人工魔獣と研究者
途中お茶らけがありますが、シリアスな人工魔獣を戦争に用いた国の末路のお話です
『時々思うのだが、地獄って言うのは、あの世でなくこの世にあるのかも知れないな』
白牙の言葉に、ヤオは淡々と語る。
「残念だけど、ここは、地獄じゃない。地獄と言うのは、反省の為の贖罪の場。ここにあるのは、単なる虐殺の跡だよ」
地面が見えないほどの死体と血の海を見下ろす。
『しかし、人工魔獣がここまで凄惨な状態を引き起こすとは、思わなかったな』
白牙の言葉にヤオが首を横に振る。
「予測は、出来てた。己の手が血に汚れている間は、その血に意味を求め、自分が生み出した結果を心に刻まれる。しかし、人工魔獣と言う、勝手に虐殺を行う力を手に入れた時、その留め金が外れ、人の死が数値だけの物になる」
『人工魔獣を消滅させるか?』
白牙の突拍子もない言葉もヤオにとっては、決して出来ない事では、無かった。
「それにどれだけの意味があるの?」
ヤオの冷たい言葉に白牙も重い言葉で返す。
『そうだったな。人は、何度でも同じ間違いを繰り返す』
ヤオは、もう一度、戦場を見て言う。
「あちきがやらなければいけないのは、自分が用いた兵器がどれだけ悲惨な物なのかを教える事だよ」
そしてヤオは、その場を後にした。
戦闘用人工魔獣の大量生産に成功し、一気に領土を増やした大国、マッガレーでは、連日祝勝パーティーが開かれていた。
マッガレー王がワインを掲げて言う。
「我等マッガレー王国こそ、世界を治めに相応しい国であり、我こそが世界の王なり。全ての者が我が前にひれ伏すのだ!」
マッガレー王の宣言に、賛同の声が上がる中、一人の青年が真剣な顔で王の前に立った。
「国王陛下お話があります」
その言葉にマッガレー王もその取り巻きも冷ややかな目を向けた。
「またお前か、何度言っても駄目な物は、駄目だ。前線から人工魔獣を下がらせる訳には、行かない。あれこそ我等の力の象徴なのだからな」
マッガレー王の言葉に青年が必死に抗弁する。
「国王陛下、再考をお願いいたします。人工魔獣は、確かに強力な力を持ちます。しかしながら制御が不十分。過剰な殺戮を何度も起こしております」
マッガレー王が鼻で笑う。
「我が意思に従わぬ愚か者の命など幾ら失われようと関係ない」
青年が拳を強く握り締め、堪えながら続ける。
「被害は、敵だけでは、ありません。共に戦場に出た我が軍の兵士の中にも少なからず被害が出ております」
マッガレー王は、淡々と答える。
「戦争での兵士の死は、当然の事だ。大体、死んだ兵士の数は、人工魔獣を投入する前の数分の一。人工魔獣を投入した事で、多くの兵士の命が救われたのだ。これ以上の口答えは、許さん。下がっておれ」
青年は、悔しそうな顔をしながらも頭を下げて会場を離れる。
人気の無い庭で、一人、木を叩く青年。
「どうしてご理解が頂けないのだ。敵との戦いで死んだ兵と味方である筈の人工魔獣に襲われて死んだ兵を同じに考えては、いけないという事に」
「無理無理、実際に戦場に行かないと、死の意味なんて理解できないよ」
庭木を手入れしていた少女が答えた。
青年が驚いた顔をして言う。
「君は、どうしてこんな時間まで仕事をしているのだい?」
少女は、頬をかきながら言う。
「ちょっとまく種を間違えて、予定と違った花が咲いちゃったから、それを抜いて植え替えてたんですよ」
苦笑する青年。
「ご苦労な事だ。しかし、さっきの言葉は、どういうことだ?」
少女は、作業を続けながら言う。
「王の耳に入る報告は、常に将軍からの数での報告でしかない。実際に死んでいく姿を見ているわけでは、ないよ。そして、いま王が重宝している将軍たちは、若い、戦場の死を理解しきれていない者達。人工魔獣での死を重要視する、古い将軍達は、王と面会する事すら出来ないでいる。そんな状態で王が、その差を知る事が出来る訳が無いよ」
青年が戸惑う。
「君は、どうしてそんな事まで知っているのだ?」
少女は、呆れた顔をして答える。
「あれだけあからさまに差別していれば、城の下働きの人間にも話が広がりますよ。それより、一つ忠告、貴方の助手が貴方を罠にかけようとしているよ」
驚愕する青年。
「なんだって?」
少女は、振り返り言う。
「人工魔獣の製造に大きな貢献をした、兵器開発室長、ストレ=イトさんが王に嫌がられていることは、有名で、貴方の助手、カアプ=シュトがそれを利用して、一気に室長の座を奪い取ろうとしているらしい。かなり露骨に動いてる。気づいて無いのは、貴方くらいだよ」
複雑な顔をする青年、ストレ。
「そんな兆候は、あった。しかし、カアプは、共に研究をした仲間、私を陥れるような事は、しないと思いたい」
少女は溜息を吐いて言う。
「思うだけは、勝手だよ。だけど一つだけ言っておくけど、貴方が居なくなった後、人工魔獣は、完全な殺戮兵器になる。そうなった時、マッガレー王国は、終わるよ」
少女は、作業を終わらせてその場を離れていくのであった。
青年は、一人、少女の言葉を思い返し、深く思考する。
ストレは、その後もマッガレー王に人工魔獣の戦場からの一時回収を提案し続けていた。
当然、その間も人工魔獣の制御法の研究を続けていた。
しかし、それは、突然やってきた。
「兵器開発室長、ストレ=イト。敵国への密通行為の疑いで逮捕する」
「馬鹿な何を根拠にその様な事を言うのだ!」
ストレの言葉に一緒に研究していたカアプが一枚の契約書を兵士に渡す。
「これが、敵国との協力を確約した契約書です。我が国が征服された後の研究室長の立場を保障すると書かれています」
兵士がストレの腕を掴む。
「それは、偽者だ!」
騒ぐストレだったが、その訴えが聞き入れられることは、無かった。
ストレは、独房で死を待っていた。
「あの少女の言葉がこうも早く実現するとは、思わなかった」
呆然とした表情で呟いた。
「自分の身をきっちり護らなかった貴方の失敗だね」
あの時の少女が食事を運んできた。
青年が疑りを込めて言う。
「この間まで庭師をしていた者がどうして食事運びをしている?」
少女は、遠くを見る視線で言う。
「王女様が気に入っていたバラに間違った肥料を上げて枯らしたら、こっちに回されたの」
呆れた顔をするストレ。
「お前は、何度失敗をすれば気が済むのだ?」
少女が口を膨らませて反論する。
「身の護り方に失敗して、死刑直前の人間に言われたく無いね」
ストレが苦笑して言う。
「確かにな。私は、もう処刑の日を待つだけだ」
少女が食事を出しながら言う。
「残念だけど、そんなに長生きできるとは、思えないね」
首をかしげるストレ。
「今更、私を獄殺しても意味が無いと思うが?」
少女があっさり言う。
「その前に、この国が無くなるだけ。自分が今までやっていた事の重要性に気付いていないの?」
その一言でストレがある事実に気付く。
「まさか、幾らなんでも一緒に研究していたカアプがそんな愚かな事をする訳無い!」
「裏切った人間を何処まで信じるの? 新しく室長になったカアプが王に近日中に成果を出すって大見得きってたって」
少女の言葉にストレが鉄格子に握り締めて怒鳴る。
「今すぐ止めさせるのだ! ただでさえ不安定な人工魔獣の戦闘力をあげようと無理な改造をしたら制御が利かなくなるぞ!」
少女が頷く。
「そして、それによって、この国は、滅びる。人工魔獣を兵器として用いる国への悪い見本としては、十分な結果だね」
意外すぎる言葉にストレは、少女が只者では、無い事に気付く。
「貴女は、何者なのですか?」
少女は答えず一枚の紙を差し出す。
「ラストチャンス。一枚だけ手紙を書く権利をあげる。それをあちきが責任をもって届ける。それ以上のチャンスは、殺戮を繰り返したこの国とそれを止められなかった貴方には、与えられない」
長い思考の後、ストレは、一枚の手紙を書き上げ少女、ヤオに渡した。
「これを王女にお渡し下さい。これが私の最後の希望です」
ヤオは、手紙の内容に目を通して言う。
「ある意味、これが全滅を逃れる唯一の方法かもね」
そしてヤオは、手紙を王女に届けるのであった。
その夜の祝勝パーティーにマッガレー王の娘、ミッギー王女が会場に現れた。
「戦争嫌いの王女が祝勝パーティーに現れるとは、珍しい」
「本当だな。もしかして噂の恋人の事か?」
「きいた事がある。王女には、恋焦がれている相手がいるそうだ」
そんな下世話な会話が流れる中、ミッギー王女は、マッガレー王の前に行き、礼をした。
「よく来た、お前も存分に楽しめ」
上機嫌のマッガレー王の言葉にミッギー王女は、頭をあげて淡々と言う。
「今日は、お別れを言いに参りました」
その言葉にマッガレー王が驚く。
「いきなり何を言うのだ?」
ミッギー王女が答える。
「理由は、この王宮が危険だからです。私は、人工魔獣によって仕事が無くなった昔からの騎士達と共に避難します」
マッガレー王に付き従う若い将軍が言う。
「世界で一番安全なのは、多くの人工魔獣で護られたこの王宮です。今更、老骨騎士にどれだけの事ができましょうか?」
その蔑みが篭った言葉に、ミッギー王女の傍に居た騎士達が嫌悪感を示すが、その若者に将軍の地位を奪われた忠臣が止める。
ミッギー王女が回りに伝わるように答える。
「その人工魔獣が危険なのです。以前から制御が不完全だった人工魔獣。それを急激に改造して暴走しないとは、誰が言えますか?」
若い将軍が反論する。
「今まで制御してきました。その実績があるからこその人工魔獣です」
ミッギー王女は、冷めた目で若い将軍を見る。
「その実績を作ったストレに偽りの嫌疑をかけ、死刑にしようとしているのは、貴方達では、ないのですか?」
言葉に詰まる若い将軍に代わりカアプが言う。
「制御が上手く行っていなかったのは、裏切り者のストレの陰謀です。私が生み出した人工魔獣は、完璧です」
自信たっぷりの言葉だったが、聞く者が聞けば、その言葉の薄さは、明白であった。
「とにかく、私は、こんな危険な王城に居る気は、しません。離宮に避難させてもらいます」
「待ってくれ」
マッガレー王が必死に止めたが、ミッギー王女の決意は、硬く、離宮に移動した。
対外的には、ミッギー王女は、行楽の為に離宮に行った事になった。
ストレの牢獄。
「王女が一緒に来てって言ってくれたんだよね? どうしてここに居るの?」
食事を運んできたヤオの言葉にストレが全ての覚悟を決めたのか、淡々と食事をしながら答える。
「人工魔獣を開発したのは、私です。その私がこれからの惨劇から逃げるわけには、行かないのです。すいませんが、その時は、ご助力お願いします」
頭を下げるストレ。
ヤオは、空いて食器を受け取りながら言う。
「王女がその中に入るのに使った抜け穴を発見されない様にしておく。それ以上の助力は、出来ないよ」
ストレが頷く。
「了解しております。全ては、制御出来ない力を使い続けた私達への天罰なのですから」
事件は、その夜に起こった。
いつもの様に行われていた祝勝パーティーの場に、暴走した人工魔獣が現れた。
「誰か我を護れ!」
必死に叫ぶマッガレー王だったが、傍に居た若い将軍達は、我先にと逃げ出していった。
「待て! お前達は、我を護る騎士であろう!」
しかし、騎士達は、縋りつくマッガレー王を蹴飛ばす。
「五月蝿い、自分の命が一番大切に決まってるだろう!」
「馬鹿な……」
騎士の忠誠が無くなった事実に驚愕したマッガレー王の体に人工魔獣の牙が食い込むのであった。
人工魔獣の研究室。
「俺の所為じゃない!」
研究室で体を抱え込み、自己弁護を続けるカアプを周りの研究員達が戸惑いながら見ていた。
そこにストレが駆け込んできて怒鳴る。
「何をしている、制御が利く人工魔獣を一種類ずつ開放しろ、目標は、同種以外の人工魔獣。それだったら人間を襲う事は、ない。急がなければ被害が広がるばかりだぞ!」
ストレの指示に従い、人工魔獣達を解放されていく。
カアプが救いの手に希望を見出して言う。
「助かった。これで助かるんだよな」
ストレが小さな溜息を吐く。
「無駄だ。制御を失った人工魔獣と制御を持った人工魔獣、どっちが勝つのかは、明白だ。万が一にも生き残った後もこの責任は、重いぞ」
絶望するカアプを見捨てストレが装備させていた人工魔獣の追跡装置で、人工魔獣が街に逃げ出そうとしている事に気付く。
「街まで被害が及ぶのか……」
拳を握り締めて後悔していると地面が揺れた。
慌てて窓から外を見た時、王城を包み込むように土壁が盛り上げって行く。
そして神々しい声が響く。
『我は、正しき戦いの護り手、神名者、八百刃。マッガレー王は、人工魔獣を戦争に用い、その結果暴走させて、死亡した。そして、今だ、その暴走は、止まらない。罪無き市民にその被害が至る前に、汝等の命を持って、その罪を償わせん』
迫ってくる土壁、ストレが安堵の息を吐く。
「その大いなる慈悲に感謝いたします」
最大限の敬意を持って頭を下げるストレは、そのまま土壁に潰されて、暴走する人工魔獣共々死亡するのであった。
その後、避難していたミッギー王女が元の騎士団を束ね、領土を元の大きさまで戻し、マッガレー王国を存続させた。
そしてそれを成したミッギー王女は、一人の子供を産む。
その子供の父親が誰なのか、ミッギー王女は、一生口にする事は、無かった。




