リーダーの責任と恋心
リーダーの責任と恋に揺れる男の話
ミードス大陸にある、天包布の信徒が多い街、テンポン。
「お待たせしました。特製卵ランチです」
テーブルに置かれた特製卵ランチを見てヤオは、目を輝かせる。
「これを食べるために、少ない食料をやりくりしてテンポンまで来たかいがあったよ」
嬉しそうにスプーンに手を伸ばすヤオに白牙が言う。
『まさかと思うが、それを食べるためにこの町に来たわけじゃないだろうな?』
ヤオは、少し視線をずらして言う。
「ここにも用事があったのは、確かだよ」
白牙の爪が伸びる。
『まさかと思うが、本気で卵料理の為だけにここを選んだのか!』
「他のところには、ちゃんと八百刃獣を派遣してあるよ。ここに仕事あるのも本当だもん」
ヤオの言い訳に呆れた顔をする白牙。
「とにかく、卵料理だよ!」
ヤオがスプーンを振り下ろした時、テーブルに男が突っ込んできて、卵料理を全滅させる。
ヤオの動きが止まった。
『ヤバイ!』
白牙が本気で焦る中、テーブルに突っ込んだ男が立ち上がる。
「よくもやりやがったな!」
そんな男の腕を掴みヤオが告げる。
「テーブルにぶつかってきて、料理をだいなしにした謝罪は、ある?」
男は、慌てて言う。
「すまんかったな。わびは、後で入れさせてもらうから、ちょっと待っててくれ」
その一言にヤオが頷き言う。
「取り敢えず、あなたは、許してあげましょう」
そのまま、男を吹き飛ばした天包布教の神官兵士達に近づき言う。
「あんたにも確認するけど、あちきの料理をだいなしにした謝罪は、ある?」
すると神官兵士は、相手にしない。
「五月蝿い! いまは、背信者の粛清中だ。全ては、神の定めだ、諦めろ!」
ヤオは、右手が神官兵士の鎧に触れる。
ヤオの体が上下したと思った瞬間、神官兵士が壁まで吹っ飛ぶ。
「貴様! お前も背信者か!」
ヤオは、怒りの表情で告げる。
「人の卵料理をだいなしにして、それを全て神の所為にするガキには、お仕置きをしてあげる」
その後の展開は、言うまでも無いだろう。
全ての神官兵士を叩きのめしたヤオに周囲が驚く中、突っ込んで来た男が言う。
「さっきは、悪かった。ところであんたは、強いみたいだが、俺達の仲間にならないか?」
ヤオは、不機嫌そうに言う。
「事情は、お詫びのご飯食べながら聞いてあげる」
その言葉に男が苦笑する。
「解った。しかし、場所だけは、変えさせてくれ」
ヤオは、少し残念そうだが頷き、男についていった。
男達のアジトに着いたヤオは、出された食事を食べながら言う。
「詰り、あんた達は、天包布の教えに逆らう背信者の集まりで、この町の天包布教徒達と争いを起こしているのね?」
頷く背信者のリーダー、テッツール。
「そうだ。天包布教徒の奴らは、神の御威光をかたに好き勝手やってるんだよ」
「そう、でもあちきは、力を貸せないね。この町の住人の殆どが天包布の信者でしょ、それなのに教えに従えなくって虐げられていても仕方ないことだよ」
ヤオの言葉に若い男が言う。
「貴様に何が解る!」
ヤオは、冷静に告げる。
「あちきは、長く旅をしてるからね。逆に天包布信者だからって酷い目を見ている人達も知ってる。それでも、その人達は、信仰を捨てないし、自分が生まれた町に誇りを持っていたよ」
それを聞いて不満そうに顔をする男達を宥めテッツールが言う。
「我々もある程度の差別は、覚悟している。しかし問題は、過度のお布施の強要だ。お布施を払えず、天包布の信者で無くなった者も多い。その上での差別は、何かが違うと思わないか?」
ヤオが頷く。
「確かにね。でも、戦っているのは、元々天包布教を信仰していなかった貴方達なんでしょ? あんまり関係なくない?」
テッツールが遠い目をして言う。
「そこが問題なのだ。彼らは、未だに天包布教に戻れると思っているのだ」
それを聞いてヤオが訂正する。
「それは、あまり正しくない。その人達は、未だに天包布教の信者だよ。ただ、この町の天包布教の集団が認めないだけ」
「それが問題なんだろう!」
背信者の一人が怒鳴るがヤオは、平然と答える。
「そこが大切なんだよ。神の教えは、人が決める物じゃない。神が決める事なんだから」
それを聞いてテッツールが疑いを向ける。
「まさか、お前も天包布信者なのか!」
ヤオは、肩をすくませて言う。
「天包布は、頭が固くて付き合うのが面倒なんだよ」
苦笑するテッツール。
「信者が呼び捨てには、しないな。話が戻るが、手伝ってくれないか?」
ヤオが悩むそぶりを見せていたとき、アジトに緊急の知らせが届く。
「リーダー大変だ! カッテールさんが、背信者と通じている者として、教会に捕まって処刑される事になった!」
それを聞いてテッツールが驚く。
「どうしてシスターが……」
困惑する一同を見て白牙が呟く。
『どうして天包布教のシスターの事でこんなに動揺しているのだ?』
ヤオは、全てを知っている風に言う。
「貴方とそのシスターは、恋人なんだね?」
慌てて否定するテッツール。
「違う! 俺達は、そんなのでは、ない。彼女には、色々と天包布を追い出され、困っている人達の事で相談されていただけだ」
苦笑しながらヤオが言う。
「助けに行かないといけないね?」
その一言に周囲の視線がテッツールに集まる。
テッツールが拳を握り締めて言う。
「これは、罠だ。天包布教のシスターの為に仲間を危険な目にあわせる事は、出来ない」
それを聞いて仲間の間に複雑な感情が渦巻くのを見てヤオが頭をかきながら言う。
「だったら、その人を助けて、その上で悪い天包布教の幹部を倒せば良いじゃん」
それを聞いてテッツールが怒鳴る。
「出来ればやっている! それともお前は、圧倒的な戦力差を覆すほどの救いの神なのか!」
それを聞いてヤオが手を横に振る。
「あちきは、神様じゃないよ」
「だったら黙ってろ!」
テッツールの怒声にヤオは、頬をかきながらいう。
「結局、戦わないんだね。だったら、あちきの出番は、無いから次の町に行くわ」
そのままアジトを出て行くヤオ。
「リーダー、あいつは、天包布教にここの事を放すかもしれませんよ」
そんな仲間にテッツールが苦笑する。
「そうだったとして、あれだけの実力者をどうやって止めるんだ?」
神官兵士達が束になっても敵わなかったヤオの実力に男達は、黙るしかなかった。
そして、カッテールの処刑の日。
テッツールは、仲間達にアジトで待機してる事を厳命していた。
「これより、背徳者、カッテールの処刑を行う。最後に言い残す事は、あるか?」
司祭の言葉にカッテールは、一言だけ答える。
「この魂が天包布様の身元に届くことを祈ります」
それだけを言うと、目を瞑る。
「愚か者め、司祭である私の命令に逆らい、お布施を払えぬ背信者共を助けたお前の背徳行為は、天包布様もお怒りだ!」
そして処刑人達の槍がカッテールに向けられた。
その時、テッツールが現れて大声で宣言する。
「止めろ! お前の行為は、神の名を騙った犯罪だ! そんな事は、神が見逃しても俺は、見逃さないぞ!」
「テッツールさん、来たら駄目です! これは、貴方をおびき寄せる為の罠です!」
カッテールが叫ぶと同時に、民衆に隠れていた神官兵士達がテッツールを囲む。
テッツールが死を覚悟した時、神官兵士の一部が倒れる。
「リーダー、助けに来ました」
それを聞いてテッツールが怒鳴る。
「アジトで待機していろと言っただろう!」
それに対して男達が言う。
「俺達には、テッツールさんが必要なんですよ」
「お前達……」
テッツールが仲間の気持ちに言葉がとまる。
「所詮は、天包布様に逆らう愚者だな。ここで一掃してやる」
司祭の指示の元、神官兵士達がテッツール達に迫る。
「テッツールさん、質問。ここに来た事を後悔している?」
ヤオの声は、司祭の横からした。
「貴様、どこから来た!」
ヤオは、その声を無視して言う。
「後悔して、カッテールさんを見捨てて仲間を助けたいんだったら、あちきが逃げるのを助けてあげるよ」
それを聞いてテッツールが仲間と処刑されようとしていたカッテールを交互に見る。
そして男達が言う。
「自分に正直に生きてください。俺達は、自分の力で生き残ります」
テッツールが力強く答える。
「俺は、後悔していない。俺は、カッテールを助ける!」
「テッツール……」
涙を流すカッテール。
それを聞いて司祭が嘲る。
「現実が見えていない愚か者め、天包布様の名の下に処罰する」
そんな司祭にヤオが告げる。
「あのね、信者が勝手に神様の名を使って行動するのは、背信行為だよ。そんな戦いは、あちきが認められないね」
「お前などに認めてもらう必要は、無い!」
司祭が返答にヤオは、両手を前に向ける。
『八百刃の神名の元に、我が使徒を召喚せん、炎翼鳥』
ヤオの右掌に『八』、左掌に『百』が浮かび、炎の翼を持った鳥、炎翼鳥が現れる。
「神の名を騙る背信者を燃やせ」
ヤオの命令に従い、炎翼鳥の炎は、司祭と神官兵士達を焼き尽くす。
ヤオに開放されたカッテールは、土下座をする。
「八百刃様、お怒りの気持ちは、お察しします。しかし、他の信者には、罪は、ありません。ここは、私の命をもって気をお静め下さい」
ヤオが無言で居るとテッツールがカッテールの前に立ち告げる。
「騙しやがったな! お前にとって、人間の兵士達など、塵にも等しいだろうが!」
苦笑するヤオ。
「あちきは、嘘は、ついてないよ。あちきは、まだ神名者で、神様じゃないからね」
カッテールがテッツールを止める。
「止めてください。八百刃様と言えば、神すら打ち破る最強の存在。人の抗える相手では、ありません」
「そんな事は、解ってる! 今のだってただ、自分の使徒に命じただけだ。本気でその力を発揮したら俺達なんて人間など指一本触れることすら叶わぬ相手だ。それでも、お前を殺させるわけには、いかないんだ!」
テッツールの言葉にヤオが言う。
「それほど、その人が好きなの?」
テッツールがやけくそ気味に言う。
「そうだ、悪いか! 俺は、カッテールが好きだ! 愛している」
「テッツール……」
顔を真赤にするカッテールの頬を突きヤオが言う。
「熱々、お幸せにね。炎翼鳥、次の戦場に行くよ」
『解りました、八百刃様』
傍に来た炎翼鳥に飛び乗るヤオ。
「良いのか?」
あっけにとられたテッツールの言葉にヤオが頷く。
「あちきは、正しき戦いの護り手。戦ったのは、あくまで貴方だよ。そうそう、貴方がカッテールさんを救おうとしなかったらあちきは、この人を見捨てたよ」
そのまま飛び去っていくヤオを見てテッツールが言う。
「全ては、あの人の掌の上だということか」
カッテールが首を横に振り告げる。
「いいえ、私を助けてくれたのは、貴方です」
見詰め合う二人を周りの人々が祝福する。
暫くとんだところでヤオが叫ぶ。
「いけない! 炎翼鳥、戻って!」
その様子に白牙が真剣な顔で確認する。
『どうした、何か遣り残したことがあるのか?』
ヤオが強く頷く。
「特製卵ランチを食べ忘れた」
重い沈黙の後、白牙が言う。
『炎翼鳥、次の目的地の場所まで真っ直ぐ飛んで問題ないぞ』
炎翼鳥もその言葉通りに飛行する。
「お願い、食べたら直に行くから!」
自分の使徒に必死に頭を下げるヤオであったが、その願いが聞き届けられる事は、無かった。




