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たい育  作者: 鈴神楽
35/67

重い盾と軽い盾

ある王女と兵士の話

 ローランス大陸、ジッセン王国



 この国の王族は、強力な魔力を持ち、その力を使い、戦争に勝ち続け、領土を広げていた。

 今も、多くの強力な騎士団を持つ、国との戦いを行って居た。

 敵国も、王族の魔法対策として、開戦と同時に騎士団が突撃をしかけてきた。

「この戦場にいるのは、第二王女マブル=ジッセンのみだ! その首を取れば、我等の勝ちは、決まったも同然!」

 団長が騎士達を鼓舞し、一気に王女に迫る。

 その中、王女マブルは、一撃で勝負をきめる強力魔法の詠唱を続ける。

 隠れもせず、マブルが詠唱を続けていられるのには、訳があった。

 それこそ、この王国が戦争の為に取った驚異的なシステム、王族の盾と呼ばれる集団だ。

 彼等は、自分達の命を無視し、騎士団の攻撃を防ぎ続ける。

 通常なら、恐れる攻撃も彼等は、一切怯まない。

 そして、マブルの詠唱が終り、敵国に壊滅的な被害を与え、勝負を決めた。



 戦後処理の中、王族の盾の一人、ルーシドが、半数しか生き残らなかった仲間に囲まれていた。

「貴様、何故、逃げた!」

 するとルーシドが苦笑する。

「あのまま、あそこに居たら死んでたからな」

 その言葉に、仲間達がいきりたつ。

「貴様、それでも王族の盾の一員か!」

 肩を竦めるルーシド。

「どうしてだろうな?」

 ボコボコに殴られるルーシドであった。



 仲間に殴られた所を川で冷やすルーシド。

「お前は、変わっているな」

 そう声を掛けてきたのは、王女、マブルだった。

「こんな所に独りでこられる王女様程では、ありませんよ」

 ルーシドの切り替えしに苦笑するマブル。

「そうかもしれない。私は、自分の為に多くの王族の盾が死んでいくのが辛いのだからな」

 それに対してルーシドが言う。

「別に普通だろ。他の王族の人間だって、必要な犠牲だと割り切ってるから口に出さないだけだぜ」

 マブル、弱々しい笑顔で言う。

「そう思うか?」

 強く頷くルーシド。

 その時、数人のメイドがやって来る。

「王女様、御独りで動き回られては、困ります」

「すまなかった。戻る」

 マブルは、ルーシドに背を向けながらも言う。

「お前だけは、最後まで傍に居てくれるな?」

 ルーシドは、ただ笑顔で微笑むだけだった。

 マブル達が去った後、メイド達の一人、ポニーテールにした少女が言う。

「青春だね。自分の事を理解してくれる男に引かれる少女って感じが良いよね」

 ルーシドが呆れた顔をして言う。

「お前だってそう変わらないだろうが」

 それに対してポニーテールメイドが答える。

「あちきは、こう見えても貴方より年上だよ。それより、さっきどうして頷かなかったの?」

 ルーシドが気の抜けた顔で答える。

「人間なんて何時死ぬか解らないだろう?」

 そのまま戻っていくルーシド。

 ポニーテールメイドの所に白い子猫の姿をした白牙がやってくる。

『このまま、放置するのか? この国のやり方は、お前の護るべき戦いじゃ無いのだろう?』

 ポニーテールメイド、ヤオが頬をかきながら言う。

「そう。盲目的な献身は、不幸しか呼ばない。本当の命の懸け方を知らないで戦う事ほど、危ないことは、無いからね。でも、もう少しだけ待った方がいいかも」

『侵略を続ける愚かな国が自力で変わると言うのか?』

 白牙の言葉にヤオは、あっさり首を横に振る。

「変わらないね。でも、個人が国を変える事もある。それを信じたいからもう少し待つよ」

 そこに先輩メイドがやってくる。

「何時までサボってるの! 仕事は、幾らでもあるんだからね!」

「すいません! 直ぐに戻ります!」

 駆けて戻るヤオであった。



 それからもマブルは、戦場に出た。

 その度に王族の盾が何人も死んでいった。

 しかし、ルーシドだけは、危険から遠ざかり、きっちり生き残っていた。

 その日も仲間から殴られて、その顔を腫らし、川で冷やしていた。

「本当にどうして王族の盾を続けているのだ? 王族の盾は、本人が望まない限り、意味が無いから何時でも辞められる筈?」

 マブルが冷やすのを手伝いながら聞くとルーシドが笑顔で答える。

「女の為だよ。俺の惚れた女は、金が掛かるんだ」

 その言葉に驚くマブル。

「恋人が居たのか?」

 ルーシドが苦笑しながら答える。

「片思いだよ」

 するとマブルが無言でその場を離れていく。

「これで淡い初恋は、終わりだね?」

 ヤオの言葉にルーシドが言う。

「また、お前か? 王女様を追いかけないで大丈夫なのか?」

 ヤオは、頷く。

「今、先輩に保護されたよ。それより、貴方に届け物」

 ヤオは、魔法で強化されたベストを投げ渡す。

「それって高かったでしょ?」

 ルーシドが頷く。

「まあな、だけどな、王族の盾に支給されている様な防御力だけの防具じゃいざって時に素早く動けないからな」

 ヤオは、真剣な顔をして言う。

「最後の判断は、貴方がすべきね。貴方がしなくてもあちきがどうにかする。それで全ては、変わる。それじゃ駄目?」

 ルーシドも真剣な顔で答える。

「俺は、我侭なんだよ。だから後は、頼むわ」

 魅力的な笑顔で、去っていくルーシドを見送るヤオの足元で白牙が言う。

『頼まれるのか?』

 ヤオは、少しだけ悲しそうに言う。

「それがあちきの仕事だからね」



 そして運命の日が来た。

 その戦場は、何時も以上に荒れ、王族も多く参戦した。

 しかし、その戦いの中、何人もの王族がその命を落とした。

「どうなっているのだ!」

 国王の言葉に、王族の盾の長が答える。

「敵国の者達は、協力し、超距離からの精密魔法で王族を狙い撃ちしている様なのです。ここは、一度引いては、如何でしょうか?」

 その意見を国王は、強く否定する。

「それは、出来ない。この作戦が有効だと知られた場合、我が国の優位が失われる。それだけは、避けねばならないのだ!」

 そんな会話を聞いていた白牙が言う。

『どういうことだ? 王族にも多くの被害が出ているんだ、一度引くのも手だと思うぞ?』

 食事の準備をしながらヤオが答える。

「この国のやり方に無理が出始めた。それを認めれば、王族の絶対権力が失われて、周囲の国の勢力図が一気に書き換わる。簡単に言えば、無駄な足掻きをしているの」

『騒乱になるぞ?』

 白牙の言葉にヤオは、複雑な顔をして答える。

「このままじゃね。でも、変わるよ。その代償は、小さいとは、思えないけどね」



 マブルも必死に詠唱を続けた。

 多くの王族の盾が死に、それでもその防御は、維持されて居た。

 そんな中、マブルにも他の王族の命を奪った魔法の魔の手が伸びる。

 防御力が高くても動きが鈍い王族の盾達では、防ぐ事は、出来なかった。

 マブルが死を覚悟した瞬間、その視界が塞がれる。

「高いだけは、ある。ちゃんと働いてくれたな」

 笑顔を見せるルーシドにマブルが驚いているとルーシドが倒れる。

 その背中からは、大量の血が流れ落ちていた。

「ルーシド!」

 叫ぶマブルを王族の盾達が庇い後退させられる。



 安全圏に戻されたマブルが涙を流す。

「死にたくないってあんなに言っていたのに、どうして?」

 傍に居たヤオが答える。

「彼は、犬死を嫌っていたんですよ。今まで見たいに、誰かが助けられる状況でなく、自分が動かないと王女様を助けられない状況で動いて助けられる様にね。彼は、最初から解っていたの、王族の盾なんてやり方では、王女様を護りきれないと。だから、どうにかする方法を探し続け、そして実行した。それが、軽装で防御力の高い装備をして、傍に居ること」

 戸惑うマブル。

「彼は、片思いの女性が居るって……」

「敵の魔法を防いだ特殊装備は、それは、高かったみたいですよ。他にも王女様を護るに助けになる物を買う為に給金の全部を使っていました。本当にお金が掛かったでしょうね」

 ヤオの答えにマブルは、顔を抑えて泣き続けた。

「そんな、私も彼の事が……」

 ヤオは、そんなマブルに問う。

「これからどうするのですか?」

「私にどうしろと言うの!」

 泣きながら怒鳴るマブル。

「それは、王女様が決める事。ただ、一つだけ言えるのは、貴女の命は、ルーシドさんが自分の命と引き換えにくれた物だって事だけ」

 ヤオの一言にマブルは、涙を拭い、行動を開始する。



 国王の前に立ち、マブルが宣言する。

「侵攻を止め、和平交渉を行う、これだけが我が国の進む道です」

「何を馬鹿な事を言うのだ! 領土の拡張が無ければ我が国は、成り立たない!」

 国王の反論をマブルは、正面から受け止める。

「それが間違いなのです。王族の盾に然り、我が国は、全てを使い捨てにしてきました。その結果、何も残らず、他人から奪い取るしか道がなくなったのです。今一度、自分の足元を見て下さい。きっと、我が国は、もっと素晴らしい道がある筈です!」

「話にならない! マブルを連れ出せ!」

 国王の命令に兵士が動き、マブルの腕を掴む。

「王女様、失礼致します」

「貴方達も考えなさい。このままでは、我が国が保てないことは、この戦いで解った筈! 今が最後の機会なのです!」

 マブルの声に、何人もの重臣が心を動かされる。

 しかし、国王は、それを阻む。

「何をしている、直ぐにこの場を去れ!」

 兵士達が、慌てて動きだそうとした時、ヤオがその兵士達を手刀で気絶させる。

「ルーシドさんから後は、頼まれたの。さあ、続けなよ」

 マブルが頷き言う。

「国王、古きやり方は、もう通じません。覚悟を決めてください!」

「煩い! この魔力があれば全てを従わせられるのだ!」

 国王は、王族最強の魔力を籠めた魔法を実の娘に放つ。

 マブルは、怯まない。

『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与えん、白牙』

 ヤオの右掌に『八』の文字が浮かび上がり、白牙が刀になり、その一振りで、国王の魔法を消滅させるヤオ。

「思い上がるのもいい加減にしなよ。貴方の力など、神名者のあちき、八百刃の前では、無力だよ」

 ゆっくりと近づくヤオに国王は、幾度も魔法を放つが、その全てがあっさり無効かされていく。

 そのまま失禁し、気絶する。

 この瞬間、実質王位は、マブルの物となった。



 マブルの行動は、早かった。

 隣国に使者を出し、和平を申し込む。

 その際、自分達から妥協案を先に出すが、決してそれ以上引かない。

 妥協をしても断固な態度に、ジッセン王国に脅威を感じて居た国々は、納得するしかなかった。

 そしてヤオが国を去る時に独り見送りに来て居たマブルに告げた。

「自分の命を懸ける場所を自分で選べない戦いなんて間違っていたよ。もしもルーシドが居なかったら、もっと早く、あちきがこの国を滅ぼしていた」

「あの人が、この国を救ってくれたのですね……」

 マブルは、涙が零れるのを止められなかった。

 ヤオは、笑顔で言う。

「その思いを裏切らないでね。間違った戦いを続けていれば、あちきは、それを正しに行くよ」

 マブルが強く頷くのであった。



 マブルとも別れた後、ヤオが溜息を吐いて、財布を見る。

「お金が殆ど無いよ」

 足元に居た白牙が言う。

『メイドで働いていた時の給金は、どうした?』

 遠くを見てヤオが言う。

「魔法のベストの代金が足りなかったんだよ」

 苦笑する白牙。

『なら、諦めろ。本業の為だ』

「アルバイト代を減らす本業ってなんだろう?」

 誰とも無く呟くヤオであった。

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