八百刃獣達と筆頭
他の使徒と比べて多い八百刃獣には、まだ纏め役が存在しなかった
ここは、八百刃がその力で維持する異世界、八百刃の世界。
当初は、白牙も入れなかった世界だが、ヤオ=バーと名乗り、鉄道の旅を続けてた頃には、百を超える八百刃獣をその世界に納めていた。
中には、ホープワールドで暮らす八百刃獣も居るが、大半の者がこの八百刃の世界を通じて、ホープワールド中の戦いへの干渉を行っているのである。
そしてそれは、元金海波の使徒、船翼海豚の一言から始まった。
「ところで、八百刃獣の筆頭は、誰なんですか?」
その時の事を古株の一刃、癒角馬が語る。
「あの瞬間、今までに無い緊張が八百刃の世界を覆った」
忠義の一刃、影走鬼が言う。
「やはり、ここは、最初から八百刃獣をやっている白牙殿が筆頭ということになるだろう」
それに対して、偶々来ていた白牙が手を横に振る。
「俺は、そんな仕事をやるつもりは、無い。他の奴らに任せる」
元々一匹狼の白牙としては、当然の反応だった。
そうなると、出てくるのは、後に八刃と呼ばれる集団の守護者もやる高位の八百刃獣達である。
第一候補である白牙が辞退し、影走鬼は、元々人で、力自体は、それほど高いものでもないうえ、他の八百刃獣に指示を出すタイプでも無かった。
「私は、八百刃様の判断に全てを任せることにしている」
そう答え辞退するのは、九尾鳥である。
「私では、他の八百刃獣を率いる力は、無いですね」
当時は、まだ百姿粘と呼ばれていた百姿獣もあっさり辞退する。
「若輩の私では、とても筆頭の役目は、無理です」
下手をすると中位の八百刃獣より後に入った炎翼鳥も辞退した。
そして残ったのは、三刃である。
「ここは、年長者を立てるのが筋だろうな」
不適な笑みを浮かべる最年長の大地蛇。
「何を言うかと思えば、力が強いものこそ、筆頭に相応しいだろう」
空間する干渉する能力を持つ天道龍。
「馬鹿な事を、八百刃様は、戦いを司る者。この闘志を力にする私こそが筆頭になるべきであろう」
闘志を吸収して無限に力を高める闘威狼。
その三刃の間に火花が散る。
それに比較的温厚な熊の八百刃獣、和怒熊が言う。
「とりあえず、他の八百刃獣の意見を聞いてみては、如何でしょうか?」
そう言って、同意を求めようと回りを見回すが、誰も視線を合わせようとしない。
同じ八百刃獣の中でも今まで名前があがった者達は、群を抜く力を持っていた。
間違っても逆らえる相手でない事を懸命な八百刃獣達は、知っていたのだ。
助けを求め、白牙に視線を向けてしまう和怒熊。
「戦って決めれば良いだろう。戦いの神だ、力こそ一番の証だろう」
和怒熊の望みをあっさりと無視する白牙。
「そうだな、ここは、お互いの力を比べてで、決めるのが一番だな」
天道龍が告げる。
「望む所だ」
大地蛇もその提案に乗る。
「絶対に勝つ!」
強い闘志を漲らせる闘威狼。
さすがに八百刃の世界でやる訳も行かないため、人類がまだ足を踏み入れた事もない、不毛な氷の大地でその戦いが始まるのであった。
「食らえ!」
最初の一撃は、大地蛇の厚い氷の層も打ち砕く大地の槍が天道龍と闘威狼を襲う。
天道龍は、自らのブレスで打ち砕き、闘威狼は、その戦いの意思を吸収しながら高速で避けていく。
「その程度の攻撃が通じると思ったか!」
天道龍の逆襲、氷を一瞬で蒸発させるブレスが大地蛇を襲う。
「きかん!」
大地蛇の土の壁がそれを防ぐ。
「俺を忘れるな!」
二刃の闘志を吸収して、力を蓄えた闘威狼が大地蛇の土の壁を打ち破ってその体に噛み付く。
「この程度の攻撃でまいる私では、無い!」
そのまま地面に潜り込み、地面中を蠢き回る事で闘威狼にダメージを与える大地蛇。
闘威狼が離れた所で地面から顔を出す大地蛇だったが、そこに天道龍のブレスが放たれる。
「所詮は、大地に囚われる者が、天を行く私に勝てる通りなど無い!」
勝ち誇る天道龍だったが、大地蛇への攻撃に集中している間に復活した闘威狼がその体にとりつき、その爪を食らわす。
こうして、氷の大陸を鳴動させる三大八百刃獣の戦いが続く。
「放置して良いのですか?」
影走鬼の言葉に白牙が、たいして気にした様子もみせずに言う。
「とりあえず、人的被害がないから良いだろう。本当に危なくなったらその時は、俺が止める」
白牙には、それだけの自信があった。
それを感じ見守っていた癒角馬が呟く。
「そういう白牙殿が筆頭をやっていれば角が立たないのに」
周りで戦いの様子を見守っていた八百刃獣全員の本音であった。
戦いは、一週間を超えた。
三刃とも、疲労の色が濃く、次の一撃で勝負が決すると思われた。
「「「筆頭の座は、私の物だ」」」
三刃がその一言と共にぶつかり合おうとした時、呪文が響き渡る。
『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与えん、九尾鳥』
そして、一本の白い光の矢が三刃を一気に蹴散らす。
八百刃獣の視線が矢の方向を見るとヤオが仁王立ちをしていた。
「あんた達、何をやってるの?」
全ての八百刃獣が冷や汗を垂らす。
最初に口を開いたのは、天道龍であった。
「八百刃獣の筆頭を決めるための戦いをしていました。やはり強きものこそ、その筆頭であるべきです」
続いて大地蛇が言う。
「やはり、使徒の中でも上下関係は、明確にする必要があります。他の神や神名者の使徒達とて同じ事を行っています」
最後に闘威狼が言う。
「特に八百刃様は、戦いを司る神名者、弱き者が筆頭になる訳には、行きません!」
大きくため息を吐いてヤオが言う。
「あのね、他の使徒と八百刃獣では、規模が違うの。あちきは、その名の通り、多くの八百刃獣をもって仕事をするの、一人の筆頭を置いても回りきる訳がないでしょうが」
言葉に詰まる三刃にヤオが命令する。
「今までは、上位者の指示で上手く動いてたから良かったけど、良い機会だね、役職を決めておくよ。天道龍には、右頭を命ずる」
あわてて頭を下げる天道龍。
「拝命させて頂きます」
そんな天道龍を睨む大地蛇の方を向いてヤオが言う。
「大地蛇には、左頭を命ずる」
自分も役職を貰った事に驚きながらも大地蛇も頭を下げる。
「誠心誠意こめてやらせて頂きます」
困惑する八百刃獣達にヤオが説明を続ける。
「この両者は、同等とし、予測される通常仕事は、左頭がメインに、突発的に発生する緊急な仕事は、右頭がメインで動く事。良いわね」
一同が納得する中、一人役職からあぶれた闘威狼が不満そうな顔をしているとヤオが言う。
「闘威狼、貴方には、監査頭を命じる。両頭が越権行為をし、争いを起こらないか監査を行いなさい。両者の争いによる判定は、貴方の言葉を基本に判断する。重要な役目だけど任せられるね」
闘威狼は、一転満足げな顔をして頭を下げる。
「了解いたしました両頭の行動は、この監査頭がきっちりと監視致します」
こうして、新入りの一言から始まった筆頭争いは、終結を収めるのであった。
後の探検家が、この争い跡を見て、神々の戦いの跡や強大な力を持った魔獣と神名者との争いの跡だとか、論争をするのは、更に数十年後の話である。




