二十七回の出会いと息子
ヤオがやたら長生きしてるって話です
ローランス大陸にある十年前まで戦いを繰り広げ、大国になったが、今は、穏健派の国、バットル。
その若き将軍、ベルッセが小さな酒場で酒を飲んでいた。
「親父、親父は、何を思ってコレをくれたんだ?」
ベルッセは、手首に巻かれた髪の毛のリングを見る。
そこにポニーテールのウェイトレスがやってくる。
「お客様、本日は、スモークビーフの照り焼きがお勧めですが、いかがですか?」
ベルッセは、苦笑しながら言う。
「摘み用に頼む。それと酒のお代わりもな」
「はーい」
そして、ウェイトレスの少女は、忙しく働き、夜も遅くなり、客も殆ど居なくなった時、ウェイトレスの少女がベルッセのテーブルに来て言う。
「何をお悩みですか?」
ベルッセは、髪の毛のリングを見せて言う。
「このリングな、親父が、初恋の人から貰った奴だ。それを死ぬ直前に母さんが居る前で俺にくれたんだよ。どんな意味があったんだろうなと思ってな」
それに対してウェイトレスの少女が言う。
「それには、誓いの意味があります。常に自分が正しい思う戦いをすると言う八百刃の意思を示す物です」
予想外に帰ってきた答えにベルッセが戸惑う。
「何で知ってるんだ?」
ウェイトレスの少女が笑顔で答える。
「あちきも何度か作って、兵隊さん達に渡しましたから」
ベルッセは、改めてウェイトレスの少女の髪を見て、リングのそれとそっくりな事に気付いた。
「お前の故郷の風習か?」
ウェイトレスの少女が首を横に振る。
「正しい戦いの護り手、神名者、八百刃が作った、もっとも簡単で最も重要な約束の証ですよ。それを着けて正しい戦いをする限り、負けませんから」
ベルッセが呆れた顔をする。
「こんな御守りで戦いに勝てたら苦労しないさ。いまだって、周辺の国々との小競り合いが続いている。俺の力不足で多くの部下を失ったよ」
ウェイトレスの少女が奥を向き大声で言う。
「マスター。今まで仕事ありがとうございます。これでお仕事を辞めて、旅に出ます」
それを聞いてウェイトレスの一人が言う。
「本当に行ってしまうの?」
それに対してウェイトレスの少女が頷く。
「あちきに旅の目的がありますから」
エプロンを片付けて、荷物を持ってベルッセのテーブルにつく。
「少し、昔話しましょうか? 二十七回も同じ少女に告白をした男性の話を」
ベルッセが笑う。
「随分と奇特な人間も居るな」
頷く少女。
「その男性は、ある国で軍人をしていました」
その男は、武力に優れていた。
統率力もあった。
しかし、出世は、無理だと思われていた。
何故ならば自分の正義を常に大切にし続けたからだ。
軍人は、綺麗ごとだけでは、すまない。
その日も、上官と衝突して、減俸になって自棄酒を飲みに、ある酒場に入った。
そこには、新しいウェイトレスの少女が居た。
男の副官が言う。
「随分と可愛いウェイトレスが居るな」
マスターが苦笑して言う。
「食費も無いからって、宿と食事つきで雇っている。まードジだが、真面目なんだから手を出すなよ」
副官も苦笑して言う。
「幾らなんでも、あれは、幼すぎる」
他の部下も同意する様に笑う中、男が少女の前に出て言う。
「俺とセックスしないか?」
場の空気が凍りつく中、ウェイトレスの少女が真面目な顔をして答える。
「ある条件を飲んだら、良いですよ」
男は、胸を叩いて言う。
「どんな約束でも守ってみせる」
それに対してウェイトレスの少女は、自分の髪を数本抜くと、リングにして男に嵌めさせる。
「それには、正しき戦いをする限り、負けない約束の証。それを着けて、あちきに今回を含めて二十七回告白してください。当然、その間、正しい戦いを続けるのが条件です」
男は、笑みを浮かべる。
「そんなのは、楽勝だ。皆、今日は、機嫌が良いから奢るぞ!」
副官達が引きつった笑みを浮かべる中、男は、上機嫌で酒を飲んだ。
しかし、男の目論見は、脆くも崩れた。
翌日から、戦争が始まり、最前線に行くことになった。
男は、その武力を活かし数々の武勲を挙げる事になる。
「あの子、居るよな!」
都に帰ると同時に酒場に乗り込んだ男だったが、マスターが首を横に振る。
「昨日のうちに旅に出たよ。残念だったな」
激しく落胆する男に副官が言う。
「残念だったな。まあ、女は、あれだけじゃない。次は、もっとグラマーな奴を探せよ」
他の部下も同意するが男は、納得しない。
「マスター、酒を持って来い!」
男は、そのまま、限界まで酒を飲むのであった。
それから数ヶ月後、男は、順調に出世をしていたが、文官といざこざを起こし、地方都市に飛ばされた。
「お前も、もう少し折れる事を知ったらどうだ?」
副官の言葉に男は、腕に着けた約束のリングを見せて言う。
「この約束があるんだ。曲がった事が出来るかよ」
副官は、呆れた顔をして言う。
「まだ、拘っていたのか? もう二度と会うことなんて無いだろうにな」
そこに一人のウェイトレスの少女が注文をとりに来た。
「お客様、ご注文は、どうしますか?」
男は、顔も向けずに言う。
「強い酒と肉を頼む」
メモを取りながら副官の方を向く、ウェイトレスの少女。
「お客様は、どうしますか?」
「俺は、酒とスモークサーモンの……」
副官は、注文の途中で固まる。
「どうした?」
男が固まる副官の視線の先を見て驚く。
「あの時の!」
ウェイトレスの少女が笑顔で言う。
「お久しぶりです」
男は、一気に笑顔になって言う。
「地方も良いもんだな。俺とセックスしてくれ」
ウェイトレスの少女が笑顔のままで答える。
「これで二回目ですね」
男が不敵な笑みを浮かべて言う。
「何、残り二十五回も直ぐさ」
高笑いを上げる男だったが、またもや男の目論見は、敗れる。
隣国からの襲撃、男は、少ない戦力を効果的に使い、突然の雷雨を利用した夜襲で敵将を討ち取る大金星をあげた。
戦いも終結し、男が酒場に駆け込んだが、そこには少女の姿が無かった。
それから二年の年月が流れた。
隣国に出兵した男は、一軍を持つ将軍となっていた。
そして、身分に不釣合いな場末の酒場で男は、あの契約の証を見る。
「あいつは、今は、何処にいるのだろうな?」
副官が沈痛な表情を浮かべて言う。
「お前なー、後宮の娘の子と言え、王女を妻に娶って、何を馬鹿な事を言っているんだ?」
そっぽを向いて男が答える。
「妻の事は、愛してる。しかし、あいつは、特別なんだ。一目見た時から、俺にとって一番抱きたい女なんだ」
「どこが良いんだ、あんな子供が?」
副官の言葉に意外な所から返事が来る。
「断っておきますけど、あちきは、貴方達より年上ですよ」
副官が振り返ると、あのウェイトレスの少女が二年前と変わらない姿で居た。
「……嘘だろ」
男は、嬉しそうに言う。
「ようやく見つけたぞ。俺とセックスしてくれ」
ウェイトレスの少女が注文書を取り出しながら言う。
「これで三回目。先に注文をお願い」
男は、上機嫌で言う。
「今日は、俺の驕りだ! これから二十五日連続だ!」
副官が呆れきった顔をする。
しかし、これが、男の運命を大きく分けた。
徹夜で、酒場で飲んで居た時、暗殺部隊が男の軍の駐屯地を襲っていた。
生き残ったのは、男だけになった。
報復戦となったその戦いで男は、いくつも敵国の将軍を討ち取る事になる。
そして、全てが終り、国に帰る前に一度だけでもと拠った酒場には、やはり少女は、居なかった。
何年もの月日が過ぎ、男は、不思議な巡り会わせで少女と再会をし、戦いに巻き込まれ続けた。
そして男は、周辺の国では、知らぬ者の居ない将軍となっていた。
都の酒場で男が珍しく、静かに飲んでいた。
副官も、男の気持ちが解って居たから、無言で付き合った。
そこにウェイトレスの少女が現れる。
副官は、驚く中、男が言う。
「これで二十七回目だ。俺とセックスしてくれ」
ウェイトレスの少女は、苦笑しながら言う。
「約束だからね」
そして、二人は、その夜を一つのベッドで過ごした。
朝日が昇るのを裸で見ながら男が言う。
「これは、同情ですか?」
ウェイトレスの少女が苦笑する。
「貴方の熱意と信念の勝利って奴よ」
男が覚悟を決めた顔で言う。
「これで、踏ん切りがつきました。本当に長い間ありがとうございました」
頭を下げる男。
ウェイトレスの少女は、何も答えない。
そして男は、一度家に帰ってから城に向かう。
己の信念を捻じ曲げても護りたいものの為に。
長い話を聞いていたベルッセが言う。
「その男は、最後に何を決意したのですか?」
ウェイトレスの少女が言う。
「国王に逆らったのよ。男が掲げていた祖国の為に。当時のその国は、連勝が続き、領土が膨らみすぎで自己崩壊寸前だった。でも、誰にもそれを止められなかった。例外が男だけだった。男は、その命を賭けて、国王とその取り巻きにこれ以上侵略をやめる様に訴えたの。しかし、誰も聞こうとしなかった。その武名が国王達を惑わせて居る事を知っていた男は、自らその命を絶ったわ。男を失った国は、侵略戦争を辞めるしか無かった」
ベルッセが自分のリングを見て言う。
「まさか、その男とは……」
その時、ベルッセの父の代からの副官が酒場に入ってきた。
「ベルッセ様、またこんな所に」
それに対してウェイトレスの少女が言う。
「あいつ、バルッセだって将軍になってからも、こんな所で飲んでたでしょうが。あんたも付き合って」
その言葉に副官が戸惑う。
「まさか、お前、ヤオか?」
ウェイトレスの少女、ヤオが頷く。
「お久しぶりね」
ベルッセが覚悟を決めて言う。
「さっきの話は、親父とあんたの話だって言うのかよ? 冗談じゃ無い、親父が死んだのは、十年以上前だぞ! あんたは、どう見ても十歳前後だぜ」
ふてくされた顔をしてヤオが言う。
「失礼ね。肉体年齢は、十四だよ。まー実際年齢は、そこの副官さんより最低でも二十年は、上だけどね」
副官が言う。
「あんたは、何者なんだ?」
ヤオは、答えず酒場を出る。
その翌日、ベルッセは、ヤオの事を疑問に思う暇も無く、戦場に立っていた。
穏健派のバットルにも遂に本格的な戦いの火蓋がきって落とされ様としていた。
その中、ベルッセは、父親と共に戦場を駆け抜けた副官のサポートもあり、善戦していたが、予想外の事態がバットル軍を襲う。
「先鋒を任せていた将軍が裏切ったと言うのか?」
副官の言葉に、傷だらけの体で伝号をした男が頷く。
「その為、前線は、完全に崩壊し、残すは、この本陣のみに状態です」
ベルッセが拳を机にたたきつけながら言う。
「開戦を勧めていたのは、この為か!」
将兵に敗戦ムードが流れる中、ベルッセが腕のリングを見て決意する。
「俺が前線に出る」
副官は、慌てて止める。
「将軍が前線に出てどうすると言うのですか? 貴方が敗れれば総崩れになります」
それに対してベルッセが言う。
「残念だが、もう総崩れだ。今、俺に出来るのは、親父が自分の命を懸けて護った国を護る事。今だったら、国王を逃がす時間を稼ぐ事が可能だ。そうすれば、例え俺達が死んでも、国は、滅びない」
副官は、反論できないで居るとベルッセが続ける。
「あいつも、自分の故郷で虐殺をさせないだろう。国民は、護られる筈だ。問題は、あるか?」
副官は、首を横に振って答える。
「最後までお供させてもらいます。あいつ、バルッセを一人で逝かせた私の最後の意地です」
多くの兵士が自らの意思で、同行する。
敵兵の前に立ちベルッセが告げる。
「我は、バットルの英雄、バルッセの子、ベルッセ。この父に負けぬ戦働きを見せようぞ!」
突進を開始する。
両軍が激突し、多くの兵士が失われていく。
結果は、明白であった。
いくらベルッセが兵士達の士気を高めようと、裏切りで先陣が崩壊したバットル軍に、勝ち目は、無い筈であった。
それでもベルッセは、少しでも時間を稼ぐ為に、剣を振るい続け、兵士達に指示を出し続けた。
その中、敵に寝返った将軍がベルッセの前に現れた。
「何度も煮え湯を飲まされたバルッセの子供をこの手で殺せるとは、寝返って正解だったな」
ベルッセは、真直ぐな目で答える。
「下らぬ男だ。この場において、個人の復讐を優先させるお前に未来などない!」
顔を真赤にして激怒する寝返った将軍。
「未来が無いのは、お前だ! 私には、約束された未来が待っているんだ!」
「そんな訳ないでしょうが。寝返った無能な将軍の末路は、悲惨だよ」
その声の主にベルッセが驚く。
「何者だ!」
寝返った将軍の言葉にその声の主、ヤオが答える。
「あちき? 答える前にベルッセ、貴方に聞くよ。貴方は、正しい戦いを続けられる? バルッセと同じ様に?」
「死ぬ瞬間まで正しい戦いを続ける、親父から受け継いだこれがその証だ!」
ベルッセが髪の毛の腕輪を掲げる。
ヤオが満足そうに頷き、両手を広げる。
『八百刃の神名の元に、我が使徒を召喚せん、闘威狼』
ヤオの右手に『八』、左手に『百』が浮かび、戦う意思を力とする狼、闘威狼が現れる。
「闘威狼、とっとと終らせて」
『了解しました』
闘威狼が戦場の闘志を吸収し、一気に巨大化すると、侵略軍を圧倒的な力で蹂躙した。
それを見ながらヤオが寝返った将軍の隣を通り、ベルッセに近づく。
寝返った将軍が失禁して頭を下げる。
「どうか命だけは、お許し下さい! 貴女様があの八百刃様だなんて知らなかったのです! どうか慈悲を!」
涙を流して懇願する様にヤオは、ベルッセを見る。
「あちきは、正しい戦いを手伝うだけ。貴方の意思に任せるわ」
ベルッセは、寝返った将軍に無言で近づく。
寝返った将軍は、引きつった笑顔で言い訳する。
「これは、全部戦略だったんだ。ここぞという所で、再び裏切り、敵に深厚なダメージを負わせるという……」
ベルッセは、喉元に刃を突きつけて言う。
「黙れ。お前の為に死んだ部下達にそんな下らない言い訳が通じるわけが無いだろうが!」
ベルッセが剣を振り上げると寝返った将軍は、頭を抱えて蹲る。
しかし振り下ろされたベルッセの剣は、地面に突き刺さっただけだった。
「やらないのですか? 剣を汚すのが嫌なら私が代わりにやりますよ?」
副官の言葉にベルッセが答える。
「誰が殺してやるものか。こいつには、一生この罪を償いさせる」
手を叩くヤオ。
「そう言う所は、お父さん似だね」
慌てて頭を下げるベルッセと副官。
「八百刃様とは、知らず数々の非礼、何と申し開きすればいいのかも解りません」
ベルッセの言葉にヤオが首を横に振る。
「気にしなくて良いよ。あちきの事は、良いから戦闘に集中して」
ベルッセは、次々と指示を出し、副官がそれをサポートする。
その中、副官が呟く。
「バルッセは、八百刃様の正体を知っていたのですか?」
それに対してヤオの足元に居た白牙が答える。
『あいつは、感が良かったからな。年をとられない八百刃様と重要な戦いの直前にあう事で気付いていた筈だ』
ベルッセがヤオの顔を見ながら言う。
「何時も父の戦いを護ってくださっていたのですね?」
ヤオは神の笑顔で答える。
「あちきは、正しき戦いをする全ての者を護る存在、八百刃。あちきが護ったのは、バルッセが正しい戦いを続けたからだよ」
「勿体無いおとこばです」
感涙するベルッセに副官が言う。
「あいつは、凄い男だった」
それに白牙が頷く。
『そうだろうな、なにせ、半ば正体に気付きながら、セックスを請求しつづけて、最後には、本当に寝たんだからな』
その言葉にベルッセと副官が固まる。
「もう、白牙、恥ずかしい事は、言わないの!」
少し顔を赤くするヤオ。
そしてベルッセが力の限り叫ぶのであった。
「色ボケの大不遜親父、地獄に落ちてろ!」
その後、ベルッセは、大陸に名を残す将軍になる。
同時にその父親バルッセの行為は、伝説として語られる事になるのであった。




