忘れられた者と落としてしまった思い
今回は、上位なのに語られなかった百姿粘の八百刃獣になった時の話
『神名者は、偉いんだよな?』
白牙の素朴な質問にヤオが答える。
「うんにゃ、偉くないよ」
会話が止まる。
そして、ヤオが皿洗いを続ける。
白牙が手を伸ばして、ヤオの頬を叩く。
『皮肉にも気付かないのか、このボケ』
ヤオは、遠い目をして言う。
「でも本当だよ、神様だって崇める人間が居るから存在できるんだよ」
白牙が爪も伸ばして言う。
『だからって、神名者のお前が人間に使われないといけないんだ!』
ヤオが笑顔で言う。
「別に良いじゃん」
そこに男性、家の亭主が来て言う。
「ヤオ、こっちも掃除しておけ!」
「はーい!」
元気に返事をするヤオ。
『あいつ、殺したら駄目か?』
白牙の言葉に苦笑するヤオ。
「駄目。それより、調査の方は、どうなってるの?」
白牙が舌打ちをしながら言う。
『ほぼ間違いなく、あの森の奥に、人の姿を奪う魔獣が居る。対応するのか?』
ヤオは、皿を拭きながら言う。
「人に被害を出してるからほっておくわけにも行かないのは、確かなんだけどね。何かやるきが起きないんだよね。いっそのこと、他の神名者に回そうかと思ってる」
『それなら、とっととこんな村は、出るぞ。いくら宿を借りているからと言って、お前に雑用をやらせる村なんて居られるか!』
白牙が不機嫌そうに言う。
ヤオは、大して気にした様子もなく、言われた場所の掃除をしながらいう。
「別にここが酷いって訳じゃ無いよ。あちきの生まれた村じゃ、子供だって働き手だった。元気で動けるのに何もしないのは、罪悪だよ」
呆れた顔をする白牙を尻目に真面目に掃除をするヤオの前に一人の少年が居た。
「お姉ちゃん、何者?」
白牙が近づいて来て言う。
『何だ、このガキ?』
ヤオは、少し観察してから言う。
「貴方が、人の姿を奪っているの?」
意外な言葉に白牙が驚き、慌てて少年を凝視して、確信すると爪を伸ばし、一閃する。
『やったか?』
「残念、この子を倒すには、牙で存在から打ち砕かないと駄目だよ」
ヤオの言葉を示すように少年は、スライムに変化した。
『まだまだなんだね』
そのまま逃げていくスライム。
追いかけようとする白牙を押しとどめてヤオが言う。
「あれには、穢れが感じない、やったのは、別のスライム。だけど無関係とは、思えない」
「本気で行く気なのかい?」
世話になっていた家の奥さんが言うとヤオが頷く。
「あちきも仕事ですから。長い間、お世話になりました」
「おい、あんな姿を奪う化け物が住む森に入ろうなんて馬鹿は、ほっとけ」
亭主の言葉に戸惑う奥さん。
「でも……」
そんな時、傭兵崩れの山賊が襲ってきた。
「そんな、またなの……」
暗い表情をする奥さん、亭主は、引きつった顔で言う。
「そうだ、その娘を差し出せば、うちは、安全じゃ無いのか? どうせあの森に行くんだ、一緒だろ?」
その態度に奥さんが流石に切れた。
「馬鹿をいってんじゃ無いよ! 御免ね」
手を合わせる奥さんがヤオを部屋の奥に押し込もうとしながら言う。
「何の縁か解らないけど、一緒に暮らした子をほうっておけない。奥で隠れてな。あたしが絶対に守ってあげるから」
ヤオが笑顔で言う。
「その戦う気持ちは、正しいですよ」
そうしている間にも山賊が近づいて来た。
「お前等、有り金を全部出せ!」
「早く隠れな!」
奥さんが怒鳴るが、ヤオは、無造作に山賊の方に進み言う。
「あちきは、基本的に争い事は、嫌いなの。ここで悔い改めるのなら、助けてあげる。そうでなければ、罰を与えるよ」
爆笑する山賊達の中から、頭が現れて言う。
「お嬢ちゃんがどんな罰を与えるって言うんだい?」
ヤオは、白牙の方に右手を向けた。
『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与えん、白牙』
右掌の『八』が輝き、白牙は、刀になり、その一振りで山賊の頭が両断された。
「正しき戦いの守り手、八百刃に逆らった以上、覚悟は、出来てるわね」
青褪める山賊たちの半数以上が数分の内に切り殺された。
逃げようとした山賊も居たが、ヤオは、逃亡すら許さず、先に始末した。
残った山賊達に罪を償い、真面目に働くと誓わせ、完全に山賊を壊滅させるヤオであった。
全てが終った後、ヤオが世話になっていた家の亭主が自慢げに言う。
「八百刃様のお世話をしたのは、我が家だぞ!」
それを聞いて元に戻った白牙が村人に解るようにテレパシーを放つ。
『そうだったな、人間の分際で神名者を雑用に使ってたな。罰せられて当然だと思わないか?』
その一言に青褪める亭主。
「それは、その……」
言葉を濁す亭主に白牙が爪を伸ばして言う。
『そうそう、さっきお前、山賊に差し出そうとしていたな?』
恐怖に腰を抜かす亭主。
「お待ち下さい、八百刃様! 亭主の無礼は、お詫びいたします。ですから、どうか、どうか慈悲を!」
奥さんが頭を地面に擦り付ける。
ヤオは、奥さんに近づいていくと村人達がざわめく。
ヤオの手が奥さんを立たせる。
奥さんは、死を覚悟して目を瞑っているとヤオが言う。
「この人に感謝をして、この人が、正しい戦いをしようとしたからあちきが助けたの。そして覚えておいて、正しい戦いには、常にあちきの加護があるって。それじゃ、あちきは、仕事があるから」
そのまま旅に出るヤオであった。
その後、ヤオが泊まった家は、村人達から神殿の様に扱われ、奥さんは、村人の心の拠所となるのであった。
村から少し行った所に森があった。
本来、森は、様々な動物や食べられる植物がある貴重な場所だが、村人は、誰も近づかない。
何故ならばこの森には、人の姿を奪う化け物が居るからだ。
『それにしても、スライムの魔獣か、あんなものも魔獣になるのか?』
白牙の質問にヤオが質問で返す。
「そういえば、スライムが自然発生した生き物じゃ無いって知っている?」
『そうなのか?』
白牙が質問を返すとヤオが解説を始める。
「様々な特性を持つことや集合して、強力な力を発生させる。通常じゃありえないの。だから、人の術者か、神名者が作ったって説が有力なんだよ」
白牙が呆れた顔をして言う。
『神名者だったら、神が生み出した天然と大差ないな』
口を膨らませるヤオ。
「屁理屈。とにかく、そういった生き物だけど、母体、この場合、分裂する前の本体に神の欠片が侵食すれば、十分に魔獣になるよ。それより、もうそろそろ目的地みたいだよ」
『そうみたいだな』
白牙がそう答えると、森が開け、魔術師の館が見えた。
『これで何体目だ?』
白牙が、その牙で襲ってきたスライムを噛み砕き、存在から消滅させて言った。
ヤオは、簡単に気配を探りながら言う。
「ざっと数えて、後五百体って感じだね」
面倒になった白牙が言う。
『お前の力で一気に滅ぼせ、その方が早いだろう』
「投げやり禁止。ちゃんと相手を確認してからじゃないとね」
ヤオは、進んで行くとそこには、巨大なスライムが現れる。
そしてヤオが見ている前で、新たなスライムを産み出す。
「なるほど、吸収し過ぎて、制御しきれなくなる前に、余分な姿を切り離す訳だね」
ヤオが納得したところでそのスライムが言う。
『我が名は、万姿粘。万の姿を持つ者。お前も我が姿の一つになれ!』
一気にヤオに襲い掛かった万姿粘。
『ヤオ!』
白牙が叫ぶ中、ヤオは、万姿粘に全身を覆われて、姿を吸収されていったが、突然、万姿粘が暴れだす。
『馬鹿な、どうしてだ!』
一気に崩壊し、連鎖消滅していくスライム達。
「何故か、ばよえーんと叫びたくなるシーン。不思議不思議」
意味不明な事を言うヤオに白牙が近づく。
『どうなってるんだ?』
ヤオがあっさり答える。
「簡単よ、普通の生物だったら、この世界の姿しかもって無いだろうけど、あちきは、神名者だよ、近似値の世界の自分の姿を呼び出す事くらい出来る。それで、一気にパンクさせてやったの。こうやって自爆させれば、縁から、連鎖崩壊が始まるからね」
白牙がどんどん滅びていくスライム達を見て言う。
『相手が悪かったって事だな』
次々と滅びいくスライム達だったが、たった一体だけ、平然としているスライムが居た。
「あれって町に来ていた奴だね」
『丁度良い、俺が止めをさしてやる!』
牙を向けようとする白牙を外に放り投げてヤオが言う。
「他に残った奴が居ないか見てきて」
舌打ちしながらも命令に従う白牙を見送ってから、ヤオがそのスライムを見る。
「他のスライムとは、違って、母体と同等か、それ以上の思いが有るみたいだね」
するとスライムは、一枚の絵を指差す。
そこには、町でスライムがとっていた少年の姿が描かれていた。
そしてヤオは、その傍に落ちていた日記を読み始めた。
『残っているのは、そいつだけ見たいだぞ』
帰ってきた白牙の言葉を合図にヤオは、日記を閉じて言う。
「だいたいの事情は、解ったよ。あのスライムは、亡くなった子供を生み出そうとした魔術師の執念が生み出したもの。少しでも近づこうと、色々な姿を取り込み続けた。その内、本来の目的である筈の子供の姿すら切捨てた、それがあのスライムって訳だよ」
呆れた顔をする白牙。
『本末転倒の話だな。だいたい問題の魔術師は、どうした?』
「聞きたい?」
ヤオの質問に白牙が嫌そうな顔をして言う。
『聞かないって訳も行かないだろう』
ヤオは、日記を放り投げて言う。
「助手の女性と再婚して、新しい子供が出来て、城付きの魔術師になって平和に暮らしたそうです。めでたしめでたし」
白牙は、万姿粘の残骸を見て哀れむ様に言う。
『こいつ等は、身勝手な人間の犠牲者って事だな』
ヤオは、苦笑する。
「死んだ者を取り戻そうとするよりましだよ。こいつらを放置したのは、問題だけどね」
ヤオは、残ったスライムに近づき言う。
「あちきの八百刃獣の一刃になって、手伝いなさい」
スライムは、嬉しそうに頷く。
『名前は、どうする?』
ヤオは、少し考え、答える。
「万姿粘の一部だから、百姿粘で良いと思うけど」
百姿粘の名を貰ったスライムは、嬉しそうであった。
『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与えん、九尾鳥』
ヤオの手の中で弓矢になる九尾鳥。
赤い尾羽から生み出された矢から放たれた炎が目的すら失った悲しきスライム達の亡骸を弔う。
その後、多くのスライムが出たが、他の生物と平和的な共存関係で、普通の森に戻るのであった。




