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たい育  作者: 鈴神楽
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武器に籠められた職人の思い

伝説の武器職人、マッドライ。彼とヤオは、出会っていた。

 マーロス大陸にある武具職人の町、ゲペルト



「さっさと働け!」

「はーい」

 工房の親方の言葉にヤオが武器を作る精鉄を運ぶ。

 そんな様子を炉から離れた所で休んでいた、子猫姿の白牙が見て言う。

『いつもながら、何で神名者が人間に働かされなければいけないんだろうな?』

 遠くを見る白牙の答えを持つ人間は居なかった。



「お前も頑張るな」

 休憩中のヤオに話しかけたのは、工房の先輩、マッドライであった。

「仕事ですから」

 目を輝かせて汗を拭うヤオに苦笑するマッドライ。

「今時の若い奴は、それが無いんだよ。正直、ゲペルト一の工房で働けるんだったら、お金なんて要らないって奴も昔はいっぱい居たんだがな」

 頷くヤオ。

「ここの親方の仕事って他の人の仕事とは一線を引くものですよね?」

 理解を示すヤオにマッドライが嬉しそうに頷く。

「そうなんだ! 俺もいつかは親方みたいな名匠になる」

「あんたには無理よ!」

 その声にげんなりとした顔になるマッドライ。

「なんの用だ、マッセス?」

 マッドライが向いた方には、一人の女性が居た。

 彼女の名前はマッセス、マッドライと同期の職人である。

「あんたがサボってるから注意しに来たのよ!」

 マッドライが半目で睨む。

「誰がサボってるって? ちゃんと正規に貰った休憩だ!」

「休憩なんだったら、そんな所で新人相手に遊んでるんじゃなわよ! そんなのは、仕事の後にしなさいよ!」

 マッセスの言葉にマッドライが舌打ちをする。

「うるせいな。そんなんだからお前には才能が無いんだよ」

 その言葉にマッセスが怒鳴る。

「誰に才能が無いっていうの!」

 マッドライが肩を竦めて言う。

「お前に決まってるだろう」

「何ですって!」

 詰め寄るマッセス。

 睨み合う二人の間にヤオが入り告げる。

「二人とも、喧嘩だったら、それこそ仕事の後やってください。ここには仕事に来ているはずです」

 その言葉に、離れる二人。

 そして別の職人がヤオに近付き言う。

「すまないね、二人とも腕は良いんだけど、ライバル心が強くってな」

 ヤオは首を横に振る。

「少なくともマッセスさんは、もう勝てない事くらい知ってますよ」

 意外そうな顔をする職人が質問をしてくる。

「冗談だろ? マッセスが作る剣は見事な出来栄えで、どちらかというとマッドライの作る剣の方が荒いくらいだぞ?」

 ヤオは断言する

「本人は気付いています。だからこそ才能があるマッドライさんが恨めしいですよ」

 首を傾げる職人。

「信じられないな」

 ヤオは肩を竦めて言う。

「それだけじゃ、ないですけどね」



 その日の仕事の後、ヤオはマッドライに誘われて飲みに連れて行かれた。

「奢って貰っていいんですか?」

 ヤオの質問に頷くマッドライ。

「とにかく、飲め」

 そういいながら自分は、とっとと一杯目を飲み干してお代わりを注文する。

「卵料理を全部頂戴」

 ヤオの注文に半目で睨むマッドライ。

「お前なー、俺は飲めって言ったんだぞ?」

 ヤオは少し引いて言う。

「まさかあちきを酔い潰して、いやらしい事をするつもりですか?」

 爆笑するマッドライ。

「面白い冗談だ。さすがに生理も来てないガキは、発想がガキだ」

 頬を膨らませるヤオ。

「別にいいでけど、本題を始めたらどうですか? あちきは酔いませんから」

『酒で酔うことを覚える前に神名者になったから、酔えないだけだがな』

 つまみに前足を伸ばしながら白牙が突っ込むが、当然マッドライには聞こえない。

 マッドライが真剣な表情をして言う。

「お前、昼間マッセスが俺に勝てないって言ったらしいな」

 頷くヤオ。

「はい。間違っていませんよ」

 マッドライがヤオの襟首を掴む。

「奴は、一生懸命今の仕事をやってるんだ! お前のものさしで測るな!」

 ヤオは大きく溜息を吐く。

「気付いてないんですか? マッセスさんは、無理をして武器職人をやってるって?」

 戸惑うマッドライ。

「どういうことだ?」

 ヤオがマッドライの手から簡単に抜け出して言う。

「性格が優しすぎるんです。自分の武器で人を殺される事をよしとしない。だから、作る武器はみな、武器としては欠陥品です。親方もそれが解っているから、儀礼用の武器の製造しか任せていませんよ」

 マッドライが驚いた顔をした後、少し考えた後、思い至った顔をする。

「しかし、それでもマッセスは、武器職人として精進してきたんだ! きっと手はある筈だ!」

 ヤオは出された卵料理を食べながら言う。

「それってマッセスさんに人を傷つける方法を考える様に性格を矯正するって事ですよ。あちきは、勧めませんよ」

 マッドライが一生懸命考えて言葉を放つ。

「しかし、武器が人を救う事もある筈だ!」

 ヤオは、手に持ったナイフを投げる。

 それは、店を出ようとした男の腕に突き刺さる。

 店の中に驚きが広がる中、ヤオは、男に刺さったナイフを抜き出して言う。

「ナイフだったら、人を傷つける以外の使い道もありますが、武器は違います。相手を傷つける事を前提にしています」

 男がヤオを睨むとヤオはナイフを振るって男の上着を切ると、そこから複数の財布が落ちる。

 周囲の人間が拳を握り、男を囲む中、ヤオは席に戻り続ける。

「例えそれがどんなに正しい使われ方をしても、それは、相手を傷つけ、時には殺す事を意味します。武器職人は常にそれを意識してなければいけない。そういう意味では、自分が何を作っているのか意識してない人達より何倍も武器職人だと思います。でも、本人の性格を変えてまで続ける仕事とは思えません」

 沈黙するマッドライにヤオは続ける。

「本人もその事は理解しています。だからこそ、武器を理解して、上を目指して精進しているマッドライさんが眩し過ぎるんです」

 何も答えられないマッドライを放置して、ヤオは卵料理を食べ続ける。

 全ての卵料理を食べ終えたヤオ。

「ごちそうさまでした」

 席を立ったヤオにマッドライが言う。

「お前はどうなんだ?」

 ヤオは遠い瞳をして答える。

「あちきは、ずっと昔に選択しました。他人を傷つけても大切な者を護りたいと」

 そのまま去るヤオ。

「マスターお代わり!」

 その夜、マッドライはとことん飲んだ。



「今日から暫くマッドライは、休む。その代わりは、ヤオがやれ」

 親方の言葉に、職人達は驚く。

「親方、マッドライが休むのは別として、なんでヤオなんですか?」

 職人の一人の言葉に親方がにらみ返して言う。

「一番武器を作る意味を知っているからだ」

 反論は許されなかった。

 その中、マッセスが言う。

「マッドライはどうしたんですか!」

 親方は、過去を見る目をして答える。

「最高の武器を作りたいと言って来た。武器職人として更なる高みにいけるかどうかの瀬戸際だ。このまま一流の職人で終るか、更なる上を目指すかが決まる分岐点に来ている。俺達には見守る事しか出来ない」

 マッセスが戸惑う中、仕事が開始される。

 周囲の不安を他所に、ヤオは、新人とは思えない腕前で次々と武器を作っていく。

「正直、ここまでやるとは思っていなかった。神憑り的な腕前だな」

 親方の言葉に苦笑するヤオと溜息を吐く白牙。

『神名者だからな』



 数日が過ぎ、ゲペルト最大の祭り、白裂刀ビャクレツトウ祭が開かれていた。

 マッセスは、その祭典で使われる儀礼刀を持って歩いていた。

 その隣には、ヤオが居た。

「貴女は天才ね」

 マッセスの一言にヤオが苦笑して答える。

「これでも年寄りなんですよ。マッセスさんの倍は生きています。そんだけ生きてれば色々と出来るんですよ」

 マッセスが睨む。

「冗談なんて聞きたくない」

 そんなマッセスに対してヤオが答える。

「あちきは、子供の頃、村を襲った山賊を殺しました」

 その一言に驚くマッセスにヤオは話を続ける。

「その時、覚悟を決めたんですよ、誰かが振るわなければいけない刀があるんだったら自分で振るうと」

 溜息を吐くマッセス。

「詰りあたしに足らないのはその覚悟って事ね?」

 頷くヤオ。

「武器職人を本気で目指すのなら絶対必要な要素です」

「正直、あたしには無理ね。でも、あたしは武器を作りたい。人を傷つけると解っている。でも人を助ける為の物を作りたいの」

 マッセスの告白にヤオが頬を掻く。

「父親が戦う商売の人でした? そして最後は武器が折れて戦えず死んだって所ですか?」

 苦笑しながらマッセスが答える。

「傭兵だった。自慢の刀が疲労から折れて、新しい刀を買ったのに、不良品で直ぐに折れて殺されたの。だから、あたしは折れない刀を作りたかった」

 自分が作った護身刀を抜いて見せるマッセス。

「でも、駄目ね。この刀では、人は斬れない」

 ヤオが頷く。

「綺麗で丈夫そうですが、余裕が無い。撓りがない刀は、単なる棍棒です。その刀には人を殺そうとする意思が込められていません。幾ら折れなくても、その刀では勝てません」

 マッセスの足を止めて、目の前を通る撃破ゲキハ戦神、白裂刀を模した像を見る。

「あたしには、戦いの神の御加護が無いみたい」

 頬を掻くヤオに足元の白牙が言う。

『あの神は確か真名マナに逆らって滅びた筈だったな?』

 ヤオはテレパシーで返す。

『そう、そしてその破片から貴方が生まれた。貴方があまりにも強く白裂刀の力を持ってる、危険視されて消されかかったけどね』

『一応、感謝している』

 そっぽを向く白牙に苦笑しながらヤオが言う。

「神頼みなんて、無駄ですよ。本気で手に入れたかったら自分の力で、道を作らないと」

 マッセスが寂しげに言う。

「この性格を変えるしかないのかしらね」

 ヤオは、前の別れ道を指差しながらいう。

「道は一つじゃないですよ」

 その時、前方で騒ぎが起こる。

「我々は、蒼貫槍ソウカンソウの信望者である。汝らが信じる白裂刀は、真名様に逆らい滅びた。汝らは、新たなる戦神候補たる蒼貫槍様を崇めよ」

 ざわめきが起こる。

「嘘だ! 白裂刀様が滅びる訳が無い!」

「そうだ、そうだ!」

 信者達の言葉に、蒼貫槍の信望者が告げる。

「真実だ。その証拠に、この像にはなんの力も宿らない。蒼貫槍様の力の前に屈するだけだ」

 男の右手に握られた青い刃が触れると白裂刀の像が崩壊する。

『ほおっておくのか?』

 白牙の言葉にヤオはあっさり頷く。

『他人の勧誘活動に口を出すのは、さすがにルール違反だからね』

 ざわめく人ごみを掻き分けて、マッドライが蒼貫槍の信望者の前に現れる。

「ふざけた事を言うな、例えお前が言うように白裂刀様が滅びたとしても、同じ戦神だからと言って蒼貫槍を崇めるのは、間違っている。崇めるとしたらその教えを聞いて、納得できたときだ!」

「蒼貫槍様を恐れぬ愚か者め!」

 蒼貫槍の信望者の刃がマッドライに向けられる。

 しかし、その刃が届く前にマッドライが持つ刀に蒼貫槍の信望者の手首が切り落とされる。

「そんな、ガキの玩具で、どうにかなると思うな!」

「あの刀は……」

 驚くマッセス。

「出来たみたいだね、最高の武器が」

 ヤオが歩み寄る。

 ヤオに気付いたマッドライが言う。

「おう、ヤオ見てたのか。この刀は、どうだ?」

 ヤオが頷く。

「すごい刀だね。使い手の切るという意思に明確に答えられる見事な刀だよ」

 マッセスもその刀を凝視して言う。

「今までの荒々しさは少しも無い。まるで芸術品みたい。だけど、切れる場所と切れない場所が適度に分配され、撓りが生まれた時も、その配分が変わらない。本当に戦うための刀」

 マッドライがその刀をマッセスに渡す。

「俺は、これからも武器を作っていく。戦う為に必要な物だからな。だが、ただ切れるだけの刀は作らねえ。本人の切るという意思と共に振るわれない限り切れない。戦う意思だけに答える刀を作る。その為には、俺一人の力じゃ足らない。お前の力を貸してくれないか?」

 意外そうな顔をするマッセス。

「そんな、こんな見事な刀を作れる貴方にあたしの力なんて不要よ」

 マッドライは首を横に振る。

「この刀はお前の、優しい心を真似しただけだ。まだまだ不完全だ。お前と一緒ならもっと凄い刀を作れる筈だ」

「マッドライ」

 見詰め合う二人に蒼貫槍の信望者が逆の手で、青い刃を構える。

「ふざけやがって、どんな刀だろうが、蒼貫槍様の力には、敵わない!」

 緊張した面持ちになるマッドライの手から刀にヤオは右手を当てる。

『八百刃の神名の元に、我が力を宿さん』

 ヤオの右掌に『八』が浮かび、マッドライの刀が光る。

 混乱するなか、マッドライは迫ってくる蒼貫槍の信望者の青い刃を弾く。

 青と白の光がぶつかって、せめぎ合ったが、青い光は消えて、青い刃が崩れる。

「馬鹿な、どうしてこんな所に、八百刃が居るのだ」

 ヤオは苦笑しながら答える。

「戦神だから、武器の知識も必要だから、ここで勉強してたんだよ」

 蒼貫槍の信望者が歯軋りをし、逃げ帰った。

 慌てて頭を下げる周りの人間。

「知らないとはいえ、様々なご無礼申し訳ございません」

 マッドライの言葉にヤオは気にした様子も無く答える。

「良いの良いの。良い勉強になったから。これからも頑張って、その刀みたいな良い武器を作って」

 そのまま立ち去るヤオであった。

 マッセスが呆然と立っていると、その肩を抱き寄せてマッドライが言う。

「あのお方は、悩める俺達を導くために来てくださったのだ」

 頷くマッセス。



 工房に戻ったマッドライに親方が言う。

「マッドライ、早く仕事に戻れ。ヤオが旅に戻るって辞めたから大変なんだからよ」

 眉を顰めるマッドライとマッセス。

「あのーもしかして、来たんですか?」

 マッセスの質問に親方が答える。

「いきなり戻ってきて、旅に戻るから辞めると、昨日までの給料を受け取りに来たぞ」

 マッドライが慌てて言う。

「失礼はありませんでしたか?」

 親方が仕事をしながら答える。

「いきなり言うなって頭はたいてやったが、ちゃんと給料は払ってやったぞ」

 青褪めるマッドライと気絶するマッセス。

「どうしたんですか!」

 駆け寄る職人達が、事情を聞いて青くなる中、親方は一人平然と言う。

「そうか、だとしたら、俺の技術は、そいつの中で長く生きてくって事だな」

 上機嫌な親方に職人達が驚き怒鳴る。

「親方、神名者様の頭を叩いたんですよ! 神罰が下りますよ!」

 親方が、ヤオが作った刀を視線で示して言う。

「作った武器を見れば相手の心なんて解る。そんな小さいことで神罰を与える小物じゃない。きっと凄い神になるさ」

 それには、マッドライも頷く。

「そうですね、きっと偉い神様になりますね」



「武器職人の技術があっても求人の枠ってあまり広がらないねー」

『当然だ、職人が、旅の人間に仕事を出すわけ無いだろう』

 次の町で軽い財布を片手に仕事を探すヤオと白牙の姿があった。



 その後、マッドライは伝説の名匠と呼ばれる武器職人になる。

 そしてその横には、何時も一人の女性が居た事は、あまり知られていない。

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