもので、さっきの戦いもあちきが認めていたって、言ったらどうする?」

 パールが睨む。

「ふざけるのもいい加減にしろ」

 ヤオは、遠くを見て言う。

「その戦いは、認められないね」

 そういうと、立ち上がり、両手を前に突き出す。

『八百刃の神名の元に、我が使徒を召喚せん、天道龍』

 ヤオの右掌に『八』、左掌に『百』の文字が浮かび、天を覆うような龍が現れる。

「天道龍、王国の人間がこの町を襲われたのを口実に、侵攻国を蹂躙しているから止めて来て」

『了解しました』

 それに答えて天道龍が大量の軍隊を率いて必勝の体制で向かう王国軍に向かっていく。

 その様子を見てパールが腰を抜かしていた。

「本当に神様なのか?」

 ヤオが頬を掻きながら言う。

「正確には、神名者って言う、神様になる途中の存在だよ」

 パールは、ヤオを拝み、頭を下げて言う。

「お願いだ! もう戦争なんて誰も望んでいない! こんな酷い事は、止めさせてくれ!」

 ヤオは、淡々と答える。

「この町が襲われるのは、王国の人間は、知っていた。ついでに言うと、貴女の産まれた町もそう。全ては、侵攻の口実の為に敢えて襲わせた。そして、口実を得た王国は、一気に逆侵攻して、領土を広げ、国民を裕福にしていった。詰り求められた戦いであり、必要とされた犠牲なんだよ」

「嘘だ! そんな訳が無い! 戦争なんて誰もしたくないんだ!」

 パールの必死の訴えにヤオがパンを掴み言う。

「弱肉強食、それが生きる者の定め。戦い多くの物を得て、更に強くなる、そうやって人々は毎日を生きていく。それを否定することは、誰にも出来ない」

 パールは、泣き崩れながら言う。

「だったら、弱者は、泣き寝入りしかないのか!」

 それに対してヤオが微笑む。

「その為にあちきが居る。貴女が正しい戦いをするのならあちきは、その助けをする。貴女の戦い、戦争をしなさい」

 そういい残しヤオは、教会を去っていった。



 その後、パールは、多くの同士を集い、反政府組織を発足、国王から政権を奪い、奴隷を廃止し、近隣諸国との友好関係に勤しんだ。

 その無謀とも思えた戦いの中には、神懸り的な奇跡が何度も起こった事だけは、伝えられている。

 しかし、数年後には、王国内の貧困が表面化し、いくつ物勢力の元、王国が分裂する事になるのであった。

 パールは、王国を弱体させた責任者として狙われる事となる。



「あたしは、間違っていない」

 アジトで一人自問するパール。

「だから言ったでしょ、弱肉強食だって」

 その変わらない声にパールが振り返ると、まったく変わらぬヤオが居た。

「あたしが、間違っていたというのですか?」

 パールの質問にヤオがゆっくりと近づき言う。

「戦いを否定することは、間違いだよ。皆仲良くなんて言うのは、誰の事も見えていないって事。貴女が本当にしたかった事って何?」

 パールが戸惑う。

「あたしが本当にしたかった事?」

 ヤオが促すとパールが言う。

「戦争の犠牲になって苦しむ子供が居ない世界を作りたかった」

 ヤオが頷く。

「そうでしょ。それなのに、奴隷は、いけない、戦争は、しないなんて子供を育てる親に負担をかけすぎた」

 パールが拳を握り締めて言う。

「だったらどうしたら良かったのですか!」

 ヤオが肩をすくめて言う。

「あちきにも解らない」

「ふざけないで下さい!」

 パールが怒鳴るとヤオが言う。

「本当だよ。あちきは、こう見えても平和主義なの。でもね、戦わないと生きていけないのも真実。だから、決めている、自分が正しいと思って戦える人間だけを助けようと。そして何が正しいかを決めるのは、最終的には、自分ひとりしか居ないと思うよ」

 パールは、驚く。

「もしかして、貴女も迷っているのですか?」

 ヤオが頷く。

「答えなんて出せた例は、ないし、自分のやった事に満足できた事もない。戦争を止めた所為で飢え死にするはめに成った町も在るし、逆に放置した所為で全滅した国もある。それでもあちきは、選択し、自分が正しいと思う戦いを助け続けているよ」

 パールがその時に悟った。

「戦争が間違っていると思いこみ、それだけしか見なかった自分がいけなかったのですね?」

 ヤオは、答えないがパールが頷く。

「やっぱり戦争は、不要だと思います。だから、どうすれば、皆が幸せになりながら戦争にならないで済むか考え、行動していきます」

 ヤオが微笑み言う。

「その戦いをあちきは、応援しているよ」

 再び、消えていったヤオであった。

 その後のパールの活動は、日の目を見ることは、無かった。

 しかし、確実に国民に浸透していくこととなる。



 百年後、パールの生まれた王国は、無く、そこには、幾つかの小国が存在していた。

 兵士達が戦う戦場の近くの町の食堂。

「近くで兵士が戦っていますけど逃げなくて良いんですか?」

 ポニーテールのウエイトレス、ヤオが確認すると店主が言う。

「良いんだよ、パール軍事協定って奴でな、一般人と施設には、絶対に危害を加えない事になってるからね」

「そうなんですか」

 ヤオは、呑気にそう頷いた時にこけて料理をこぼす。

「また、お前か! 給料から引いておくぞ!」

「そんな! お願いします、今度引かれたら、無くなっちゃいますよ!」

 懇願するヤオであったが、給料が無事に支払われたのは、予定よりも一週間も後の事であった。

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