剣の強さと剣の意味
一人の剣聖の人生の話
ローランス大陸西部に広がる砂漠のオアシスの町、ヘアル。
そこに向かう道を二人の旅人が居た。
一人は、長い剣を装備した立派な剣士、サキサ。
もう一人は、その弟子として旅に同行する十三歳の少年、ジロコ。
「先生、ヘアルに、あの剣聖サシムが居るという話は、本当でしょうか?」
ジロコの質問にサキサが苦笑する。
「大陸でも屈指の剣豪。それ故に偽者も多い。しかし、問題は、その実力のみ。拙者は、強い者ならば、偽者でも構わぬ」
それを聞いてジロコは、頷く。
「流石は、先生」
そんな時に、サキサが目を細める。
「あれは、もしかして?」
駆け出すサキサにジロコは、慌てて追随する。
すると、二人の先には、一人の旅の少女が行倒れになっていた。
その脇には、どうにも疲れたという雰囲気を持つ、白い子猫が座っていた。
「先生、この子は、大丈夫なのでしょうか?」
サキサは、少女の体に触れて言う。
「まだ息がありますが、どうでしょうか?」
その時、少女の口からか細い声が漏れる。
「お腹、空いた」
「空腹で倒れたのでしょう」
サキサは、そう言って、自分のバックから乾パンを取り出し少女の口元に運ぶ。
「今は、これくらいしかありませんが、食べれますか?」
すると少女の口が動き乾パンを捕食する。
暫くするとサキサの方を向いて言う。
「ありがとうございます。出来ましたら、もう少しお分け下さい」
頭を下げる少女にサキサが頷く。
「ここで出会えたのも何かの縁、どうぞ」
そういって差し出された乾パンを食べて、落ち着いた少女が言う。
「あちきの名前は、ヤオ。お金が無かったので、前の町で十分な食料が買えなくって、ここで倒れていました」
呆れた顔をするジロコ。
「お前な、旅をしているなら食料は、常に余分にもっておくものだぞ」
それに対してヤオは、遠い目をして言う。
「旅をしていれば、そういう余裕が無い時もあるんです」
苦笑してサキサが言う。
「それにしても少女の一人旅とは、珍しいですね。目的は、ヘアルですか?」
ヤオは、頷く。
「はい。色々ありまして、そこから西の方に行くつもりです」
それを聞いてサキサが言う。
「西の方というと、あまり穏やかでは、ありませんね」
ヤオが平然と言う。
「まだ、大丈夫。あと一週間くらいだから、間に合うように動くつもりですけど」
意味深な言葉を吐くヤオにサキサが言う。
「とにかく、ヘアルまでは、一緒にいきましょう」
「よろしくお願いします」
ヤオは、こうして、サキサ達と同行することになった。
ヘアルの入り口。
「それでは、ここには、剣聖サシムさんが居るんですか?」
ジロコが肩をすくめる。
「そういう噂があるだけで、まだはっきりした事が解らない」
「ですが、強い剣士は、見つけた」
そういって、サキサは、柄に手をかけて、ゆっくりと歩いている、一人の剣士に近づく。
「我は、剣の鍛錬を積み、より高みを目指す者、サキサ。貴殿の名前は、剣聖サシム殿では、ないか? もしそうなら手合わせをお頼み申したい」
それを聞いてどこか落ち着いた雰囲気を持つ剣士は、隣にいた老人を見る。
「やってあげなさい」
老人の一言に剣士は、剣を構えて告げる。
「私は、サシムとして挑み来る剣士達を打ち破っている。お主もその一人にしてやろう」
その一言にサキサも剣を構える。
「先生、頑張ってください」
握りこぶしを作って応援するジロコの傍に老人がやってくる。
「どうみますか?」
「同じくらいの実力だと思うけど」
ヤオの言葉に老人も頷く。
「まあ、後は、実際にやってみてのお楽しみって所ですね」
二人の戦いは、一進一退の攻防戦を繰り広げられていた。
スピードとパワーで勝るサキサであったが、相手の剣士の卓越した剣の技量の前に攻めあぐねていた。
「やはり、やるな!」
「貴方もです」
二人が集中して決着をつけようとした時、ヤオが手を叩く。
「はい。そこまで、どっちもその程度の腕前。さて、そろそろ貴方の実力を見せてくれる剣聖サシムさん」
そう言われて、老人が手に持っていた杖を構えて言う。
「解りました。二人同時に来なさい」
いきなりの展開に驚くサキサだったが、剣士の方が答える。
「私の名前は、オリイ、剣聖サシム様の弟子だ。師の露払いをしていた。師の実力が知りたければ、本気でやることだ。最初にいっておくが二人掛りでも剣を触れることすら難しいぞ」
オリイは、そのまま、先程より鋭い打ち込みを放つが、サシムは、それを杖であっさりいなす。
「サキサ殿は、来ないのか?」
サキサは、少し戸惑ったが、覚悟を決めて素早く間合いに入り込み、切り込む。
「まだまだ青いの」
サシムは、踏み込み剣の根元の所で受け止めその力を奪った。
そこに容赦なくオリイが切り込むがサシムは、サキサの剣を杖でコントロールしてオリイの剣とぶつけてしまう。
「もう終わりかの?」
サシムの言葉にサキサは、一切の躊躇が無い上段を放ち、オリイは、避ける動作を防ぐ様に突きを放っていた。
サシムは、紙一重でサキサとオリイの剣が己の残像を切る中、オリイに突きを食らわせ、反動を使ってそのままサキサの顎をかちあげる。
ダブルノックアウトである。
「先生と先生と互角に渡り合っていた剣士を同時に相手して圧勝なんて」
ジロコが感嘆をあげる。
そしてサキサは、頭を下げて言う。
「ありがとうございました。自分がまだまだ未熟な事が解りました」
サシムが頷く。
「剣の道は、長き道。しかし、負けたからには、リスクを負ってもらおう。私達は、まだ食事をしていない。今日の昼飯代は、お主に持ってもらおう」
それを聞いてサキサが驚く。
「その程度の事でよろしいのでしょうか?」
サシムが歩き出しながら言う。
「私もまた剣の修行中の身。お互い様なのだ。そうそう、そっちの人の分も良いかな?」
指差されたヤオを見てサキサが頷く。
「はい。元々、我々の連れです」
「そうと決まれば、定食屋に行くぞ。そこの卵料理は、上手いことで評判ですぞ」
サシムの言葉にヤオが喜ぶ。
「わーい! 卵料理だ!」
そして、定食屋で、ヤオが思う存分食べるのを見てジロコが言う。
「少しは、遠慮したらどうだ?」
ヤオが困った顔をするとサキサが言う。
「別に構わない。剣の勝負の負けの支払いだ。大きい方が自戒になる」
そんな中、先に食事を終えていたサシムが言う。
「まあ、食事をご馳走になった礼といっては、何だが、私と私の師匠の話を聞いてみないか?」
オリイが驚く。
「その話は、私にもしてくださった事がありません」
サキサが少し興奮ぎみに言う。
「貴方の様な凄い剣士の師匠、さぞ名がある人なのでしょう?」
サシムがジロコを見ながら話し出す。
「あれは、私は、そこの少年と同じ頃の話だ。当時の私は、町一番の荒くれ者での。木刀片手に町を我が物顔で歩き回っていた。そんな時、一人の少女が現れた。それが私の師匠だ」
驚くジロコ。
「女性の剣士なんですか?」
それに対してサシムが難しそうな顔をする。
「剣士かどうかは、解らないな。ただ、物凄い剣の使い手であった事だけは、確かだ。店で暴れていた私を注意して来た師匠に私は、喧嘩を売った。勝負は、直についた。私の完敗だ。その後、必死に頭を下げてその人の弟子になったのだ」
オリイが驚く。
「今の師からは、考えられません」
笑するサシム。
「誰にでも若い時期があると言う事だ。師匠の剣は、驚くべきことに、古き神が使っていた剣術だったらしい。私は、その基礎を習った。そして、数ヶ月もした頃、師匠は、用事があると言って修行の仕方を教えて去っていった。私は、教わった通りに修行し、近隣では、敵う者の居ない剣士となり、大きな剣術道場の師範となっていた」
ジロコが言う。
「そうやって剣聖に成ったのですか?」
サシムは、首を横に振る。
「当時の私は、悩んでいた。そのまま、師範としてその道場の娘と結婚して道場を継ぐか、それとも更なる高みを目指して、旅立つかを。そんなある日、道場の門下生と食堂に行った時、そこに師匠が居た。私は、問答無用で真剣できりかかった。師匠は、手元にあったナイフで私を打ち倒した。そして言ってくださった。強さには、果ては、無い。それを追い求めるのは、辛い道だと」
サキサがしみじみと言う。
「真の強者にしか口に出来ない言葉だ」
サシムが頷く。
「それが、私の決心を固めた。私は、道場の先生に頭をさげ、旅に出た。その後、様々な戦いに参加し、剣の腕を磨き続けた。しかし、そんな戦場を渡り歩く中、ふと思うのだ、自分の剣に意味があるのか、ただ、相手を切り捨てることしかできないのでは? そう考え、悩み剣を捨てようかと思った戦場の跡地で師匠にあった」
唾を飲み込む一同の中、ヤオだけは、食事を続ける。
そんなヤオを見ながらサシムが言う。
「師匠は、大きな決断を迫られた事があったらしい。戦いの道を進むか、自らの死を取るか? 師匠は、自分が戦いに向いていない、自分は、死を選ぶだろうと思っていた。私も師匠は、戦い向きの性格とは、思えなかった。そんな師匠は、友を助ける為に死でなく戦いの道を選ぶ事になった。私は、後悔してないのかと聞いた。師匠は、なんと答えたと思う?」
オリイが考えた後答える。
「後悔は、してないと答えたのですか?」
サキサが続く。
「後悔する事では、ないと答えのでは?」
サシムは、首を横に振る。
「後悔していると答えた」
驚くジロコ。
「本当なんですか?」
サシムが頷く。
「本当だ。しかし、同時に言った。後悔することがあったとしても、一度選んだ道を躊躇しては、いけないと。選んだ道を変えるのも良いが、躊躇してしまったら、それまでの道で犠牲にしたものの意味がなくなると。私は、その一言で剣を続ける事を決めた。私は、思う。剣に意味があるとしたら、それは、常に自分に対する物でしかないとな」
サキサが頭を下げる。
「剣士としての指針となるお話、ありがとうございます」
オリイも言う。
「しかし、それだけのお人なら、一度会ってみたいものですが、もしかしてもうお亡くなりになっているのでしょうか?」
ジロコも興味がある様子で見るとサシムは、ヤオの方を向いて言う。
「そういえば、前から気になって居たのですが、ヤオ師匠は、何歳なのですか?」
ヤオは、少し不機嫌そうに言う。
「女性に年を聞くのは、マナー違反だよ」
話についてこれない一同の中で最初に復活したのは、オリイだった。
「師の話では、師が最初にあった時は、師が少年の頃だとおっしゃっていませんでしたか?」
サシムが頷く。
「そうだ。その頃から、何度かあっているが、いつ見ても同じ顔をしているな」
愕然とするなか、ヤオが立ち上がり言う。
「一手、やってみる?」
サシムが杖を構えるとヤオが無造作に近づく。
サシムの鋭い突きが放たれるが、ヤオは、手に持ったナイフで巻き込み、尖った部分でサシムの額を突く。
「勝負あり、まだまだだね」
「その様で」
肩をすくめるサシム。
「それじゃあ、あちきは、次の町に行くための食料を買って、この町を後にするから」
去っていくヤオ。
そんな二人を見てオリイが汗を拭う。
「まさか、師以上の使い手が居るとは、思わなかった」
サキサも驚いた顔で言う。
「上には、上が居ると言うことだな」
ジロコがゆっくりあるくヤオを指差して言う。
「結局何者なのですか?」
サシムが頬を掻きながら言う。
「一緒に旅をしている時から不思議に思っていたが、あの告白を聞いた後に気付いた。ヤオ師匠は、戦いのある場所に現れているのだと」
それを聞いてオリイの顔が引きつる。
「その上、年を取っていないということは?」
解ったのか、動揺し始めるサキサを見てジロコが言う。
「どういうことですか?」
サキサが緊張した面持ちで言う。
「あのお方は、正しい戦いの守り手、神名者八百刃様だということだ」
ジロコが叫ぶ。
「嘘ですよね! あの少女が、神にも匹敵する偉大なる八百刃様だなんて」
サシムが苦笑をしながら言う。
「それ以外に、ヤオ師匠の力と姿を説明できる存在は、居ない」
オリイが呟く。
「我々が正しき道に進めるように導くためにここに現れて下さったのだな」
サキサがジロコに告げる。
「この出会いを忘れるでは、無いぞ」
「はい、先生!」
強く頷くジロコであった。
翌日、ジロコが旅の為の買出しをしていた。
「この乾パンを下さい!」
「はーい、どのくらい必要ですか?」
返事をする店員姿のヤオにジロコが半目になる。
「こんな所で何をしているのですか?」
ヤオは、小さく溜め息をついて言う。
「騒乱が起こる所までいくまでの食料を買うお金が無くて、バイトしている最中」
昨日感動が薄れていくのを感じるジロコであった。




